「とりあえず紅茶淹れてくるから座っておけっ!」
と、イタリアをソファにうながして反転、キッチンへと足を踏み出しかけたところで、まくっていたスラックスの裾が落ちてたたらを踏む。
「危ないっ!」
危うく転びかけたところで、グイッと腕を支えられてなんとか踏みとどまると、イタリアは逆に柔らかな動作でイギリスをソファに促した。
このヘタリアに支えられるような日が来るとは思わなかったな…と、失礼な事を思っていると、当人は
「俺が淹れるよ。イギリスは座ってて?」
にこりと微笑む。
「いや…客にそんなことは…」
と、それを断って立ち上がりかけるイギリスを、イタリアはやはりやんわりとした態度でソファに座らせ、その前に膝まづいてイギリスの手を取った。
「今は何も持ってなかったからいいけどさ、万が一お湯を持ってたらやけどしちゃうよ?」
と、イギリスを見上げる薄茶の瞳。
「俺、この綺麗な白い手にやけどなんてさせたくないよ?
イギリスほど上手に淹れられないけど、美味しくなりますようにって気持ちだけはいっぱい込めて淹れるからね。待ってて?」
そう言ってチュッとイギリスの指先に口づけを落としてウィンクすると、立ち上がってキッチンに消えていく。
なんだあれ…なんだあれ…なんだあれぇっ!!!!
残されたイギリスは赤面して硬直した。
ヘタリアが王子様にジョブチェンジしました……。
いやいや、混乱してんな、自分。
あいつもクソヒゲと同じくラテン男だったんだ…いや、ヒゲがない分こっちのほうがロマンティックな雰囲気するよな…いやいや、何考えてる、自分っ。
実は恋愛小説愛読者。
Someday my prince will come(いつか王子様が私を迎えに来る)的な話が大好きなロマンティストなのだ。
そんなことがバレたらそこら中であざ笑われそうで絶対に言えないわけではあるが…
だから、例えその正体がヘタリアとわかっていても、少しばかりドキドキしてしまう自分がいる。
(こんなひどい格好…かぁ……)
ああ、そう言えばこの姿ならフリルもレースもつけ放題だなぁ…と、思う。
いや、そんなもの身につけたいと思っているなんて事が他にバレたらどんな反応をされるかわからないし、絶対に言えないわけなのだが…。
(でも…イタリアが着せたいって言うなら着てやっても…。
友好的な外交関係のためにだな…うん…)
などと、実はこのあと少しくらい買い物につきあってやっても…などと思っている。
「お待たせ♪実は俺お茶菓子にってビスコッティ焼いてきたんだよ♪食べてね?」
にこにことトレイにカップとポット、それにお菓子の皿を乗せて戻ってくるイタリア。
目の前でトポトポと高い位置から綺麗な仕草でカップに紅茶を注ぐ。
その優雅な動作に目の前の男がヘタリアであったことを一時忘れた。
「お姫様、召し上がれ?」
と、これまた可愛らしいと綺麗のちょうど中間くらいの、明るい笑顔で差し出される紅茶は、普段はコーヒー一辺倒のくせにさすがに美食の国、自分で淹れるほどではないにしろ、十分香り高く美味しそうだ。
それを一口飲もうとカップを口に運ぼうとした瞬間…家のアンティークな電話のベルが軽やかな音をたてる。
ああ、全てがなごやかにして優雅だ。
「ちょっと失礼。」
と、断って電話に手をかけたイギリスはしかし、受話器を耳にあてて凍りついた。
電話を取った瞬間感じる不穏な気配…。
『おい愚弟っ!今きさまは自宅だなっ?!今すぐ行くから絶対にその場を動くんじゃねえぞっ!!!』
そう怒鳴って即電話を切る兄、スコットランド。
普段は皮肉屋で冷ややかな言い方はしても感情的に怒鳴りはしない。
これは…なんだかかなり怒っている?
何故?
まさか…ランプの精が妖精さんに頼んで自宅に送還したと言っていたが、それがイギリスのせいになっているのか?!
怒っている兄…それは壮絶なトラウマだった。
怖い…どうしよう……
「イギリス?大丈夫?」
受話器を握ったまま半泣きで硬直しているイギリスに、イタリアが心配そうに声をかけてきた。
「何かあった?俺で良かったら話してみて?」
柔らかい笑みを浮かべて顔を覗きこんでくるイタリア。
今までどんなに怖い時でも一人で、慰めてくれる相手など皆無だった。
女の子になって情緒的にも不安定になっているのだろうか…。
ひどく心細くなっているところに優しくされて、堰を切ったようにポロポロ涙がこぼれ落ちた。
「に、兄さんが…っ…」
ヒックヒックとシャクリを上げ始めるイギリスをからかうこともなく、呆れることもなく、イタリアは優しく
「うん、お兄さんがどうしたの?」
と、うながしてくる。
「怒って……」
そこまで言って本泣きになって言葉が出なくなるイギリスをイタリアはソッと抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だよ。ね、俺と一緒に逃げちゃおう?
俺が君を逃してあげる。大丈夫、俺逃げるのだけは上手いんだから」
そこで逃げるという発想が出てくるのがさすがヘタリア。
しかし、一緒に逃してくれるというその言葉は今のイギリスにはひどく頼り甲斐のある言葉に聞こえた。
「さ、善は急げだよ。行こうっ」
差し出される手。
これまで誰もこんなふうに助けてはくれなかった。
それが一緒に逃げるという形だったとしても、初めて差し出された助けの手…。
その手をしっかり握った瞬間、イギリスの旅は始まったのだった。
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