アーサーと魔法のランプⅩ-コンキスタドールの悲願2

ああ…あの子に似とるな……。

車を走らせながら隣に座る少女をみやり、スペインは内心ため息を付いた。

運命が奪っていった、本来なら手に出来たはずだったあの子の代わりに少しだけ、あの子に似た子を手元に置いてみたい…最初はそう思っただけだったのに…心がひどく揺れる。

「あんなひどいことされたのに…恨んでないのか?」
助手席であの子に似た新緑色の瞳が問いかける。

ああ…あの子も同じ事を思い続けていたのか…そう思うと心が痛む。

「あのな、ほんま恨みとかないし、かわええって思うてるで?許婚みたいなもんやしな。」
もう誰も知らへんことやけど…と、車を走らせながらスペインは苦笑する。

許婚?なんのことだ?
首をかしげる少女にスペインは言った。
「もしかしたらイギリス本人も聞いとらんかもしれへんけど。」

「…じゃあそれって…スペインの脳内だけの話か?」
と、随分失礼な事を言われている気もするが、この顔で言われると腹も立たない。

スペインは怒る事はなく、しかし代わりに少し情けなさそうな表情を浮かべて
「それはさすがにないわ~。」
とまた苦笑する。

「じゃあ、誰がそんな話を?」
とさらに少女が問うと、スペインは自分でもひどく懐かしく感じる名前を口にした。

「ローマのおっちゃん」

その答えに、ああ、なんだか今回はロマーノの事と言い、ずいぶんとその影をちらほら感じるな~とイギリスは内心思っていた。

よもや事の発端、魔法のランプ自体までローマが関わっているということは二人とも知らないわけではあるが…。

「このまま船が泊めてある港までは結構時間かかるし、ほな、少しだけ昔話でもしたろか…。」
スペインは濃いまつげを少し伏せて、懐かしげに目を細めた。





「俺らヨーロッパの古参の国はな、ローマっていうおっちゃんに結構面倒見てもらっとったんや。
自分も知っとるイタちゃんやロマの爺ちゃんやで。
で、俺もそんなおっちゃんに面倒見てもらっとる子どもの一人やってん。
でな、おっちゃんも仰山の子の面倒みとったから、そのうち何人かは俺ら古参に少しずつ面倒みさせようかいう話しとったんや。
あ、もちろん国政やなくて、国の化身のちっちゃい子の面倒のことやで?
で、おっちゃんがな、俺にって言うてたんが、俺の国の北のちっちゃい島国…イングラテラやってん。
もうちょっと大きゅうなったら会いに連れてったる言われて、めっちゃ楽しみにしとったんや。
その時までに少しでも馴染んでもらえるきっかけになればええなぁ思って、おっちゃんに頼んでうちからウサギ連れてってもろうてプレゼントしたりな。」

「ウサギって…お前の国から来たのか」

「そうやで~。
それ抱いたイングラテラのちっちゃな肖像画もらったりしてな…。
うち帰ったら見せたるわ。
今ではウサギとその絵だけが唯一その約束の名残やねんけどな…。」

笑っているのに泣いているような顔のスペインに、イギリスはなんとなくその話が嘘ではないと理解した。

それが唯一俺に残されたイングラテラなんや…と、少し寂しげな口調でつぶやくように言ったあと、スペインはまたとつとつと話し始めた。

「それからしばらくしてローマのおっちゃんが死んでもうた時、ほんまはイングラテラを保護しに行きたかったんやけど、俺の国はほとんどが異教徒に占領されてもうてな…自分の存亡自体が危うくなってもうてん。
せやけど俺は諦めへんかった。
早う身体から全部異教徒追い出して、イングラテラ迎えに行くんやって思っとった。
ほとんど消えかけとった自分の支えはそれやってん。
俺が消えてもうたら誰があの子守ってやるん?って毎日ウサギ抱いたちっちゃなイングラテラの肖像画見て頑張ったんや。
せやけど…」

