【親分とAちゃん】その後詰め合わせ_4

私はこれで恋人が出来ました


一ヶ月前…ダミーの恋人が出来た…。
あくまでダミー…。
偽物…。

誤解のないように言っておくと、彼が偽物にふさわしい人物というわけではない。
容姿よし、性格よしの申し分ない人物だ。

腐女子の姉にBL本のモデルとして男の恋人を作れと強要されていたアーサーに同情して、その気になれば可愛い女の子もよりどりみどりのはずなのに、あえて何の得にもならないその役を買ってでてくれたくらい人がいい。

食べ物で脅されていると知ればしょっちゅう自宅に招いて手作りのお菓子や食事をご馳走してくれ、休みの日には友人の少ないアーサーを可哀想に思ってか遊びに連れていってくれる。

そんな申し訳ないほど人の良い男にこれ以上の迷惑はかけられない。

しかしその人の良い相手以外相談する知り合いもなく、ここ最近、妙に多く起こる不可思議な事を放置しておくのも気味が悪いので、アーサーは相談して見ることにした…へちゃんねるで…。





事の起こりは2週間程前。
“一応”彼、アントーニョと付き合うという形を取ることにしてから2週間たった頃のことだ。

アーサーはいつものように電車で学校に向かっていた。
住宅地から都心へと向かうこの電車は、アーサーが乗る時間帯はいつも混んでいる。

その日も人に押されながらつり革につかまっていると、後ろの人間が何かゴソゴソしている。
が、カバンを持ち替えたとか、持ち物の中から何かを探しているとか、おそらくそういう事だろう。

女性じゃあるまいし男に痴漢をしても仕方ない。
長めの上着を通して尻のあたりに何か当たる気がして不快は不快だが、満員電車というのはそういうものだ。しかたない。
アーサーはそう割り切って、乗り換え駅まで耐える事にした。

そうして人に押されるように目的の駅で降りる。

広いホームに出て少し隙間が出来たあたりで、気のせいか周りが自分を見て避けていく気がした。
何かおかしな格好をしているのだろうか?と一瞬思うものの、普通に毎日着ている制服だ。
変わった物など着ていない。

理由がわからず首をかしげていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
振り向いてみると、自分の母親くらいの年だろうか…気のよさそうな…しかし見知った顔ではない中年女性が、おそらく道端で配布されていたものだろう、ポケットティッシュを差し出して、気遣わしげな顔をしている。

「あのね…後ろ…ちょっとおかしなものがついているから…。これでお拭きなさいな。」
そう言う女性に礼を言ってアーサーがティッシュを受け取ると、女性は忙しい通勤時間帯という事もあり、手を振って去っていった。

女性を見送ったあと、さっき後ろでゴソゴソしていたのは飲み物か食べ物でも出していたのだろうか…と、アーサーは上着を脱いで確認してみて呆然とした…。

上着の下の部分にベットリついている乳白色の液体はもしかしなくても……。

いますぐ上着をゴミ箱に放り込みたい気分に駆られたが…実際私服だったらそうしていたのだろうが、悲しい事にこれは制服だ。
替えはないわけだから捨てる訳にはいかない。

アーサーは泣きそうになってトイレへ駆け込んだ。

まさか一緒に電車を降りたりはしていないだろうが、万が一と思うと怖いので、男子トイレを避けて多目的トイレ。
しっかり鍵を掛けてから、恐る恐る上着の汚れた部分に目をやる。
これがついた経過を考えると吐きそうだった。

それでもシミになる前にと、気力を振り絞って感知式の水道の蛇口に手をかざして水を出して洗い流す。
石鹸をつけてゴシゴシこすって、水気を取るためにしっかり絞ると、さらに貰ったティッシュでさらに水気を吸い取った。

このまま帰ってこれをクリーニングに出したい気がしたが、学校をサボるのは気がひける。
仕方なしにトイレを出ようとしてふと思う。

もし…このドアの向こうに犯人がいたら……?
普通に怖い…が、どうしようもない。
親は外国だし、実姉は喜んでこっそり影で覗いてそうだし、そもそも性格はアレでも一応女なわけだから、変質者撃退など期待できない。

そこでふと最近ヘタをすれば実姉より長い時間一緒にいる男の顔が脳裏に浮かぶが、アーサーは慌てて打ち消した。

それでなくても迷惑をかけているのだ。
これ以上面倒な事を押し付けたらさすがに嫌われるだろう…。
それは避けたい…。

自分が可愛い女の子だったら…そんな心配をすることもなく普通に付き合えて、普通に付き合っていたら泣きながら電話をすることもできたのだろうが、相手は同情で付き合ってくれているのだ。
こちらからこれ以上の事を望んではダメだ…。

