というユートが立ち上がった時、支度をしていたフロウが
「あ…」
と声をあげた。
「今度は姫か。なんだ?」
苦笑するコウ。
「お風呂に…ポシェット忘れて来ちゃいました…」
「今…7:20か。急いでフロント行って車出してもらえば7:30の人が入る前に取って来れるな。急ごう」
コウが行ってフロウを連れてフロントへ急いだ。
そして車を出してもらって露天風呂へ。
幸い次の予約の人はまだ来てなかったのでフロウは急いでポシェットを取りに脱衣場へ戻った。
「ありました~♪」
と、すぐ中から出てくる。
「んじゃ、戻るか。」
7:30…花火は8:00くらいかららしいからまあ余裕か…と車に戻りかけるコウの服の裾をフロウがクン!とつかんだ。
「なんだ?」
大きな丸い目で自分を見上げるフロウにコウが少し笑みを浮かべると、フロウは
「ん~、歩いて戻ったら…遅れちゃいます?」
とちょっと首を傾げた。
長い睫毛に縁取られた真っ黒で澄んだ瞳がジ~っと問いかける。
「平気だと思う。そうするか」
コウが言うと、その可愛らしい顔にぱ~っと花のような笑みが浮かんだ。
そして送迎の車には帰ってもらって二人で手をつないで歩き始める。
さっき4人で露天に来た時の往復とはまた別のルート。
「これで…全部ですね♪」
ふわりと笑うフロウ。
暗闇を照らす明りが薄桃色の着物をふんわりと映し出した。
結局…全ルートを通ってみたかったんだな、と納得するコウ。
でもそれなら…とふと思う。
「ま、あわてて全部まわる必要もないけどな。三泊四日するんだし。」
そのコウの言葉にフロウは微笑んだ。
「これが最後の機会…な気がして」
「雨でも降るのか…」
勘の良いフロウの言う事だ、たぶん本当にそうなるんだろう。
このあたりを明日ランニングしたら気持ちいいかと思ってたので少し残念ではあるが、まあユートとアオイにとってはその方がいいんだろうな、と、コウは思った。
「あ…ここから露天の行きに通った道にでられそうですね~♪」
変なところで目がいいフロウが手を放してテケテケと歩き出して行く。
「危ないからっ!手は放すなっ!」
足場が悪いので一歩間違えば落ちて泥だらけ、もしくは草だらけだ。コウはあわててその腕を掴む。
しかし崖の前で立ち止まるフロウ。コウは不思議に思ってそれを
「どこが?」
と見下ろす。
「えっとね…この木を登って上に行くとたぶんそうかと…。ひな菊と…小川の匂いがするから」
ここからそんなもんわかるのか…犬並みの嗅覚だな…とコウは秘かに呆れ返る。
まあ…どちらにしても浴衣姿のフロウを連れて木登りはさすがに無理なわけで…せっつかれてフロウを木の下にいさせて自分だけちょっと木に登ってのぞいてみると、確かに見覚えのある道だ。
「どうでした?」
というフロウに、コウは木から飛び降りると
「確かにそうだった。でもここからそんなのわかるってすごいな」
と苦笑した。
二人はそのまままた下の道を歩き始める。
「ここ…すごいですねぇ…」
途中幅4mほどの亀裂があり、木の吊り橋がかかっている。
「ひゃあぁ…すっごい揺れますね~」
怖いもの知らずだと思っていたフロウでもさすがに怖いのかコウにしっかりしがみつく。
「ま、普通に渡ってれば落ちないから平気、ほら」
コウは笑ってしっかりその小さな手を握ったまま先に立って歩き出した。
そのまま歩き続ける二人。
空気はさすがに冬だけあって冷たいが、握った小さな手は温かい。
こうしてずっと歩いていたいな、と、少し思うコウだったが、やがて遠くに母屋が見えてくる。
名残惜しい気分でそれでも歩を進めると、丁度母屋から出てくるユート達が目に入った。
「どうだった?あった?」
とにこやかに聞いてくるアオイと対照的にユートはちょっと沈んで見える。
「はいっ、ありました~♪」
と答えるフロウを少しアオイの方へ押しやって、コウはユートに小声でささやいた。
「何かあったのか?」
その言葉に
「おおあり。俺…コンドーム入れ忘れて来た」
とガックリと肩を落とすユート。
「なんだ…そんな事か…」
アオイと喧嘩でもしたのかと思って戦々恐々として聞いたコウは安堵のため息をついた。
「貴仁さんに渡されたのがあるからやる。ちと母屋に露天の鍵返しがてら部屋戻って取ってくるから、姫頼むな。母屋の外側だから絶対に目はなすなよ、不用心だし。」
ポン!とユートの肩を叩くコウに、ユートは
「まじ?さんきゅ~!持つべき物は親友だねっ」
と、とたんに元気になって顔をあげた。
「とりあえず…母屋の西側のベンチのあたりに陣取ってるな。ちょっと影になってるから周りからのぞかれないしっ」
と言うユートに了承してコウは部屋へと戻って行く。
「コウは?」
その後ろ姿を見送ってアオイが聞いて来るのに
「うん、ちょっと忘れ物」
と、言うとユートはベンチの方へとアオイとフロウをうながした。
そして移動しようとした時、ユートはドン!と誰かにぶつかった。
「あ、すみません…」
とふりむくと、そこには地面に転がった二つの紙コップ。
「あ、ううん、こっちこそごめんね。熱いのかからなかった?大丈夫?」
というのは例の中年夫婦の豪快な妻、澄花だ。
「あっちゃ~ちょっとかかっちゃったか。大丈夫?火傷してない?」
澄花はあわててハンカチでユートのシャツを拭いてくれる。
「いえ、しぶきが飛んだくらいなので。それよりすみません、お茶ダメにしちゃって」
ユートは先行ってて、と、アオイに合図して、澄花を振り返った。
「ううん、どうせそこで旅館がただで配ってる奴だから気にしないでっ。またもらってくるからっ」
と澄花はハタハタ顔の前で手を振って笑う。
「君達も花火見物ならもらってきたら?着込んでてもさ、寒いし暖まるわよ~」
澄花はそう言ってユートを母屋の方にうながした。
「やっぱりご夫婦で花火見物ですか?えっと…」
道々ユートが言うと、澄花は
「氷川澄花よ。旦那は雅之。君はえっと、ユート君っ!お友達も彼女もそう呼んでたわよねっ」
と、気さくな笑顔を浮かべる。
「はい。近藤悠人です。」
とユートも自己紹介をして、お得意の人懐っこい笑みを返した。
そうして旅館が配っているお茶をとりあえずアオイとフロウの分に二つもらうと、西側のベンチに急ぐ。
もう花火が始まっている。
(…あれ?)
