ファントム殺人事件 第一幕_4

往年の名優達は舞台のそでで出番を待つ


「あなた方はなんでこんな所にいるんです、お馬鹿さんっ」
学園祭の準備期間ということで授業はなく、各部部員達が皆、学祭準備に追われている中、何故か生徒会室で寛いでいる部外者二人。

「やって~、俺らこの学校に入ったばっかやし…なあんもすることあらへんし…かと言って帰られへんから。」
「部に入っている者以外は自由登校のはずですよっ。お帰りなさい。」
「じゃ、あーちゃん連れて帰ってええ?」
「なんでそうなるんですかっ、いいわけないでしょっ!このお馬鹿さん!」

ポコポコと頭から湯気を出して怒るローデリヒと、それに緩い返答を返すアントーニョ。
実はギルベルトと3人同じ小学校の元同級生だったりする。

中学でローデリヒはこの海陽に入り、ギルベルトとアントーニョはそのまま区立に進んでそれ以来だが、こうして顔を合わせれば昔なじみということもあり、こんな遠慮のない気安いやりとりが始まる。

「まあ坊ちゃん、落ち着けよ。優勝してえんだろ?
ならフランにコーディネイト頼んだらどうだ?
あの、有名デザイナー、フランソワーズ・ボヌフォワの息子なんだぜ、こいつ」

放置すれば延々と不毛なやり取りを続けそうな二人の間に入り、ギルベルトがフランにちらりと視線をやってそう提案する。

「フランソワーズ・ボヌフォワの?!早くそれをお言いなさいっ!」
キラリと眼鏡の下のローデリヒの瞳が光る。

「え~と…確かフランシス・ボヌフォワさん…でしたね?
我々は今年は絶対に優勝しなければならないのです。衣装をお願いできますか?」

出ないと現3年生158名の将来が…と続けるローデリヒに苦笑して、フランはうなづいた。

「他ならぬアーサーのためでもあるしね。いいよ。お兄さん頑張っちゃう。」
さんはいらない、フランて呼んでね、と、フランが手を差し出すと、ローデリヒは、お願いします、と、その手を取って握手をした。

そんなやり取りをしていると、これも毎年恒例なのだが、たまたま呼び止められたらしい一般生徒がOBの来訪を告げてくる。

「ああ、お通ししてくれ。」
と、アーサーは椅子から立ち上がった。


「よお、カークランド、久しぶりだなっ!随分色々と活躍しているみてえじゃねえかっ」
と、入ってくるなり言ったのは警察庁キャリア組のサディクだ。

ガタイが良くて浅黒い肌にサングラス、どちらかと言うと警察というよりはその逆の職業と言われても頷けるような容姿の人物だが、こう見えても現在出世街道まっしぐらの警視である。

「色々…ですか…」
苦笑するアーサーの背中をドン!と叩くと、
「聞いたぜ~!去年の連続高校生殺人事件から、温泉地での殺人事件、箱根のボヌフォワ家の別荘での殺人に、つい先日のスミス事件。
1年もしねえうちにここまで事件に巻き込まれる人間なんてそうそういねえぞ。
これはもう、会社は例のヘキサゴンのどいつかに任せて警察庁来いっていうお告げじゃねえか?」
と、サディクは豪快に笑った。

先日のカークランド財閥の騒動については主に会社運営に携わっている香、シドニー、ティモシー以外の、アーサーを含む4人の実名は一般には伏せられているのだが、刑事事件に発展したため、警察の上層部にいるサディクには知られているらしい。

「勘弁して下さい。巻き込まれだけで手一杯で、自分から飛び込んで行く元気はありませんよ。」
と、それにアーサーが小さく金色の髪を揺らして首を横に振って答えると、
「なんだ、他の奴らも一緒に面倒みてやんのによっ」
と、あながち冗談だけではなかったらしく、サディクは少し残念そうに眉をよせた。


「ほぉ…やっぱりカークランドが出るのか。今年は海陽のトップ集団である生徒会が一般生徒に負けるなんて恥は晒してくれるなよ?」
サディクから少し離れて生徒会長のデスクのミスコンの参加者名簿を覗きこんで言ったのは松永…同じく元生徒会のOBで現財務省の役人だ。

一般的にはエリートと呼べる官僚で - 大抵がそれなりの道に進む海陽OBとしてはとりたててすごいわけではないが - いつも馬鹿みたいにわかりやすくそれを表に表した態度を取る彼は、そのそこそこ整った顔もあいまってあちこちでチヤホヤされる一方、同じくらいあちこちで毛嫌いされていた。

さらにもうひとつ彼が有名な理由は、その性癖にある。

厳しく女人禁制を守る男子校ゆえに同性同士の付き合いにも寛容ではあるのだが、それを超えたレベルで気に入った相手がいると手を出してくるのだ。

それは卒業した後でも変わらず、こうして何か機会があると、元サッカー部OBの名目で顔を出しては後輩を物色する。

そんな彼も今秋に上司の娘との結婚が決まっていて、少しは落ち着くのかと言うのが周りの見解だったのだが…

「まあ…なんなら俺が磨いてやってもいいぜ?」
と、松永はスルリとサディクの横をすり抜けてアーサーの前まで来ると、クイっとその顎に手をやって顔をあげさせた。

彼自身はそう怖くはないが、彼から周りのエライ人間達に働きかけられるとやっかいだ。
さて、どう機嫌を損ねさせないように断ろうか…とアーサーが思案していると、

「あーちゃんに気安く触らんとって!」
と、そこでパシっとその手を払うのはアントーニョ。
ギルベルトもアーサーをかばうようにアーサーと松永の間に身体を割りこませて、松永を睨みつける。

