遠征前…
「部屋でお茶淹れろよ…」
遠征の打ち合わせ後、自室に戻る途中でアーサーがうなだれるアントーニョにポツリと言った。
一見情け容赦ない言葉のように思えるが、それはいわゆる
『一人で落ち込むくらいなら部屋に来い。お前のためじゃなくて俺のためなんだからなっ!』
というツンデレのテンプレートの簡易版なわけで…もちろん真意はアントーニョにも伝わっている。
そういうことで、黙ってうなづいてアーサーの部屋に入ってドアを閉めて鍵をかけると、アントーニョはぎゅっと後ろからアーサーを抱き寄せて、肩口に額を押し付けた。
普段騒々しいくらいおしゃべりな男が一言もなく、ただただ涙でアーサーの肩を濡らしている。
元々情の深い男なだけに、今回のことはショッキングだったのだろう。
アーサは後ろ手にその黒髪のくせっ毛をクシャクシャっと撫でながら、
「ほら、靴脱げ。部屋行くぞ。今日は特別に俺がとっておきの玉露淹れてやる。」
と促すと、アントーニョはまた黙ってうんうんとうなづいた。
こうして二人タタミの部屋にあがって、アーサーはお湯を沸かしに行こうとするが、アントーニョは
「嫌や…離れんといて」
と、抱きついたままの腕の力を緩めない。
「お湯沸かしにいけねえ。」
と言いつつしばらく格闘してみるが、攻撃特化型ジャスティスの怪力を振りほどけるわけもなく、やがてアーサーは諦めてため息をついた。
「わかった。ここにいるから、いい加減放せ。」
「嫌や。離れたないもん。」
「…もんとか言ってんじゃねえ。可愛すぎて不覚にもときめいた」
子どものように泣きじゃくるアントーニョにアーサーが苦笑すると、
「ホンマっ?!」
と、アントーニョは嬉しそうに顔を上げて、クルリとアーサーの身体を反転させて、正面から抱きついた。
「タマ~。お茶よりこのままシェスタしよ?一眠りしたら茶は親分が淹れるさかい。」
グリグリと大型犬のように抱きついてくるアントーニョにアーサーは
「仕方ねえな。美味い一杯淹れろよ?」
と、自身も疲れている事もあって、その提案を受け入れる。
長年一緒にやってきた仲間を手にかけた精神的な疲れのせいか、横たわるとすぐ寝息をたてて眠ってしまったアントーニョの顔をアーサーは覗き込んだ。
精悍だが甘いマスクというイメージがあったが、こうやって涙の痕を残しながら眠っていると意外に幼い可愛らしい印象も受ける。
(まつげ…結構濃くて長いな…)
少し伸びすぎた前髪が額にかかるのを払ってやると割合広い額が現れた。
「お前…意外に可愛いとこあるよな」
クスクス笑みをこぼしながらアーサーはその額を軽くつついて、その頭を胸元に抱え込むと自分も目を閉じる。
自分よりも高い体温に自分自身も戦闘で疲れているせいもあってすぐに眠気が襲ってきた。
そしてそのまま意識を手放す。
パチリ…と、アーサーの寝息を聞いて目を開けるアントーニョ。
「ほんま…自分の方が可愛すぎやん。
耳元で可愛い笑い声とかどんな拷問や。襲ってまうで?」
自分の頭を細い腕で胸元に引き寄せるアーサーのほのかに甘い薔薇と紅茶の香りに包まれて耳まで赤くなったアントーニョがこっそり起きて抜きに行って戻ったのは、グッスリ眠っているアーサーは当然知る由もなかった。
こうして色々ありながらも、初遠征の日は近づいてくる。
フリーダムの面々が世界中を調べまくってみつけた遠征先の敵の基地は……
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