この新館はまだ出来てなかったんですが、ここから数キロ先の同系列の旅館に二組のカップルが旅行にきました。申し訳ないんですが敬称は略ということで。
男二人は一卵性双生児。今回の被害者の小澤光二とその双子の兄光一。
女二人はそちらにいる氷川澄花、旧姓前田澄花とその親友の結城志保。
組み合わせとしては光二と澄花、光一と志保というカップルです。
そこで何があったかは昔の事ですし当事者でもないので俺には詳細はわかりません。
ただ言えるのは光二と志保が浮気をしたと思われるような事があって、志保は誤解だと訴えるが信じてもらえず、親友の澄花、恋人の光一の双方から責められて近くの崖から投身自殺をするという事で旅行が終わります。
あとで澄花、光一とも誤解だとわかって後悔すると共に光二に対する遺恨を残しつつそれぞれが疎遠になって時が流れます。
その後澄花は志保を死なせた悔恨による自殺未遂なのか、ショックによる事故なのか、本人以外はわかりませんが、一人で車で帰る道で事故を起こします。
しかし、奇跡的に助かったものの、しばらく記憶をなくしていたようです。
そのままこの辺りでひっそり暮らしていた澄花はこの土地で出会った氷川雅之と5年の交際を経て結婚。
その後平穏な日々を手に入れますが、結婚十数年後、何故か光一と共に光二に復讐を果たそうと思い立ちます。
その前準備で昨年、光一は勤め先をやめて失踪。
そして…志保が死亡して20年目の命日の前日に光二の殺害計画を実行します。
まず前準備。
光一が光二の名前で宿の予約。
その際に夕食が不要な旨を宿側に申し出ます。
これは犯行推定時刻が夕食の時間と重なるためです。
その後澄花が志保の名前で光二に宿にくるように誘います。
銀行員という固い職業についている光二は、相手が誰かもわかりませんし、昔の事といっても自分が女性の自殺に関係してたとかあまりスキャンダラスな事を周りに知られたくなかったとかそういう理由でしょうか、その誘いに応じました。
そこで当日、音信不通だった元恋人の澄花の仕業だったと知って驚くわけですが、そこでいきなり戻るのも大人げないと思ったんでしょう、そのまま宿に泊まる事にします。
午後3時過ぎ、各離れに戻った後で光一は光二を寝かせると光二の服をまとって光二を殺害。
それをごまかすため光二が持参した服を全部きりきざむと、時間がかかったようにみせるため室内のところどころに争ったような後を細工し、光二が持参した志保の名で来た招待状と同封されていたペンダントを回収すると、17時20分にフロントに光二を装って電話をかけたあと、急いで自分が着て来た浴衣にまた着替え直して光二の部屋を出ました。
しかしここでとんだハプニング。
回収したペンダントを光一は光二の離れの側に落としてしまったんです。
K to Sという文字が彫ってある女物の指輪をチェーンに通したペンダント。
これはおそらく…20年前、"K” 光一が恋人の "S" 志保に贈った物と思われます。
逆にS to Kという文字が彫ってある男物の指輪をチェーンに通したペンダントを光一もまだつけているはずです。
そのペンダントをしばらく後、たまたま拾ってしまった事が佐々木葵が誘拐された原因です。
佐々木葵がその落とし物をフロントに届けようとした時、たまたまそれを澄花がみつけて自分のだと言って回収します。
佐々木葵にはそれを他の誰にも知られたくないから黙っていてくれと口止め。
佐々木葵もそのイニシャルとそれまでの状況から "K" が光二、"S"が澄花だと思い、単純に夫である雅之に知られたくないのだと思い了承しました。
その後光一はアリバイ作りに露天に向かって腕時計をわざと忘れてきます。
これで確実に遠い露天に行ったということで、犯行推定時刻のアリバイができるはずでした。
