俺たちに明日は…ある?!弐の巻_1

アーサー、外の世界に足を踏み出す


「やばい!身支度に時間をかけすぎたか!」
カリエド邸に向かう前夜、ほとんど眠れないままアーサーは朝を迎えた。
上にはローマが強引に話を通して、アーサーはとりあえずローマの預かりとして、その実アントーニョの所に向かう手はずになっていた。

何もかも順調に行っている。
行っているのだが、アーサー自身はいつになく緊張をしてあれでもない、これでもないと身支度に時間をかけるうち、すっかり刻限まで時間がなくなってしまった。
ギルベルトと並ぶどころではない。初日から刻限に遅れるようでは家臣失格である。

「はいっ!」
駿馬の腹を思い切り蹴り上げ、馬を疾走させる。
見慣れたローマの城の横を一目も振らず、一目散にかけぬける。

まにあったか!
息を整える間もなく、アーサーは馬から飛び降りた。
手近な下男らしき男に手綱を渡して周りを見回す。

「アーサーだ。」
と名乗った後、ふと一人のあきらかに他の者とは違うオーラをまとった武将に目を留める。

(これが噂の…)

すらりと引き締まった体躯で身のこなしにいっぺんの隙もない。
顔立ちは人目をひくほどに整っているが、その眼光の鋭さから近寄りがたい印象を与える。

その人物は土農の出身と聞いていたが、貴族と言っても不自然に感じない威厳と品位が備わっていた。

なるほど、これが天才軍師をも惹きつける武将なのか。
自分の主になるであろう武将を前にして、アーサーは柄にもなく言葉を失った。

名家で知られる家系の跡取りとして育てられた自分が気後れしている事実に驚くと共に、何故か不思議な満足感を感じながら、アーサーは緊張を押し隠して言葉を搾り出した。

「貴公がアントーニョ・ヘルナンデス・カリエドか。今日より世話になる。」
他人の下につくのは初めてだ。なのに思いのほか屈辱感を感じない。
むしろ神聖な気持ちだった。

(ローマ、確かに世界は広い…お前の言う事に間違いはなかった。)

やや離れた城にいるであろうローマに思いをはせ、感慨にひたっているアーサーの横で、なんとも特徴的なイントネーションの言葉が耳に届いた。

「あのなぁ!自分あまりに失礼やろっ。オレ!オレがアントーニョや!
世話になる相手にいきなり馬の世話させるか?」

(え・・・?)

振り返るとさきほどの下男らしき男が叫んでいる。
雅さのかけらもない、ついさっきまで畑仕事でもしていたような服装。
鍛錬で…というには過度なくらい…そう、それこそ日々農作業に勤しんでる農民のように日に焼けた肌。
良く言えば善良そうで人が良さそうな、緊張感のない一般人を絵に描いたような男だ。

これが…アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド?
…ス~っと一気に夢が冷めていく。

そりゃあ必ずしも貴族的な事を良しとするわけではない。
しかしこれはないだろうとアーサーは思った。

唖然としつつも思考の邪魔をする声がうるさくて、何やら言っている男のみぞおちに反射的に拳をうちこむ。

「ホントにお前がそうなのか?」
コクリと小首をかしげて表面上は平静を装って聞きながらも、頭の中では混乱した思考がグルグル回っている。
そんなアーサーを救ったのはさきほどの武将だった。

「お前がどう思おうと、とりあえずお前の上司だ。いきなりみぞおちはやめておけ」
怒るわけでもなく、恐れるわけでもなく、ごくごく落ち着いた声でそういって、アントーニョが落とした手綱を拾うと、後ろの若い者にそれを渡す。
その落ち着いた態度にアーサーも平静を取り戻した。

それに対しては
「そうだったな、すまなかった。下男のような男にいきなりまくしたてられたのでつい。」
と、アーサーなりに素直に詫びをいれる。

それからその武将にもう一人くる予定らしい部下の事を2,3聞かれたが、それについては何もきいていなかったので、アーサーが何も知らない事を告げると、その武将はそうか、と短く答えて、馬を馬屋につないで戻ってきた若者にアーサーを部屋に案内させるように命じた。