色々泣きそうになりながらも、アーサーはソッとドアに耳を寄せて人の気配がしないのを確認後、急いでドアを開けて中から飛び出す。
しかし幸い外には誰もいなくて、アーサーはそのまま学校へいく時の電車に飛び乗った。

その日は普通に授業を受け、週末だった事もあって汚された上着をクリーニングに出して帰宅する。
そしてポストの手紙を確認すると、差出人不明のアーサー宛の封筒。
その時点で嫌な予感はしたのだが、中を開けると通学中のアーサーの写真と長細いゴム製のビニール袋のようなモノに入った白い液体。
ビニールはよくわからなかったが、液体はなんだか想像がつく気がした。

念のため…と、姉の腐女子仲間だが、比較的姉とはそれほど親しくなさそうな姉の後輩に写メで送って聞いてみると、それがなんだか教えてくれた。

…目眩がした。

その日を境に満員電車の中でコートのポケットに怪しいモノを入れられたり、おかしな封筒が届いたり、無言電話まで始まって、軽くノイローゼになりそうだった。

腐女子の姉の企みではないが、自分が同性から性的対象に見られている…そんな事を改めて自覚して、やっぱり脳裏に浮かぶのはダミーの恋人。

どうせならあいつがそう見てくれればずっと一緒にいられるのにな…などと思って自嘲する。

アントーニョは女性にモテる。
今は自分に同情して付き合ってくれているが、それは恋情ではなく、親愛。
優しいアントーニョ的には可哀想な子どもを保護して面倒をみてやっているにすぎない。
保護が必要なくなったと判断されたら、もしくは彼のボランティア精神の許容範囲を超えたなら、おそらく可愛い彼女でも作って去っていってしまうのだろう。

このところ少しバイトに忙しいらしい時間の合間を縫って相手をしてくれるアントーニョの笑顔に思わず何度も最近の出来事を打ち明けようと思ったが、打ち明けたら最後、大学を休んでも助けなければならないという義務感にかられそうな人間だ。
そんな事が続けばさすがにボランティア精神も尽きてしまうだろう。
だからこれ以上面倒なヤツだと思われたら駄目だ…嫌われる。
その一心でなんとかこらえた。

それでも色々ともう限界だったのだ。
怖くて悲しくて寂しくて…そんな時に思い出したのが、自分が最初に実姉に変態男をけしかけられた時に世話になったへちゃんねる。

あの時色々奔走してくれたパスタやピッツァ達スレ住人に相談できないだろうか…。

そう思ってアーサーは再びスレ立てをしたのだった。
 




スレ住人は必ずしもあの時の住人達と同一ではなさそうだが、それでも暖かく迎えてくれた。
誰にはばかること無く、嫌われる、離れて行かれる、という心配もなくありのままを語れる事にホッとする。

次の日は久々にアントーニョと休日を過ごす事になっていたので、早めに寝ないといけないのが残念なくらいだった。

朝、アーサーが起きるまでスレが下に下がって消えてしまわないように保守していてくれたらしい。
スレは進んでいたが、支度があるし出かけるので帰ってから見る、と、謝罪してシャワーを浴びる。

正直アーサー自身はそれまで自分の服装には清潔であれば良い程度で興味もなかったのだが、最近は、こればかりはお役立ちな姉のアドバイスで色々コーディネイトも考えている。
身支度にかける時間がかなり増えた。

アントーニョと会う約束をしているととても楽しみだし、実際に一緒に過ごしていると楽しい。
姉に強要されるまでもなく、自分は同性の事が好きな人種なのだろうか…と、ふと思うが、そんな事がアントーニョの耳に入ったなら、間違いなく手を放される。

『無理矢理やないんやったら、ホンマに好きな相手と付き合った方がええんやない?』
自分の義務は終わったとばかりにそう宣言されるの怖さに、アーサーはそれについては考えない事にしていた。