スペインはそこで言葉を切って、なんだか何かつらそうな…諦めたような笑みを浮かべた。

「遅かったんやな。
俺がそんなんしとる間に、北に位置して異教徒の被害なんて受けへんかったフランスは大国になっとって、あの子を連れていってもうた…。
俺があの子にようやく初めて会うたんは、フランスん家に異教徒との戦いのための物資を恵んでもらうために行った時やった。
それでも返したってって、その子は親分のやって何度も言うたんやけどな、あかんかった。
まあ、それはしゃあないわ。
そんな自分の身さえ明日をもしれんような状態の男に返したってって言われたって、フランスかて流石に返せへんやろ?
それでもいつか身体全部取り戻せたらって思うとったんやけどな。
全部取り戻して大国になったら、今度はあの子もそういう意味の保護なんか要らん年になってしもうててん。」

まいったわ~と笑うスペインはいつものスペインのようで、でもどこか違う雰囲気を纏っている気もする。

「その先はあれや、子供として面倒みて要らん歳なら配偶者として守ったればええやんって思うて上司けしかけて婚姻とかで関係結ばせたんはええんやけど、これがまた大失敗でな~。揉めに揉めてめっちゃ嫌われてもうて、未だ目も合わせてもらわれへん。」

親分はそれでも諦めらきれへんのやけどな…と苦笑するスペインに、色々が寝耳に水すぎてイギリスはどう反応していいかわからない。

しかしその後、イギリスはもっと驚くべき事実を知ることになる。

「揉めてって言うか…一方的に騙されたって感じだろ?
嫌われたっていうより、お前が嫌ってるはずじゃないのか?」

少なくともイギリスの認識はそうで、それを主張してみたわけだが、スペインの返答はイギリスの予想の範囲をはるかに逸脱したものだった。

「あ~お姫さん生まれてへん頃の話やと思うから、知らへんのかもしれんけどな、海賊の事言うとるんやったら、あれはちゃうで~。
揉めた原因はうちの方のせいやねん。
最初にうちのお姫さんと向こうの王さんが結婚しはったんやけどな、跡取りになる男子が生まれへんてことで離婚されたんや。
もちろんカトリックとしては許されへんことやけど、国としてはしゃあないわな。
跡取りおれへんてことは国内混乱したりして他国につけこまれたり、最終的に国の存亡に関わる事やさかいな。
で、その後今度は逆にその離婚されたうちのお姫さんが生んだイギリスん家の女王さんとうちの王さんが結婚しはったん。
ここにも跡取りは生まれんかった。
それで放置とか他の女に子産ませるとかならまだしゃあない部分はあるんやけど、王さんがしはったのは、愛されずに育った自国の王女の血を引く女王さんが子供産めへんてことで愛しとった旦那である王さんが離れていくのをめっちゃ怖がっとるのを知っとって、しかも女王さんが余命いくばくもない病気やって知っとって、その愛情利用してん。
自国と対立してたフランスの力を削るのに色々弱ってるイングラテラに代理で戦えなんて無茶言うてな。
勝てへんのは承知で捨石にするつもりで…下手すればイングラテラはそれでさらに弱体化して消えてしまうかもしれへんのに…。
子供産ませて関係続ける事ができひんのやったら、最後に役にたってやって感じやな…。
結果、イングラテラは自分とことは全然関係ない戦争で疲弊させられた上に大陸にあった唯一の領土失うなんて事になったんや。
嫌ってもしゃあないやん?
俺は国の化身であっても王さんが決めた事を覆す事なんてできひん中途半端な存在や。
この時点でな、もうイングラテラの家族になることは諦めてん。
許してなんてもらわれへんわな。
せやけど…あの子を守ったる事は諦められへんかった。
嫌われても、恨まれてもしゃあないけど、自分よりも先にあの子を死なせてまう事だけはできひんて思うてな…」

ここからは秘密なんやけどな…と、スペインは視線をイギリスに送っていたずらっぽく笑った。

「自分の国の王さん出し抜いたってん。」
「出し抜いた?」
「そそ。まだ完全に両国の関係が破綻する前にな、エリザベスちゃん言うめっちゃシッカリ者のお姫さんに会うて、こっそり知恵つけたってん。」
「ちょ…それって……まさか……」

