青い大地の果てにあるものGA_7_3

「ああ、これで全員来たな」

ブレイン本部につくとそこにはロヴィーノが待機していて、珍しく笑顔のないアントーニョの横にはフランシスまでいた。


「フランまでここにいるって事は、すごく切迫した事態なの?」
いつものんびりした梅の口調も自然と重くなる。

「まあ...切迫してる...やんな?」
アントーニョがフランシスに同意を求めると、フランシスも厳しい顔で

「そう…だよね?ロヴィ」
とロヴィーノにふり、そしてその振られたロヴィーノも難しい顔で頷いた。


「前置きはいい。さっさと話せ。敵襲なのか?」

ギルベルトがいらっとした口調でせかすと、ロヴィーノはジャスティス達をグルっと見回した。



「このメンツでどうするかなぁ...」
うつむき加減にしばらく考え込んだ後、目だけギルベルトに向けて言う。

「ギル...無理きいてもらえないか...?だめか?」
「だめって言っても言うんだろうがっ。話せ」

「ああ。今回な、割と近場でイヴィル二人と雑魚3匹わいたんだ。
それは今フェリ達とエリザに行ってもらってるんだけどな、まだ戦闘中なのにそこから丁度基地はさんで三角形になるような位置にまたわいちまって...イヴィル三人と雑魚やまほど。
場所によってはエリザ達が終わるまで放置もありなんだが、わいた位置考えると放置したら下手すると今敵と対峙してるエリザ達の方か、あるいはこの基地にきちまう可能性大で、どちらも俺としてはすご~く嫌なんだが…。
さらに...このペースで万が一もう一度敵が現れる可能性考えたら念のためジャスティス一人は基地に残してえんだ。防衛ライン突破はされないとは思うんだが、万が一の時には安置している2個のクリスタル守らないとだしな」


「ようは...イヴィル三人と雑魚いっぱいをソロで倒せって?」

「いや、そこまでは言わねえよ、さすがに。
雑魚はアーサーに頑張ってもらって...イヴィル三人頼めないか?
梅じゃ削りきれねえし…」


「ふざけるなっ!」
ロヴィーノを低い声でにらみつけるギルベルト。

そして宣言する。
「今回はタマを出動させるのは不可だ」

「でもな、出られるのがお前らしかいないんだ。
で、お前が崩れたら下手すると本部自体崩壊するし、やってもらわないと困るんだけど...」

「それでもだめだっ。必要なら俺が単騎で出るっ!」

あくまで言い張るギルベルトの横でフォローに入ったのはその気づかわれている対象のアーサー自身だ。

はぁ~となんでもない事のように肩をすくめるとポンポンとギルベルトの肩を叩き、

「…恋人…じゃ、ポチが死んでも遺族年金ももらえねえからな。
お前が給料3カ月分の指輪寄越すまでは死んでもらっても困るし、つきあってやるよ」
と、にやりと笑う。

それにロヴィーノが心底ほ~っとしたように

「ああ、もう式にはブレイン本部長のメンツにかけてご祝儀弾むから、それまで頑張ってくれ」
と、胸をなでおろした。

「最終的にジャスティスの意思を尊重するっていうのが本部流ではあるんだけどな。
今回はなぁ...ちょっと非常事態で...。
本当に本当に申し訳ないんだけど頼むな?」

と、それでもそれは申し訳なさいっぱいの表情で、ロヴィーノはその後アーサーに頭を下げる。


「プロだからな。
どういう状況だろうと必要なら出動する。
今までもそうやってやってきたし、気にしないでくれ」
と、それにアーサーがそう答えた事で、ギルベルトも渋々引きさがり、

「着替えたらそのまま出動するからな」
と、ロヴィーノ達に言い置くとアーサーを連れてそのまま本部を後にした。





「子どもにああいうの慣れさせたらダメだよ、ロヴィ」
二人を見送るとフランシスが少し顔をしかめてロヴィーノに言う。

大人3人になったところで感情を隠す必要もなしと思ったのだろう。

「俺も...好きでやってるんじゃないんだが...楽しんでるように見えんのか?」
ロヴィーノはやや苛つきを表に出した。

そう、自分だって好き好んで無茶をさせているわけでもなければ、頭を下げているわけでもない。

「医療本部は…ジャスティスの側の気持ちだけ優先出来て良いよなぁ!
俺だって敵に言いたいぜ?
うちのジャスティスも疲れてんだから、ちょっとは加減してイヴィル送ってくれって!
それとも何か?
俺が無茶なレベルの出動要請させたいために敵さんにお願いしてるとでも言いたいのか?!」

「お兄さん、別にそんなつもりは……」

「あ~もう落ちつき。
それはうちんとこも一緒やさかいな?
敵来るたび基地の護衛やなんやで部下に過重労働や。
ほんま、もう上は辛いわぁ…。
親分自分が現場で身体動かしてた方が楽でええんやけど…」
と、そこでアントーニョが間に入る。

