イルヴィス王国再び
ふと気付くと目の前に噴水があった。
なんだか見慣れた景色だ……どこでだっけ………
ボ~っと考えながら何気なく噴水を覗き込んでぎょっとした。
えええ???
水面に映るのは茶色の皮鎧……忘れもしない例のゲームの時のアオイキャラ。
呆然と自分の姿をあらためてみると、やっぱり見慣れた格好。
ただ一つ違うのは、あの時はディスプレイ越しに見ていたその姿が、今はまんま自分の姿になっている事。
ありえない…いくらなんでもありえないでしょ、これは。
さっきまでフロウちゃん家のコウの部屋にいたはず。
そこでハタと思い当たる。
夢だ…私はあのまま寝てしまって、今夢を見てるに違いない。
「そっか、夢か」
言葉に出してみるとなんとなく落ち着いた。
夢だと思えば慌てる事もないな、このまま目が覚めるのを待てばいい。
「ん~~~~」
私が結論を出して噴水のふちに座って足をブラブラさせてると、いきなり目の前に現れた人影。
赤いマントを羽織ったやっぱり見慣れたその男の子は、少し眉をしかめて腕を組んで考え込んでいる。
もちろん、説明するまでもない、ユートだ。
「どしたの?ユート」
後ろから声をかけてみたら、それで初めてそこに私がいる事にきづいたのだろう、ユートが一瞬飛び上がった。
そして次に私の姿を確認して、ホッとしたように息をつく。
「アオイ…かぁ。」
「難しい顔してたけど、どうしたの?」
私がもう一度聞くと、ユートは
「俺…コウの部屋にいたはずなんだけど……」
と説明を始めて、いや、と首を振った。
「たぶんこれ俺の夢なんだよな。夢の中のアオイにんな説明してもしょうがないし」
とブツブツとつぶやく。
なんだか面白い。
ユートも夢を見ていると思っているっていう設定の夢か。
さらにコウ登場。
「コウも…夢オチ設定?」
結局…あの部屋にいた人間がみんな夢を見ているという設定の私の夢(ややこしいな)なんだろうと納得して声をかけた私に、コウは
「……相変わらずわけわからない奴だよな、アオイ」
と、不思議そうな目を向けた。
コウは…違うのかな?
最後はフロウちゃん。
きょろきょろと辺りを見回して、不思議そうに首をかしげる。
それから自分の格好を確認して、また首を…。
一瞬のち、ニッコリ可愛い笑みを浮かべると、嬉しそうにクルクル回った。
プリーストの真っ白いスカートがふわっと広がり、やっぱり白いブーツに包まれた綺麗な足がのぞく。
そのままクルクル回りすぎて足をもつれさせるフロウちゃんを慌てて支えるコウ。
「あ、コウさんもいるんですね♪」
と、ようやく周りに気付いたフロウちゃんは、続いて私とユートにも気付いたらしく、ニッコリ手を振った。
「ふふっ、みんなイルヴィス王国の住人なんですね~♪素敵(^-^」
どこまで理解してるのかわからないけど、フロウちゃんも夢落ち設定…なのかな?
「とりあえず…PT組んでおくぞ」
とコウが言って、PTの誘いがくる。
目が覚めるのを待てばいいといっても何もしないでボ~っとしてても暇だしねぇ…
私はその誘いを受けてPTに入った。
『まあ…なんと言っていいかわからんが…』
4人PTが出来上がるとコウがいつものようにため息まじりにつぶやく。
『例え俺の夢の中でも、お前達を放置して馬鹿な事されると多分ストレス溜まると思うから…PT組んで行動するぞ』
コウの言葉に私とユートが吹き出した。
私の夢の中でもやっぱりコウはコウなんだね。
ていうか…やっぱり全員夢落ち設定なのか。
そして気付くと少し離れた所でポツリポツリと懐かしい顔ぶれが姿を現す。
イヴちゃん…はともかくとして、死んだはずのアゾットやショウ、ゴッドセイバーまでいるって事は完全に夢なんだね、これって。
そうと決まれば本気で気は楽なんだけど…さて何をしよう。
『で?なにするん?』
相変わらず以心伝心…ていうか私の夢だからそういうのもありか。
ユートが私の疑問をそのままコウにぶつけると、コウは
『俺に聞くな』
と、やっぱり大きく息をつく。
『とりあえず…やっぱり魔王退治なのでは?(^-^』
そんな男二人のやりとりに、フロウちゃんが笑顔で言った。
あ~そうだよね、それが元々このゲームの目的だったわけだし…。
『ま、暇だしな。とりあえずそれいっとくか』
最終的にコウの言葉で当座の目標は決定した。
私達のレベルは…コウが10で他が4という私達4人が出会った時のレベルに戻っていた。
装備やアイテム、所持金もその時のまま…っていうことは、だ、私とフロウちゃんは無一文な初期装備。
まあ…前回同様コウが装備買ってくれたわけなんだけどね。
『コウさん……』
PTを組んで装備買ってもらって、さあとりあえずレベル上げと外に続く門に足を向けかけた時、フロウちゃんがコウを見上げて言った。
『エンジェルウィング…欲しいです』
『………』
まあ…急がないわけなんだけど…マイペースだなぁ、フロウちゃん。
コウは一瞬考え込み、それからユートを振り返った。
『俺ミッション1終わってるから、3人で行ってきてくれ。』
『コウは?』
『あ~…その間に…取ってくるから』
………
まあ…コウがフロウちゃんに甘いのは今に始まった事じゃないけど、夢の中のコウはさらに甘い?
