恋愛においてラテン男の演技を信用してはならない
自国での欧州会議。
普段なら忙しさで憂鬱なその会議も、今日は非常に楽しみだった。
3日前、スペインとイギリスを帰らせた後、フランスは念のためにとイタリア兄弟を自宅に招いて当日まで泊まらせて、そのまま会議へと臨んだ。
(今日は坊ちゃんはなんらかのアクション起こしてくれるかな)
と、書類を用意しながらもにやける顔を、イタリア兄弟が残念なモノを見る目で見ている。
まあ、彼らは何も知らないわけなのだから、好きに思わせておけば良い。
フランスの記憶を取り戻そうと必死にまとわりついてくるであろうイギリスを1日か2日くらい堪能したあと、何かの拍子に記憶が戻ったことにしよう。
普段はフランスがアクションを起こしても仕方なさそうに応じるイギリスが、フランスの気をひきたくて必死になる図など、もうこれきり見れないかもしれないのだから、堪能しなくては…。
そんな事を考えながらフランスは普段から早く会議室入りするイギリスをまだかまだかと待ち受けていたが、今日に限ってなかなか来ない。
もしかして…ショックが大きすぎて寝込んでいるとか?とも思ったが、仕事人間のイギリスのことだ。内心ボロボロの状態でも会議をすっぽかすなどありえない。
来れないなら来れないで最低限連絡くらいはあるはずだ。
そう思いつつジリジリしながら待っていると、会議開始時間ギリギリになってイギリスが会議室に入ってきた…スペインと。
まあ…スペインはあの場にいて事情を知っているわけだし、一人でフランスに対峙するのが心細いイギリスについていてやってるとしても不思議ではない。
というか…そこでイギリスに引かれてしまっては困るわけだから、背中を押す意味で同席してくれているのだろう…フランスはどこか引っかかるモノを感じながらもそう納得して、議長国としての勤めを果たす。
「スペイン兄ちゃんがイギリスと一緒なんて珍しいね……」
隣でコソコソっと兄のロマーノにヴェネチアーノが単純に不思議そうな口調で話しかけた。
「スペインの馬鹿…何やってんだっ!」
と舌打ちするロマーノを見て、ああ、イギリスに気があるのはロマーノの方か…などと納得しつつ、少し優越感に浸る。
昼休みは議長国なので忙しくてそれどころではないが、会議後はおそらくイギリスも待っているだろう。
食事にでも…と誘ってくるのだろうが、たまには少し迷って見せようか…。
いつもなら二つ返事でOKしなければ置いて行かれるわけだが、たまには焦らしたりもしてみたい…。
いつもいつも合わせるのは自分の方で機嫌を取るのも自分のほうなのだ。
本当に…自分にここまで一方的に合わせさせるのはイギリスくらいだ。
一度くらい機嫌を取ってくれてもいい気がする。
その日はハッキリ言って会議の内容など頭に入って来なかった。
機械的に議長をこなし、機械的に採決をとっていく。
そして…ようやく会議が閉会し、各国が帰る中で主催国としては片付けに追われ、ようやくそれが終わったのは会議から1時間後の事だった。
「坊ちゃん…どこかな~」
と廊下に出てみると、何故かピシっと正装して花束を抱えたプロイセン。
会議には参加していなかったはずなのに何故?!と、思い、次の瞬間フランスは青くなって駆け寄った。
「プーちゃん、お前こんなとこで何してんの?!」
と声をかければ、プロイセンは悪びれた風もなく、お~、と、花束を抱えていない方の手を高くあげた。
「何って…デートの待ち合わせ?」
ケセセっと笑うプロイセンに、
(何がプーちゃん警戒してる場合じゃないだよ。目一杯警戒してる場合だろっ)
と、フランスは内心歯噛みをする。
それでもあえて顔に出さないように気をつけつつ
「誰と?もう皆帰ったんじゃないの?」
と、聞くと、プロイセンは苦笑しつつ
「あ~あいつ照れ屋だかんな。他がいなくなってからじゃねえと嫌だっていうから…」
と、頭を掻く。
その言葉でフランスは頭が真っ白になった。
照れ屋だから…もしかして俺にも隠れて二人つきあってたっていうわけ?
