もしそうなのだとしたら、もう自分なんか太刀打ちできない、と、プロイセンは思う。
万が一にもイギリスとバレないために、絶対に物理を使うな、か弱い深窓のお姫様として振るまえと言ったのは自分だが、ここまで完璧に演じられるともうこれが芝居だなんて事が頭から抜け落ちてしまう。
不謹慎だが、やばい、楽しい、幸せだ。
ここまで愛らしく繊細なお姫様をお守りしてのナイト生活って、男の夢じゃね?
そんな機会を得られているのだ、もう普憫とは呼ばせない…とすら思う。
もともと紳士の国と言われる礼儀にうるさい国の国体だ。
立ち振る舞いは上品だし、容姿も清楚で愛らしく、上質のドレスを身にまといつつ、どこかこの環境に慣れずに戸惑っている風情は、本当に箱入りのお姫様そのものだ。
たぶん軍事国家である自分が若返って女装したところで、こんなに完璧な姫君に化けられなかっただろうと、プロイセンは思う。
おかげで、賊に攫われた城から出た事のない深窓の令嬢という設定を街の誰しもが疑ってもみない。
なにしろ初日、やはり少し目を放した隙に男に絡まれていて涙目になったイギリスを救出して今常駐している冒険者御用達の宿、猫の耳亭に初めて足を踏み入れた時のこと…
イギリスを1人にするわけにはいかないので最初はシングル一部屋を取ろうとしたら、純真な令嬢をたぶらかすとんでもない野郎扱いをされ、宿の親父に大激怒された上に、あやうく自分だけ叩きだされるところだったくらいだ。
しかしそこで
「私…屋敷の自分の部屋で一人でいるところを誘拐されてギルベルトさんに助けて頂いたんですが、それ以来、1人で部屋にいるのが怖くて……」
と、両手を胸の前で組み、いかにもかよわげに涙ぐみながら、ふるふると身を震わせると言う離れ業をやってのけたイギリスに同情した宿屋の親父の厚意で、シングルの料金で宿に一室しかないというツインを借りられる事になって今に至るわけなのだが…。
ようは…冒険者用の宿なので、大抵は自分の身くらい自分で守れる輩が止まるが、1室だけ特別室のような感じで念のため用意しておいたものらしい。
絨毯はふわふわ、ベッドはふかふか。
壁紙だってどう見ても他と違って高級感が漂っていて、カーテンは上等のレースだ。
今日もそんな宿に戻って食事を取ろうとすれば、
「今日もアリスちゃん、可愛いねぇ。ほら、フルーツサービスだよっ」
と、当たり前にサービスメニュー。
冒険者御用達の宿の主と言えば、当然荒くれ者達が諍いを起こしても叩きだせる腕の持ち主でなければ務まらない。
もちろん用心棒を雇う宿もあるが、この店の親父は元名うての冒険者で、生半可な相手では太刀打ちできない怪力の持ち主だ。
そんな能力を裏付けるようにいかつい中年の親父が、相好を崩して食事を注文したイギリスのトレイに可愛らしい形にくり抜いたフルーツの盛り合わせを乗せてくる。
そんな親父にイギリスは少し困ったように
「あ、あの…フルーツ代……」
と、財布をさぐるが、
当然親父は
「良いってことよっ!アリスちゃんみたいに可愛いお嬢ちゃんがうちに泊まってくれてるってだけでも、宿の評判もあがるってもんだっ。」
と、その手を制する。
「…えっと……」
と、そこでさらに指示を仰ぐように自分をみあげてくるのが芸が細かい…と、プロイセンは感心する。
が、ここでそんな風にアリスに裏があるような事を言ったなら、間違いなく自分の方が親父どころか今食堂にいる面々全てから袋叩きにあうだろう。
「せっかくのご厚意だし、断る方が悪いんじゃね?」
と言葉を添えると、イギリス…もといアリスはホッとしたように微笑んで
「じゃあ…お言葉に甘えて。いつもありがとうございます。」
と、ぺこりと親父にお辞儀をして、それを受け取った。
途端にほぉぉ~とその様子に周りから感嘆のため息が零れる。
――アリスちゃん…可愛いなぁ…
――癒しだよなぁ……