『おっけぃ。道沿いに行けば絡まれるわけじゃないしね。』
ユートも同じ事を考えてたのか少し苦笑して了承する。
こうして私達はミッション1を終わらせるため、手紙を手に兵隊さんのいる山を目指す事にした。
なんか…さ、遠いっていうか…真面目に疲れるんですけど……
目的の山へ行くためウネウネ曲がりくねった道を進む私達3人。
何故だか普通に感じる疲労にうんざりしてきた。
ネットゲーでキャラ操ってる時は当たり前だけど疲れなかったのに…所詮夢なんだからそこまでリアルにしなくても……あ~直線距離を進みたいっ。
落とし穴……気をつければ避けられないかな……
チラリとユートの顔を伺うと、ユートも例によって同じ事を考えていたらしい。
「行っちゃおうか……」
あえて…PT会話で言わない所がミソ?
コソコソっと脇道にそれる私達。そして気をつけて歩く…気をつけて気をつけて……落ちたっ!
いったぁ………本気で痛い……痛覚もあるのかぁ…。
「いてて。アオイ、大丈夫?」
並んで歩いていたため、同時に落ちたユートがやっぱり腰をさすりながら私に聞いてくる。
「うん…なんとか。」
こういう時は皮鎧いいね。
フロウちゃんやユートみたいに布装備だと薄くて痛そうだし、コウみたいに金属鎧だと固くて痛そうだ。
ともあれ…さてどうしよう……。
コウに始めて会った時みたいに少し離れた所にコウモリ。
たぶん今の私達じゃ倒せない。
夢とは言え痛覚あるから、死ぬような傷負ったら痛いだろうなぁ…っていうか死んだらどうなるんだろう。
「お二人とも大丈夫です?」
一人一歩後ろを歩いていたため落ちなかったフロウちゃんが、落とし穴を心配そうに覗き込んで言う。
「うん…でもフロウちゃんは落ちない様にね」
それでなくても落とし穴あるってわかってて直線距離突っ切ろうとして落ちちゃったんだし、ここで無事に帰れるあてもないのにフロウちゃんまで巻き込んだらコウが大激怒だ。
どうしよう……私は途方にくれた。
「俺の肩に乗れば上に届かないかな…」
途方にくれて膝を抱えていたら、ポツリとユートがつぶやいた。
その言葉に私は自分達が落ちて来た穴の入り口に目をやる。
リアルと同様にユートは背が高い。
確かにその肩に乗って立てば届くかもしれない……でも
「私がそれで上に上がれたとして…ユートどうするの?」
穴の上から手を伸ばして届く高さじゃないし、そもそも私とフロウちゃんじゃ大の男を引き上げるのは無理だ。
「俺?俺はいいよ。」
ユートは何でもない事のように言う。
「いいって?」
「まあ…行ける所まで行ってみて、駄目なら死に戻りするから」
死に戻りって……
「穴落ちた時、痛いって…言ったよね?ユート」
私の言葉にユートは不思議そうな目を私に向ける。
「ネットゲームの時と違って痛み感じるってことでしょ?死ぬほどのダメージ受けたら落ちた時どころの痛みじゃないよ」
「だから?」
「だから?じゃないでしょっ!そんなのわかってて一人で置いてけるわけないじゃないっ!」
あ~、もう!ユートは夢の中でも嫌になるくらいユートだ。
てか、これ私の夢だから私のユートに対するイメージってやっぱり果てしのないお人好しって事なのよね。
まあ…あの殺人事件の一連の行動を見れば、そういう印象もつのも当たり前なんだけど…。
と、まあここまではなんとなく想像つく反応だったんだけど、その後が予想と外れてた。
私の言葉にいきなり爆笑するユート。
どうしちゃったの?
「ユート?」
唖然として問いかける私に、ユートは笑いすぎて出た涙を拭きながら答える。
「いや…アオイだなぁって思って。俺の中のアオイのイメージにぴったりの言動してくれちゃうから…」
ユートも…夢落ち設定なんだっけ。
どのあたりがユートのイメージなのか、そもそも私のイメージするユートがイメージする私って…
ああ、もうややこしいなっ!