なんのために記憶喪失のフリまでしたんだ…と、ヘナヘナとその場に崩れ落ちるフランスを見てプロイセンが慌てる。
「おい、大丈夫かっ?!ちょっと待ってろ。今ロマに断って医者に連れてってやっから。」
と、その言葉にフランスは顔を上げた。
「…ロマって…ロマーノ?」
聞かれてプロイセンは、あっちゃぁ…という顔をした。
「あの…これ内緒な?マジあいつそういう系でからかわれるとキレっから。」
手を合わせるプロイセンに、フランスは脱力する。
「いい。うん。お兄さん大丈夫。プーちゃんの恋路は応援してるから。頑張って脱DTしてきなさい。」
と、フラフラと立ち上がると
「DTじゃねえっ!!」
と叫んで後ろからいつのまにか来たロマーノにどつかれているプロイセンに背を向けて歩き出す。
そっか…ヴェネチアーノの方だったのか…お兄さん本当に騙されました…と、内心思いながら、ヴェネチアーノに電話をかける。
なかなかつながらない。
嫌な予感がしながらも、フランスが出るまでかけるつもりでかけ続けると、だいぶ待ってようやく
『…っ……チャオっ……今取り込み中…なんだけどっ……』
と、やけに荒い息のヴェネチアーノ声。
「取り込み中っ?!まさかイタリア、お前っ!!!」
焦るフランスだが、受話器の向こうで
『…イタリア……とりあえず……終わったらかけ直すということで……』
と聞き慣れた声。
『…っあんっ……でも…ドイ…ちょ、まだ動かないでっ……』
「ごめん…間違い電話だから気にしないで続けて…」
(まだ会議後1時間だよ、早いよ、お前たち。食事も取らずにやってるの?…)
という言葉は飲み込んで、フランスはプツっと携帯を切った。
一体何がどうなってる…。
わけがわからず、フランスはとりあえず、と、スペインに電話を掛けてみる。
もうとっくに飛行機に飛び乗っていると思ったスペインは、意外にもまだフランス国内のホテルに居るとのことだった。
どうにもわけがわからないので、フランスが事情を聞こうとスペインのホテルを訪ねると、何故かツインの部屋に泊まっているらしい。
不思議に思いながらも部屋まで行くと、カチャリとドアを開けてフランスを招き入れたスペインは、
「疲れとるから起さんといてな」
と、シ~っと言うように人差し指を唇に当てた。
こうして招かれて入った部屋の奥、窓際の方のベッドには今まで探し求めていた相手がすやすや寝息を立てて寝ている。
そしてその手には毛布を握る赤ん坊のように、しっかりスペインの上着が握られていた。
「ね、これ一体どういうこと?」
尋ねるフランスに、スペインは極々普通のトーンで
「あ~、手は出してへんよ?」
と、ホテル備え付けのコーヒーをいれる。
「当たり前でしょっ!!」
と、声を荒げるフランスに、スペインはまたシ~と指を当てた。
「ちょっと…これどういうことよっ?なんで坊ちゃんと一緒に泊まってるわけ?」
それでもフランスも声のトーンを下げて聞くと、スペインはあっさり
「ん~、恋人同士やからやない?」
と、さも当たり前な事をというように言い切った。
「なっ!!!!」
「あんな、せやから俺言うたやん?【恋愛においてラテン男の演技を信用したらあかん】て。あれ大ヒントやってんで?」
「ちょっとっ!なにそれっ?!お前イタリア兄弟の事だって……」
「言うてへんやん。親分の口からは言われへんとは言うたけど…イタリア兄弟の事なんて一言も言うてへんで?」
言われてみれば…スペインはラテン男…としか言っていない…。
そして確かにラテン男と言えばスペインもラテン男だ。
…しかし……
「お前…これはあまりにひどくない?騙し討ちはないわ…」
怒りを抑えきれずそう言うフランスに、スペインは冷静にフランスに座をすすめながら
「あの日までな、親分、協力したろ思うててんで?」
と、自分もソファに座った。
「それが…なんで寝取ってるわけ?」
恋愛において正々堂々などという気は毛頭ない…が、フランスの気持ちを知っていて、作戦に乗るふりをしていて掠めとるなど、あまりにえげつない。
そんな思いをこめてスペインを睨みつけると、スペインは
「まあ、まだ寝てはおらんけどな。」
と言いつつ、少し表情を険しくした。
「自分も知ってると思うけどな、親分な、イギリスがまだ子どもで自分の家に居た頃から可愛がっとったんや。国政でゴタゴタして距離できてから構われへんようになってもうたけどな、その気持は変わってへんよ。
せやけど最近イギリスと自分仲ええし、自分がな、遊びやのうて純粋にイギリスの事思うてて大事にするんやったら、今更俺が出張って混乱させるよりは、自分に任せようって思うててん。」
「俺が遊びだって言いたいわけ?」
「ん~、じゃあ聞くわ。自分この子に何求めてたん?
