付き合い始めてまだ1ヶ月だが、アーサーもそう言って入るくらいには、この部屋に来ている。
それでも泊まっていくのは初めてだ。
二人でアントーニョが作った軽い食事をとったあと、
「あ…でも着替えとか持ってきてない」
と、今更ながらに気づいたが、
「親分の貸したるよ。」
と、アントーニョはすごく嬉しそうな顔でそう言った。
そして実際に着替えを出してきてくれる。
疲れているだろうと風呂を入れてくれたアントーニョに礼を言って風呂にはいると着替えてみた。
「…でかい……」
背は若干違うくらいなのだが、アントーニョのパジャマはどうもブカブカだ。
「でもそのくらいの方が可愛えわ。」
ニコニコとまた嬉しそうに言うと、アントーニョも汗を流してくると風呂場へと消えた。
やがて風呂からあがってくるアントーニョ。
「あ、勝手に救急箱出したぞ」
と、風呂場から出てきたアントーニョを待ち構えて、アーサーはガーゼ片手に手当をしようとアントーニョの頬に手をのばす。
しかしその手をアントーニョが掴んで引き寄せた。
ともすれば入ってしまう力を入れ過ぎないように、最大限の我慢をしているといった感じに、やんわりと抱きしめているようでいて、アントーニョの手が、腕が、全体が震えている。
「あーちゃん……嫌や。このままじゃ嫌やねん…」
アントーニョの胸元に頭を押し付けられているため表情は見えないが、そう言うアントーニョの声が涙声なのはわかる。
しかし、何の事を言ってるのか正直わからず、いきなり泣き出すアントーニョに
「何が嫌なんだよ?手当しないと…」
と、アーサーが戸惑いを隠せずに言うと、アントーニョは子どものようにギュウギュウとアーサーを抱きしめて泣き続けた。
「親分…誘拐犯があーちゃんに何かしとったら絶対に許せへんかった。
殴るだけじゃたりへん。殺してしもうてたわ。
この先もきっとあーちゃんが他の男に何かされたらと思うたら気が狂いそうや。
絶対に我慢せんといたら良かったって後悔するわ。」
頭を押し付けられた胸から、鼓動が早まっているのが聞こえる。
風呂あがりなのでいつもより濃いボディシャンプーの匂い。
パジャマのボタンが二つ程開いていて、その胸元からアーサー自身は赤くなるだけでまた白く戻ってしまうためいつも羨ましいと思っている褐色に焼けた肌が覗いている。
5感の全てがもう一度それと近く接することができて嬉しいと感じている。
そのためなら別に可哀想な子どものままでも構わない。
ただただその存在自体に触れられるのが嬉しい。
嬉しすぎて色々働かない頭で、それでも何か答えなければと、
「なんでそんな事言うんだ?」
と聞いてみた。
本当にこのままじゃ嫌なのと誘拐犯がうんぬんという言葉とが結びつかない。
思いついたのがただそれなだけで、答えなど別にもうどうでも良かったのだが、返ってきた言葉はアーサーにとっては衝撃的すぎて一瞬思考がストップした。
「親分、あーちゃんの事そういう恋人的な意味も含めて好きやねん。
堪忍な。ただの保護者、友人としてだけみてやれんで堪忍。
でもホンマはあーちゃんの全部欲しいし、欠片も他の奴に取られるのは嫌やねん。
親分以外があーちゃんに触ると思うとめっちゃ嫉妬するし、親分自身はあーちゃんにめっちゃ触れたい。
立場上とかやなくて、ホンマモンのあーちゃんの恋人になってあーちゃんの全部まるごと自分のモノにしてしまいたいねん。」
一気に言い切られて本気で都合の良い幻聴を聞いているのかと硬直した。
こんな…本当に都合の良すぎる現実があっていいものだろうか…。
あの時…ストーカーに迫られて自分がどう思ったか言ったら…望んでいたモノが手に入るのだろうか?