「お前は?」
館の中を部屋に向かう途中、アーサーが案内の少年に声をかけると、柔らかそうな茶色の髪が一筋クルンと跳ねている人の良さそうなその少年は、人懐っこい笑みを浮かべた。

「オレはフェリシアーノだよっ。フェリシアーノ・ヴァルガス。戦ではアントーニョ兄ちゃんの下で剣ふるってます。あ、俺一応兄ちゃんの従兄弟なんだ」
元服したてくらいだろうか。
まだ幼い印象を受けるこの少年が、すでに戦場の第一線で活躍しているのか。

「要は…大将直属の部下ということか?」
「そうとも言うねぇ。」
フェリシアーノはあっさりと言い放った。

「そうともって…なんでそんな奴が馬番なんてやってるんだ?」
アーサーは驚いていう。

「なんでって…ここではみんな普段はそれぞれ仕事持ってるんだよ~。
大殿…おじちゃんの所に参内するのはアントーニョ兄ちゃんとギルベルトくらいだから」
フェリシアーノは当たり前のようにいった。

「馬可愛いし世話も楽しいよ~。俺戦より好きだな~。」

(これが…外の世界なのか)
自分がいた世界とはあまりに違う世界。ローマが見せたがっていた世界とはこういうものなのか…。

フェリシアーノはさらに
「下手するとアントーニョ兄ちゃんだって暇だと庭はいてたり畑仕事するからねぇ」
とありえないような話をする。

「威厳もクソもないな」
ああ、さっきの自分の印象は正しかったんだな…と笑うアーサーにつられたようにフェリシアーノも笑う。

「そうだね。でも良い人だよ~アントーニョ兄ちゃん。それに…」
「それに?」
「普段偉ぶらないだけで戦場では別人だしね」
「そうなのか?」
「うん。」
半分疑わしげなアーサーの問いに、フェリシアーノはきっぱり答える。

「兄ちゃんは槍の名手なんだ。ギルベルトは刀で。でもたぶん腕は互角かな。
違いは…策を練る人間と指揮を執る人間てとこかなぁ」
本当なのだろうか…あの男が?

「ギルベルトは…見るからに優秀な武将って感じだからね。」
まだ疑わしげなアーサーの表情に、フェリシアーノは苦笑した。
「あ、ちなみに、アーサーが最初に兄ちゃんと間違えたのがギルベルトだよ」

(やっぱりそうだったか)
まあ…ギルベルトに関しては最初に持っていたイメージは裏切られなかったわけだ。
しかし肝心の主君があれでは…
ため息をつくアーサーに、フェリシアーノはにっこり笑って言った。

「大丈夫。長く一緒にいれば絶対にアントーニョ兄ちゃんの良さがわかってくるよ。
はい、部屋につきました。
一応一通り生活できるものは揃っていると思うけど、何かあったらオレに言ってね。
あと下人とか必要なら、ご要望の通りに手配するから、それもオレにどうぞ」
食事になったら呼びにくるね、それまでごゆっくり、と言い置いて、フェリシアーノは去っていった。

部屋は自宅に比べたら質素なものだった。
だが心機一転新しい生活を始めるんだと決意していたアーサーには、まったく気にならない。
アーサー自身、自宅から持参したものは、必要最低限の物だけだ。

その中にはローマから与えられた医術や兵法の書なども含まれていた。そのほかは愛用の竹刀、太刀の数々。

家具なども必要最低限しか持ち込まなかったので、広さは充分ある部屋はガランとしていて殺風景な印象すらうける。

それはまさに今の自分のようだとも思う。
あれほど窮屈だったものを色々捨ててきたら、残ったものは意外に少なかった。
これからここで新しい生活続けていけば、この殺風景な空間も埋まっていくのだろうか。

生まれて初めて自由を得て、アーサーは大きく深呼吸をした。

ここまでのレールはローマが引いてくれた。しかしここからは…自分自身で道を切り開いて行かねばならないのだ。
気持ちを新たにアーサーは姿勢を正してローマのいるであろう城の方を向き、合唱した。


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