ずっと不思議に思ってた。
ずっとロンドン塔にいて、これといってツテもないエリザベスがいきなり国策としてこっそり海賊と連絡をとってスペイン船を襲わせるなどという作戦を思いついたのか…。
そして実際、ひどく手際よくそれらをやってのけたのか…。
スペイン船の航路をあれだけ正確にどこから得ていたのか…。

「そう、俺が全部手筈つけたってん。
スペイン嫌いの海賊の情報はしばしばぶつかるスペイン側やからこそ持っとったし、スペイン船の航路なんて完璧に把握しとるしな。」

うあぁあ~~!!と、イギリスは内心絶叫した。

『ふふっ、アーサー、びっくりした?』

利発でウィットに富んでいて自分を驚かせる事が大好きだったエリザベスが嬉しそうに笑う図が容易に想像できる。

ああ、あの子ならありうる。
そんな話を持ちかけられたら喜んで乗るだろう。


「ま、そんなわけでな、イングラテラの方はもう俺の事むっちゃ嫌っとって、ホンマ俺がおると嫌そうに視線そらせるくらいなんやけどな、俺の方はずぅっと片思いで…その昔々にもろうた肖像画見て暮らしとるんや。
堪忍な。
ホンマはロマにイングラテラの知り合い預かっとるって聞いて、どうしても自分が保護したくなってもうて、うちにアメリカが盗聴器つけとるって気づいてからは、プーちゃんとかにも内緒でどこかのタイミングで連れ出せるように、こっそり色々手を回しててん。
あの子の面影くらいあったらなおええなぁ思ったんやけど、こんな性格までそっくりやとは思わんかったわ。
さすがあの子の一部やね。」

ずっと見られなかった昔のままの笑顔…。
しかしそれは見られなかったわけじゃなくて、自分が見なかったのか…と、思ったらなんだかもったいない事をした気になった。

なんだかホカホカと心が温かくなってくるその笑顔から目を背けていたなんて……。

「…あの…な……」
もう隠せないほど赤くなっているであろう自分の頬。
どうしよう…でも言いたい……。

「なん?」
ニコリと笑う太陽にプスプスと脳がショートする。

「もし…もしだけど……」
「うん?」
「…嫌ってない…としたら?」
恥ずかしくて…でも表情を見たくてチラリと隣を見上げると、いきなりまた車が止まった。

「それ…やめたって…」
ハンドルに突っ伏すスペインに、心がさ~っと冷えていき、イギリスは少し涙目になる。

「やめてって…嫌…なのか?嫌われてたい?」
もう涙目を通り越して決壊した涙腺から涙が零れ落ちる。

「なんでそうなるねんっ!」
と、そこで顔をあげて叫んだスペインは、イギリスの涙に初めて気づいて、慌てて顔の前で両手を振った。

「堪忍っ!怒鳴って堪忍な。泣かんといてっ」
「…泣いてないっ。…で?嫌われてないのが嫌なのか?」
ゴシゴシ袖口で涙を拭くイギリスの手をソッとつかんで、スペインはまた自分の指先でその涙をぬぐう。

「ちゃうって。
あの子と同じ顔でそれ言われるとめっちゃ期待してまいたくなる自分がおんねん。
俺が近づいてもあの子不快にさせるだけなのわかっとるから距離置こって決めた決意が揺らいでまうから…。」

伏し目がちにため息をつくスペインの顔をグイっと自分の方に向けて、イギリスは言った。

「期待…すればいいだろっ。嫌われてねえんだから。」
「いや…せやからな、それはイギリス本人やないとわからんやろ?」

珍しく揺らぐエメラルドの瞳が綺麗だと思った。
こいつもこんな自信なさげな顔するんだ…と少し愉快な気分にもなる。

「だから…本人が言ってる。」
ポロリと溢れる言葉。
「へ?」
見開かれるエメラルドの瞳。

「ちょっとわけあって女になってんだけど………本人だ…」
勢いで言ってしまったものの、最後は恥ずかしくなってきて語尾が小さくなった。

ああ…どうしよう…。
これ…まさかこいつ女相手だったから勢いで言ってたわけじゃねえよな?
無言のスペインに不安がこみ上げてきて、イギリスはぎゅっと目をつむったままうつむいた。