「なんだよ、お前らっ。俺が誰だか…」
少し怒気を見せる松永の言葉を
「そんなん知らんわっ。誰だか知らんような奴やから余計にあーちゃんに近寄らせられへんて言うとるんやっ!」
と、さらなる怒気を持って遮るアントーニョ。

「まあまあ…トーニョ、そう事を荒立てるなって。」
そこでにこやかに割って入るフラン。

「半端な素人さんにお気遣い頂かなくても、アーサーのコーディネイトは幼い頃からフランソワーズ・ボヌフォワ自らにデザインを教えこまれた息子の俺がしっかりやりますんで…どうぞお構いなく。」

一見穏やかな様子で仲裁に入るのかと思ったフランまでヤル気満々なのに、頭を抱えるローデリヒ。

「まあそう怒るな、松永。こいつらは女王様の騎士なんだよっ。職務に忠実なだけのな」
そこでサディクが笑うが、笑いながら言うサディクが気に触ったのだろう。

松永はかえって
「ふざけるなっ!身の程知らずに礼儀を教えてやるのもOBの義務だっ!」
と、声を荒げた。

一触即発…まさに今年度の3年生の将来が終わったかとローデリヒが青くなった時、生徒会室のドアが開いて、向こうからもう一人訪ねてきたらしいOBの声がした。

「ほぉ…では私はお前に社会良識というものをまず教えてやらんといかんな。廊下まで君の怒鳴り声が聞こえてるぞ。人に教える前にまず自分の品格というものを磨くべきだな。」

そう言いながらさらに生徒会室に入ってきたのは凛とした年配の男性。
はるか昔に海陽を卒業した世界的に有名な画家、黒河幽斎だ。
一介の役人とは格が違う。

その姿に気付くとさすがの松永もバツが悪そうに言った。

「相変わらず…手厳しいですね、幽斎先生。カークランドですか?」

「ああ、いや、エーデルシュタインに少しな。
親御さんと旧知の仲でな、彼の母上が出演する舞台のチケットを取ってもらう約束をしてたんだ。
ついでに…まあ去年は個展で忙しくて来れなかったので、今の生徒会を冷やかしに来たというのもあるが…」

「…暇ですね。羨ましいですよ。」
呆れたように言う松永の言葉に黒河は
「まあ老い先短いじじいがあくせくしても仕方あるまい」
とハッハっと笑った。

「で?去年から生徒会長をやっておるカークランドは?」
そこで大先輩に話をふられて、
「あ、俺です。」
と、アーサーは慌てて一歩前に出る。

「…っ!」
よろしくお願いしますと手を差し出すアーサーに、黒河は一瞬動きを止めた。
しかしそれも一瞬で、訝しげに首をかしげるアーサーに

「ああ、君がそうか。今年の生徒会長は随分と評判が良い。頑張りたまえ」
と、当たり障りのない言葉をかけると、くるりと反転してローデリヒにチケットの話をし始めた。

やがて冷やかしに来たOBが帰ったあと、緊張の糸がほぐれたようにホッと息をついて椅子に座るアーサーに、アントーニョはお疲れさん、と声をかけ、それからローデリヒを向き直った。

「なぁ、ローデ、どうしてもあーちゃんやないとあかんの?」
アーサーに向けていたのとは違ってかなり険しい顔でそういうアントーニョに、ローデリヒは少し困ったように視線をそらす。

「学校のモンだけでも十分嫌やねんけど、それ以上にさっきのオッサンみたいなのが出てくると、あーちゃんの身の危険感じるんやけど…。」

目付きも手つきもいやらしかったわ…と、思い切り顔をしかめるアントーニョに、

「なあ、優勝しないとってのはわかるけどな、ああいう権力カサに来たオッサンて図に乗った要求してきそうだし、断ったら断ったで機嫌損ねるから一緒だぞ?
それなら目に止めない方がまだ平和だろ。」

と、ギルベルトも加勢する。

「しかしですね…今年の3年生…」
とまだ言い募るローデリヒの言葉は

「俺がやる。」
というロヴィーノの言葉で再度遮られた。

「俺ならまだゴツい女にはならねえし、自分で言うのもなんだけどツラもまあいいからな。でもって、グダグダ文句言うやついたらジジイに言えばなんとかするだろうし…3年生とも関係ねえ。」

「え?…でも…」

それまで黙っていたアーサーが慌てて反論しようとする口を、ロヴィーノは自分の指先で塞いで阻止すると、

「俺が嫌なんだよっ。アーサーが出んのが」

と言ってアーサーの机の上の参加名簿のアーサー・カークランドの文字をペンで塗りつぶして、その横にロヴィーノ・ヴァルガスの文字を書き入れた。

「というわけで…完璧なコーデしろよ?ヒゲ男。やるからには負けたくはねえ。勝つぞ!」
と、最後にロヴィーノはピシっとフランを指さしてそう宣言した。




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