この子に自分の機嫌取らせたいっていうだけで、わざわざ傷つけるような計画立てて?
ちやほやされたいだけならこの子やなくてもええんやない?
それこそイタちゃんみたいに愛想ええ子と付き合ったらええやん。」
「誰でもいいわけじゃないっ!イギリスだから意味があるんだっ。
これが俺の恋愛の形で別に遊びで付き合いたいわけじゃないよっ。」
「そこやねん。」
スペインは大きく息を吐き出して手を膝の上で組んだ。
「自分ら恋愛に求めとるもんが違いすぎるんやわ。」
「…どういう意味?」
「あのな、自分は恋愛に物語みたいなドラマ性を求めてるんやけど、イギリスは違うねん。
この子は恋愛に遊びの要素は求めてへん。
すごく単純にな、親が子どもを愛するように、純粋に愛情を示して、示されたいんや。
自分は恋人にずっとときめきを欲しい思うとるけど、この子の求める恋人言うのは安心できる家族の延長線上にある存在なんや。
せやから…自分がイギリスに自分の理想の恋人像を求めれば求めるほどイギリスを追い詰めるし、自分も自分で努力してホンマの自分と違うモンになろうとしてなりきれへんイギリスにストレスためるんや。」
「…都合の良い詭弁…じゃない?」
「そうかもしれへんけど…自分はそれでも普通の告白してたらたぶんイギリスは手に入ったんやで?
それせえへんかったやん。
親分何度も自分にちゃんと自分から告白したってって言うたやろ。
この子は愛されとる自信がないから、愛情示して拒絶されんのが怖いねん。
そんなん…ずっと一緒にいた自分は気付かへんかったん?
気付かんはずないよな?
なんで気づいてて欲しがってるモン与えてやらんの?」
「あのね…俺だって怖いの。」
フランスはうつむいて自嘲的な笑みを浮かべた。
「お前みたいに迷いのない人間にはわかんないと思うけど…普通怖いものだよ?
好かれているかどうか知りたい…たまには態度に出して欲しいっていうのはそんなに悪いこと?」
「悪ないけどな…。イギリスの相手としてあんまり向かんてだけで…。」
「言うね。」
フランスはスッと立ち上がり、スペインの淹れたコーヒーを飲み干すと
「不味い…」
と顔をしかめた。
「しゃあないやん。備え付けのインスタントやで。」
「それでもお兄さんならもう少し美味しく入れるよ」
と、フランスは戸口へと歩を進めた。
そして
「漁夫の利はお兄さんの専売特許だったのにな、やられたよっ」
と、肩をすくめると、
「今日のところは引いといてあげるけど…そのうち坊ちゃんを胃袋から落とさせてもらうから。
せいぜい焦ってちょうだい。
…勝負はこれからだからね。」
そう綺麗な笑みを浮かべて宣言しつつ部屋を出ていった。
パタンと閉まるドア。
「ま、そんなんも覚悟の上やけどな…。
もう随分と争う事からは遠ざかってしもたけど…親分かて大事なモンのためならまだまだ戦うで。
愛の国に世界を焼きつくす情熱の国の想い見せつけたるわ。な~。イギリス。」
スペインは自分の上着をしっかり握って眠っているイギリスの髪を撫でながら、その頬に小さくくちづけた。
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