ヒロインは台本を前にため息をつく
「はあ?生徒会はクラブ活動じゃないだろ?」
都内屈指の名門進学校、海陽学園。
東大進学率日本一を誇るその高校の秋は当然受験一色になる。
ゆえに…他校ではその季節に行われる学園祭と言う行事はこの学校では初夏、5月後半に行われる事になっていた。
そしてそんな名門高校の中でもさらにエリートの集まりと言われる生徒会。
そのトップに君臨するのがアーサー・カークランドだ。
頭脳明晰スポーツ万能容姿端麗なだけでなく、武道の有段者にしてフェンシングの個人戦優勝経験者、ピアノも華麗に弾きこなすという、まあ一般人とはかけ離れた能力を持つ生徒会長様でも知らない事はあったらしい。
この時期だけ形成される学園祭執行部の資料を片手に、アーサーは呆れた声をあげた。
そこにはまあエリートといえども男だけの悲しい世界の学園祭で一番人気を誇る毎年恒例のイベント、ミス海陽コンテストの詳細が書かれている。
男子高なので女生徒などいないこの学園でのミスコン。
時代錯誤なことに -そう、創設以来の悪習といわれている- 男女七歳にて席を同じうせずとか、学問の妨げになるとか言う理由で、構内は女人禁制。
これが学祭の時すら続くため、当然候補者は正確には“ミス”ではない。
“ミスもどき”な男だ。
誰がそんなむさ苦しいモノを見たいのだと言う事なかれ。
ほぼ強制的に参加者を捜させるために各部対抗になっていて、優勝者を連れて来た部にはもれなくその年の部費倍増の特典がついているため、各部が必死になる。
それゆえ、そんじょそこらの美少女にも遜色ない美女…もとい男の娘が集うことになるのだ。
そういう中で全ての部が強制参加…なのは良いとして、その参加団体に何故か生徒会が名をつらねている。
生徒会は委員会なのだから、当然部費なんてものも存在しない。何故??
…というわけで冒頭の台詞になったわけで…。
「去年まで…全く見てなかったんですね…このお馬鹿さん…」
3年の会計、ローデリヒ・エーデルシュタインがため息をついた。
「去年は…あいつがいたからな…」
会長のアーサーに引っ張りあげられて何故か書記をやっているロヴィーノは、そこで、去年の夏、高校生連続殺人事件の被害者となって亡くなった元副会長、早川和樹の冷ややかな視線を思い出して身震いした。
アーサーの元親友 -早川本人はそうとは認めてはいなかったが- 早川和樹は、端から見ると実にわかりやすくアーサーに執着をしていた。
なまじ頭の回転の早い男だったので、アーサーに好意を持つ者、もしくは持たれる可能性のありそうな者は、アーサーに気づかれる前に排除するように裏で画策。
秘かに早川に陥れられて退学になった者までいることはアーサー以外には周知の事実だったりする。
アーサーの口添えで生徒会入りしたロヴィーノが無事だったのは、ひとえに年下だったのとヘタレとして有名だったのと、それよりなにより大財閥の会長で実は海陽に多額の寄付をしている祖父、ヴァルガス老のおかげである。
そんな早川がこんな色々と何かありそうなイベントにアーサーを近づかせるわけもない。
毎年生徒会だけは各部に混じって出場することになるこのイベントには、去年は早川がどうやってか -たぶん脅したのだろう- 出場を了解させた一般生徒が生徒会の代表として参加したはずだ。
アーサーもアーサーでこの時期は全体の仕切りで多忙を極める上、そのスケジュール管理は早川和樹が一手に引き受けていたため、言われもしない一イベントに注意を払う暇はなかった。
「あ~、もう前置きはいい、説明してくれ」
ということで今年も生徒会長様はお忙しい。
瑣末な事はどうでもいいというようにアーサーが言うと、ローデリヒが
「えと…ですね、原則的に参加は同好会などをのぞく、部活動として正式認定をされているクラブなんですけど、生徒会だけは別なんです。なんていうか…生徒代表というか…」
と、説明を始める。
「それで去年は早川が生徒会代表として代理参加者を連れてきたようですが、生徒会の人間を出さなかった上に優勝をサッカー部に持っていかれた事に、歴代の生徒会のOBの方々が酷くご立腹で、今年は絶対に生徒会役員で優勝を勝ち取れと厳命が下ってるんです」
「くだらない…」
気難しい顔のローデリヒの言葉に、アーサーはそう深々とため息をつく。
「まあそうなんですが…先輩方の言う事は絶対です。下手すれば今年の卒業生達の将来に左右しますから…」
「卒業後も関係が密というのは良いこともあるけど、面倒だな。」
そう…実に面倒なわけだが…各界の有力者揃いの海陽生徒会OBの言う事は絶対だ。
新卒の採用などさじ加減一つで当落させられる彼らを下手に怒らせると、本当に今年の卒業生が大学卒業後に大量に就職浪人しかねない。
しかたない…。
「で?誰が出るって?」
副会長は和樹の死後しばらくイベントもなかったので空席だったが、会長特権でその手の仕事が得意そうなギルベルトを放り込んだ。
会計はローデリヒ、書記はロヴィーノ。
基本的にはまず生徒会長が選ばれて、生徒会長の方で入れたい人員がいればいれ、いなければ最低各役職一人ずつは埋まるように選挙…というのが海陽式なのだが、アーサーの場合は本人が人見知りな事もあって、ギリギリの人数で、必要に応じて一般生徒から手伝いを募るという形をとっている。
生徒会役員から出すとなると、4人のうちの誰かということで……
「誰がってあなたに決まっているでしょう、お馬鹿さん」
眼鏡をクイっと指先で押しあげてローデリヒが言う。
「へ?」
「へ?じゃありませんよっ。ギルベルトの女装とか見たいんですか?それとも私の?!
いいですか?優勝しろとの御達しなんですよ?!
審査員は海陽の兄弟校の学生達…つまり勉学にどっぷり浸かっている女性慣れしてない女性に夢を見ている男子学生達ですっ。
例年のアンケートの傾向を見ていると、どこかの不良や女教師よりは、清楚な少女を見たいというのが大半です。
この4人の中で体格的にも容姿的にもあなたの他に誰がいると言うんですかっ!」
「ちょ…ちょっと待て……」
すごい勢いで語られるローデリヒの言葉にストップをかけようとアーサーは口を開くが、
「良いですか?本年度の3年生158名の一生がかかっているんですよ?」
と、ギラリと眼鏡の奥から睨まれて、アーサーは黙り込んだ。
その日は丁度海陽祭まであと1週間という土曜日で…学園祭の準備期間ということで、各イベントの企画書が生徒会室に集まっていた。
そしてその中の一枚、ミス海陽コンテスト参加者名簿の生徒会枠に刻まれるアーサー・カークランドの文字。
これがすべての始まりだった。
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