幸せ家族の作り方_2

「イギリス、ご飯やで~」
コンコンと開いたドアをノックして、スペインが朝食のトレイを手に部屋に入ってくる。

毎夜の性交で朝はダルいが、目を覚ませばちゃんと身は清められているし、食事は運ばれてくるし、日々予定があるわけでもなく刺繍やパッチワークなどに勤しみながらダラダラと過ごすので、物理的に支障があるわけではない。

そう…物理的には…ではあるが……。



ことの始まりは今から1ヶ月半くらい前、2月12日の事である。

その前日からイギリスは未来の自分から未来の自分の子どもアリスを預かっていた。

しかし赤ん坊と言うこともあってなかなか色々が上手く行かず悪戦苦闘していたところに、颯爽と現れたのが、仕事で自宅を訪ねてきたスペインだった。

それまでイギリスとは大して良好とは言えない関係だったスペインだが、

「ほいほい、お腹ペコペコやんなぁ。可哀想に」

と、手慣れた様子でアリスの離乳食を作ってくれたあと、前日からミルクを飲んでくれないアリスのために一睡もせず、お腹は空いているらしく泣き続けていたアリスと一緒にポロポロ泣いていたイギリスに

「頑張ったな。よお一人で頑張った。もう一人で頑張らんでもええで。
親分が一緒に育てたるからな。」
と優しい口調で言って頭をなでてくれた。

心底ホッとした。
こんなにどうしようもなく不安な時に温かい言葉をかけてもらったのなんて初めてだった。

なんのかんの言ってフランスと並んでヨーロッパでも古参の部類で、なんやかんやで他国を引き取り、その面倒を見てきた男だ。
不器用でアメリカ一人きちんと育ててやれずに最後はひどい決裂の仕方をされた自分とは大違いだとイギリスは思った。

ひどく安心して、その後すすめられるままアリスをスペインに任せて休んでしまったが、その間もさすがに自他共に認める子ども好きというだけあって、実に上手に世話をしてくれたらしく、起きたらアリスはすっかりスペインに懐いていた。

それだけでなくスペインは、アリスを預かった直後、ミルクを飲まないアリスに母乳なら飲んでくれるのでは?と思って自分にかけた女になる魔法が時間差で効いてしまって、目の前でいきなり女になってしまったイギリスに引くことも無く、返って一緒に服や靴まで買いに連れて行ってくれた。

仕事に来たはずなのにこんな面倒事に巻き込まれた事に文句ひとつ言う事なく、まるで本当の父親のようにアリスを可愛がり、あまつさえ、

「ヒールなんて慣れんから歩きにくいやろ?
ええから、親分につかまっとき。」

と、可愛さのあまりよく考えずに勧められるまま買ってしまったヒールの高い靴にふらつくイギリスに対しての気遣いまで見せてくれる。
良く出来た男だ。

最初は遠慮しながらも、そのうち楽さに負けてすっかり体重を預けてしまったが、片手にアリスを抱きながらイギリスにもたれかかられても全くふらつくこともない。

まるで家族の大黒柱のように、アリスごとイギリスを支えてくれる。

幼い頃から一人ぼっちでこんなふうに守り守られ愛し愛される家族のような生活をするのは初めてだった。
正確には新大陸の元弟達が小さい頃は短い間ではあるが家族のように過ごしたが、その時は守り、愛すべき対象はいたものの、こんなふうに自分の隣で支えてくれる相手はいなかったのだから…。

思いがけず訪れた幸せな1日。

が、12日いっぱいと言う約束だったアリスが未来に戻っていった瞬間、スペインが豹変して襲われた。

あまりにも和やかで幸せな時間の後だけにそれはひどく衝撃的な出来事で…しかも衝撃はそれだけでは終わらなかった。

その初めて抱かれた後に、ベッドに寝ている自分の写真を見せられたのだ。
別に裸とかではないが、首筋や鎖骨にスペインがつけた紅い痕が転々と散っているのがわかる。
そして…これを自分の周りの人や国々にばら撒かれたくなければ1年休みをとれと言われて渋々従った。

