ウェルカム!ベビー!
「アーティ、具合悪ぅなったんっ?!!」
乱暴に寝室のドアが開いたのはそれからほんの2時間後の事だ。
「おま…帰るの早くね?」
呆れるロマーノに、スペインは
「いったんドイツに向かったんやけど、事情話して会議をスペインに帰る飛行機の中でやることにしてもろうたんや。
もうアーティーに何かあったら親分生きて行けへんもん。
で、会議の休憩中にドイツがイタちゃんからメールもろてて、アーティーの具合が悪なったから、なるべく会議急いでくれって…」
と、説明しながらもロマーノを押しのけて、イギリスの眠るベッドを覗きこむ。
「なんややっぱり顔色悪いな。
なあ、医者に見せたん?それとも妖精さんがなんか言うとったん?
アーティー大丈夫なんやろ?ちゃんと治るんやろ?」
オロオロと半泣きで言う元宗主国。
いつでも…太陽の沈まぬ国と言われて覇権国家だったのを引きずり下ろされた時ですら、怒りはしても動揺しているのは見たことがない。
「治るもんじゃねえってよ。」
しかしロマーノはあえて言った。
「…え??」
その時のスペインの絶望的な顔に一瞬まずったかなとは思ったものの、まずはスペインよりイギリスのフォローをしないとまずい。
スペインがどれだけイギリスを愛しているのか、おそらくイギリスはわかってない。
それをわからせないと何度でも同じような事が起こる。
「治るようなもんじゃねえんだと。」
もう一度そう繰り返すと、スペインは血の気を失って、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
「…なんで……ようやっと……数百年かけてようやっと一緒になれたのに……なんでや…」
呆然とつぶやくと、ポロポロと涙がスペインの頬を伝い落ちる。
「…あと…どのくらい時間あるん?」
虚ろな目で独り言のように聞いてくるスペインにロマーノは考え込んだ。
人間10月10日で生まれてくるというから……つわりっていつ頃だっけな?
2ヶ月とか3ヶ月とか?
とすると…生まれるまで7~8ヶ月ってとこなのか?
当然妊娠出産の知識など皆無なロマーノに正確なところがわかるわけもない。
「たぶん…7~8ヶ月ってとこ…か?」
と自信無さげに答えると、スペインは
「…さよか……」
とつぶやくと携帯を出してメールを打ち始める。
「おい、どこに?!」
「…上司んとこや……。親分これから7~8ヶ月は一切の仕事休ませてもらうわ…」
「おい、そんな事できるわけねえだろっ!国ガタガタになんぞっ!」
焦って携帯を取り上げようとするロマーノから携帯を隠すスペイン。
「構へんわ。それで国が潰れて死んでもうても構へん。
アーティーがおれへんのに…なんのために生きて行くん?
むしろ一緒に消えたい…死にたいわ……」
伊達に情熱の国ではない。悲しみ方も情熱的だ…と、一瞬現実逃避しかけて、そこでハッとする。
実際そんなメール出されたらおおごとどころの話じゃないっ。
焦るロマーノ。
しかしロマーノから隠すスペインの手から携帯をスッととりあげたのはイギリスだった。
「アーティー、起きとったんっ?!」
慌てて振り返るスペインに、イギリスは決まり悪げに
「あんな大声で叫ばれたら目がさめる…」
と視線を逸らした。
「あ…堪忍な。」
と反射的に謝ってから、またスペインはジワっと目を涙で潤ませる。
「それもやけど…なんも気づいてやれへんで堪忍な…。治らんとこまで気付かんで、何が幸せにしたるや。親分大馬鹿者やんな。大事な嫁さんの一人も守ってやれへんで、ほんましょうもない男や…俺が代わりに死んでやりたいわ…」
わんわんと子どものように泣き出すスペインに困惑するイギリス。
「どうしても無理なら俺が言うけど、大事な事だし自分で言った方が良いと思うぞ?」
視線を送られたロマーノにそう返されると、少し悩んで床にへたり込んで号泣するスペインの横にぺたりと座って、その袖口をツンツンと引っ張った。
「悪い…違うんだ、スペイン。死ぬとかそういうんじゃない…」