そして離れに戻った光一は澄花から佐々木葵が例のペンダントを拾った事を知り、口封じをしなければならないと思い立ち、実行に移そうとします。
花火見物に外庭に出るタイミングでと伺っていたのですが、澄花が近藤悠人までは引き離すのに成功したんですが、どうしても一条優波がいて佐々木葵が一人になりません。
もう仕方がないので二人とも拉致する事にしてまず一条優波を後ろから眠らせ、それに気付いて逃げようとする佐々木葵を眠らせようとしたんですが、そこで多少の抵抗があって佐々木葵の身につけていたペンダントが木にひっかかって切れます。
光一は急いで木にひっかかっていたチェーンは回収したんですが、焦っていた事もあってロケットには気がつかず、急いで二人を人目につかない場所まで移動させました。
当日…旅館の側も近隣の住民も入り交じっていたこともあってバタバタしてましたし、内庭に入るドアは鍵をかけていたので、普通に鍵を使って中にはいる宿泊者にまで注意を向けていなかったので、そのすきに二人を中に運んだものと思われます。
その後、おそらく身代金誘拐のふりをして二人を殺害すればいいとでも思ったのでしょう。
光一は二人を拘束し自分達の離れに監禁して素知らぬふりで花火見物に戻りました。
その後ロケットが落ちていた事で二人がトラブルに巻き込まれたものと俺がフロントに連絡をしたため、旅館側が警察に通報するとともに各人に連絡をいれて連絡の取れない光二の部屋を見に行って遺体を発見。
それに対しても警察が動いて、部外者が入れない内庭で起きた事件だけに、宿泊客に当然事情聴取をとアリバイ確認を行いました。
そこで光一はまたとんでもないハプニングが起きた事に気付きました。
自分がアリバイのために露天において来た腕時計。
それを自分達が拉致した一条優波が実は忘れ物だと思い回収していたんです。
唯一…光二と面識のある澄花と一緒なため疑われると思って完璧にしたはずのアリバイが、皮肉な事に証拠隠滅のために一緒に拉致した一条優波がいないと立証できなくなったのです。
そこで一条優波だけを返すよう画策したのは先ほどお話しした通りです。
あなたと澄花さんの指示通り、身代金の受け渡しのために露天前の風よけ部屋にロープを置いたり、吊り橋を落としたり、犯人として電話で色々指示をしたのはおそらく地元に住んでいる本物の雅之さん。
そうですよね?光一さん。」
コウはそう言って氷川雅之を振り返った。
「1年前失踪したあなたは多分…このために共犯者の澄花さんの夫、雅之さんにそっくりに整形したんですよね?あくまで否定するならこの場で指紋を調べてもらいますが…」
「いや、その必要はないよ。もうここまで見抜かれると言い訳する気もおこらないよ、コウ君」
雅之、いや、光一は肩を落として苦笑する。
そこでコウが合図して和田が他の宿泊者を退出させる。
部屋には氷川夫妻とコウ、ユート、和田だけが残った。
「一応…物理的に今回起こった事をわかる範囲で追ってみましたが…」
コウが言うと、
「ありえない天才だな、君は。やっぱり凡才は天才には勝てないのかな、一生」
と、光一は言って小さく息を吐き出した。
「弟は…やっぱり天才肌だった。成績も良くスポーツも出来て…容姿こそ同じだったものの優れた部分は全部弟に持って行かれていた。苦労もせず何でも手にいれる弟を羨ましいと思ったし、正直近寄りたくないと思っていた。
そんな中弟に出来た彼女が澄花だ。
弟はモテる男だったからいつも複数の彼女がいてね、いつもクリスマスとかイベントが重なってしまうような時は、どうせ暇なんだからいいだろって感じで僕に身代わりをさせていて…澄花に初めて会ったのはそんな身代わりで行かされたクリスマスだった。
頭がいい彼女にはすぐバレたんだが、彼女はなんというか面白がりで…どうせなら面白いからソックリな兄弟を並べて遊びに行きたいってことで、僕のパートナーとして紹介してくれたのが志保だったんだ。
