天使な悪魔_2章_5

迷医ギルベルト


「ヴェ~、ギル、これ大丈夫なの?!」

どこまでも続く広い道をありえないスピードで疾走する車。
その助手席で手すりを握り締めるフェリシアーノ。

「アントーニョ兄ちゃんのとこにたどり着く前に俺達死んじゃわない?!」
涙目でそう言うフェリシアーノにギルベルトはケセセっと笑う。

「大丈夫だってっ!俺様の運転に間違いはねえっ!」

ガッタンゴットン本来はこんなスピードで走らせる車種ではない救急用の車が舌を噛みそうな勢いで車体を揺らしながら一歩間違えば霊柩車になりそうな勢いで走っていた。

それでも運転席のドライバーは楽しげに口笛を拭いている。

「ギルって…こんなだから本当は優秀な医者なのに出世できないんだよ…」
フェリシアーノは安全運転をさせるのは諦めて、小さくため息をついた。



天才医師ギルベルト・バイルシュミット。

自軍の中でその名を知らぬモノはいない優秀な外科医だ。
ただし…その性格に難ありという事でもとても有名な……。

元々は出世街道まっしぐらだったギルベルトがコロンとそこからドロップアウトしたのは、当時の中将様のご子息様に随行して戦場をかけめぐっていた時だった。

危険な戦場で名をあげさせたい…そんな偉いさんの無茶な希望で、決して怪我をさせてはならない、無事に返さないといけないお坊ちゃんを配属された最前線の部隊は混乱を極めていた。

そこでお坊ちゃんのお守役の一人に抜擢されたのが、すでに名医として名高かったギルベルトだ。

医師としてだけでなく軍人としても優秀な彼なら、万が一の事があってもなんとかするだろう…そんなはた迷惑な理由で配置されたのだが、そのギルベルトでも世間知らずのお坊ちゃんの暴走は止められない。

待てっ!というのに功を焦って敵のど真ん中に特攻し、当たり前の一斉砲火。
他の護衛が文字通り肉盾となってなんとか撤退。

お坊ちゃんは腕に一発かすめたくらいで済んだのだが、重傷者多数。

撃たれた、血が出た、早く手当しろと叫ぶお坊ちゃんを放置で重傷者の手当を優先したのがまず気に触ったらしい。

それでも一番軽傷のお坊ちゃんを最後に手当し、重傷者を率いて本部まで撤退。

名誉の負傷を負いながらも生還したっ、さすが我が息子!と手放しで褒めるバカ親に

「あ゛~?そのお坊ちゃんの暴走のおかげでしないでいい撤退することになったんだが?」
と、素直に言ったのもまずかったらしい。

その後も他の重職の親の息子を怪我のリハビリでシゴキ過ぎて当の息子から、あいつは俺を殺す気だ!などと泣きつかれた親に睨まれたりと、過保護な親たちからバッシングの嵐。

それでも軍のトップであるローマ・ヴァルガスに見込まれていて、その孫であるフェリシアーノを助手につけられているためかろうじてクビを免れている。

というわけで、腕はいいのに出世できずに現場をウロウロしているのだが、本人はその生活をいたって気に入っているので無問題らしい。

時折自らも最前線で銃や刃物を片手に敵をなぎ倒しながら怪我人を拾っている。

その結果【腕はいいのに非常に残念な迷医】と称される事だけが本人の不満の種だ。




華麗な俺様と小鳥さん号


“華麗な俺様と小鳥さん号”
…そう名付けた彼の愛車は彼個人のモノである。

そう…車の側面にはドヤ顔でピースサインを出している自分と小鳥さんの絵。
軍の備品をよもやそんな痛車にできるわけはない。

だが“華麗な俺様と小鳥さん号”は、みかけの痛さとは裏腹に、彼の趣味で移動病院のように改造されているなかなかお役立ちな車だ。

備え付けられた二段ベッド。
冷蔵庫には各種薬品。
医療品が入った棚ももちろんある。

内装が一面小鳥さん模様な事を除けば、立派な簡易病院だ。

給料の半分以上をつぎ込んで日々医薬品を常備し、車の改造に勤しむギルベルト。

休暇ともなればそれにのって戦闘地域の村々を周り、無償で病人や怪我人の治療に勤しむ。

自身も戦災孤児で、幼い頃にたまたま孫を連れて村を訪れたローマに拾われ教育を受けさせてもらい今に至るわけだが、彼曰く

「ジジイは俺様にしてもらわねえとなんねえ事なんか何もねえだろ。
だから俺様は受けた分の恩は今それが必要な奴らに返す。
で、俺様がそいつらに恩とか返してもらう必要はねえから、そいつらはまたそいつらの手が必要な奴に返せばいい。
そうやって皆が誰かのために善意の手を差し伸べ続ければ、いずれは広い地球をぐるっと一周回る時がくるかもしんねえだろ。」

何不自由なく育ったフェリシアーノが、一見めちゃくちゃで、ともすれば危険地域に足を踏み入れることも多々あるこの男の助手を未だ続けているのは、彼のそういう信念に共感してのことだ。

ふざけた外見と真面目で優秀な中身…それは彼と彼の愛車の共通点だと、フェリシアーノは思っている。


今回も休暇の彼に随行してボランティアに勤しんでいたフェリシアーノの元に祖父から連絡があったのは昨日だ。

いわく…

「なんだかトーニョの奴に敵さんがちょっかいかける計画があるらしい。
ま、やつなら大丈夫だとは思うんだが、中立地帯ウロウロしてっから武装してねえしな。
一応様子見に行ってやってくれ。」

彼もギルベルトと同様に幼い頃ローマが拾ってきた才能ある子どもの一人で、こちらは随分と軍では異例のスピード出世なわけだが、本人はいたって呑気。

もう一人、諜報部のフランシスと3人いつもつるんで馬鹿な事をやっているため、3馬鹿とか悪友トリオとか言われている。

「あいつは殺しても死なねえ奴だからいいけど、中立地帯ってえと一般人巻き込みかねねえ。しょうがねえな…行くか~」

元々気ままにあちこち回ってたのだが、行こうと思っていたコースを変えて、ギルベルトはシーライトからサンルイに向かう道へと進路を変えた。


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