アントーニョに離れて行かれる…それが何より怖かった。


待ち合わせは珍しく近所の公園入口。
いつもなら家に迎えに来てくれるんだけどな~と思いつつも、甘えすぎてはいけないと思い直す。

スレ住人に行ってきますを言って自宅を出て10分。
住宅街にある大きな公園には人っ子一人いない。

入り口の柵にもたれかかって待っていると、細い路地なのにワゴンが停まる。

こんな所に停めたら迷惑なのにわかんないのか…と思いつつも、今日は無駄に面倒事に首を突っ込んでアントーニョとの時間を減らしたくない、と、アーサーはスルーした。

ワゴンの中からバラバラと3人の男。
公園に用なのか…と、大して気にも止めずにいたのだが、いきなり二人に両腕を取られ、一人に口を塞がれた。

なに?!!!
抵抗するも3人がかりでワゴンの中に引きずり込まれ、口にはガムテープ、両手両足を縄で縛られて転がされ、上からバサッと布のような物が被せられる。

わけがわからない…が、どうやら大きな箱のようなものの中に転がされたらしく、身動きが取れない。

耳も耳栓で塞がれ、目もしっかりと目隠しがされているため、外の情報が全く伝わってこないのが恐ろしい。

本気で何が起きているのかわからず、しばらく暴れてはみたものの、縛られて箱の中ではなんの効果もないため、やがて諦めて状況が変わるのを待つことにした。

目が見えない…のはとにかく、音が聞こえないというのは案外堪える。
おそらく人間は普段は全く耳が聞こえない状況というのを体験することがほとんどないからだろう。

もう不安とストレスで吐き気と頭痛に見舞われるが、どちらも本当にどうしようもない。

アントーニョは今頃公園で待っているのだろうか…。
約束をすっぽかしたとか怒ってないといいんだけど…と、こんな時なのにそんな事を思うのは、無意識に現実逃避をしているのだろうか…。

自分は殺されるんだろうか…と考えるとやはり怖い。
こんな事なら…告白の一つでもしておけば良かった…と思った瞬間、いや、どうせ死ぬなら振られて落ち込んで死ぬより、可愛がられている思い出抱えて死ぬほうがいいかもしれない…と、思い直す。

今ならまだ愛想つかされていないから、自分が死んだらアントーニョは保護していた子どもを哀れんで悲しんでくれるだろうな…と思うと、少し嬉しくなるあたりが色々末期だ。
しかしそんなアーサーの予想はしばらくして覆される事になる。






5感のほとんどを奪われていたため、どのくらい時間がたったのかはわからない。
それでも随分と時間がたったように思われた頃、アーサーを乗せたワゴンが停まって、アーサーの閉じ込められていた箱が運びだされた。

いよいよ殺されるのか…と半ば覚悟を決める。
だが、箱から布が取り払われて伸びてきた手に丁寧に目隠しと口のガムテープを取り払われたアーサーの目の前に広がった光景はなかなか意外なものだった。

欧州の城のようなロココ調の部屋に調度品。
猫足のソファに腰をかけている小太りの男には見覚えがないが、仕立ての良さそうなスーツを着ている。

「ああ、やっと来たね」
と、非常に嬉しそうに言われて、アーサーは困惑した。

「来たっていうか…これ誘拐って言わないか?」
多少ムッとして言うアーサーに、男は苦笑する。

「不浄な環境から救い出したと言ってほしいね。
私の可愛いアーサーにあんな男の手が触れると思うとゾッとする。
これからは…私だけが触れ、私のモノを塗りつけ、私だけの色に染めるんだ…」

狂気をはらんだ瞳と、粘着質な物言いに思わずアーサーは身を固くした。

この男は何を言ってるんだ……と思う反面、何が言いたいかをわかってしまっている気がするのが嫌だ。

「ここ半月くらいの…気味の悪いいたずらは…お前だったのか…」

寒気がして背筋がゾッとするものの、涙があふれそうな目元は熱い。
気持ち悪さに吐きそうになりながら否定してくれる事を祈っていたが、現実は無情だ。

「いたずらじゃないよ?恋人の愛情表現に対して気味が悪いなんて酷いな。」

恋人?誰が…?!
一応でもなんでもアントーニョの位置にあるはずモノがこの男のモノのように言われることに腹がたった。

だが同時に“ダミーの”恋人であるアントーニョとしたことがないような、“本当の恋人”がするような事をこの男が自分にする気なのだとしたら…と思うと、ゾッとして全身に鳥肌がたつ。

自分は同性が好きな人間なのかも…と思っていたが、違うらしい。
自分が好きなのは同性であるアントーニョなのだ…と、今更ながらに気づいて、今のこの状況と照らしあわせて考えて、死にたくなった。

そんなアーサーの内心の思いにも気付かず、男はアーサーを見初めてから付け回していた時の状況や心境を事細かに語っていった。

それはもう、アーサーからするとおぞましい以外の何物でもなかったが、男の脳内ではそれは非常にロマンティックなラブストーリーらしい。

ここがどこかはわからないが、どう考えても助けなど望めない。
両手両足を縛られているため、自力で逃げ出すことどころか、抵抗することすら不可能だ。

もう死んでしまおうか…死んだ方がマシだ…と思うものの、今死ぬ方法なんて舌を噛むしか思いつかない。
まるで時代劇のお姫様みたいだな…と苦々しく思うのだが、実際歯の間に舌を挟んでみても、噛み切る勇気などとてもわかない。

