スマイルテイクアウトで一つ0円キャンセルはききません

「いらっしゃいませ!こんにちわ。店内でお召し上がりですか?」

キラキラしい笑顔で店員が言う。
全くもって忌々しいくらい爽やかな笑顔だ。
燦々と降り注ぐ太陽のようなその笑顔に舌打ちしそうになって、アーサーは慌ててそれを飲み込んだ。

平日、金曜日の午後の某ファストフード店内。
時間が時間だけあって、客もまばらだ。

アーサーだって今日が試験最終日で学校が午前中のみでなければ、こんな時間にこんな所に来てはいない。
いや、もともと寄り道などする方ではないので、誰かに誘われでもしない限りは来る事はないだろう。

つまり…まあ、初めてきたわけだ。

明るい店内、明るい店員、全てがキラキラとして見えて、非常に緊張する。

今日の目的は別にあるのだが、一応普通にスムーズに注文できるように、ネットでメニューをしらべて注文するものは暗鬼してきたのだが、いきなりかまされたその一言…

『店内でお召し上がりですか?』

の言葉で出鼻をくじかれて、アーサーは言葉に詰まった。

(え?…この場合…どう答えるべきなんだ??)

そんなアーサーの戸惑いと動揺を、アーサーの後方にあるテーブル席で、1歳年上の幼馴染、フランシスがニマニマと笑みを浮かべて眺めていた。







アーサー・カークランド、高校1年15歳。

高校にトップ合格を果たし新入生代表として挨拶をする程度には勉強は出来るし、多少持久力には問題ありだが運動神経も悪くはない。

…が、そんなメリットを持ってしても友人の一人も作れないレベルのコミュ障である自覚が非常に不本意ながらアーサーにはある。

自分では何をしたつもりもないのだが、クラスメート達にもどこか遠巻きにされている気がするし、それでもと自分から向かっていくほどの積極性もない。

入学3カ月にしてすでにボッチな高校生活…。

そんなアーサーの様子をさすがに憐れに思ったのか、同じ学校で1学年上のフランシスは、高校になってからちょくちょく1年の教室に来て、アーサーに構うようになった。

…と言っても、接してくる態度の方は相変わらずからかいまじりだったりするのだが…。


今にして思えば、それはそんなからかいの延長線上だったのだと思う。

最近フランシスはやたらとアーサーと賭け――それは成績の順位だったり、道路を通る車の色だったり、非常に瑣末なものだったが――をしたがってくる。

しかし自分で言いだしたわりにはフランシスは賭けに負け続け、負けるたび得意の美味しい手作りの菓子をアーサーに進呈する事が続いていた。

そんな風だったので、『もうこれ俺のおやつのための賭けだろう』と、賭けに3回ほど勝ち続けていい加減そんな風に思い始めていた時、アーサーは初めてフランシスとの賭けに負けた。

2度ある事は3度はあったが、4度はなかったらしい。

まあそれ自体は別に良い。
いつもフランシスにばかり菓子を作らせているので、たまには自分が作って食わせてやっても良いくらいには思った。
せっかくだからお得意のスコーンでも焼いてやろうかと思ったのだ。
…というか、それをそのまま口にした。

そうしたらあろうことか、フランシスは『やめてっ!それだけは勘弁してっ!』と土下座しやがった。

失礼なっ!とも思ったが、色男でいつもオシャレにも気を使いまくる男が、服が汚れるのも構わず床に這いつくばり、自慢のさらふわな髪が乱れるのも構わず首を盛大に横に振って必死に涙する様子にさすがに哀れを感じ、それを蹴り飛ばす事で諦めた。

「で?じゃあどうしろって?
お前だって自分で焼いてきた菓子渡すだけなんだから、俺だってたいした事はしねえぞ?
あれか?市販の菓子でも買えってか?
でも生半可なモンだとお前文句言うし、買ってやって文句言われたらむかつくから蹴り倒すと思うんだが…」

と、ケチがついたとはいえ賭けは賭けだとそれでもアーサーが聞くと、フランシスは途端に立ち直ってにんまりと笑った。

「えっとね、お兄さんマックでお前に買ってみて欲しい物があるんだよね」
「…高いもんは買わないぞ。」
「もちろん。というか、0円で買えるものだよ?」
「はぁ??」

さきほどまでの死にそうな表情から一転、非常に楽しそうな表情になったところで嫌な予感はした。
そしてフランシスに関してのそんな予感は外れた事はなく、今回もまた大当たりだったわけで………

