おそらくアメリカの極々私的な秘密の場所で、誰かが来るのも想定外だったのだろう。
監視カメラのようなものすら特に設置されている気配はなく、
「家の前の土んとこだとタイヤのあとでバレるかもしれねえからな。」
と、それでもその館から少し離れた森の中に停めてあった車の前で降ろされた。
「じゃ、そういう事で頼むぜ?」
と車の助手席のドアを開けて中に向かって声をかけるプロイセン。
「お~、プーちゃんも頑張って逃げ~」
と、それに応えて運転席から手を振るのは驚いた事に自分とは決して仲が良いとは言いがたいスペインだった。
「へ?」
と、呆けるイギリスの腕をつかんで
「ちゃっちゃと乗ったって。行くでっ!」
と、スペインが半ば強引に助手席に座らせると、
「じゃ、気をつけろよ。」
と、プロイセンが助手席のドアを閉めてヒラヒラと手を振るのを後にし、車は発進する。
「え?え?プロイセンは??」
オロオロと後ろを振り返るイギリスにスペインは
「正面玄関に停めた車。
一応な、ここアメリカやし、追ってこられても面倒やから。」
と、告げた。
「それって…囮ってことじゃ…」
「あ~そうとも言うなぁ。」
「お前、何呑気にっ!」
「呑気ちゃうで~。しゃあないやん?プーちゃん自分で計画たてたんやし。
親分そういうの考えんの苦手やねん」
スペインはそこまで言うと、片手の親指で後部座席を指さした。
「もうちょっと行ったら一度止めたるさかい、着替えとき。それじゃあ目立ちすぎや。」
ちらりと指先を追うと、そこには女性物のワンピース。
「あ、用意したんは親分やけど、あれは親分の趣味とはちゃうで~。
親分もうちょっと露出あった方が好きやねんけど……」
「……プロイセンの趣味……か?」
「ん~、あとあれか、ロマもそういうお嬢さん風、実は好きやな。」
そこでスペインは意味ありげに自分が溺愛している子分の名を出した。
何故ここでスペインが最愛の子分の名を出すのかがわからず、答えあぐねているイギリスに、
「…ロマにしとかへん?」
と、さらにそう続けるスペインにイギリスは思わず
「何が?」
と、首をかしげる。
あ~、これがフラグクラッシャー言うやつかいな…と、それにスペインは呆れた息を吐き出した。
「自分…全然気づいてへんの?」
「だから何が?」
「あ~…もう…ロマの願いは何でも叶えてやりたいねんけど、これ、叶えてええもんか親分わからへんようになってきたわ…」
と、相変わらずの親馬鹿発言に、イギリスは複雑な顔をする。
自分にもかつてそうやって願いを叶えてやりたい養い子かいたわけなのだが……
「なあ…」
「なん?」
「お前さ…何でも願い叶えてやりたいって言ったけど…」
「言うたけど?」
「もしな、ロマーノがお前抱きたいって言ったら寝る?」
スペインはポカンと呆けた。
いや、聞いた事に別に深い意味はないのだが…なんとなく聞いてみた質問にスペインはウンウン考え込んだ。
そして、ポン!と手をたたく。
「あ~、それはありえへんわ。あの子ノンケやし。あれほど女の子好きな子ぉはおれへんで?」
と、予想とかなりずれた返答が返ってきたが、そこはそれ、スペインだから仕方ない。
しかしその答えはイギリスの気を少し楽にさせた。
「そっか…そうだよなっ!女だから…だよなっ!」
アメリカだって目の前にいる女と自分を育てたイギリスが同一人物と頭ではわかっていても感情がついていかなかったのかもしれない。
きっとそうだっ!
そう気持ちを納得させようとしたいギリスに、しかしスペインは容赦なくトドメをさす。
「いや、どこぞの若造はちゃうで?
自分が女になる前からそういう目で見とったのは自分以外にはまるわかりやったし、そもそもあれが自分の日常知りとうて盗聴器とかつけたりストーカーまがいの事しとったんは、もっと前からやろ。」
せっかくそういう方向でまとめようと思っていたのに容赦なく逃げ道を塞ぐスペインに、ああ、こいつは俺の事嫌いだったんだ…と、今更ながらに思って涙目で睨むイギリスに、スペインは苦笑した。
「せやからロマにしときって。あの子ああ見えても優しい子やねんで?
素直やないところはあるけど、好意を示すのが下手なだけで、わざわざ積極的に傷つけにきたりせんし。
あれで最近たくましいとこもあるしな。」
「……知ってる…。」
不器用な性格はイギリスも同じだから、そのそっけなさやぶっきらぼうな中に隠れた優しさはよくわかる。
「とりあえずな、親分とこにまだランプあんねん。
あれもろうた時には説明よお聞いとらへんかったから一度使うて、もう使われへん思うて倉庫に放っとったん。
せやから壊れるまで100年ごとにフランスんとこのと交互に使うてその姿保って、その間に親分がフランスと一緒に当時ローマのおっちゃんがランプ配ったあたりを回ってまだ残ってへんか探したるから…。
自分の事を好きで大切にしてくれんのなんかロマかプーちゃんかフランスくらいちゃう?