サバサバした澄花と対照的に大人しい…内気な子で…弟みたいな出来すぎる男は怖いし、普通の人がいいって言ってくれて…僕達が真剣につき合いだすのに時間はかからなかった。
翌年のクリスマスにはお揃いの指輪も交換した。
お互い照れ屋で恥ずかしくてつけられなくて、それをお揃いのチェーンに通してペンダントとして身につけていたけどね。
そして次の年末から正月休み、久しぶりに弟と澄花と4人で旅行に行こうって事になってここから少し離れた旅館にきたんだ。
志保は何故か気がすすまなさそうだったけど、僕は彼女がいると言う事で弟と対等になった気がして…今思えば見栄だったんだな。
そして1月2日の夜…花火があがるっていうんで見に行こうって誘ったんだけど彼女は後で行くからって一緒に来なくて、僕は場所取りしておいてくれって言う弟の言葉で場所を取っていて、途中澄花も同じ事言われたらしくて外に出て来てて、でも花火があがる時間になっても二人とも来ないから様子見に戻ったら、二人が布団の中にいたんだ。
もう裏切られたショックで僕は彼女を罵るだけ罵って部屋を飛び出した。
入れ違いに澄花が入って来て…彼女も同じだったらしい。
罵るだけ罵って泣きながら出て来た澄花と二人、僕達の部屋にこもって泣きながら花火を見てた。
しばらくして志保が来てドアをノックしたけど僕らはそれを無視した。
”お願いだから話を聞いて。全部話すから…”
泣きながら言う志保の最後の言葉も聞かないふりをした。
自分より光二の方が優れてる。僕はそんな当たり前の事を聞かされるのが嫌だったんだ。
それから数時間後、志保は近くの崖から投身自殺をした。
崖にきちんと揃えておかれた靴の中には二人が交換した指輪のペンダントと涙でにじんだ字でただ”ごめんなさい”とだけ書かれた遺書。
詳細はかかれてはいなかった。」
そこまで言ってうなだれる光一の肩にポンと手をかけると、
「換わるわ。」
と、澄花はうつむく光一と対照的に挑戦的にも思える様なキリっとした目で顔をあげた。
「正直…志保が死んだ時、最初は私は何にも感じなかったの。
私達は孤児院で一緒に育って姉妹みたいなもので、でも私は自分の方がしっかりしてると思ってたし、いつも彼女の面倒をみてると思ってたから、出し抜かれたのが悔しかったのね。
許せなかった。
でもそれ以上に許せなかったのが光二。
志保は自分から言いよれるような子じゃなかったし、わざわざちょっかいかけたのはあいつの方だってのは火を見るより明らかだったから。
そして志保が死んだ事で怒りは一気に彼に向かったのね。
遺体を確認するなりそのままの勢いで駐車場に止めた車の所にいた光二の所に駆け込んだんだけど、その時なんだかコソコソ荷物整理してた光二があわてて何か隠したのを見て、それを取り上げたの。
写真だったわ。乱暴された時の志保のね。
それからはもう、言わないとそれを光二が持っていた事を警察に言ってやるって問いつめて吐かせたの。
結局…光二は光一に成り済まして志保を呼び出して乱暴した挙げ句、写真とってそれをネタに脅してその後も関係持ってたのよ。
それ聞いた私はもう呆然よ。
後先考えずに彼を罵って警察へ訴えてやるって踵返して後ろ向いた瞬間殴られて気を失って…
どうやらたぶん車に乗せられてそのまま突き落とされたっぽいのよね。
気がついたら病院で…もう全然何も覚えてない状態で…車も自分のでも知り合いのでもないっぽかったらしくて…でも第一発見者だったその車の持ち主がたまたま良い人でね、身元はわかったものの記憶ない状態で東京戻っても暮らせないだろうって私を引き取ってくれたのよ。
それが今の主人。
その後私は4人で旅行来て、志保が自殺して、自分はたぶん自殺未遂かなにかしたんだろうって事は聞かされてて、でも思い出せないまま主人の所で暮らしてて…まあそのまま結婚したの。