『お兄さんね、ずっと気になってるんだけど。マックでスマイル0円てあるじゃない?
あれってテイクアウトって注文するとどうなるのかなって…』

と、それ以上言葉が続くのか続かないのか、そんな事を考える事無く、アーサーは反射的にその良い笑顔を浮かべる腐れ縁を蹴り倒した。

しかし蹴り倒したところで事態は変わらない。
賭けは賭けなのだ。
負けたからにはやはりペナルティは追うべきだろう。

変なところで四角四面で根が真面目なアーサーはやめておけばいいのにそう思ってしまった。

そして、
最大限ダメージを少なく、最大限速やかに…
考えて考えて考えた結果……

『まあお兄さんも別に嫌がらせとかじゃなくて単純な好奇心だからね。
結果がわかれば良いし、坊ちゃんが恥ずかしいならお客さんが少ない時間に少なそうな店で試せばいいじゃない?』

とのフランシスの言葉に乗って、試験最終日で学校が午前で終わる日に、学校から二駅ほど離れた大きくも小さくもない、極々普通の駅を降りてすぐのマクドナルドで決行する事にしたのである。



こうして前日に試験前だと言うのにネットのマックのホームページでメニューを調べ、暗記する。

(ハンバーガー2つとコーヒー2つ、ポテトのL一つ…)
と、心の中で唱えながら受けても普通に正しい答えで埋まる答案用紙。

別に皆が言っていたマックに初めて行く事自体が楽しみなせいでは断じてない。

そう、いくらなんでも無料の物だけ買うのはさすがに出来ないので、他の物を買うのに困らないためだ。
と、誰が聞いているわけでもないのに、脳内でそう言い訳をする。


「…坊ちゃん、何気に楽しんでるよね。」
と、フランシスにまで言われたが、
「…なわけないだろっ。賭けに負けたわけだし、仕方なくだ、仕方なく。」
と、緩む頬を引きしめたのは店内に入って座席でフランシスと別れるまで。
いざ1人でカウンターの前に立つと、途端に緊張した。


今レジに入っているのはアーサーより少し年上くらいだろうか、思いがけず若い男で、みるからに接客業に向いている気がする。
なにより顔と愛想が良い。
それだけで色々が許される感じがした。

こんな健康的に日に焼けた褐色の肌に甘いマスクで人懐っこく微笑まれて邪険に出来る人間など、一体どのくらいいるだろうか。

ああ、いいな。羨ましい。
容姿からして他人に好かれるタイプというのは実際にいるのだ。

そんな風にカウンターの前に立って浮かれた気分が少し下降したところで、アーサーは暗記してきた『ハンバーガー2つとコーヒー2つ、ポテトのL一つ』を口にしようとしたところで、いきなりかまされたわけだ。

例の…
『いらっしゃいませ!こんにちわ。店内でお召し上がりですか?』を……。

店で食べるか持って帰るか…
簡単な質問なわけだが、食べ物は店で食べる…が、今日の目的は〈スマイルをテイクアウトで〉と言う事が目的なので、そちらはテイクアウト扱いだ。

どう言えば良いんだ…と、突発事項に弱いアーサーは動揺のあまり固まった。
どうしよう…と思えばますます言葉が出てこない。

動揺で弱いと自覚のある涙腺が緩む。

まずい…
まさかここで泣くわけにはいかない。
もう暗記して来た言葉などふっとんで、頭の中は真っ白で、泣かないために必死に唇を噛みしめる。

そしてこんなところでこんな簡単な質問で黙りこまれて店員もさぞや迷惑に思っているだろう…と、おそるおそる顔をあげると、店員と目があってニッコリと微笑まれた。

「後ろに居るの、お連れさんやね?
せやったら、ここで一緒に食べて行くん?」

少し身を寄せるようにして、いきなり砕けた口調でフォローをいれてくれる店員。
お前は神か?!と思った。
どんだけコミュニケーション能力高いんだっ。

アーサーが涙目でコクコク頷くと、店員はやっぱりにこやかに頷いて、
「ほな、どれにするか教えたってな。」
と、メニューを差し出してくれた。


ああ、もうここからは大丈夫だ。
ちゃんと言える。

「ハンバーガー2つとコーヒー2つ、ポテトのL一つ」
と、それは暗記していたのでよどみなく答えると、

「ハンバーガー2つとコーヒー2つ、ポテトのL一つでございますね」
と、店員は営業口調に戻ってそう確認をいれて来た。

そこでホッと一息…ついている場合じゃないっ!
今日の目的を思い出せっ!
「あ、それとっ!!」
と、勢い込んで言った言葉は、
「はい、他にもございますか?」
という店員のキラキラしい笑みに飲み込まれた。

これ…考えてみればめちゃくちゃ恥ずかしい。
この見るからにイケメンな店員にあの言葉を言うのか?
俺、変態に見られないか?
せめて女の子の店員相手なら……
と、想像してみると、それはそれで恥ずかしい。