「今まで本部は比較的人材に恵まれていたからなぁ。
支部やとこういうのも割りと当たり前やで。
任務から帰ってすぐまた任務とかな。
極東は特に人材少ないから...。
まあ今後は本部もそうなっていくんやろなぁ…」

「いや~な世の中だねぇ...」
アントーニョの言葉にフランシスが思い切り眉間にしわをよせた。

「ギルちゃんも今回はアレ使うつもりなんやろし…」
「アレってアレ?」
「ああ、アレやね」

「なんだよ?アレって」
意味ありげに言う二人の言葉に、ロヴィーノが聞いた。


「ああ、そか。ロヴィはまだ当時研究室にこもってたんだね」

「せやな。俺も10年前に初めて組んだ時一度見たきりやし…」
とアントーニョ。

「10年前なら...確かにまだ爺の下で一研究員だったけど…」
と、その言葉にうなづくロヴィーノにアントーニョが言う。

「羅刹モード。
親分が昔ポカしてあやうく死にかけてもうた時にギルちゃんが使った能力や。
当時11歳だったガキんちょがイヴィル一人と雑魚10体をものの10秒ほどで瞬殺した、ごっつい技やねん」

「なんなんだ、それは?!
そんなすごい技あるんなら教えてくれればいいだろっ!」
身を乗り出すロヴィーノにアントーニョは肩をすくめた。

「いや、早々使える能力やないし。
あの時は帰ってから親分はフランにめっちゃ怒られて外道扱いされてん」
「当たり前でしょっ!
お前ほぼかすり傷でお子様の方は全身の筋肉ボロボロにだったんだから!」
「...という代物や」
アントーニョはロヴィーノに苦い笑いをうかべる。

「つまり...体の限界を超えて戦うってやつか...」
「まあ、そういう事やね」

「あん時は普通に歩けるようになるまでに三週間かかったんだよ。
医務室にくるまで普通に歩いてたの不思議なくらい」

「まあ...無事育ってきたからええけど、あまり幼いうちにジュエルとの共鳴率が高いのは考えものやな。加減を知らずに体を壊すわ」

「ジュエルとの共鳴率...か。
確かに第2段階いってるのはギルだけだよな、まだ。
本来全員武器の形かえたり特殊なスキルを使ったりできるはずなんだけどな。
過去確認されてる範囲では3段階までは武器の形変えられるみたいだが…」

「...羅刹時がその3段階目や。剣が二刀流になってさらに攻撃が広範囲になる」

「なるほど...そこまで行ってたのか」

「ギルちゃんは古い武道家の家の跡取りに生まれて歩くより先に剣振らされてたんやって。
本部来てすぐくらいに能力使いこなしててん。
他の奴も鍛えて共鳴率あげればまだまだ強くなるはずなんやけど…。
今後激しくなっていく戦闘を乗り越えるためには全員一線を超えてもらわなあかんね」

「それができれば確かに...かなり楽にはなるよな」

「...トーニョ部長、ジュエルとの共鳴率ってどうやったらあがるネ?」
それまで黙って3人のやりとりを聞いていた梅が口をひらいた。

「共鳴率上げれば、私も範囲攻撃とかできるようになるネ?」

「わからへん」
アントーニョは答えた。

「親分はジュエルの持ち主やないしな。
ギルちゃんは親分が会うた頃にはもうそのレベルまで到達してたし。
範囲になるかどうかもその時になってみなければわからへんね」

「ん~、でもうちの愚弟はとにかくとしてルートとかは鍛錬してないわけじゃねえからな。
ギルとの違いはなんなんだろうな。
俺もそのあたりを少し解析してみようと思うから、少し待っててくれ」
ロヴィーノが続いて言った。





「タマは今回手ぇ出さねえで良いからな?」
車に乗り込むなりギルベルトは言った。

どことなくまだおさまらない怒りを感じる。

「別に…戦うのは構わないんだけど……」

今日は2人きりなので助手席に座って、やや厳しい表情のギルベルトにアーサーが不安げな視線を向ければ、ギルベルトはふと表情を柔らかくして

「悪い。別にタマに怒ってるわけじゃねえからな?」
と、ちらりと視線をアーサーに流して笑いかけると、また前を向いた。


「単に今色々疲れてるだろうし動揺もしてるだろうタマに無理させて怪我させたくねえ。
一応な、勝算は普通にあるんだ。
倒せる倒せねえって言えば普通に倒せるし、こういう能力があるってのも、今後ずっと一緒にやってくわけだから知っといて欲しい。ただ……」

