道のり
「恩は絶対に返すから」
「返さんでええ。」
「中継地点までは命にかえても守ってやるからっ」
「守らんでええっ!」
山道を歩きながらそんなやり取りを繰り返し、最終的に
「なんだよぉ…信用しないのか…」
と、アーサーがへニャアと眉をハの字によせて涙を浮かべる。
「アホ、そんな事言うてへんやんか」
アントーニョが慌てて抱き寄せると、アーサーはしゃくりを上げ始めた。
「あんな~、自分に命に変えられたりしたら、親分めっちゃ落ち込むで?
こんなに身体弱っとるのに、シャレにならんわ。」
本当は出発したくはなかった。
というか、最低2日は出発を遅らせるつもりだった。
待ち合わせの翌日、怖いくらい小さな身体は当然まだ回復していない。
高熱こそなんとか引いたものの、微熱は続いていて、苦しげな咳は治まらないままだ。
こんな状況で数日間の山登りになど耐えられるはずがない。
というか…肺炎に移行でもしたら、死んでしまう。
たった一日ですっかりアーサーに情が移ってしまったアントーニョにはそんな事は耐えられるはずがなかった。
自分に病気に対する医療知識がないため、本当なら町に向かって出発して医者に診せてやりたいくらいなのに、アーサーは断固として山の中腹へと出発することを主張した。
それこそ、自分のために出発を遅らせるくらいならこの場で死ぬとまで言い張って、アントーニョが折れたのだ。
こうして少し回復して、相手に慣れてくると、とたんにヤンチャになるあたりが、本当に子猫のようだ。
動きにくい熱いとゴネるのを強引に自分の分厚い上着を着させて、身体を保護するのと同時に動きを封じる。
それでも少し目を離すとダ~ッと駈け出していって、果物やら木の実やらを抱えて戻ってきたり、戻らずウサギと戯れていたりと、本当に気が休まる時がない。
小屋の中での印象と違って、自然の中にいるとアーサーはいきいきとして見える。
クルクルとよく動く目で何かを見つけては楽しそうにしている様子が本当に可愛らしい。
「トーニョー、これやる~!!」
地図を確認している少しの隙に消えたかと思えば、木の上から林檎が降ってくる。
「アーティ、アカンよっ!危ないから降りてき~!!」
それでも林檎は受け止めながらも、アントーニョが焦って言った端から、アーサーは木の上で激しく咳き込んで、バランスを崩した。
「うあああぁ~~~!!!!」
木の上から落ちる子どもに向かってアントーニョはダッシュして、なんとか受け止めるが、背中にはぐっしょりと冷や汗をかく。
「アーティ、大丈夫かっ?!」
ホッとする間もなく咳の止まらないアーサーの背をさすってやりながらそう聞くと、アーサーは咳き込みながらもコクコクとうなづいた。
「もう…頼むわ。無茶せんといて。」
抱きしめるとまた熱が上がってきたのか少し熱い。
「親分、もう疲れてもうたから、今日はここで休むで。」
アーサーの身体が心配だから…などと言ったら絶対にきかないが、アーサーはアーサーでアントーニョの事は気遣っているつもりらしい。
アントーニョが疲れたからといえば素直に従った。
「大丈夫か?俺の荷物まで持ってるから…すごく疲れたか?」
自分は熱に侵されながらも、心配で泣きそうな目で見上げてくるこの子どものいじらしさに、アントーニョは胸がキュンとする。
「大丈夫やで~。でもアーサーがギュ~ってしてくれたら、親分もっと元気になるんやけどな~」
と手を広げると、仏頂面をしながらも
「仕方ねえからぎゅっとしてやる…」
と、少し嬉しそうに寄ってくる。
そのまま抱きしめてやると、フニャァっと笑みが浮かぶのが可愛らしい。
「お前は良い奴だから…俺が守ってやるからな。」
自分一人ですらすぐに死んでしまいそうな小さな子ども。
むしろ無理をせず守られていて欲しかった。
この子に何かあったらと思うと恐ろしすぎて震えが止まらない。
小さく愛しく…そして儚い存在。
アーサーがそう言うたび失うのが怖くなって、アントーニョはアーサーを抱きしめる手に力を込めるのだった。
アーサーいわく…自分は要らない存在らしい。
西の国では随分と長く正妻との間に子が恵まれず、側室の産んだ長子を跡取りとしていた。
その長子は随分と魔力に長け、人をよく治め、何の問題もなくこのまま代替わりをするものと誰もが信じていたところに正妻が身ごもった子ども、それがアーサーだった。
母親である正妻はアーサーが生まれると同時に亡くなったため、誰もが…実の父親ですら妻を奪った息子を疎んじた。
優秀な長男がより良く国を治めていくと信じていた周りの者はもちろんである。
こうして要らない者、厄介者として育てられたアーサーにとって、初日のアントーニョの対応は衝撃的だったらしい。
あれ以来いじらしいほどの好意と愛情をアントーニョに向けてくる。
それがしばしば要らない自分を犠牲にしても構わない…という方向に向かうのがひどく辛く恐ろしく悲しかったが、一心に愛情を傾けてくる可愛らしい子どもに、子ども好きなアントーニョが絆されないわけはなかった。
むしろ自分が王国の跡取りという立場でなければ、この子どものために同じく犠牲になってやっても構わないと思うほどには。
「ほんま要らんのやったら、親分がアーティの事欲しいわ。
この行事終わったらうちの国来たらええんちゃう?」
仮にも余所の国の正当な血を引いている王族を簡単に引き取れるわけはない…
それがわかっててもなおそんな不可能な夢物語のような未来を語った。
この行事が終わって国に帰ったら、誰が熱を出したこの子の額にタオルを乗せてやるのだろう。
そう思ったら心が痛い。
行事がこのまま終わらなければ良いのに…そんな思っても仕方ないことを考えたりした。
いや、実際その願いは叶う事になるのだが…最悪な形を持って……
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