アメリカに拉致された館は幸いにして特別な要塞のような場所ではなく、どこぞの…アメリカ国内の人里はなれた屋敷のようだった。
おそらくアメリカの極々私的な秘密の場所で、誰かが来るのも想定外だったのだろう。
監視カメラのようなものすら特に設置されている気配はなく、
「家の前の土んとこだとタイヤのあとでバレるかもしれねえからな。」
と、それでもその館から少し離れた森の中に停めてあった車で脱出。
その後ロマーノに連れて行かれたのは更に離れた港につないだ船の上だった。
そこから出港して船はゆっくり海上へ。
自動操縦にしてから戻ってきたロマーノは
「ん~、スペインのバカンス用をしばらく強引に分捕ってきたんだけどな。
アメリカがアリアを拉致しようとしてるって情報も奴からだし。」
そう言いつつ、夜だし海上は冷えるぞ?と、自分の上着をノースリーブのワンピースに着替えて波間に視線を漂わせているイギリスにかけた。
ここは素直に好意を受けておくのがレディとしての礼儀だと、イギリスは礼を言ってそれを羽織ると、ロマーノを振り返る。
「スペインがって…不思議だな。あいつは英国を嫌いだろ?」
夜風が長い金色の髪を揺らすのを片手で押さえながらそう言うと、ロマーノはジッとイギリスの瞳を覗きこんだ。
「俺が本気だってわかってるから…。」
「え?」
「あいつは俺の育ての親で…だから俺が本気でアリアに惚れてるってわかるから。
だから協力してくれてる。」
いつになく真剣な顔でそう言われて、イギリスは言葉を失った。
惚れてるって……ええっ???
「あ、あのっ……」
ワタワタとイギリスが意味もなく手を振り回し、挙句に後ろにひっくり返りそうになったのを、ロマーノは苦笑して片手で軽々支えた。
「気をつけろよ。」
「ああ、ホントに。泳げないのに落ちたら大変だよなっ」
チラリと後ろを振り返って暗い海を見て少し身震いするイギリスに、ロマーノは少し身を屈めて視線を合わせると、
「大丈夫。俺は泳ぎ得意だからな。落ちたらぜってえに助けてやるよ。」
と笑う。
普段顔をしかめてるか、怯えたような表情しか見ていなかったが、こうやって笑うとキツイ顔立ちが一気に優しくなる。
「……うん…」
熱くなってきた頬を隠すようにイギリスが俯くと、ロマーノは意外にしっかりとした褐色の手をイギリスの頭にやって少し撫で、そのまます~っと長い髪に指を滑らせて金糸を一房手に絡めると、ちゅっとその髪に口付けた。
「…なあ……これからずっと一緒にいてくれよ。
大したモンでもねえけど、俺の全部をお前にやるから。
永遠の愛と心にある全部の優しさ…。
力は…強くはねえけど、お前くらいは抱えあげられるし…そうだな…料理が苦手だって言うお前のためだけに美味しい料理を作り出せる美食の国イタリアのこの手も永遠にお前だけのモンになるぜ?」
真剣な表情から、最後はいたずらっぽく笑う様子は、妙に男っぽい色気に満ちている。
ああ、ちきしょう、こいつ無駄にカッコイイじゃねえか…女の前だとこんなんなのか…と、思って、イギリスはハッとした。
そうだ…今のロマーノの態度は…好意は…今の自分が女だからで、仮初のものだ。
男に戻ったらまた怯えるどころか、今こう言ってくれた事すら後悔する。
絶対に後悔する……。
ぽろり…と大きなペリドットから自然と涙がこぼれ落ちた。
「…無理だ……。」
イギリスは首を横に降った。
「お前とは一緒にいられない…いられないんだ…」
手で顔を覆ってそのまま崩れ落ちるイギリスの前にロマーノは膝をついてその細い身体を引き寄せる。
「なんでだよ?もしかしてスコットランドの事か?それなら大丈夫だぞ?」
そのままイギリスを抱きしめてそう言うロマーノの言葉に、イギリスは少し驚いて顔をあげた。
「心配すんなよ。」
ロマーノはそのイギリスの涙を指で拭って笑いかける。
「実は俺、お前をドイツにやってから自分からスコットランドに会ってきた。」
「な…ぜ…?」
「決まってんだろ?
追われたままじゃお前も落ち着かねえだろうし、今度戻ってきた時には誰にはばかることなく堂々と太陽の下歩かせてやりたかったんだよ。
二人で小さな隠れ家にこもってんのも楽しいけど、俺の国のいろんな所を見せてもやりてえし。
だから追われてる理由と…あとはアリアがイギリス様の身内だって言うならスコットランドにとっても身内だろうと思って…ちゃんと言っておこうと思って…」
スコットランドに…?
自分を嫌ってる兄に…?
クラリと目眩がした。
「……で?…なん…て?」
聞きたくない…でも聞かないのも怖い…。
ひどく震えが止まらないイギリスに、ロマーノは少し眉を寄せた。
「なあ、寒いのか?大丈夫か?部屋に入ろう。」
そう言って立たせようとするロマーノの手を振り払うと、イギリスはフルフルと首を横に振る。
「寒くないっ!なんて言われたんだ?!」
ポロポロ泣きながらそう言うイギリスに、ロマーノは少し困った顔で、こっちこいよ…と、再びイギリスを引き寄せて、ぎゅっと包み込むように抱き込んだ。
こうしてたら少しは温かいだろ?と言われてますます涙が止まらずシャクリをあげるイギリスを心配そうに見下ろして、なだめるようにその背をそっとなでる。
「泣くなよ…大丈夫だから。
本当だぞ?
俺がアリアの事が好きだ、出来るだけ一緒にいたいし、もしスコットランドにとっても身内なら認めて欲しいって言ったら、好きにすればいいって。」
「…え?」
イギリスは思わず泣くのも忘れて呆ける。
「それ…だけ…?」
「ああ、お前がアリアが何者でも構わないって言うなら勝手にすれば良いって言われた。
だから…俺は勝手にさせてもらうって言って帰ってきて…その直後スペインに連絡もらってこっちに来たんだけどな。」
――…ああ………――
イギリスは絶望に苛まれてまた力なく崩れ落ちかけたが、今度はロマーノがしっかりと支えてくれた。
その優しさが今は悪意よりもつらい……。
「おい、大丈夫かっ?!気分悪いのかっ?!」
ひどく焦ったような心配そうな声が降ってくる。
今…いきなり元に戻ったら、この表情は声音はどう変わってしまうんだろう…。
そう思ったらス~っと意識が遠のいた。
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