「でもさ、ホントに俺の事気にしないでいいよ、アオイ。
どっちにしてもさ、俺が上がるの無理なわけだからアオイだけでも無駄に痛い思いしない方がいいって。」
理屈では…そうかもしれないけどさ…。
「確かに…ユートが上がるのって無理だよね…」
「でしょ?というわけで…」
言いかけるユートの言葉を私は遮った。
「じゃ、一緒に痛い思いしようっ!」
「はあ??」
「だってさ、やっぱユートだけ痛い思いするのやだしっ」
ぽか~んとするユート。
「…もうさ…なんでそういう可愛い発言するかなぁ…」
次の瞬間いきなりソッポを向いてボソボソっと言う。
へ?
「俺の夢なわけなんだけどさ…てことはこれが俺の持ってるアオイのイメージって事で…まじやばくない?」
へ?
意味不明だ、ユート。
「というわけで…」
ポカ~ンとしている私を振り返ってユートが言った。
「俺の夢なわけなんだからさ、夢でくらい良いカッコさせなさいっ」
何が、というわけで、なのかよくわかんない…。
「はい、アオイ、ちゃんと立つっ!」
ユートは自分も立ち上がって、私の手を取って立たせた。
そして私が立つと、ユートは今度は私の前にしゃがみこむ。
「ほら、肩車。で、俺が立ち上がったらゆっくり肩の上に立ってね。出来る限りフォローはいれるからゆっくり無理しないようにね」
言われてハタと我に返った私。
肩車ってさ…あれだよね…太腿とかがユートの頭に触れるわけで…
ひゃあぁぁ…無理!無理過ぎだよっ!
「……無理…」
「なんで?」
「絶対に無理だからっ」
「大丈夫、ホント落ちない様にフォローいれるし」
あ~、もうわかってない。そういう問題じゃ……
「アオイ…なんでそこで赤くなってるかなぁ…」
いつまでたっても硬直したまま首だけ横に振ってる私の様子に、ユートが不思議そうに上を見上げた。
「ホントに。重いからとか思ってるんなら、コウほどじゃないにしても俺だって一応男なわけだからさ、アオイくらいなら軽いもんだよ?」
いや、そういう意味でもなくて…あ、もちろんそれもあるけど…
「いや、それも…だけど…それ以前に…肩車って…格好というか…密着部分が…ね…」
さすがに具体的には言えない。これが精一杯の説明。これだけでも顔から火が出そうだ…。
「あ~…そっちか…」
それでも勘が良いユートには充分通じたらしい。
納得したようにつぶやいた後、考え込むようにうつむいた。
「アオイってさ…」
唐突にまた独り語り。
「夢の中だとそうやって一応意識してくれちゃったりするわけね…。ま、俺の夢で多分俺の願望が作り出したアオイなわけだから当たり前なのかもだけどね……」
指先で足元の土をいぢりながらつぶやくユート。
夢の中のユートは意味不明の独り語りが多い。
ユートの理屈で言うと、このユートは私の願望が作り出したユートなわけだから、ここまで意味不明じゃなくても良い気がするんだけど…。
「このままじゃやばいな…」
お互いしばらく無言の後、また唐突にユートが口を開いた。
「やばい?」
「俺さ…アオイの事襲っちゃうかも?」
ユートは立ち上がって私の真ん前に立つと、私を囲む様に両手を私の後ろの壁についた。
たぶん…180くらいあるユートが目の前に立つと、160の私でも完全に視界が遮られる。
それでなくても光が届きにくくて薄暗い洞窟内での視界がさらに暗くなった。
なんだかいつもと違うユート。
これが…私が望んでたユートなのかな…。
いつも笑みを絶やさないユートが笑ってないと、なんだか…すごく変な感じ。
緊張で握りしめた手に汗がにじんだ。口の中が妙に乾く。
「な~んてね♪」
硬直していた私の鼻の頭をツンとつつくと、ユートはニコっといつもの笑みを浮かべた。
「冗談♪本気にした?」
じょ…冗談だったのかぁ……心臓に悪い……
どっと力が抜けてヘナヘナとその場に座り込む私の横に腰を下ろして、ユートは
「でもね、俺以外にそういう発言しちゃだめよ?アオイ。マジ襲われかねないからっ」
と、いつもの明るい口調で言った。
「アオイが一人で上行くの嫌なら、まあ怒られちゃおうかっ。」
ユートは言ってPT会話に切り替える。
『コウ~、ごめん、俺とアオイ落とし穴に落ちちゃった。救出プリ~ズ』
そのままの笑いを含んだ声でユートが言うと、
『お前って奴は~~!!!』
と、コウの怒鳴り声が聞こえた。
『ごっめ~ん。だってさ~、山まで遠すぎじゃね?ネットゲーの時と違って普通に疲れるんですけど?』
『お前な~、男が一番最初にヘタるなっ!』
いつものやりとり。いつものユートだ。
こうして私達は結局ロープを手に飛んで来たコウに救出され、無事ミッション1を終えたのだった。
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