などなど、口々にあがる称賛。
注目を浴びることで少し心細げにまたプロイセンの方に少し身を寄せてきゅっとプロイセンの服の袖口を掴むイギリスに、ギリィっ!と男達の羨望と嫉妬の眼差しがプロイセンに向けられるのもまた、日常となっていた。
最初の頃はそんな中で食べた気がしなかった食事も今ではすっかり慣れたものだ。
むしろ今日のように何かあった時は、それも演技なのかもしれないが食の落ちるイギリスが食べる量を気にして注意するくらいの余裕はある。
「お姫さん、食えるモンだけでも良いから、ちゃんと飯食えよ?」
と、まだ少し落ちつかない様子のイギリスの口に、小さく切った料理を放り込んでやりながら、自分も食事をとり、イギリスがある程度ちゃんと食べたら
「ん、よし。頑張って食べたな」
と、頭を撫でてやると、スリっと擦り寄ってくるのが可愛い。
そんな風に兄気質と騎士魂、その両方が満たされて、プロイセンは不謹慎だが日々を楽しんで過ごしていた。
しかしながら、いつまでもこうしているわけにはいかない。
他に先んじて魔王を倒さねば、他が倒してしまって変な願いを望まれたりしたら下手すれば世界が終わる。
「色々旅に必要な物は揃ったし、そろそろ魔王を倒すために出発しねえとなぁ……」
と、部屋に戻って風呂に入ったイギリスの長い髪を丁寧に拭いてやりながら、プロイセンは呟く。
この世界に飛ばされてからは、普段は自然乾燥だったらしいイギリスが長くなった髪をそのままにして風邪を引かないようにと、プロイセンが拭いて乾かしてやるというのが習慣になっていた。
その間、こちらの世界に来てすぐくらいにプロイセンが買ってやったぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめたまま、リラックスした様子でソファでぼ~っとしているイギリスは可愛い。
いつも良くも悪くも気を張り詰めたところしか見た事がなかったが、こちらに来てから見せる気を抜いている様子のイギリスは、それがどこまで素なのかはわからないが、実は面倒見が良い世話焼きなプロイセンにとって、一緒にいてひどく心地良い。
まあ…この愛らしい容姿でこんな風に無防備さをさらけ出せば、ライバルなんてたくさん出没しすぎて、こんな風には過ごせないのかもしれないが…。
「…あ~…俺、もし魔王倒せたら、この子現実に持って帰りたいとか願ってみるかなぁ…」
と、お気に入りのぬいぐるみに顔を埋めてこすりこすりする様子の愛らしい事。
なんだ、その可愛い願いは…と思いつつ、プロイセンは
「ん、じゃあ俺様の方が倒しても、そう願ってそいつ現実に持ちかえってプレゼントしてやるよ」
と、言ってやる。
すると、本当に嬉しそうな顔で
「え?良いのかっ?!約束っ!約束だぞっ!」
と、そんな事でそこまで喜ぶあたりが可愛すぎて、
「ま、そのくらいの願いだったら現実で変な影響及ぼす事もねえしな。
無難なとこじゃね?」
と、せっかく綺麗に整えた髪を思わずくしゃくしゃっと撫でて、また整え直す羽目になった。
「ということで…だ、他に先を越されないように、そろそろ魔王がいるらしい地方に向かって出発しねえとだから…明日発つってことで、俺様、宿屋の親父に行って来るな?」
柔らかい布で繰り返し拭いて乾いた髪を綺麗に梳いたところで、そう言って立ち上がるプロイセン。
1人で宿屋の主人の所に行こうとすると、イギリスは立ち上がってプロイセンの上着の裾をぎゅっと握って付いてくる。
心細そうな様子に…胸がきゅんとする。
すげえな、大英帝国の本気…と思いつつ、今はもう自分はRPGの主人公として可愛いヒロインをお守りするという設定で進めて行こうと、裏を考えずに役割を楽しむ事にした。
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