うつむいて蚊の鳴くような声でそう告げるイギリスに、スペインはピタリと泣き止んで、愛する伴侶に視線をむける。
「その…お前は…俺の事気味悪いって思うかもしれないけど……」
自分で言ってて悲しくなって、今度はイギリスの方がポロポロと涙をこぼした。
「そんなわけないやんっ!アーティーはどんなアーティーやて親分めっちゃ可愛えって思うし、愛しとるでっ!!」
と即叫びつつ、イギリスを抱きしめるスペイン。
「お、お前っ……それっ…責任持てよっ……引いたらっ…妖精さんに頼んで……っ」
「あ~もうっ!クマにでもウシにでもしてもろてええわっ!絶対に有り得へんからっ!」
泣きじゃくるイギリスの言葉を遮ってスペインが言うと、イギリスが恐る恐るスペインのシャツを握る。
その遠慮がちな心細気な仕草が可愛すぎて、とても気味悪いなんて思う要素があるなどと思えない。
「あの…な…」
「うん?」
「…子ども……出来た……」
「へ??!!!」
一瞬スペインが硬直する。
それから少し身体を離してイギリスの顔を覗きこむと、イギリスもおずおずと上目遣いにスペインを見上げる。
せやから…それあかんて…。おっきな目に涙ためて上目遣いって…あかんて絶対。
とサラリとそんな考えが脳内を通り過ぎ、その後思考が元に戻る。
「子どもって…まさか…俺らの子ぉが今アーティーん中にいるて、そういう事?!」
身を乗り出すスペインに、イギリスは身をすくめる。
「ああ、まさにそういう事だよ。妖精さんの結婚祝いなんだと。
顔合わせの日から一時的にイギリスを子ども出来る身体にしたらしいぞ。」
スペインの勢いに引かれたのかと声の出せなくなったイギリスの代わりにロマーノが補足した瞬間…
「うっわあああぁあああああ~~~~!!!!!!!!」
スペインがガッツポーズで雄叫びを上げた。
「ひゃっ!」
と、驚きのあまり腰を抜かすイギリス。
「おおきにっ!!おおきにっ、妖精さんっ!!アーティーもおおきにっ!ロマもおおきになっ!!!なんやそれっ!!!もうどないしよっ!!ほんまなんっ?!!!俺とアーティーの子どもっ!!!どないしよっ、幸せすぎておかしくなりそうやっ!!!!」
硬直するイギリスを抱きしめ、スペインは今度は感涙しながら叫ぶ。
「あっ、アカンやんっ!アーティー床になんて座ってたら絶対にあかんっ!!!
大事な身体なんやしちゃんと寝てなっ!!!」
と、やがてヒョイっとイギリスを抱き上げベッドに戻した。
「ロマっ、妖精さんの声聞こえるんやろっ?!お礼何がええか聞いたって?!なんやったらフランスどついて脅してとびきりの菓子用意させてもええし、めっちゃ上等の特注の小さなティーセットとかでもええなぁっ」
さきほどまでの絶望的な表情が一点、幸せいっぱいな満面の笑みに変わる。
「アーティーの子やったらめっちゃ可愛えやろな~。
親分子育て久々やさかい、今風のやり方勉強しておかなっ。
あ、その前に、生まれるまでのアーティーの食事やなっ。栄養あるもん食わせなっ。
ロマちょぉここ頼んだわっ!親分畑行ってとりあえずとびきりのトマト取ってくるわっ!!」
ちょっとだけ待っててなっと、チュ~っとイギリスにキスをすると、怒涛の勢いで駈け出していくスペイン。
それを呆然と見送るイギリスに苦笑するロマーノ。
「な?だから言ったろ?そもそも何が気味悪いと思うのかすらわかってねえぞ、ありゃあ。
ぜってえあとで少し落ち着いたあたりで、『で?アーティーの事気味悪いって思うって話、あれ何?親分子どもの事で興奮し過ぎて聞くの忘れてたわ~』って聞いてくるぞ」
スペインの声音をそっくりに真似るロマーノに、思わず噴出すイギリス。
そして…さすが伊達に何百年も子分をやっているわけではないと言ったところか…。
トマトを手に戻ってきたスペインは、イギリスにトマトを渡した後、まさに一字一句そのままで尋ねてきて、イギリスとロマーノが爆発したように笑い転げるのに不思議な視線を送ることになったのだった。
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