アーサーと魔法のランプⅩ-コンキスタドールの悲願3

「このあたりの海…久しぶりだなぁ~」
南米大陸から海の上。

信頼出来る部下に運転を任せた船の甲板で、スペインは嬉しそうに手すりから乗り出して波間を眺めるイギリスの腕をつかんだ。

「自分、泳げへんのやから気をつけ?」
と、そのまま自分の方に引き寄せると、イギリスはプクっと頬を膨らませて
「落ちねえよっ!」
と口を尖らせる。

そんな顔をしても可愛いだけなのわかってやっとるんかなぁ、この子は…。
わかってへんなら早々に抱え込んでしまわなあかんな。

そんな事を思いながら、スペインが
「急に大きく揺れたりしたらわからへんやろ。
親分おったら落ちたら助けたるけどな。
一人ん時は気をつけたって?」
と、男の時とは違うサラサラの髪に指を絡め、チュッとそれに口付けると、白い頬が真っ赤に染まっていくのが面白くも可愛らしい。

確かに若干華奢になって髪とかもサラサラ長くて特徴的な太い眉もないが、それを除けば対して変わらない気がする。
紛れもなくスペインの可愛いイングラテラだ。

「な~、いつまでそのままの姿なん?元に戻れへんの?」
と、今度は柔らかい頬にチュッとわざとリップ音をたててキスしてやると、イギリスは真っ赤な頬を更に赤く染めてそれを隠すようにスペインの胸元に顔を埋めた。

「…一応…100年間はこのままなんだが、その前に戻れる方法もなくはない」
そもそもが当たり前にイギリスがいきなり女になったという事実を動揺もせず受け入れているあたりがスペインはおかしい…とイギリスは今更ながらに思ったが、スペインの動揺のスイッチはイギリスが考える所と別の次元にあるらしい。

イギリスがそう話すと、スペインはうあっ…と慌てて身体を放した。

「……?……なんだ?」
不思議に思って見上げると、何故か褐色の頬を赤く染めて顔をそらせるスペイン。

「自分…ちょっと気をつけ?」
はぁ~っと少し艶めかしさを感じさせるような息を吐きつつそう言うスペインに、イギリスは首をかしげる。
今の言葉に何か危害を加えられるような要素があっただろうか?
何を言われているのか全くわかりません…と、顔に書いてあるイギリスにスペインは一瞬考えこんで、それからその身体を引き寄せて、鎖骨の少し下のあたりに唇を寄せた。

「自分な、今こういう事やっとったん気づいてる?」
と、唇を当てたまま言われて、イギリスは、ひぃ!と、慌ててスペインの顔を押しのけた。

「…なっ…なにっ……」
少し下にずり下がった胸元部分をきっちり上にあげて両手で隠しながら、真っ赤な顔で口をパクパクしながら言葉をなくすイギリスに、スペインは両手を腰に当てて、は~っと息を吐き出した。

「あかんわ~。この子一人にしたらあっという間に食われてまうわ。」
と、呆れたように首を横に振るスペインを、イギリスは
「食われるってなんだよっ!」
と、涙目で睨みつける。

「言葉のまんまや。
男の時やったら平気とは言わへんけど…それでなくても国は男性体多いんやで?
こんな可愛らし女の子になってもうて、こんな無防備やったら、そりゃあ手ぇ出そうとする輩ワラワラ湧いて出るわ。
しかも自分いま筋力めっちゃ落ちとるやん?」

「ウ゛……」
言い返せない。
でも悔しい。

「わかったら…」
と、さらに言い含めようとするスペインの言葉を遮ろうと、イギリスはグイっとそのシャツの襟首をつかんで背伸びをした。

「そんなのっ…お前が守ればいいじゃないかっ」
色々ありすぎて…スペインが昔のような態度に戻って、急に昔の距離に戻って…イギリス自身もなんだか昔に戻った感覚でそう言って見上げると、スペインは無言で硬直した。

そして次の瞬間、イギリスを腕の中に抱え込む。

「なんでそこで男に戻れるなら戻るやなくて、親分に守れとか言うん?
もう…ほんま自分親分殺す気か?萌え殺す気かっ?!
可愛すぎて爆発してまうやんっ!
あかんあかんあかんっ!!!ほんまあかんわっ!!!」

ぎゅうぎゅう抱きしめられてイギリスは慌ててワタワタとするが、全く腕の力は弱まる気配がない。

仕方なしに諦めて、腕の中でふと考える。
あ~、そう言えばそういう手もあったのか~…と。
「一応な…」
と、そこでイギリスは女になった経過と、100年たつ前に戻るにはイギリス自身が男に戻りたいと強く願いながら本当に相思相愛になった相手とキスをしなければならない…と、いう説明をする。

「…それ…戻りたいって思わんかったら戻らんの?」
と、そこに食いつくスペインに、イギリスは
「たぶん…」
と、応える。

そして
「お前は…どっちがいいんだ?」
と、さらに聞くと、スペインは
「どっちでもええで~。中身がイングラテラやったらどっちでもかまへんねん。」
と即答した。

「ふ~ん?」
綺麗なエメラルドを覗いてみても一点の曇もない。
「ただな…」
「ただ?」
「女の方が心配やな。アホどもがちょっかいかけてきそうで。」
そう苦笑するスペインの言葉に今度はイギリスが即答した。
「しばらく女でいる。」

「はあ??」
「だから、どっちでもいいんだろ?だったらしばらく女を満喫する。」
そうしたらお前は俺から目を放せなくなるんだろ?と、にっこり付け加えると、スペインはへなへなとその場に崩れ落ちた。

「ほんま…この子は……」
つぶやくスペインにクルリと背を向けると、イギリスはぴょんっ!と、小さく一歩前に進んでまた船の手すりに肘をついて波間に視線を漂わせた。

後ろを向いて見えなくなったその頬が真っ赤に染まっていて、

(女の格好の方が甘えやすいから…なんて事は絶対にないからなっ!)

なんてことを考えていることはスペインは当然知らない。


そして…男であろうと女であろうとイギリスの側に甘える気があろうとなかろうと、スペインはイギリスをドロドロに甘やかすつもりであることも、イギリスは知らない。


「とりあえず…アーティが親分のモンやってスコットを始めとして皆にわかってもらわんとな。」

いきなりヒョイっと抱き上げられて目を白黒させるイギリスに、スペインはニッコリと良い笑顔で伝える。

そして
「この船はな、親分のお城なんや。」
と、そのまま反転つかつかと船内に入って自室へむかった。

そう…自分のテリトリーであり、色々と足取りを追いにくい海の上で……イギリスはさきほど車の中でした話を覚えているだろうか…。

「うん?だから?」
このごに及んでもきょとんとしているイギリスに、ああ、だからこの子フラグクラッシャー言われとるんやなぁ…と思いつつ、しかしそんな空気を読んでやる気はサラサラないスペインは

「Te amo(愛しとるで)」
と、ただ一言言って深く口付けると、自室のベッドにイギリスを下ろした。



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