「…なあ……ほんま?」
さきほどまでの柔らかさなど欠片もない掠れた声で聞かれて、恐怖で身体が震えた。

どうしよう…そう言えばこれって騙してた事になるのか?
全身から血の気が引く思いで目眩さえ感じ始めたイギリスは、グラリと自分が傾くのを感じて貧血でも起こしたのかと一瞬思ったが、その体はしっかりと大きな両手に掴まれて褐色の肌が覗く胸元に引き寄せられたのだと言うことに気づく。

「なあ…これだけは嘘っこはなしなしやで?もう一度言うて?
自分はほんまにイギリスで…親分の事嫌やないん?」
切羽詰まった…泣きそうな声に顔をあげると、少し潤んだエメラルドが自分を見下ろしている。

「俺は…ずっと俺の方が嫌われてるって思ってて…もう駄目だって思ってて…」
「そんなはずないやんっ!」
「あるだろっ?!あんな事情知らなかったら、どう考えたって俺の方がひどいことしてるじゃねえかっ!嫌われたって怖くて目も向けられなかったんだからなっ!」
「してもええねんっ!何したって親分が自分の事嫌うわけないやんっ!!」
「どういう理屈だよっ!」
「1000年以上前から好きで好きで好きで、この子のためやったら何でも出来る、何でもしたるって思うた子嫌えるわけないっ!そういう理屈やっ!!」
真顔で叫ばれて、なんだか言葉が出なくなった。

「嫌われても避けられても諦められへんかった。
嫌がる事だけはせんとこ思うてたんやけど…嫌やないなら口説いてええ?」

温かい手が頬をなで、顔が近づいてくる。

「ちょ、待ったっ!!!」
慌ててそれを手で制すると、スペインはきょとんとした顔をした。

「なん?」
「いや、なんでいきなりそうなるんだよっ!」
「やって…気が変わらんうちに自分のモンにしてまいたいなぁって…」
「お前はぁ~!!!!」
ポコポコとグーで胸元を殴るイギリスに、スペインは笑いながらアイタタっと言うと、またぎゅっとイギリスを引き寄せて抱きしめた。

「堪忍な~。でも好きやねんもん。
嫌われてへん。好きやって言えるって嬉しすぎやん。
イングラテラめっちゃ可愛いすぎて我慢できひん。」
スリスリとそのまま頭に頬ずりをする。
その悪びれない様子にそれ以上怒る気もせず、イギリスはため息をついた。

「…どっちにしてもこんな状況でこんな場所でってありえねえ。」
「了解。そんならお城にご案内や。そこでは逃げんといてな?」
スペインはチュッとイギリスの額に口づけを落とすと、にこやかに宣言してまた前を向いてアクセルを踏み出した。

「う゛~……」
唸っては見たものの、恥ずかしいだけで嫌ではない。
鼻歌まじりに車を飛ばすスペインにチラリと視線をやるとにこりと返されて、イギリスはますます恥ずかしくなって下を向く。


ああ…めっちゃかわええなぁ……
そんなイギリスにスペインは目を細めた。


行き先は南米に停めてある個人所有の船の上。
1000年以上の間ずっと取り戻したくて足掻いていた宝物だと判明した以上、もう二度と手放してやる気はない。
幸いにして海の上。
泳げないイギリスは逃げられないだろう。
そこでゆっくり1000年分の愛を育めばいい。

(逃がしてはやれへんけど…めっちゃ大事にはしたるから堪忍な)

さすがにそれを言ったら逃げ出されそうなので心の中でだけそう言って、スペインはまた前を向くと機嫌よくアクセルを踏み込んだ。
 



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