幸い看護士としての仕事は覚えてて、こっちでも看護士をして暮らしてね。
そのまま生きて行けたら幸せだったんでしょうけどね、結婚して14年目、夫が癌で余命1年て宣告されてね、その時彼が写真を出して来たの。
炎上する車からぎりぎり私を助け出した時に私が握りしめてたんだけど、あまりにショッキングなものだったからその時の私には見せない方がと思ったまま、返すタイミングを逸してしまったけど、もう20年近くたつものだし、私が記憶を取り戻す助けになればって。
それはあの時私が事実を知るきっかけになった志保の写真だった。
それで…全部思い出したわ。
夫にも全部話した。
ほんとはね、夫が亡くなってからにしようと思ったのよ。
19年よ?ずっと何にもないどころか自分の車をぶちこわした私を幸せにしてくれた相手なんだから、ちゃんと看取ってあげないとって、さすがの私でも思ったわ。
でもね、あの人はもう私の性格なんてお見通しでね、
”そんな人でなしのために君の人生を捨てる事はない。どうせなら僕の残りの人生を使いなさい”
って、完全犯罪を目指そうって協力を申し出てくれたの。
迷ったわ。
私どう考えても最後の最後まで彼の人生を踏みつけにする気がしてね。
でも彼が言った。
”僕の死後君がどうなるかを心配しながら死ぬのは嫌だ。それでなくても何にもなくても君はめちゃくちゃな人なんだから。少しくらいは心配ごとを減らしてくれ”
もうその言葉で決意したわ。
彼はたぶんそういう人で…私がそういう人間だってわかってそれが良いって結婚してるわけだしね。
その後…光一の実家は知ってたから光一に連絡取って全て打ち明けて…3人で計画練って、後は碓井君の言った通りよ。
しっかし…最初君達見た時、4人で来た旅行で端を発した復讐劇で、同じような4人組カップルいるなんて面白いなぁって思ったんだけど、こんな風に関わってくるとは思わなかったわ。
誤解しないでね、最初は君達巻き込む気なんてぜんっぜんなくて、バレなかったら今でも良いおじさん、おばさんとして冷やかしながらも楽しくおつきあいしてたと思うわよっ。」
あっけらかんという澄花。
「言い訳じゃないんだけど、光一なんてユート君の事本当に心配して申し訳ない事したって言い続けてたし。あんまり関わっちゃ怪しまれるからまずいって言うのに、心配だからって部屋まで連れて来ちゃうしね」
と、澄花はさらにからかうように言った。
「光二を殺した事自体は後悔はしてないわ。
まあ…旦那巻き込んじゃった事と可愛いカップル達の信頼裏切っちゃった事くらいかな、後悔があるとすれば。」
さらにさらに付け加える澄花に、光一は顔を上げた。
「僕は…でもユート君と話せてなんだか楽しかったよ。
最初は僕と似てるのかなぁなんて思って他人じゃない気がして放っておけなかったんだけど、君は僕とは全然違う。コウ君みたいにすごい天才といて全然卑屈にならずに自分を保てるんだからね。ユート君も本当にすごい大物なんだと思う。」
「あ~それ誤解です。」
光一の言葉にコウが言った。
不思議そうな視線を向ける光一に、コウはクスっと笑みをもらす。
「俺が…4人の中では唯一の凡人ですよ。幼児期から必要な事をやる時間を全部削って勉強と武道だけをやらされてきたので、少しばかり勉強ができて反射神経が良くなったくらいで…。
でも他は普通に育って来たのに、姫は…超能力並みの勘の良さでピンポイントで重要な事を提示して、アオイはありえない確率で重大な場面に出くわして、ユートは情報集めの天才。俺は…使いっぱ兼その皆が集めたすでに答えが出ている少しわかりにくいだけの事実をわかりやすく翻訳するだけの人間です。」
「ま、四葉のクローバーだね。4人いる事に意義がある。」
それを補足するようにユートが言って、他2名もうなづいた。
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