あ~、日本ちゃんもやけど、あれは家遠いから…」
「なんでお前そんなに親身になってんだよ」
俺の事嫌いなくせに…と、イギリスが少し警戒すると、スペインは肩をすくめた。
「別に嫌いちゃうで?ま、自分もプーちゃんもフランスも同じレベルでどうでもええねんけどな。」
と、当たり前に言うスペインにイギリスは呆れて言う。
「悪友どももかよ。」
「悪友だからやん。そんな悪友達の幸せ願うてますぅ~とか言うたらめっちゃ気持ち悪いやん」
そう応えるスペインに、イギリスは、確かにっと吹き出した。
「親分、ロマが幸せやったら別にええねん。
プーちゃんは身を引く気満々やしな~。」
と、そこで出てきた言葉に、イギリスは顔をこわばらせた。
「あ、ちゃうで~。
別にプーちゃんなんか親分どうでもええんやけど、嘘ついた言われたら嫌やから自分の想像訂正しとくわ。
自分と一緒になるんが嫌やったら、プーちゃんかて元々関わらへんわ。
いくら一人楽しすぎて暇やからって、アメリカ相手に喧嘩売るなんてあんま楽な遊びちゃうしなぁ。
プーちゃんは亡国やからな。いつ消えるかわからへんし、そしたら寂しがり屋の自分残して行く事になるし、自分めっちゃ落ち込むやろうしな。
それやったら想いが叶わへんくても、他の幸せにしてくれる奴がおんねんやったら、託した方がええって事らしいで。」
―――自分が欲しいと思っている相手を手にいれる機会を得ながらも、相手のためにもしかしたらそれを諦めざるを得なくなるかもしれない選択を取る…そんな自己犠牲をも含んだ愛情…とても深いと思いませんか?―――
そんなスペインとの会話で、日本の言葉が思い出された…。
自分みたいな可愛げもなくあちこちで嫌われている人間のために、大切なはずの弟から任されている仕事を中断して、何の利もないのに超大国であるアメリカを敵に回して…こうして今自分を逃がすために一番危険な囮を引き受けている。
そのくせ見返りは何も望まない。
ただ幸せになれ…とだけ言うのか……。
「ほだされたらあかんで?」
ホロリと頬を涙がこぼれ落ちた時、スペインがまた淡々と言った。
「ロマにしとき~?
あの子やったら消えへんし、女の格好さえしとけば大事にしてくれるで?」
「……お前…もしかして俺がプロイセンを選ぶように言ってないか?」
「いやいや、親分はどこぞのエセ“世界のお兄さん”と違うて“ロマの親分”で“世界の親分”やないし?
自分の事もプーちゃんの事もホンマどうでもええねんで?」
と言うスペインは演技下手すぎなんじゃないかと思う。
「そうかよ。そういう事にしといてやるよ。」
と、イギリスが苦笑すると、スペインは相変わらず淡々と
「そういう事にしとき。」
と、オーディオのスイッチを入れて、会話を打ち切った。
「ほな、日本の空港ついたら日本ちゃんが迎えに来てくれてはるらしいからここでな~。
親分バカンスに戻るさかい。」
途中着替えて空港まで送ると、スペインはフランスが用意したらしい偽造パスポートと旅券を手渡すと、そう言って搭乗口でヒラヒラと手を降った。
結局本当にロマーノを勧めたかったのか、それとも悪友を心配して手助けしてくれる気になったのか、よくわからない。
真意の読めない男だ。
しかし助かったことには変わりないので、一応礼を言って反転しかけるイギリスに
「あ、そうや~」
と、スペインは独り言にしては若干大きな声でつぶやいた。
「プーちゃんて実は俺らより若いし、しっかりしとるようで実は青くさくて不器用なとこあんねんな。
理想だけじゃ自分も相手も幸せになんかできひんて事意外にわかっとらんあたりが、まだまだやね。
その辺わかってやらんと、あの子はあの子で実は暴走してたりするんやけどな…。
ま、親分には関係ないんやけどな。
一緒におるんやったら上手に振り回したるのも大事やな。」
いくらなんでも独り言にしてはアレなのだが、イギリスも敢えて気づかないふりで言ってやる。
「随分…大きな独り言だな。」
「あ~、もう親分も年やさかい、耳遠くて声もでかくなんねん。」
と、当たり前にとぼけてみせるスペインに吹き出すと、イギリスは今度こそ手を振って搭乗口をくぐった。
「あ~とりあえずこっちは一段落か~。
あとはフランス、上手くやり?
親分は退場や~。」
イギリスが搭乗口へと消えると、スペインはポリポリと頭を掻きつつ今度こそ独り言の大きさでそうつぶやくと、飛行場をあとにした。
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