自分の覚悟など所詮そんなものなのか…とアーサーが絶望しているうちに、男は話したいだけ話し終わったらしい。

「あの男が触れたと思うと腸が煮えくり返るが、これからは触れるのも愛するのも私だけだ。
さあ…可愛い君…私のものにしてあげよう…」

アントーニョの大きく骨ばった褐色の手と違って、若干肉のついた白い手。

その手が伸びてきて自分の体中を這いずりまわると思ったらもうダメだった。

「く…来るなっ!嫌だぁあああ!!!!トーニョぉおお!!!!!」

泣いても叫んでもどうしようもない…そう思っていても涙は溢れるし、悲鳴をあげずには居られない。

アントーニョにだって頬や頭、手以外は服の上からしか触れられた事がないのだ。
他の奴にそんな事をされるくらいなら死んだほうがマシだっ。

声の限り叫んで泣きわめいた瞬間、ガシャ~ン!!!!と、後ろでガラスの割れる音がして、伸びてきた褐色の手が、近づいてきた男に向かったかと思うと、男が思い切り後ろへ吹っ飛んで壁に打ち付けられた。

「アーちゃんっ!平気か?!!」
ぎゅうっと抱きしめられて見上げると、見慣れた褐色の顔。
窓を割った時に切ったのか、頬にツーっと傷が出来て、赤い血が滲んでいる。

なんで…と思う。
まるでドラマでヒロインのピンチに危険を顧みずに飛び込んでくるヒーローのようだ。
ヒロインでもないただのダミーの恋人のために何故ここまでするんだ…。

もう色々頭の中がぐちゃぐちゃで、アーサーはとりあえず手首の所で縛られているため自由にならない両手を伸ばして、アントーニョの頬の血を拭った。

「お前バカだろっ!せめて何かで窓割ってから入ってこいよ。こんな怪我してホント馬鹿だろっ!!」

お人好しにもほどがある…そう思って思わず言うアーサーにアントーニョは真面目な顔で
「いつも言うてるけど、ひとに馬鹿言うたらあかん。アホやったらええけど」
と、いつもいつも言っている言葉を繰り返す。

あまりの彼らしさにホッとして、ああ、もう大丈夫なんだと思うと嬉しくて、助けに来てくれたのなんて本当に嬉しすぎて、もう色々いっぱいいっぱいで、アーサはまたブワっと涙が溢れてきた。

「お前なんか馬鹿で十分だっ!ばかぁ!!」
そう言って厚い胸に額を擦り付けると、
「遅くなって怖い思いさせてもうて堪忍な」
と、アントーニョはまたぎゅうっとアーサーの背に手を回して抱きしめた。

その後誘拐事件ということで警察が介入。
事情を一通り聞かれて開放された後、アーサーは初めて従兄弟達も来ていた事に気づいた。

「おら、帰るぞ、この馬鹿がっ!」
と、いつも不機嫌な長男がやはり今日も巻き込まれたせいなのだろう、思い切り不機嫌に、それでも手を伸ばしてくる。

アーサーがその手を取ろうと手を伸ばした時、隣から褐色の手が伸びてきて、アーサーの腕をつかんだ。

「トーニョ?」
不思議に思って見上げると、アントーニョが珍しく拗ねたような…少し泣きそうな顔で、
「…嫌や。今日は親分と一緒にいたって?
側におらんかったら、取り戻せたのも夢やったのかと思って落ち着かんのや。
…夢やったって思ったら…死にたくなる…」
とアーサーを引き寄せた。

そんな風に弱々しい物言いをするアントーニョは初めてで…アーサーがそれを断れるはずもない。

「スコ兄、ごめん。今日はトーニョのとこに泊まるから」
反対されるとまた厄介だ。
アーサーはそれだけ言って長兄スコットの返事を聞かず、アントーニョの手を掴んで走りだした。

「待てっ!このやろうっ!!!ざけんなぁああ!!!」

後ろで怒鳴っているのは、この際聞かないふりをしよう。
あとで思い切り怒られるだろうが、もうそれもいつものことだ。
今はアントーニョと一緒にいたい。


こうしてアントーニョにしっかりと手を引かれてアントーニョのアパートに向かうと、かつて知ったるそのアパートの前で何故か桜が待っていて、何やらアントーニョに袋を渡してから、アーサーに駆け寄ってきた。

ぎゅっと抱きしめられるといい匂いがする。
「無事で良かった。幸せになってね。」
と、何か別れのような言い方なのが気になったが、とにかくアントーニョの様子がおかしいのがより気になっていたし、自分も色々ありすぎて思考がまとまらないのもあって、ただ
「ありがとう。」
と返すと、桜は帰って行った。

「さ、あーちゃん、うちに帰ろうか…。」
それを見送ってアントーニョは鍵を出してドアを開けた。



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