パチパチと焚火がはじける音がする。
それを囲んで火の番をしながら、フランスは顔をあげてプロイセンを見あげた。
魔王の城まで北へ北へと旅を続ける4人。
次の街までは徒歩で1週間ほどだ。
もちろん野郎どもは当たり前に野宿だが、姫君の騎士を自認するプロイセンは当然お守りする相手に野宿などさせる気はない。
……もとい…女装しているイギリスの着替えを万が一にも他に見られるわけにはいかないので、最初の街に滞在中の1カ月の間、ギルドに登録して冒険者稼業で稼いだ金で1人用のテントを買って、野宿になりそうな時はイギリスはそこに寝泊りをさせていた。
さらにプロイセンのジョブはナイトで簡単な神聖魔法が使えるため、イギリスをテントに寝かせたあとは、弱い魔物なら入って来られないように神聖魔法で結界を張っている。
だが、強い魔物に対しては効かないし、あまり人が来ない森の奥とは言っても夜盗の類も心配なので、当然ながらテントから遠く離れる事はしない。
だから今もテントが視界に入る位置に焚火を炊いている。
その火の番は悪友達に任せて、まだ情緒不安定になっているお姫様の様子見に…という名目で、プロイセンはテントでイギリスと作戦会議だ。
プロイセンがいても当たり前に目の前で着替え始めるイギリスから視線を背けながら、プロイセンは
「まあ…あいつらがいれば敵は大丈夫だと思うんだ。
っつ~か、俺様だけでも大丈夫だけどな?
ただ、問題は…魔王と戦う時だよな」
と、始める。
さらりという衣擦れの音も聞こえないし、最初の街の宿でサービスで何枚も頂いた綺麗なレースをふんだんにつかったスリップもそれから着替えた可愛らしいベビードールも自分には見えないのだ…と、プロイセンは脳内でひたすら素数を数えた。
抱きしめたい…
それはどういう感情からなのか、劣情なのか、憐憫なのか、親愛なのか、それとも……
そんな思考が脳内でクルクル回っていると、
「…セン……プロイセンっ!!!」
と、いきなり少し拗ねたような表情をした愛らしい顔に覗き込まれていて、プロイセンは危うく悲鳴をあげかけた。
…ち…近え…近え、近えよっ!!!!
とかろうじて口には出さずに心の中で絶叫。
「…おう、なんだっ?」
と、根性で平静を保ってそう聞き返せば、吸い込まれそうに澄んだ大きな瞳が見あげてくる。
「あの…な、魔王であいつらがトドメを刺しちまった時の事なんだけど……」
「あ~…やっぱりそこだよな。
支援のフランはとにかくとして、トーニョが刺す可能性は排除しきれねえな」
「だろ?だから…な」
「おう」
「俺、スペインを落としてみようかと思って……」
「はああ???」
…落とす…?
…いま、スペインを落とすっておっしゃいましたか?イギリスさん????
「フランスはなぁ…やばいと思うんだ。
元々老若男女OKな変態だけあって、男女差に気づきやすいし、色事に関しては俺以上に策を弄するタイプだから、手練手管使われてるなってバレる可能性がある。
けど、スペインは良くも悪くも体育会系で脳筋だからな。
正面から向かえば手ごわいけど、搦め手使えばイケると思う」
昨今の心細げな様子から一転、非常に悪い顔になっているイギリス。
それも悪戯を企むお嬢ちゃんという感じで可愛いと思ってしまう自分は末期だ…と、プロイセンは遠い目になる。
確かに…イギリスは国としては一度その搦め手でスペインを出し抜いているわけだが…
落とす?色事?手練手管?
そのあたりの単語でプロイセンはイギリスを抱きしめて断固として主張した。
「そこまでしねえでいい!自分の身は大事にしろよ!!
体使うなんて絶対にダメだっ!!」
「は??体???」
と、そこでコテンと首をかしげるイギリス。
「…え?…そう言う意味じゃねえのか?」
と、その反応にやっぱり首をかしげるプロイセンに、イギリスはクススっと笑った。
「お前な、大前提忘れてんじゃねえよ。
俺、こんな格好してたって男だぞ?
