青い大地の果てにあるものGA_7_4

「飛鳥っ」

巨大カマキリの群れに向かいながらギルベルトは左右に手にした刀を交差させたあと、一気に両腕を広げた。

すると二本の刀の間から赤く燃え上がる鳳凰が現れてかまきりを一気に焼き払う。


羅刹中のみ使えるそれはジャスティスの通常攻撃程度の破壊力を持ち、しかも効果範囲が広い。

さらに意思を持つ攻撃ゆえ敵味方を区別して攻撃すると言うおまけつきだ。



10年前、アントーニョを救ったのはまさにこの一撃だった。

羅刹モードに入ってからずっと、ピキピキと全身の筋肉が悲鳴をあげるのはなんとなく感じるが、羅刹状態でいる間はそれも動きを止めるには至らない。

苦痛も疲労も押し込んで、体中が闘気に満たされる。


前方の雑魚を一掃して鳳凰が再び刀に吸い込まれると、炎の中から3つの人影が現れた。

10年前一度使ったきりだったこの能力も、自身が成長して体ができてきた今なら以前よりは長持ちするはずだがそれでも3人相手となると一人にかけられる時間はそう多くは無い。

ギルベルトは一気に間合いをつめた。

手負いの敵はそれでも戦闘心は全く落ちてないのか、一人は大きく跳躍して距離を取り、二人はギルベルトの左右に分かれて迫って来た。


「朧」
ギルベルトは唱えて周りに多数の刀を発生させる。

飛鳥と同じく羅刹時にのみにしか使用できないそれは、通常時のRote Federnに似ているが、敵の攻撃を吸収する力しかもたないそれと違って致命傷までは与えられないものの、攻撃を吸収しつつも近づく者にダメージを与える武器の機能も合わせ持つ。

そう、羅刹モードでは全ての技が攻撃力を持つが、技は使うたびまた、自分の身体にもダメージを与えていく諸刃の剣となるのだ。


2回目の技を使った事でおそらく羅刹を解いた時のリバウンドがひどいだろうことは容易に予想出来た。

これ以上はなるべく迅速に、なるべく通常攻撃で、と、ギルベルトはとりあえず左の敵は無視をして右側の敵に集中した。



「まず一体!」

ザシュっと音をたてて血飛沫が舞い、敵が倒れる。

通常攻撃からするとあっけないほど簡単に敵が倒れているが、タイムリミットを考えると笑えないと、1体目のイヴィルの遺体に即背を向けて、ギルベルトが次のイヴィルを振り返った時だった。

それは淡い淡いグリーンの光。

普通なら戦闘中に正体不明の光が近づいてくれば避けるところだが、その光はとても慕わしい何かがある。

そのまま避ける事なく包まれると、思った通り優しい何かが身体中に染みわたって行った。


…ああ…なんだかわかんねえけどタマだな…
と、何故だかそれだけはわかる。

筋肉の悲鳴がなりをひそめ、その代わりに身体中の気の循環が良くなったように、力が身体の中を無理なくクルクル回り始めた気がする。

一瞬その不思議な感触に気を取られたすきに、左の敵がつめよってくるが、朧にはねとばされてかえって軽くダメージをうけた。

そこでギルベルトは最後の大技を使う。


「幻界...夜叉っ!」

唱えたとたんギルベルトを中心に炎が広がった。
敵の視界から炎の中のギルベルト以外の景色がきえる。


幻界夜叉。
羅刹モード時のみ発動可なこの技は全ての敵の注意を完全に自分だけにむける技だ。

炎自体にはそれほど殺傷力はないが、多少の熱さと遮られる視界で、敵は完全にギルベルトにのみ敵意をむける事になる。

これで羅刹モードの技は全てだ。

今回はアーサーを休ませてやりたいというのもあるが、組むなら自分の能力を全て把握しておいてほしい…そのために一通り出してみた。

ということで、お披露目完了とばかりに、まず万が一の事を考えて後ろに攻撃の行きやすい遠隔系の敵から切り捨てようと敵後方に跳躍すると、左側の敵があわてて戻ってギルベルトに向かって生き物のようにうごめく鞭を振り下ろした。

ギルベルトはそれを軽くとはねかえす。

そして隙のできた左後ろの敵を振り向き様切り捨てると、即跳躍してあわてて呪文を唱えようとする最後の敵の頭に刀を振り下ろした。

「アズビフォア...」

最後の敵がその場に崩れ落ちると、ギルベルトは刀の柄に指を二本置いてそう唱えてアームスをペンダントに戻すと、念のため敵が確かに息を止めているのを確認して、後方に待機しているアーサーの所に戻った。





「…タマ?どうした?大丈夫かっ?!」

ギルベルトが戻った時、アーサーはその場にしゃがみこんで、子どものように泣いていた。

「タマ?どうしたんだ?どこか痛いのか?」

と、自分もその前にしゃがみこんでそう問えば、アーサーは腕の中に顔をうずめたまま、黄色い小さな頭を横に振る。


「…タマ…顔あげてくれ」
と言えばゆっくりとあげられる涙いっぱいの顔。

「…怖かった……」
と嗚咽しながら言うのは、アーサー自身の危険についてではないだろう。

続いて

「…1人は…や…だ……」
と言う言葉に、罪悪感が一気にこみ上げた。


「ごめんな、ごめんっ!
ちゃんと説明しておけば良かったな。
俺様、ジュエルとの共鳴は3段階まで行ってるんだけどな、1段階目は剣、2段階目は槍で、3段階目は今の日本刀の二刀流、通称羅刹モードで…。
だいたいは第三段階って身体の限界まで力使うから、死ぬ奴も多いんだけどな?
俺様の場合は力使いきる前に一気にたたみ込む事にしてっから、使ったあとはギリギリ生きてるっつ~か…11歳の時に一度だけ使った時は動けなくなって1週間ほど入院生活くらいでなんとかなったんだ。
今はあの頃よりは体力あるから、余裕とは行かねえけど、まあ2,3日動けねえくらいですむかなと思ったんだけどな…」