もし自分が普通の人間ならこんなことくらいでは屈服することはないのだが、国という立場がある。
いきなり手違いで女になって戻れなくなった挙句、乱暴されても何もできなかったなどという弱みを他国に晒すわけにはいかない。

こうして休みをとらせて何をするかと思えば、スペインは自国の…おそらく自分の別宅へとイギリスを連れ帰って、ただ一緒に暮らさせている。

理由はイギリスには未だにわからない。

なにしろ…日常の家事は全てスペインで、生活全般の費用も当然スペイン持ちだ。
イギリスには日がな一日好き勝手に過ごさせていて、何を求める事もない。
ああ…夜の営み以外は…だ。

毎夜毎夜イギリスを抱き、それ以外は全て自由にさせている。

夜を共にする相手が欲しいだけ…というのも変な話で、ああ見えてもスペインはモテる。
顔は良いしスタイルも良い上、明るく人当たりも良い男だ。

抱く時も特殊な性癖があるわけでもなく、最初の時こそ合意ではない上に経験もなかったので怖かったし痛かったが、それでもかなり優しかった気がするし、決してスペインを含めて他人には言えないが、昼間イギリスを支えてくれた大きく頼もしい手に触れられて、あんな状況なのにまるで愛し愛されて身体を繋いでいるような、そんな錯覚さえ覚えてしまった。

それから毎晩のように抱かれはするが、決して乱暴に扱われる事はない。
なるべくイギリスの身体に負担や苦痛を与えないように…という気遣いが、行為のはしばしから伺える。

だからこそこんなことをする意味がわからない。

毎晩ひどく優しく抱かれること以外は何もしないで好きにしていていいというなら、立候補する相手はいくらでもいるだろう。
何もこんな誘拐まがいの事をしなくても、その気になればよりどりみどりだ。

最初の2週間はとにかくよくわからなくて警戒した。
次の1週間は混乱しながらも慣れてきて…さらに次の2週間は完全に慣れてきて自由時間を楽しんだ……そして今週6週目…急に色々が不安になりだした。

最初が無理矢理だったため、優しく接してこられて拒絶しても、それは優しさに対してではなく、無理矢理な事に対してのものだと認識していた。

しかし突然、そうして優しく甘やかされる事に自然と慣れてきてしまった自分が怖くなる。

だって未だにスペインの目的がわからないのだ。

考えてみれば元々不仲だったわけだから、実はいまだって優しくみせかけておいて、それにすっかり慣れてしまった頃に突き放すつもりなのかもしれない。
それで一人で立ち上がれなくなったら、指をさして笑うつもりかも?
そんな事を考え始めると急にクルクルとその事ばかりが頭を占めて不安になってきた。

「イギリス?どないしたん?」
人のよさそうな顔で…心配そうに覗きこんでくる。
これも嘘なのか?
騙そうとしているのか?
色々がクルクルクルクル……

「どないしたん?どっか痛いのか?」
止まらない涙に焦る声。
優しい…いや、優しく感じさせるだけの手。
本当はこれも嘘なんだろ?
「出て行けっ!顔も見たくないっ!!」
とその手を振り払ったら、ひどく傷ついたような顔。
一瞬悪いことをしたような気になったが、でもこれもきっと演技なのだから気にするだけ馬鹿だ。

「なんか機嫌悪いんやな。
ほな親分下におるから、あとで食器片付けにくるな。」
と、ポンポンと軽く頭をたたいて怒ることもなく部屋を出て行く後ろ姿を見送って、イギリスはベッドに突っ伏した。

イライラしすぎて胃がムカムカする。
食事のトレイを遠くに押しやってイギリスはまたベッドに潜り込んだ。
眠ってしまおう。
眠ればきっと気分も少しはマシになるだろう。




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