さすがにゼロ距離になったらバレるってっ。
こうしてたらわかるだろ?」
な?とプロイセンの腕の中で見あげてくる可愛らしい顔。
画像提供:白夜さん |
いやいやごめんな、俺様にはわかんねえ。
なんだか細いし柔らかいし良い匂いするし…
と思いつつも、それを言いだしたら話は進まない。
そういう事にしておいて、
「じゃ、どういうことだよ?」
と、プロイセンは先をうながした。
「ん。お前が考えたアリスの設定あるだろ?
あれを利用する」
「…攫われた令嬢?」
「そそ。箱入りで外に出た事もなくて外の事わからないから、自分の家もわからない。
だからその手掛かりを探しつつお前の旅に同行してるってやつ。
で、お前はあれだ、自分が魔王を倒しても最初に俺達が言っていたような理由で、願いを現実世界に影響するようなものにするのは危険だし、こちらの世界で完結するものにしたいから、俺が無事自分の家に帰れるようにと願うつもりだと吹き込んでくれ。
そうしたらあとは俺がひたすら家に帰りたいって泣いてみせれば、スペインなら確実に絆されると思う」
「なるほどな。スペインが倒すのを阻止できねえなら、願いの方をコントロールするってわけか」
「そそ。その願いなら万が一聞き届けられても、俺が普通にロンドンの自宅に帰れるだけだからな。
スペイン自身も可哀想な少女を自分が救ったって思いこむだけだから、実害ねえし気分もいいだろ」
「りょ~かい。そんなら俺様は機会があったら吹き込んどくわ」
「ああ、頼む」
と、方向性が決まったところでプロイセンはハッとする。
この体勢…いつまでこうしてて良いんだろうか…。
そんな事を思っていると腕の中のイギリスはおおあくび。
「…眠いなら寝ちまえば?」
と、ソロリと離れようとするが、イギリスはプロイセンの背に手を回したまま
「…ん~…お前もちょっとこっちで寝てけば?
今回は火の番はあいつらがするだろうし、長旅になるなら休める時に休んでおいた方が良いと思うぞ」
と、コテンとプロイセンの肩に頭を預ける。
…あったけえ……さすがムキムキ……
と漏れる呟き。
どうやらまだ肌寒い季節な事もあって人肌が心地いいらしい。
若返って若干なくなった体力のせいで疲れているのもあるのだろう。
体温が高めのプロイセンの腕の中の温かさのせいでうつらうつらし始めるイギリスを引きはがすのはさすがにためらわれた。
というか…パーソナルスペースが本来はとても広いイギリスがここまで気を許してくれている現状に感動する。
……が………
胸元にかかる息、ふんわりと香る花の香り…そしてベビードールに包まれた年齢のせいでさらに細くなった身体は本当に少女のそれで、同性とは思えない…上に、驚くほど長いまつげやら、ぽかんと少し開いた小さな薄桃色の唇やら、もう色々が美少女然とした小さな顔が、視線を落とすと胸元に……
愛らしくて清楚で幼げで…本来なら守ってやりたいと思うところで、実際にそうも思ってはいるのだが、そこに若干の劣情が首をもたげてくるのを自覚して、プロイセンは壮絶に自己嫌悪に陥った。
本当にダメだ、ダメだろうよ、大人としてダメだし、騎士としてもダメだ。
そう、これは保護する相手であって、劣情を満たす相手ではない。
そのうちスヨスヨと寝息をたてて本格的に眠ってしまったイギリスに、葛藤を続けていたプロイセンは大きくため息をついた。
本当に…本来警戒心の強いイギリスにここまで信頼されてしまったら、絶対に裏切るわけにはいかない。
最後まで無事守らなくては……
テントの中に敷いた携帯用のマットに眠ってしまったイギリスを起こさないようにソッと横たえ、ブランケットをかけてやる。
そうして離れようとすると、温かさが離れていくのを嫌ってか、うぅ…ん…と眉を寄せてプロイセンのサーコートを手でしっかりつかむので、仕方なしにそれを脱いで持たせたままにしてやった。
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