青い大地の果てにあるものGA_10_2

温かい…気持ち良くて…少し…なんだろう…満たされた気分だ。

身体はひどくだるいのに、なんでこんなに幸せなんだろう…

アーサーはふんわりとした意識の中、温かいそれに頬を擦り寄せた。
すると身体を覆う表面が広くなる。


気持ち良い……
このままずっとまどろんでいたい…

なのに頭上から音…いや、声がする。

切羽詰まったような……

自分を呼ぶ声……

…うるさい……
と、口にすれば、それは存外にかすれた声になった。

…た…ま……たまっ!!
それに対してさらにうるさく呼ばれて、アーサーは渋々重い瞼を開けた。



まず視界に入ってくるのは黒いシャツの胸元で揺れる鉄の十字架…。

見覚えがある…
それはギルベルトがいつも身につけている物だ。


…ぽ…ち……?

状況がよく掴めない。

それでも自分を抱きしめているのは紛れもなく極東地方出身の白人だ。
桜の実家の一族のお館様…そして自分の相棒で…自称恋人の…


「…タマ…タマ…タマ…」

ぎゅうぎゅう抱きしめられて顔は見えないが、抱きつぶさないようにとそれでも理性で力加減をしているらしい腕が震えている。

いつもはアーサーには優しく穏やかな声が今は切なげで…そんな声で繰り返し呼ばれて、相手が半分泣き声なのに幸せな気分で満たされた。

しかし普段は本当に冷静なのに今はあまりに興奮しているこの男に事情を聞くのは無理そうだ。

そこでちらりと周りを見渡すと、運転席には何故かフリーダム本部長。

その隣の助手席には極東時代、長い長い…本当に長い間コンビを組んできた2歳年上の少女…。


「アーサーさん、あなた何やってるんですか…。
私が居ない時にヘブンズストーム使うとか馬鹿ですか?」

と、視線を向けるとそれに気付いた桜はギルベルトとは対照的に呆れたような声で冷やかに言い放った。

…怒ってる…と普段なら慌てるところだが、今回は仕方ないと思う。

「だって…全員で死んでも仕方ねえだろ。
誰かが引きとめておかないと逃げられないし、フェリにそれ無理な以上、俺が残るしか…」

ちゃんと理由があるのだ…と主張してみたのだが、それに桜が答える前に、頭上で低い声が聞こえる。


…仕方なくねえ……

「へ?」

「仕方ねえわけねえだろうよ…。
そう言う時はタマは真っ先に逃げろっ!」
と、こちらもお怒りのお館様にアーサーは思わず顔をあげた。

「…次にこういう事があったら、梅を犠牲にしてもフェリちゃんを犠牲にしても戻れ」
と言うギルベルトは人でも殺しそうな目をしている。

アーサーの前では常に笑みを絶やさなかったギルベルトのそんな顔にアーサーはすぐには適切な言葉が出ない。

「でも…」
とかろうじて言うも、即

「でもじゃねえ」
と遮られた。


「タマ…良いか?
戦力的に梅とフェリちゃん2人分としてもタマの方が上だ。
つまり組織の戦力として損失が大きい。
更に言うなら…今回タマが死んでたとしたら、俺は即タマのあとを追ってたからな?
つまり…本部は現段階で最強と言われてるジャスティスも失う事になると思え」


う…ああ……と思う。

ひどく思い詰めた顔…。
すごい脅しだ。

…だが、おそらくギルベルトは本気だろう。
こういう冗談を言う男ではない。

あまりに張り詰めた様子になんと答えて良いやらわからずにアーサーが目を見開いたまま硬直していると、ギルベルトはゆっくりとアーサーの頬にその手を添えた。


「まあ…もう二度と俺様が居ない時にタマが出動するような事態は起こさせねえから…。
でもってだ…俺様が健在ならタマに怪我させるような事はしねえし、俺様がもうやばいって言う時にはちゃんとタマを苦しまないように一息で逝かせてやるから…」