そうだ、もう誰が相手でも恥ずかしい。

でもさっきから慣れない自分を色々フォローしてくれている、このイケメンな神店員に変な奴と思われるのは、なんだか悲しい気がした。

そう思うとまたじわりと潤む目。
そんな時に鳴るメールの着信音。
見るとフランシスからだ。

もしかして事情を察してもう良いよとでも言ってくれているのだろうか…と、少し断ってメールを覗くと

『坊ちゃんにはやっぱり無理だった?www』
の一言。

よし!後で蹴り倒すっ!!
と、アーサーは瞬時にメールを閉じた。

とりあえず…約束は約束だ。
アーサーはなるべく店員の方を見ないようにして、

「スマイルテイクアウトで…」
と、言いきった。

そして…口にした瞬間に後悔する。
これでこの店員の脳内では自分は変人か変態で決定だ。

もう恥ずかしくて情けなくて泣きそうになって俯いていると、上から柔らかな声が降ってくる。

「スマイルテイクアウトは30分ほどお時間がかかりますが、宜しいですか?」
「へ?」

思わずきょとんと見あげると、店員は相変わらずの笑顔。

「ハンバーガー2つ、コーヒー2つ、ポテトのL1つ、こちらは店内で。
スマイル1つテイクアウトで。
計720円になります」

あまりに当たり前にそう言われて、アーサーは半信半疑で会計をし、トレイに乗せられたハンバーガーとコーヒー、それにポテトを手にフランシスが待つ座席へと戻った。

そして、緊張が一気に解ける。

「お前…あとで蹴り倒すからなっ!」

ドン!と乱暴にトレイをテーブルに置いて言うアーサーに、どうやら目的は達したらしいとくすくす笑うフランシス。

「まあまあ。坊ちゃんだって一度マック来てみたかったでしょ?
一緒に来る友達もいなさそうだし誘ってあげたんだから感謝して欲しいなぁ。
あーお兄さん優しい~」
と、悪びれないフランシスにこれ以上何を言っても無駄と、アーサーはその正面に座ってハンバーガーを手に取った。

ガサガサと包み紙をあけて、柔らかな茶色のバンズに目を輝かせる。
これが…噂のマクドナル○のハンバーガー。

アーサーが一度食べてみたい物ベスト3に堂々とランクインしている逸品である。
齧ってみるとケチャップの味が口の中に広がる。

美味い…と、思わず顔を綻ばせるアーサーに、フランシスが残念な物を見るような目線を向けている。

「坊ちゃんてさ…お兄さんが日々美味しい物を食べさせてるから舌が肥えてるはずなのに、なんでそんなモン美味しそうに食べられるの」

と失礼な言葉には、テーブルの下から蹴りを入れておいた。
そうまで言うなら要らないのだろうと、もう一つのハンバーガーも食べてしまうが、フランシスは何も言わずコーヒーを飲みながらポテトを齧っている。

そして…コーヒーを飲み終わるとおもむろに立ち上がり、
「じゃ、お兄さんこれからデートだから行くね」
などと無責任な事を言うではないか。

「え?待てっ!お前が言いだしたんだろっ?!
スマイルテイクアウトは30分かかるって言うから、それまではいろよっ!」

こんなところで1人待たされるのかと思うと、やや心細い。
腐れ縁の幼馴染でもいないよりはマシだ…と思って言うが、フランシスはすでにアーサーの手も足も届かない所まで距離を取り、

「待つだけでしょ。
結果、メールででも教えてね~」
と、ヒラヒラ手を振りながら逃げて行く。

こっの、卑怯者っ~~!!!!
と、叫びだしたいが、人もまばらな店内で叫ぶのはさすがに恥ずかしい。
アーサーは仕方なくコーヒーを飲みながら、ひたすら残りのポテトを齧る。





そして待つ事30分。

――お待たせ。準備出来たで~
ふわりと後ろから抱え込まれて、あやうく悲鳴をあげるところだった。

優しくアーサーの髪を撫でる手。

「場所変えよか。これ片してええね?」
と、当たり前に片手で立たされ、目の前のトレイは髪を撫でていたもう片方の手で運ばれる。


え?ええっ?!!
目をぱちくりさせていると、頬にちゅっとリップ音と共に温かく柔らかい感触。

「親分はアントーニョな。思い切りスマイルサービスさせてもらうから、よろしゅうな」
満面の笑み。

キラキラと眩しいくらいの笑みをアーサーに向けているのはさきほどの神店員。

もう制服ではなく、黒いTシャツとジーンズに着替えている。
シンプルなその服装で、彼が顔だけでなくスタイルも非常に宜しい事が見て取れる。
本当に…絵に描いたようなイケメンだ。

