温泉旅行殺人事件アンアサ 中編_9

そのとき…
「こんばんは」
と声がする。
「来たな…。丁度いい、フラン、お前が出てくれ。」
アーサーが油断のない視線を玄関の方へ送り、フランをうながした。
「おっけぃ」
フランが湯のみをおいて立ち上がり、部屋を出ると玄関に降りる。

「こんばんは、どうしたんですか?」
開けたドアの向こうには雅之が立っていた。
「いや…今日の事聞いてたんで心配になってね…。」
言って雅之はフランの目をみつめる。
「アントーニョ君やあーちゃんといるの…今日はつらくないかい?妻とも話したんだが、もしフランシス君が一人なのがつらいとか他の二人がフランシス君を一人にするのが心配とかなら、僕たちの部屋にこないか?」
思いがけない申し出にフランはちょっと驚いて考え込んだ。
「えと…でもそこまでは…」
反射的に答えると、雅之は
「妻も…つらい経験してるからね。他人事とは思えないらしくて。ホント僕らには全然遠慮する事はないし、良かったらぜひ。」
とさらにすすめてくる。

心底心配しているようなその素振りに、真相知らなければほだされそうだなとフランは思った。
目的はギルが部屋から消えたのでこちらに探りをいれたいのだろう。
それなら…
「ホントに申し訳ないです…。あーちゃんが悪いわけじゃない…。あーちゃんが運動神経良くて俺が帰ってこれたのも、なのに俺は暗闇で足取られて転んで失敗なんてしたのも、しかたないんですけど…そうですね、俺やっぱり今はあーちゃんといるの情けなくてつらいのかも。お言葉に甘えていいですか?」
逆にこちらから探ってやる、と、フランはその誘いにのることにした。
「ちょっと…二人にことわってきますね。」
と、言っていったん部屋に戻って二人に事情を話す。

「だめだっ!断って来いよっ!」
当然…アーサーが快く送り出すはずはない。
「大丈夫だって。氷川夫妻の離れに行くのはもう知れ渡ってるんだから返さないってことないだろうし。
俺をどうこうする理由もないでしょ?それより少しでも情報集めた方がいい。それにさ、俺が行く事でギルが移動する間、氷川夫妻の目をそらせるし。」
フランが自分が行った方が良い理由を列挙すると、アーサーは黙り込んだ。
「心配しないで。今度こそ上手くやるから」
そう言って不満げなアーサーを置いて玄関に向かいかけるフランを追い越して、アントーニョも玄関に出た。

「こんばんは」
と、雅之に声をかけると、アントーニョはお辞儀をする。
「ああ、こんばんは。アントーニョ君も今回は大変だったね」
雅之がいうのに
「おおきに」
とさらに頭をさげると、アントーニョは軽くフランの肩に手をおいた。

「フランお願いします。でも…本当に申し訳ないんですが、こいつも今日は一回行方不明になりかけたし、俺らが心配なんで…絶対に一人にせんと帰る時もここまで送ってもらえませんか?俺ちょっと限界で寝てるかも知れへんのですけど、必ず起きて引き取りたいんで、できればこちらに戻る前に電話頂けるとありがたいです。」
アントーニョの言葉にフランは
「トーニョ~、子供じゃないんだから…」
と苦笑するが、雅之は笑顔で
「もっともな心配だね。大丈夫、僕が責任持って送ってくるから、君もゆっくり休んでね」
とうなづく。
これで…フランが自分達と分かれてからいなくなったという言い訳はできないし、フランに手出しはできないだろう。
「じゃあそういうことで。お預かりします」
と言って雅之はフランと共に自分の離れへとむかった。

5分ほどでフランから雅之の部屋の電話で今着いたという連絡がはいる。
それを了承して切ると、アーサーは部屋のカーテンを閉めた。
「夫妻は揃って部屋なのは確認できたから出ていいぞ、ギル。」
と、タンスの中のギルに声をかけると
「下手打って悪い」
とギルがタンスの中からころがるように出て来た。
「こっちの詳細は後でな。簡単にだけ説明する。」
時間がないのでアーサーは早口に始める。

「昨日この宿で殺人事件が起こった。殺されたのは一人で来てた中年男小澤。
で、ギル一人で露天の鍵返しにいった時お前その後氷川澄花と何か接触もっただろ。
それがどういう風に関わってるかわからないが殺人事件の立証に関わるものらしい。
で、お前誘拐されて今救出したわけなんだけど、全部状況証拠だけだから相手を拘束できないし、お前を救出するために非合法な手段で氷川夫妻の離れに入ってるんで、それバレるとこちらの行動制限される可能性もあるんでまずい。
という事でな、ここフランソワーズさんの友達の旅館だからそのコネでこっそりお前を旅館の方でかくまってもらって、その間に殺人事件の方調べてみることにした。以上」

アーサーの話を聞いて分析を始めるギルベルト。
「そっちの殺人事件の情報も少し調べておく必要があるな。」
と言うのに、アーサーは
「ああ、そっちは任せた」
とうなづいた。


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