動揺
残されたイギリスは広いベッドにぽつねんと身を横たえていた。
結婚以来、お互いできる限り家で出来る仕事は家でやっていたし、家には当たり前に人の気配があった。
それに慣れすぎてしまったのだろうか…。
体調が良くない事もあって、ひどく人恋しい。
今日は体調の良くないイギリスを一人自宅に残すのを心配したスペインがロマーノを留守番に呼んでくれたので、じきに来るだろう。
それまでの時間をどう乗り切るか…と考えてふと思い出す。
ああ、妖精さんに聞くからといって送り出したわけだし、聞いておかないと…。
イギリスは怠い身体を起こしてスリッパを履いた。
そのままペタペタと彼女たちがいるであろうリビングに向かう。
妖精達はイギリスがスペインにいる間は何人かずつ交代でスペインの自宅に付いてきている。
しかし一応気を使うのか、フリーダムにあちこち飛び回っているイギリス邸の時と違い、スペイン宅にいる時は庭かトマト畑、もしくはリビングだ。
どうせスペインが行き際にお菓子を用意したのだろうから、今の時間ならリビングにいるだろう。
そう予想をつけて行ってみると、案の定リビングの定位置、窓際の小テーブルの周りでクッキーを食べながらキャラキャラとおしゃべりをしている。
『おはよう、アーサー。愛しい子。』
『体調悪そうね。休んでなくて良いの?』
『そうよ、何かあったら大変だし、お休みなさいな。』
クッキーをひとまずおいて、イギリスの方に飛んでくる優しい友人達。
「そのことなんだが…ここ1週間くらいひどく眠くて怠くて熱っぽいんだ。
医者にかかるのもおおごとになりそうで嫌だし、何かわからないか?」
彼女達は人間には見えない物を見て、知らない事を知る。
だからイギリスの体調の事もわかるのでは?と聞いてみたのだ。
それに対して返ってきた答えは
『大丈夫。病気じゃないから。』
『そうよ、素敵なことよ?』
『私達から愛し子への結婚の贈り物。』
『二人の愛を形に結んだもの』
『二人のつながりをより強固にしてくれるもの』
…よくわからない。
「ごめん…。意味がわからないんだが…」
と、困惑するイギリスに、妖精たちはとんでもない事を明らかにした。
『あのね、あの顔合わせの日、私達は決めたの』
『そうよ、二人がより家族になれるように』
『結婚の贈り物』
『二人の血を引く可愛らしい赤ちゃん』
「なっ?!!!」
イギリスは思わず言葉に詰まった。
いやいや、冗談だろ?と一瞬思うが、妖精達は冗談など言わない。
明らかに動揺するイギリスに、妖精達は少し心配そうに周りを回る。
『嬉しくないの?』
『喜んでくれないの?』
『あなたはずっと家族を欲しがっていたから…』
『あなたが可愛がって育てたあの子どもは所詮他人だったから…』
『離れて行ってあなたを傷付けたから…』
『本当の子どもなら喜んでくれると思ったの…』
『愛する人と愛する人との子ども…』
『家族が揃った温かい家庭』
『喜んでくれないの?』
ああ、本当に彼女達は自分の事を幸せにしようと尽力を尽くしてくれたのだ。
それに対して嬉しくないとは言えない。
実際に全く嬉しくないわけではないのだが…今の幸せを壊すのが怖い…。
それでも心配そうにしている妖精達に答えなければならない。
「俺は…子どもいたら楽しいかもしれないけど…」
イギリスは少し泣きそうになりながら口を開く。
「トーニョがどう思うかはわからない…。」
『大丈夫。人間と一緒だから』
『そう、私達はただあなたを一時的に子どもができる身体にしただけ』
『彼があなたを愛さなければ子どもはできなかったのよ?』
子どもを作るという目的で身体を重ねるわけではない事もあるということは、妖精達には理解してもらえないだろう。
少なくとも当たり前だがスペインがイギリスを抱いたのは子どもが出来るなんて思ったからではない事は確かだ。
子どもが出来る、造れるだろうというオランダを否定し続けていたスペインだ。
実際できてしまったらどう思われるんだろう…。
男なのに子どもが出来たなんて気持ち悪いと思われないだろうか…。
結婚してまだ数ヶ月だが、最初はアメリカの求婚を断る理由でしかなかったが、今はイギリスもスペインを愛している。
出なければ身体を許したりはしない。
スペインがいればそれで良いというくらいにはスペインに執着していた。
失うのはつらい。
「悪い…ちょっと体調悪いから寝てくる…」
涙を堪えきれる自信がなくなってきて、イギリスはそう断ってリビングを出た。
そのまま寝室へ駆け込んで、パタンとドアを閉めるとヘナヘナをドアを背にへたり込む。
…捨てられたら…どうしよう……
子どもが出来て身体が色々変わってバランスが崩れているのだろう。
ひどく気分が沈んで不安で涙が止まらない。
喜びたいのに喜べない。
せっかくの妖精達の贈り物…おそらく望んでも手に入れられない夫婦は少なくはないであろう小さな命。
それを素直に喜べない自分にも嫌気が指す。
ずるずると這いずるようにしてベッドまでたどり着くと、イギリスはベッドに潜り込んで毛布を頭からかぶって、声を押し殺して泣いた。
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