ロマーノはトレイを片手に寝室をノックして、返事を待たずにドアを開けた。
カーテンを引いた薄暗い部屋の中は主の心境を現すように、なんだかどんよりしている。
その暗い空気を少しでも緩和して…でも変に刺激を与えないようにと、ロマーノは薄手のレースのカーテンは閉めたまま、厚いカーテンだけを開ける。
「ちゃんとメシ食ってないだろ。リゾット作ったから少しでも良いから食えよ。」
返事のないままのベッドの上の毛布の塊にそう声をかけ、ロマーノはベッド脇のテーブルに食事とミルクティの載ったトレイを置いて、ベッドの端に腰を下ろした。
「………食いたくない……。」
毛布の塊の中から小さな声が聞こえてくるのに苦笑して、ロマーノは塊を軽くぽんぽんと叩いた。
「気持ち悪いのか?すっきりする味付けにしてみたから、食って見ろよ。
美食の国イタリア様の特性リゾットだぞ?」
そのロマーノの言葉に毛布の中から小さな小さな声で…死にたい……とつぶやきが漏れる。
あ~、これは重症だなぁ、早く帰って来いよ、スペイン…と、内心思いながらもロマーノは頭にあたるであろう部分に検討をつけて、静かになでた。
「妻子いっぺんに死なれたら、あいつ気が狂うぞ。」
「…妖精さんに聞いたのか?」
「ああ、聞いた。めでてえことじゃねえか。俺ら国は普通ならどんなに欲しかろうが子どもなんて持てねえんだからよ。」
「…せめて女なら…な。男に子ども出来ても気味悪いだろ?
オランダが子どもの話出すたびにスペイン否定してたし……」
あ~ほんとにこいつわかってねえ…とロマーノは思った。
「あのなぁ…」
と溜息混じりに口を開くと、ガリガリと頭をかく。
「あれはお前に対する思いやり。」
「…俺は子ども嫌いだなんて言ってねえ…」
「そうじゃなくて……普通産めねえじゃん、子どもなんて。
スペインの野郎が病的なレベルで子ども好きなんてのは周知の事実で…なのに子どもを産んでやれねえってことでイギリスが傷つかねえようにってやつだよ。
まあスペイン自身も国な時点で相手が人間の女でも産めねえんだけどな。
実際子どもなんてできたら小躍りすんの目に見えてんじゃんか。
余所の子どもでも馬鹿みたいに可愛がんのに、惚れた相手との子どもだぜ?」
「でも…わかんないだろ」
「でもじゃねえよ。もし万が一な、スペインの野郎が嫌がったらうちに来い。
俺は別に構わねえしバカ弟もガキ好きだしな。一人にはしねえよ。
あ~でもその前にオランダの奴なんとかしねえと拉致られるな。」
あいつ犯罪起こしそうなレベルで欲しがってたしな…と、ロマーノはため息をついた。
少なくとも…嫌われて一人になる確率より、絶対に自分達では望めない赤ん坊をめぐって壮絶な闘いが繰り広げられる確率のほうが数万倍高い…と、ロマーノは確信する。
妖精さん達の話では5歳くらいまでは普通の人間の子どもと同じくらい、その後は国の子どもらしくゆっくりと成長するだろうと言う稀有な子ども…。
それこそオランダではないが永遠のロリ嫁というのも夢ではない。
いや、まあそういう意味で欲しがっているのはオランダだけなわけだが…
ただみんな国という立場上、ゆっくりと子どもの成長に関われるなどという経験ができるわけもなく、あっという間に生まれ育ち老いていく人間を見送るのに疲れている。
そこに自分達と同じ時を歩む小さな子どもが現れるなど、ある種夢のような話だ。
しかも見た目は童顔で可愛らしいイギリスの子だ。
育てられないなどという話になれば、育てたいと申し出る国などはいて捨てるくらいいるだろう。
まあ…あれだけ子どもをこよなく愛するスペインが、数百年来の片思いの末結ばれたイギリスとの間の子どもを手放すなど、天と地がひっくり返ってもありえないわけだが…。
「大丈夫だから、とにかく食えよ。俺がスペインに怒られる。」
と毛布を剥ぎ取ると、出てきたイギリスはしゃくりを上げながら
「お前がスペイン説得しろよ…。そしたら食ってやる…」
と、あくまで偉そうな物言いで言う。
他だったらざけんなっという物言いではあるが、相手はイギリスだ。
なんだか怒る気もせず、ロマーノは、ハイハイと苦笑してトレイを渡す。
そしてスプーンを口に運ぶイギリスに安堵の息をついた。
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