温泉旅行殺人事件_29

その時携帯が振動する。和田からメールだ。
昨日聞いた情報について調べてくれたらしい。
小澤光二。42歳。埼玉県出身。
家族は両親と双子の兄光一だが、現在、父親は他界、兄は1年ほど前から行方不明で、埼玉の実家には母親が一人で暮らしている。

仕事は銀行員。高学歴高身長高収入と3拍子揃ったいわゆる3高だが独身。
都心のマンションで一人暮らし。
留守電はそのマンションの自室に設置されていたもので、マンションは侵入された形跡なし。
マンションの防犯カメラにも怪しい人影は一切移っていない。
…ということで、ほぼ電話に細工された可能性はないとのことだ。

氷川雅之はここから山二つほど越えた村で農業を営んでいる。
現在46歳。15年前に澄花と結婚というのは本人の申告通りだ。
ほぼ村から出る事もなく、澄花の方がこちらに来た時に知り合ったと思われる。
ゆえに…小澤との接点はない。

氷川澄花は旧姓前田澄花。埼玉出身41歳。孤児院の出で結婚までは看護士をやっていたとのこと。
光二とはその頃に患者と看護士として出会い付き合い始めるが光二の浮気が原因で破局。
その後5年間、こちらで起こした自動車事故をきっかけに雅之と知り合ってこちらで暮らしていたらしい。
結婚後はこちらでやはり看護士として働いているので、少なくとも15年間は小澤との接点はほぼないと思われる。

お手上げだ…。
コウは天井を仰ぎ見た。

「コウさん…ご飯はちゃんと食べましょう。」
フロウの声でしかたなしに朝食に箸を伸ばす。
「ここの旅館はね~ご飯が美味しい事でも有名なんですよ♪海も山も近いから山海の珍味がいっぱい♪
宿泊客のほとんどがそれ目的でくるくらいなんですから食べないなんてお馬鹿さんですよ~♪」
にこやかに言ってお茶を入れた湯のみをコウの前に置くフロウ。

確かに…朝から通りいっぺんの朝食メニューじゃなくて、なかなか手がこんでいる。
というか…これまで事件続きでゆっくり食事を楽しむ余裕なんて全くなかったので、こんなに味わって食べたのは初日の夜以来だ。
(え…ちょっと待てよ…)
コウはまた箸を置いた。
「姫…ちょっと秋ちゃんに聞いてくれ。事件当日、小澤さんは旅館側に軽食かなんか頼んでたのか?」
コウの言葉の真意を全く気にする事もなく、フロウは秋に携帯でそれを聞いた。
そして携帯を切ると
「昨日の質問と一緒に調べてお昼までにはメール送ってくれるそうです♪コウさんのメルアド教えちゃいましたけどいいですよね?」
と、首を傾ける。
「ああ、サンキュー。その方がありがたい。」
「じゃ、そういうことで…いい加減ちゃんとご飯食べましょうねっ」
と、フロウはコウにまた箸を握らせた。

宿泊客のほとんどがそれ目的で来るほど有名な料理旅館。
小澤は何故わざわざ夕食を不要と言ったのだろうか…。
それによってどういう影響が出た?
夕食を普通に摂る予定でいたら…氷川夫妻はその時間に露天の予約を入れていたため19:00からにしていたが、基本的にはここの旅館は18:00か18:30から夕食になっている。
ということは…その10分弱前から仲居が食事の支度をしに出入りをする。
犯行推定時刻のまっただ中だ!
その時間に遺体が発見されたら…本当に殺されたばかりという事になる。
殺害直後かそうじゃないかくらいは一目瞭然だ。…実はそうじゃなかったとしたら即わかる。

他に不自然に思えるところはどこだ…
当たり前に見過ごしていた部分に実は何か重要な意味があるかもしれない。
争った形跡はいいとして…わざわざ衣服に血をつけて切り刻んだのはどうしてだ?
クリーニングの袋に入ったままだったシャツまでわざわざ出して切り刻む理由がわからない。
意味なく時間がかかるだけじゃないのか?
「なあ…クリーニングの袋に入ったままのシャツまで引っ張りだして切り刻む理由って…なんなんだろうな…」
自分だけよりはユートにも聞いてみようと、食後にフロウがいれてくれた茶をすすりながらコウはユートに話しかけた。
ユートはそれに少し考えて、あ、と叫び声をあげた。
「返り血を浴びないため被害者の服を重ねて着て被害者を刺殺したあと、また自分が着て来た服に着替えて、その証拠となる服を切り刻んでごまかしたとか?」
かな~り自信ありげに言うユートにコウは首を横に振った。
「それ…俺も考えたんだけどさ…全部の服についてる指紋や毛髪とか全部被害者のらしい。シャツのボタンとかにも被害者の指紋はついてたらしいけど、他は一切なし。」
「そっか~。覆面とかしてたとか…?」
「でもな、目立たないか?髪をきっちりださないような格好って。覆面なんかしてたら返り血ついたシャツわざわざ着替えて処分してから移動する意味無いし…」

「なんで…犯人しか触ってない服にまで死んだ人の指紋ついてるんです?」
ユートとコウでああでもないこうでもないと意見を出し合っていると、フロウが突然口を挟んだ。
「そりゃ…被害者の服だから。いれる時とかつくだろ?自分で用意してれば。」
当たり前に言うコウだったが、すぐ
「…あ…」
と、気付いてポンと膝を打った。
「そう…だよなっ!」
「で?なんでです?」
本気で何にも考えてない素朴な疑問だったらしい。
フロウは自分の聞いている意味はわかったでしょ?で、答えは?といわんばかりに聞いてくる。

その時…携帯が振動した。秋からだ。

事件当日…被害者の小澤は特に軽食等を頼んだという事はない。
ただ予約時の電話で食事は不要と言われたと言う。
そのメールには20年前についても書かれている。

「なるほど…わかった気が…する。」
コウは言って和田にメールを打った。
「何がわかったん?」
ユートが聞いて来るのを
「ちょっと結果が出るまで待ってくれ」
と、コウは送信ボタンを押す。
そしてその後コウは
「そう言えば…ユートも一つ聞かせてくれ」
と、ユートを振り返った。
その後秋にもメールを送る。


数十分後、離れのドアがノックされた。
「碓井さんっ!開けて下さいっ!」
和田の声だ。
ユートがあわててドアを開けに行く。
鍵を開けると、和田は慌ててコウのいる和室に飛び込んで来た。
「碓井さんっ、これはどういう事なんですか?!」
ユートは混乱している様子の和田に驚きの目を向け、次にコウに無言の問いかけを送る。
コウはそんな二人を交互に眺め、それからフロウに目をやった。
「ん~まあ多分わかった気がするんだが、念のため例の頼む。姫。」
その言葉にフロウは小指を立てて
「これです?」
といたずらっぽく微笑み、コウもそれに微笑みで返す。
「じゃ、そう言う事で、ちゃんと殺人事件を解決して下さいな♪できなければ…」
そこでフロウはまたニコッと天使の笑み。
「針千本ですっ♪」



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