「…おれっ…おれのジュエル……」
「うん…」

「…まいかい…だい三だんかい使って…もちぬし…死んでるから…っ…」

「…ああ、そうだったのか…。
じゃ、タマは絶対に使ってくれるなよ?」

ギルベルトはそう言ってアーサーを抱き寄せてその額に口づけると、横抱きに抱きあげた。




「なんだかタマ何かしてくれたんだよな?
俺様、羅刹使っても全然リバウンド来てねえし…。
だから…やばくなったら俺様が羅刹で全力で戦うから。
タマは絶対に第三段階禁止な?」

アーサーを抱いたまま車に戻ると、ギルベルトはいったんアーサーを降ろして助手席のドアを開けてアーサーを乗せると、自分は運転席側に回り込んで、同じく車に乗り込んだ。



「…あれで…大丈夫…だったんだよな?」

静かに車を発進させると、少し落ちついたのだろう。
それでもまだくすんくすんと鼻をすすりながら、アーサーが聞いてくる。

「おう。てか、タマってヒール使えたんだな?」

桜がジャスティス唯一のヒーラーと聞いていたんだが?と、チラリとアーサーを横眼で伺うと、アーサーは少し考え込んで

「…正確には…桜みたいな治癒とは違う…」
と答えた。

「ふーん?どう違うんだ?」

と、そこはパートナーとしては知っておかなければ…と、ギルベルトがさらに聞くと、アーサーは不思議な答えを返してきた。


「ポチ専用」
「はあ?」

嬉しい…嬉しいけど、意味わかんね…と、顔に書いてあったのだろう、思わずそう返すと、アーサーは指先でツン…と、ギルベルトの腕をつついた。

「桜のは治療。
ジュエルの力を使って怪我を治す。
それに対象者の能力は一切必要ないし、対象者は死にかけてても普通に直せる。
赤ん坊から老人まで、誰に対しても変わらずに治療できる。
俺のは…治癒じゃなくて体質変化っていうのか?
さっきポチは羅刹を能力の限界って言ったけど、戦うのに必要な部位を限界まで使っているとしても、その時使ってない身体の部位って絶対にあるだろ?
それこそ…爪とか髪とか歯みたいに自分で動かせない部分とか?
刀振るのに状況確認に耳で音を拾うとしても、外耳の部分とか、それこそ耳たぶとか使ってないよな?
あとは刀振ってる時は使っても止まってる時は使ってない筋肉があるし、逆もしかり。
そういうその瞬間瞬間に余剰になっている部位の力も全部均一化して、体力の底上げをしてるんだ。
自分で動かせない部位はとにかくとして、その瞬間に使ってない筋肉の力って言う意味だと、ポチみたいに鍛えてたらかなりの数値になるから、使っている部分を限界まで使っても、その余剰で余裕で補える。
でも桜みたいにジュエルから力を得ているわけじゃなくて、飽くまで対象者の持っている身体の力の調節に過ぎないから、元々体力のない相手には何も意味はないし、負った傷を治したりできるわけじゃない…ってことでわかるか?」

「おう。つまり普通に活動するのに50力が必要だとして、100ある手の力を0になるまで使っても、足を使ってないなら、100ある足のちからのうち50は手に回すから、手が使えなくなる事はねえが、もともと50しか力がない奴がそれやろうとしても半分にしたら25しかないから、動けなくなる。
逆に200ちからがあるなら、手の力200使いきっても足の力の半分の100を回せば、活動するのに全く影響ないどころか、普通のやつよりよほど元気…ってことだよな?」

「そうそう、そういうことだ」
コクコクと頷くアーサー。

「そっか。それいいな。
タマが居る限り、俺様文字通り無敵じゃねえかっ。
羅刹使い放題なんてすげえな。
元々な、気持ち的な部分からタマとはずっと一緒のつもりでいたけど、これで本当に能力的にも一生離れられねえし、守っていけるな」

「…一生……」

「おう、一生だぜ?
タマは俺様のモンだし、俺様はタマのモン。
俺様はタマのために全力で戦うし、全身全霊をかけてタマを守るから、タマも俺様をフォローしてくれな?」


――タマを未亡人にはさせねえからな?遺族年金はもらえねえけど、その分稼いで貢ぐからっ

と、出動前のやりとりになぞらえてギルベルトが叩く軽口に、あんなに不安だった気持ちが薄れていって、アーサーも吹きだす。


「そうだな。とりあえず冬の前にまず炬燵でも貢いでもらおうか」

アレ好きなんだ、と、言うアーサーに、

「おうよっ!俺様も好きだぜ~炬燵。
どうせなら部屋を畳敷きに変えてでっかい奴買おうぜ」

と、答えて、ギルベルトはアクセルを踏み込んだ。





0 件のコメント :

コメントを投稿