ファントム殺人事件 第一幕_2

主役の登場


「あ~…あのな、これから昼はその…一緒に食うやつがいて…お前も一緒にっていうのはダメか?」

昼休み、いつものように二人分の弁当を手に生徒会室を訪ねたロヴィーノに、アーサーはおずおずとそう問いかけた。

毎昼食を共にしているこの人は公では毅然とした態度なのに、ことプライベートとなると、急に心細気な繊細な空気を醸し出す。

実際普通にしていると、1つ年上のくせに容姿的にはかなり線が細いロヴィーノと張るくらい華奢で、それどころか若干日焼けしたロヴィーノと違って透き通るように真っ白な肌のせいで、むしろ幼く頼りなく見えるくらいだ。

入学当初、キビキビと周りを叱責していくこの人を恐れたのが嘘のように、不器用なその心を守ってやりたいと思うようになって久しい。

ロヴィーノ・ヴァルガス…高校2年生。
彼がかれこれ10ヶ月ほど片思いしている相手は一つ年上の生徒会長様だった。



「一緒に食うやつって…もしかしてあれか?アントーニョ?」
ロヴィーノがその名を出すと、生徒会長…アーサーは一瞬目を丸くして、次に得心したようにうなづいた。

「あ~、そっか。ヴァルガス老の紹介でうちの学校はいることになったんだもんな。孫のお前なら知ってるか。」

少し緊張した様子から一転、ホッとしたように笑う顔が可愛い。
今まではこんな気を許した表情を見せるのは自分にだけだったが、今では違うのだろうか…と、複雑な気分になる。


ロヴィーノの祖父は日本有数の大企業の会長だ。

しかしロヴィーノ自身は、社会経験を積むためにと普通の生活をしていた父の元、子どもの頃は極々庶民的な家々の集まる一角にある小さな一軒家に住んでいた。

その時に隣に住んでいたのが今話題に出ているアントーニョ・ヘルナンデス・カリエドだ。

ロヴィーノより一つ年上、アーサーとは同い年の彼とは幼馴染で、小さい頃から随分と世話になっていた。

大企業の跡取りのくせに人見知りで不器用なロヴィーノと違って、まるで太陽のようにいつもニコニコと明るく面倒見が良い。
ロヴィーノが素直になれずに生意気な悪態ばかりついていても気にすること無くいつも笑顔で世話を焼く。

親分を自称していたが、まさにその言葉がぴったりの性格をしていた。

成績こそそれほど良くはなかったがスポーツは万能で、誰彼かまわず手をあげたりもしなかったが、とにかく強かった。

ロヴィーノが中学の頃、祖父が大企業の社長ということで誘拐されかけた時に、大の大人二人をたった一人で伸してしまったくらいだ。

その直後にロヴィーノは社長の座を祖父から継いだ父に従って祖父の用意した社長らしいご立派な家に引っ越したが、それまでは確かにその手に守られ、安心感を得ていたのだ。

明るくて皆に好かれていて優しくて強い…自分とは正反対の幼馴染…。
それが祖父が手配してこの学校に転校してくる事になった。
普通なら再会を大いに喜ぶところではあるが、今回ばかりは喜べない。

余計な事しやがって、クソジジィ!…と心の中で悪態をつく。

悔しいがおそらく男としたらかなり魅力的な部類に入るであろうあの幼馴染が自分の想い人の側にいて心穏やかでいられるはずがない。

自分の事も不器用すぎて放っておけなかったあの男のことだ。
きっとアーサーの事も放っておけないとせっせと世話を焼くのではないだろうか…。

せめて…アントーニョのほうがそういう意味でアーサーに興味を持たず、自分に協力してくれればいいのだが…

とりあえず会ってみないとなんとも言えない。

「ジジイの関係でもあるけど、それ以前にガキの頃隣に住んでた幼馴染なんだよ。」
昼食を共にすることを了解すると、ロヴィーノはそう説明した。

「…おさななじみ……」
アーサーの表情が一瞬曇って、しかしすぐ通常に戻った。
ほんの一瞬の事だったが、もちろんロヴィーノはそれを見逃すことはない。

ロヴィーノがアーサーとアントーニョが親しいのが嬉しくないように、アーサーもまたロヴィーノとアントーニョが親しいのがあまり嬉しくないらしい。

それがロヴィーノと同じ理由ならば嬉しいのだが……
期待と不安…その両方を胸に、ロヴィーノはアーサーのために作った弁当を手にアーサーに従った。



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