確かに先に行ったはずなのにベンチには二人の姿はない。
いったんベンチにお茶を置いて、あたりを見回すユート。
「アオイ?姫?!」
少しベンチの周りも探すがやっぱりいない。
「ユート、二人は?」
コウが戻って来た。
「えと…」
ユートが説明しようと口を開いた時、聞き覚えのある黄色い声が響いて来た。
「あ~今日は男の子だけなのねっ♪一緒に花火見物どう?あとの二人もすぐ来るからっ」
行きにはしゃいでたOL3人組の一人だ。
「いえ、はぐれただけなので。」
とコウが即答して、ユートの腕をつかんで離れようとするが、
「んじゃ、いいじゃない♪女の子達も意外に合流諦めて二人で花火見物してるかもよ?」
と、二人の前に回り込んだ。
「それはあり得ないので。どいて頂けませんか。これ以上の妨害は敵対行動と見なしますが?」
スっとコウが静かに殺気立つ。
「…ヒッ…」
OLはその場で青くなって立ちすくんだ。
「で?ユート。どういう事だ?」
コウはそのままユートの腕を掴んで少し離れると、殺気はなくなったものの厳しい表情のまま聞く。
「えっと…実は…」
ユートが事情を説明すると、コウは無言でクルリと反転してユートから離れた。
「…コウ?」
背中から沸々と怒りがわき上がってる気がする。
少し不安になって声をかけると、コウのため息。
「…母屋の外側だから絶対に目を放すなって言ったよな…」
静かな怒り。
「…ごめん…」
まだ怒鳴ってくれた方がマシだと思う。
「…俺探してくるから。ユートは万が一戻って来た時のためここに待機。」
感情を抑えた声でそう言うと、コウは夜の闇に消えて行った。
不安を抱えたままユートがベンチに座っていると、後ろから
「あの…」
と、声がした。
振り向くと、行きのバスで夫婦で来ていた老女が、後ろに立っている。
「はい?」
「違ってたらごめんなさいね…、これ…あなたのかしら?そこの茂みで拾ったんだけど…」
そういう老女の手には四葉のクローバーのロケット。
年末にフロウが全員にプレゼントしてくれた物だ。もちろんユートは自分のは身につけてるし、コウもそのはず…という事はこれはアオイかフロウの物のはずだ。
「あ、はい、そこでってどこです?!」
ペンダントになってたはずだが、チェーンがついていない。
「えと…そこ…なんですけどね…」
老女が指し示す地面を凝視するユート。
礼を言って老婆見送ると、即コウに携帯をかけた。
すぐに戻ってくるコウ。
ユートが事情を話してロケットを出すと、
「指紋ベタベタ付けるなっ」
と、ハンカチを出してそれを受け取る。
そしてそれをハンカチ越しに調べると、コウは次にそれが落ちていたと言う地面から上の木を視線でたどった。
その視線が一点で止まる。1mちょっとくらいの位置の木の枝だ。
そして顔面蒼白。
「現場維持しとけっ!絶対いじるなっ!いじらせるなっ!」
と叫んで母屋へと駆け出していった。
コウが見つけたのは枝についていた擦ったような跡。
チェーンはその場になかった。
そこから導きだされる情景は…アオイかフロウ、どちらかのペンダントが枝にひっかかった。
無理にひっぱったのでチェーンが切れた。
草の上に転がるロケット。枝にひっかかったチェーン。
二人のどちらかが自分でひっかけたなら、チェーンを回収した時点でひっかけてペンダントがちぎれたのは気付いているわけだから、ロケットを拾わないはずはない。
あれはフロウが4人でお揃いにと長い時間をかけて探した四葉の押し花入りなのだ。
…ということは…拾える状況じゃなかったということで…
嫌な予感がヒシヒシとコウを蝕んで行く。
色々がフラッシュバックする。
忘れ物を取りに行った帰り道…フロウは…なんて言った?
「これが最後の機会…な気がして」
雨のためじゃない…。あれは……
母屋についてフロントに事情を説明して警察を呼んでもらう。
それから念のためにと自分達とユート達の離れを見に行くが当然二人ともいない。
強烈な吐き気…。呼吸がうまくできない。
それでも…
(…動けっ!止まるなっ!!)
ふらつきながらも母屋にまた戻った。
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