アーサーと魔法のランプⅪ-コンキスタドールと愛の国2

「…お前……無理やりじゃないよね?」

半月後…意外にもまず気づいたのはフランスだった。
かなり確信を持って、他に言いふらされたくなければ…と、フランスにしては珍しく美しいとは言えない脅しまでかけて来たので、仕方なく陸地まで迎えに行って回収した。

こうしてまた船は海上へ。

「無理やりって何が?そんな風に見えるん?」
フランスの正面のソファに座って、足の間にイギリスを抱え込んで後ろから抱きしめているスペインに構わず、すまして紅茶を飲むイギリス。

「ああ、もしかして無理やりって、今自分に会わせとる事?
そんなら、あれやで?
もし自分がアーティの事少しでもからかう素振りしたらハルバードでグシャグシャにつぶして鮫の餌にしてやるて言うて説得したんやけど?」

うあぁああ~~何、それ怖いっ!!お前目が笑ってないっ!本気でやるつもり?!と、フランスが思わず引くと、スペインは、当たり前やん、と、チュッとイギリスのつむじに口づけを落とす。

「…こいつはやるぞ?とりあえず服従誓ってるからな。」
カチャリとソーサーにカップを置いて微笑む姿は一見可愛い女の子だが、言動と視線はまぎれもない大英帝国様だ。

むしろ、お前が無理やり何かしたの?とフランスは聞きたくなったが、命が惜しいのでやめた。


「スペイン、“お前が作った”チュロスが食いたい。」
そんな時、唐突にイギリスが言った。
本当に全くなんの脈絡もなく…。

それに対してスペインは戸惑う事もなく当たり前に
「ええよ~。こいつ船から追い出したらすぐ作ったるな~」
と、もうベタベタに…はちみつにメープルシロップを混ぜてそこに砂糖をドバドバ放り込みましたくらいのベタベタに甘い声で嬉しそうにそう言ってイギリスの頭をなでる。

が、それに対してニコリともせずに、
「今だ。今すぐ食べたいっ。」
上向いてスペインを見上げるようにそういうイギリス。

そこでスペインはデレデレに…しかし
「わかったわ。今すぐこいつ海に放り込んだら作ったるわ。」
と、指を鳴らすのは頂けない…と、フランスは切実に思う。

うん、坊ちゃんが今すぐチュロスを食べる、そんな事くらいのために世界の至宝であるお兄さんが人魚姫のように海の泡になってしまうなんて…そんなことになったら世界中のマドモワゼル達の涙で海面が上昇して沈んじゃう島がでるかもよ?
そう思った言葉はどうやら全部口に出ていたらしい。

「そんな事くらい?何言うとるん、自分っ!
かわええかわええアーティーが可愛いお口で親分のパクンて食べたい言うてるんやで?!
自分の命一つで叶うなら安いもんやろっ!!」

「全然安くありませんっ!第一お前の言い方なんか変だよっ卑猥だよっ!」

怒るのが当たり前で正当な権利だと言わんばかりにスペインが怒ってくる。

それに思わず言い返すが、ちょっとまっててな~と、優しくイギリスに声をかけると共に腕まくりをして立ち上がるスペインに、フランスは自分も逃げようと立ち上がりかけた。

しかしそこでイギリスがスペインのシャツをつかむ。

「なん?すぐ済ませるさかい、待っとってな」
と、ピタリと止まって振り向くスペインに、イギリスは空いている方の手で紅茶のカップを口に運びながらも言った。

「環境汚染は良くないと思うぞ?地球に優しく…だ。」

え?汚染?今お兄さんの事汚染物質のように言いましたよ?この子っ!!
そんな暴言にハンカチを噛み締めるフランスに一切構わず、イギリスはにっこりと…

「だから、自分から降りてするべきことをさせるよう説得しておくから。
チュロス食べたいんだ。チョコレートも忘れずにな?」

と、有無を言わさぬ天使の笑みで、『お願い』という最強の命令を発動した。



「え~っと、坊ちゃん、大丈夫…だよね?」
スペインにすごい目で睨まれて…それでもようやく二人きりになれると、フランスは目の前で悠々と紅茶を飲むイギリスに声をかけた。

「おかげさまでな。あのランプの元凶はお前なんだってな?」
カチャリとソーサーにカップを戻してそれをテーブルに置くと、イギリスはニッコリとそれはそれは綺麗な笑みを浮かべた。

こういう風に笑う時のイギリスは大抵はひどく怒っている。

「あの…?」
おそるおそる促すと、イギリスは身を乗り出してグイっとフランスの襟首をつかんだ。

「おかげで…アメリカにレイプされかけたんだが?」

うあぁああ~~

アメリカは今でもイギリスにとっては可愛い弟、育て子で、ある意味聖域だっただけに、その衝撃は察してあまりある。

「ごめん…ごめんね、坊ちゃん…」
普段は腐れ縁として喧嘩ばかりしている二人だが、本当にギリギリのラインを超えた場合はお互い開き直らず素直に謝罪することにしている。

今回のこれはそのレベルの話だとフランスは判断した。

「で?大丈夫だったんだよね?」
イギリスは半分涙目なフランスの襟首から手を放して小さく息を吐き出すと、
「…ったりまえだろっ。でなきゃお前は今頃ハルバードでグシャグシャに潰されて鮫の餌だ」
と、ポスン!とソファに座り直した。