とそこで言葉を切るギルベルトに

「ただ?」
と聞き返すと、

「ちょっと帰りの運転はきついかもしんねえから、頼むわ」
くしゃりと顔をしかめて笑う。

「そう言う事なら…お手並み拝見させてもらうけど?」

と言いつつどこか漠然とした不安をぬぐえないが、いつも柔らかな表情でそう言うギルベルトにそれ以上言えず、アーサーはそう言ったあと、黙って俯いた。



そうしてそれからはギルベルトは本部のジャスティス達や自分の悪友達について面白おかしく話して聞かせてくる。

だからまるで普通にドライブでもしているかのようだ…とそう言ったら、

「ま、そう思っててくれて構わねえからな」
と、優しく笑った。



「そろそろ車おりるな」
そんな風に和やかにしばらく行ったところでギルベルトが車を止めた。

そして
「タマ、敵は?」
車を降りて、同じくおりて後ろに立つアーサーに声をかける。


「前方320mから半径17.5mの範囲に虫...かまきりか。
数は30前後。それに混じってイヴィル3人。
一人は俺と同じような棒持ってるから遠距離かも」

「おっけー。じゃあここで大人しく見ててくれよな」

言ってギルベルトは能力を発動させ、アーサーを引き寄せるとそのつむじにちゅっと口づけをおとした。


「これから完全戦闘モードに入るから、マジ隠れてろよ」

「了解。楽させてもらう事にする」

もう決めているのであろうギルベルトにそれ以上言うのは失礼だ…と思ってそう答えるものの、どこか怖くて仕方がない。

震える手。
ギルベルトを掴んで止めてしまわないようにぎゅっと胸元で握り締めると、ギルベルトはおやっと言うように少し眼を丸くして、次にふっと笑ってそのアーサーの手を握り締めた。

「大丈夫だからな?俺様最強の男だから」
良い子で待ってろよ?とそう言って、握られた手の体温が離れて行く。


そしてギルベルトは笑みを消し、すっと表情を厳しくして、指を二本剣の柄に置いてつぶやいた。

「変形...羅刹っ!」
空気がビリビリと振動し、燃え上がる。

「このジュエルな、元は極東支部のジャスティスのものらしいぜ?
だからか、この形態は日本刀なんだ」

そう説明するギルベルトの手の剣が炎をまき散らしながらくるくると回り、パカっと二本に割れて、いわゆる日本刀に形を変えた。

それがそれぞれパシっと左右の手に収まると、

「行ってくる」
と言いおいてギルベルトが跳躍した。




「あれは...やばい...」
ギルベルトが離れた瞬間、アーサーはつぶやいて、流れ出る冷や汗をぬぐった。

気迫に押されて手がかすかに震えている。
アーサーは手にした杖に若干体重をかけながら大きく息をついた。

人として持ってはいけないレベルの能力(ちから)…。

…だめだ…あれはダメだ…

アーサーはロッドを前に構えてすでに雑魚を一掃しているギルベルトに向けた。
そして呪文を唱え始める。

するとペリドットロッドの先から出た緑の光がギルベルトに向かって飛んでいき、クルクルと回ってその身体を包み込んだ。

これで…なんとかなるのだろうか…
心細くて泣きたくなる。

何回もフリーダムを死なせてきた時も…それで恨みを買って罵られ続けた時も、アーサーは責められない桜のようにヒーラーになりたいと思った事はなかった。

だってアーサーまでヒーラーになってしまったら誰も敵を倒せない。

アーサーがこうやって攻撃魔法に特化しているからこそ、極東支部の担当地域の平和は守られているのだ…そんな自負があった。


でも今はそんな自負は何の役にも立たない…と、アーサーは震えながら自分の無力さを呪った。

慣れているはずなのに他人の怪我が…死が怖い。
いや、他人じゃない、ギルベルトの…だ。

何故会ってまだ数日なのにこんなに依存してしまっているのか…

自分でも本当にわからないが、ホッとするのだ。

初めて会った時から何故かずっと触れていると安心感のようなもので心が満たされた。

桜も…自分自身でさえも死ぬと言う事は身近な事で、もしもの事があったとしても覚悟はできているつもりなのに、何故ギルベルトに対してだけそれが出来ないのか…。


怖い…怖い…置いて行かないで……

自分がジャスティスな時点で…そして相手がジャスティスな時点で、声に出す事なんて出来ないそんな言葉の代わりのように、両の眼から涙が溢れ出てくる。

…ふ…ふぇ……ひっく……

絶対に何かあったら見ていなかった自分に後悔する…そう思って前方に必死に視線を向けるのに、視界は涙で滲んで見えなくなった。

そうして1人アーサーは佇んで、子どものように泣きじゃくる。

泣いたって何もならない…そんな風に育ってきた彼が、初めて誰かが泣きやませてくれることを望みながら……



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