「俺も…拉致られて改めて、お前以外に触れられるのすげえ嫌だって思った」
そう…触れられるならアントーニョが良いと思った。
もっと近くで触れたいし触れられたい。
誘拐犯に触れられそうになっただけで吐きそうなくらい気持ち悪かったのに、今こうやってアントーニョに抱きしめられていると泣きそうなくらい気持ち良い。
「…ホンマに?」
驚いたのはアントーニョの方も同じようだった。
抱きしめる腕の力を緩めて、少しだけ身体を離す。
そして見下ろしてくる緑の目をアーサーが見上げると、アーサーが大好きな優しい手が頬を撫で、それからソッと指がアーサーの唇をなぞっていった。
「…触れてええ?」
緊張のためかひどくかすれた声でおそるおそると言った風に聞くアントーニョにどうして否と言えるだろう…。
緊張しすぎて声も出ないままアーサーがコクリとうなづくと、本当に一瞬、ふわりとかすめるくらいの柔らかなキスが落とされた。
「…堪忍な…。あーちゃんはこういうの嫌やろなって思って、何も言わんとこ、何もせんとこって思っとった。
でももう無理や。我慢できひん。
あーちゃんの全部自分のモンにしたい。他に渡しとうない。
好きやねん。好きすぎてどうしてええかわからんくらい好きや。
なあ…絶対に大事にする。親分めっちゃ大事にしたるから、あーちゃんの全部、親分にくれへん?」
再び抱きしめられて耳元で熱っぽく囁かれて、頭がのぼせたようにボ~っとしてくる。
どうしていいかわからず、アーサーがオズオズと自分もアントーニョの背に手を回すと、アントーニョは赤くなっているであろうアーサーの耳元にくちづけて
「今…全部もろうてええ?」
と低く囁くと、片手でアーサーの顎に触れ、仰向かせた。
それまでみたことのなかった欲を含んだアントーニョの表情に、嫌悪を感じないどころかアーサー自身も熱があがる。
全部まるごと奪って欲しい…そんな思春期の少女のような事を考える自分が恥ずかしくて自然と涙目になるが、それでも自分の身の内から湧き起こる欲求には逆らえず、
「当たり前の事…聞くなよ……ばかぁ…」
と答える。
すると、アントーニョはふにゃりと笑って
「おおきに」
と今度は大人の情熱を持って深く口づけてきた。
「おはようさん」
翌日起きると至近距離にアントーニョの顔があった。
一瞬状況がつかめずに目をぱちくりするアーサーにアントーニョは軽く口づけて
「堪忍な。昨夜はあーちゃん可愛すぎて親分余裕ぜんっぜんなくなってもうて…身体大丈夫か?」
と聞いてくる。
そこでようやく記憶がつながった。
うあぁああ~~~!!
真っ赤になってワタワタするアーサー。
そうだ…昨日はあれから……触れられる全てが気持ちよくて、触れられる事が嬉しくて、初めて感じる快楽と歓喜に涙を流しながら、激しく求められるまま何度も身を差し出した気がする。
羞恥と幸せで死ねそうな気分でアーサーは赤くなった顔を隠そうと、腕枕をされていたため用をなさなくなってベッドの端に放り出されたままだった枕を引き寄せて顔を埋めた。
しかしそれはすぐアントーニョに取り上げられる。
「抱きつくなら枕やなくて親分にしたって。」
そう言ってぷく~っと膨れるアントーニョ。
「枕相手に焼いてんのかっ」
クスクス笑うアーサーに
「当たり前やん。たとえ枕やって親分からあーちゃん取る奴は親分容赦せえへんでっ。」
と、アントーニョは存外に真面目な顔でそう返す。
無機物にすら嫉妬するらしい恋人を見て幸せだと思う自分はなかなか末期だとアーサーは思う。
そんな末期な自分をこんなに愛しているという恋人とどちらがよりイカレテしまってるのだろうか…。
腐女子の姉の企みから始まって…変態男のピンチを経て…誘拐事件で実った恋だ。
確かにもう色々手遅れだ。本当に色々イカれてる。
それでもラストはハッピーエンド。
枕を本当に忌々しげに投げ捨てるヤキモチやきの恋人の程よく日焼けした胸に顔を埋めると、頭に耳に肩に首筋に、雨のようにキスが降ってきて、アーサーはくすぐったさに身をよじりながら、幸せな笑い声をあげた。
Before <<<
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