「ごめんね。でも言い訳させてもらうとさ、お兄さんスコットランドがお前と仲直りしたいけど怯えられてて話も出来ないって言われてさ、ならこれを使って話を聞いてもらえば?って例のランプ渡したんだけど…」

「兄さんが?仲直りしたいって?」
一瞬目を輝かすイギリス。
しかしすぐショボンと肩を落とした。

「そんな事考えてくれてたのに…なんで俺怒らせちゃったんだ……」
みるみる大きな目に涙が溜まっていき、ポトリ…とそれが膝の上で握りしめた手に落ちた。

「いやいや、ちょっと待って?スコット怒ってるって…それ多分坊ちゃんの誤解よ?」
と、そこでフランスは首を振った。
「プーちゃんから全部事情は聞いたけどさ、たぶんね、スコットが血相変えてお前を追い回してるのは、そんな可愛くなっちゃったお前を保護するためだと思うよ?
国って男ばっかりだしさ、それこそアメリカじゃないけど力づくでもお前の事欲しいとか思っちゃう輩が出ると思うしさ……えっと……とても聞きにくいんだけど……」

と、そこでフランスは珍しく口ごもった。
が、そこはさすがに腐れ縁だけあって言いたいことは正確に理解している、

「安心しろ。同意だ。」
と、イギリスは実に簡潔に返答をよこした。
それにフランスは微妙な表情をする。

「“今のスペインなら”問題はないんだろう?」
とのイギリスの追加した言葉を、フランスはこちらも正確に読み取ってため息をついた。

「スペインに聞いたんだ?」
「ああ、聞いた。」
「で?」
「ん?」
「お兄さん断罪されるのかしら?」
「そこまで俺は馬鹿じゃない」

仕方ない。お前にも一応感謝して茶の一杯くらいは淹れてやる。
と、イギリスはもう一つカップを出して、自分の分を淹れるついでにフランスにも淹れてやる。

どうも…と、フランスがそれに口を付けて先を促すと、イギリスは自分もまたソファに座り直して続けた。

「あの時代…まだ俺は小さくひ弱だったしな、異教徒との戦いのまっただ中のスペインに巻き込まれてたら確かに二人して共倒れてた可能性は高かっただろうな。
非常に不本意で腹立たしいが、あそこでスペインが手を伸ばせないお前の国にいたのは正解なんだろう。」

「そこで不本意で腹立たしいとか言っちゃう?」
お前らしいけどさ、と、苦笑するフランス。
「事実なんだから、仕方ないだろう。」
と、すまして紅茶を飲む様子は、少女になっていても紛れもなくフランスのよく知る金色毛虫の腐れ縁だ。

「ローマ爺はずるいんだよね。」
フランスはそこで何故かまた今回何度も聞いた懐かしい名前を出してきた。

「ちっちゃい子達が寂しいだろうし、少し世話役をって話が出た時さ、
『お前は愛をたくさん持ってるから一人じゃなくて大勢に注いでやれ』
ってさ、お兄さんだけ担当がなかったの。
それって残酷だよねぇ…。
担当の子ならその子に愛を注げばその子からの愛も返ってくるけどさ、大勢に平等にっていうと、自分にだけは特別な愛情って返ってこないんだよね。
お兄さんは皆のお兄さんだけどさ、お兄さんだけの弟や妹っていないのよ。
唯一お前だけはお兄さんだけの腐れ縁だけどね。」

坊ちゃん他にはここまで暴言吐かないもんね…と笑うフランス。

「でも…お兄さんだけの特別なBebeちゃんもとうとう特別の相手の手の中に戻っちゃったか…。
まあ…最初から決められてた事だけど、こんなもうとっくに皆から忘れ去られてたタイミングでとは思わなかったな。」

フランスはそう言って紅茶の残りを飲み干すと立ち上がった。

「ね、一度しか言わないから覚えておいて?
もしお前がいつかあいつの事嫌になって戻ってきたくなった時のために、お兄さんはこれからも大勢に愛を振りまきながら誰の特別にもならずに居てあげるからね。
お前はあの日、こんなに美しいお兄さんに向かって初めて『びゃ~か』なんて暴言を吐いた、お兄さんの特別なBebeちゃんだから。
だから戻ってきたくなったら戻っておいで?
その時は…もう手放してはあげられないけど…」

これはスペインには内緒にね、と、人差し指を唇に当ててウィンク一つ。
髭がウィンクとかきめえ、とのいつものイギリスの軽口に、あらひどい、と、こちらも軽く受け流す。

「じゃ、そういうことで。スコットもああ見えてブラコンだから、スペインとの仲を認めさせるのにヘルプが必要なら呼びなさいね。
一応お兄さんにもランプ渡した責任もあるから、今回だけは巻き込まれてあげるから。」

ヒラヒラと後ろ手に手を振りながらそういうフランスの背中に、イギリスは、おい、と声をかけた。

振り向くフランス。

「一応…さっきの話、覚えておいてやる。」
「あら、光栄。」
「まあ…必要にはならねえと思うけど。」

と、最後の一言でフランスはまた苦い笑いを浮かべる。

「まあ、ほら、坊ちゃんの予想がはずれる可能性もあるから。一応…ね?」
と、言って、フランスは今度こそ部屋を出て行った。

「あいつと幸せに…なんて言ってあげられないなぁ…。たとえ愛の国でも…ね」
パタンと後ろ手にドアを閉めて小さく吐き出されたつぶやきは、誰にも拾われる事なく消えていった。






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