――二度と1人で戦場に取りのこさせたりしねえ…


と、ギルベルトはこつんとアーサーの額に軽く自分の額をぶつけて、まるで誓いの言葉のように静かに…しかしひどく緊張を帯びたような真剣な声音で呟いた…。



「…たまが…大事だ…」

と額と額をくっつけたまま、内緒話のように…告白のように…小さな小さな声で言う。

それは紛れもない真実だと疑い深いアーサーにさえ伝わるような真摯な様子で……

「…うん…」
と頷くアーサー。

それ以外に何が言えると言うのだろうか…。




「まあ確かにギルちゃんの精神面も大事やねんけどな」

と、そんなしんみりとした空気をやぶるように、それまで黙っていたアントーニョが極々普通の世間話でもするような口調で口を挟んだ。


「確かにギルちゃんが言うたみたいな割りきりは必要やで?
優先順位としてな、自分に何かあったらギルちゃんが働かなくなる言うのを別にしても、助けなあかんのは桜ちゃん=エリザ=ギルちゃん=自分や。
正直戦力としてはフェリちゃんと梅ちゃんは半人前やさかいな。
生き残れる確率が同じやったら、戦力になるあたりから残さなあかん。
もちろん、ジャスティスと俺らフリーダムやったら、ジャスティス優先な。
それはフリーダムの頭の親分かてかわらへん。
せやから今回は本部の防衛もあるさかい人員仰山さけへんし、フリーダムでいっちゃん強い親分がいざとなったら囮になってその間に桜ちゃんに自分回復させて2人で逃げてもらおう思うてここに来とるしな。
親分は頭やから普通やったら自分の身ぃを一番に優先せなあかんけど、フリーダム仕切るだけやったら代わりは仰山おるし、最大でもたった12個のジュエルが選んだ最大12人しかおれへんジャスティスとは比べられへんやん?
豪州、極東と支部二つ壊滅してるしな。
今までとちゃうねん。感情に流されたらあかんよ?」

「そのあたりは…アーサーさんもわかっていらっしゃると思ってましたが…?」
と桜がそれに同意するように言葉をつなげる。


そうだ…極東では自分の命優先は当たり前だった。

わかっていたはずだ。
なのに何故本部ではできないんだ…。

今初めてそれに気づいてアーサーは唖然とした。

あの時…誰を優先に逃がすべきかなんて考えもしなかった。
脳内ではいかにフェリと梅を撤退させるかしか思い浮かばなかった。


「…だって…フェリは……」

フェリは…友達だから……と言いかけてアーサーは慌てて言葉を飲み込む。


自分は替えのきかないジャスティスだからと優遇されてきた身でそれを言うのは、これまで自分のために死んでいったフリーダム部員達に失礼な気がして言葉に詰まった。

それでも…本部はあまりに優しい場所だったのだ…

友達がいて…恋人だと言って守ってくれる相手がいて…極東支部と違って誰もアーサーを責めたりしないし害したりもしない。

そんな優しすぎる毎日がいつのまにか当たり前になってしまっていた。

フェリを死なせたくないのはジャスティスだからじゃない…。
だって極東にいた頃は必要なら自分はもちろんだが桜でさえ見限れたと思う。

優しさと幸せに触れすぎて、自分は弱くなってしまったのだろうか…
でも無理だ…出来ない……

どうして良いかわからず出てこない言葉の代わりにアーサーからポロリと零れ落ちた涙。

それまで硬い表情だったギルベルトはそれを指先でぬぐうと、少し表情を和らげた。


「…ま、これからはその決断は俺様がやるから…。
タマは心配しなくていい。
タマがしなきゃならねえキツイ決断は全部側にいる俺様がやって背負ってやるからな?
安心しろ」

ちゅっと額に優しい口づけが降って来て一気に力が抜け、身体が完全にギルベルトに預けられると、ギルベルトはまるで子どもにするようにポンポンと優しく背を叩く。


「もう誰にも…タマ自身にだってタマを傷つけさせたりしねえから」
と続けられた言葉に、前方からはぁ~っとため息が返ってきた。


「師匠…アーサーさんに甘すぎです」
と、呆れた声の桜。


それに頭上でギルベルトが小さく笑って

「お前が俺様にタマをお任せしますって言ったんだろ?
お任せしたからには文句言うなよ?」
と言いつつアーサーの頭を優しく撫でた。



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