しかし…何故私服でここに?
レジは?
思わずレジに目を向けると、もう別の人間が入っている。

どうなってる?
どうなってるんだ?!
と、アーサーはレジと神店員…もといアントーニョを交互に見比べた。

するとアントーニョはしっかりと筋肉のついた腕で
――他のモンなんて見んといて?
と、アーサーを抱き寄せ、少し垂れ目がちなエメラルドグリーンの瞳を少し切なげに細めてアーサーの目を覗き込む。

ちょ、ちょっとおかしい。
距離もシチュエーションも何もかもが全ておかしい。
そうは思うものの、繰り返すがアーサーは突発事態に弱い、弱いのだ。

動揺して固まっている間に、トレイは綺麗に片づけられ、アーサーはしっかりと肩に手を回されている。
そして当たり前にアントーニョに寄って開かれる店のドア。

そこから外へとアーサーを促しながら、イケメンな神店員、アントーニョは

――注文したのは自分やで?スマイルテイクアウトで一つ0円キャンセルはきかへんで?
と、シェイクよりも甘い笑みを浮かべたのだった。









その夜…フランシスの携帯にメールが届く。

From:アーサー
Sub:死ね!
本文:
今日はよくも1人残して帰りやがったなっ!
まあでも約束だから報告はしておいてやる。
スマイル1つテイクアウトで注文した結果、なんだかすげえカッコいい店員が半日笑顔で付き合ってくれた。
すげえな、マック。
そんなサービスもしてんだなっ。
お前は行った事ないかもしれないけどなっゲーセン行ったぞっ!
UFキャッチャーですげえ可愛いウサギのぬいぐるみ取ってくれたり、あ、そうだ、プリクラも撮ったっ!
どうしてもって言うなら、今度見せてやる。
そうだ、メルアドももらったんだけど、あれか?
これで予約出来るってことなのか?
まあそうだよな。
今日、1時くらいから7時くらいまで6時間も一緒にいたし、注文多いと無理だもんな。
とりあえずマックがすごいのはよくわかった。
スマイルテイクアウトでどうなるのかわかってお前もすっきりしたろ?
俺に感謝しろよ。
礼はフィナンシェで良い。
じゃあな。

アーサー




………
………
………

坊ちゃん違う。
マックはデートクラブでもレンタル彼氏の店でもないから…。

メールを読んでフランシスは頭を抱えた。

ことの不自然さに気づいてないあたりが、さすがコミュ障。
友達に縁のない子だと盛大にため息をつく。


今日、あれから転々と送られてきたメール。

――自分なに居座っとるん?親分あと10分であがりやさかい、それまでにはさっさと帰りっ!
――アーティ、ウサギと猫のヌイグルミやったらどっちが好きなん?
――これから一緒に飯行こうと思うんやけど、このあたりの店やったらどこが好きやろ?
――アーティを自宅に送って行ったとこや。メルアド一応渡したったけど、自分からも連絡いれるように言うてや。


そう…今回の事はアーサーに一目惚れをしたアントーニョから脅され…もとい頼まれて仕組んだ事である。

人見知りのアーサーに逃げられないように自然に近づくには…と、練りに練った作戦だったわけだが、それにしてもあまりに疑いをもたないアーサーがフランシスは心配になってくる。

まあ…トーニョに目ぇつけられた時点で、他におかしいのが来ても瞬殺されそうだけど…
と、思いつつも、他人事ではない。
意味合いは違うが目をつけられているのは自分も一緒。
きっとこの先も二人が完全にくっつくまで、いや、くっついてからも協力者、相談者として巻き込まれる予感がヒシヒシとする。

お兄さんに平和な日が訪れる事はこの先きっとない。
だけど…まあ、破れ鍋に綴蓋。
独占したいトーニョと一人ぼっちで寂しいぼっちゃんて実はお似合いだよね

と、人の良いフランシスは小さく笑い、

アントーニョには、
――了解。これから坊ちゃんにメール送っておくね。
と、

アーサーには、
――メルアドは多分店員さんが坊ちゃんといて楽しかったから特別にくれたんだと思うよ。坊ちゃんも楽しかったんなら、お礼のメール送っておきなさいね。それが礼儀よ?
と、それぞれに送って、しかし付き合っているとキリがないので、携帯の電源を消しておく。

ちょっとお兄さん良い事したんじゃない?
と、そこで満足したのも束の間、メールの返答がないくらいじゃ諦めない二人から、家の電話に電突をされる未来をフランシスは知る由もない。


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