絡めとる
「アーティー、キスしたって?」
夕日が差し込む部屋。
窓の向こうでは海が赤く染まっている。
イギリスを確実に捕まえるまでは冷静に考えさせてはいけない。
色々考える間もなく心と身体に自分がスペインのものだと言う考えが消すことができないくらい染みこむまでは…。
そう考えてイギリスを捉えた世界会議後すぐにバカンスを取って、イギリスと二人、スペインの海辺の別荘に来た。
食材を思い切り買い込んで、そこにこもり、日がな一日愛しあう。
窓際のベッドの上でイギリスを膝に座らせて、スペインはイギリスを見上げて笑みを浮かべた。
イギリスの肌が赤く染まっているのは何も夕日のせいばかりではない。
手折ってから間がないイギリスは、まだ睦言に慣れないのだ。
羞恥に色を染め、視線を泳がせるのをニコニコと眺めていると、大きな緑の目に見る見る間に涙がたまっていく。
それがポロリと零れ落ちる寸前でスペインはチュッと目尻に唇を寄せて吸い取ると、そのままポロポロ泣き出すイギリスの頬に手を滑らせた。
「堪忍な。恥ずかしがるアーティが可愛えからついつい意地悪言ってもうた。
泣かんといて?親分が悪かったわ。」
そう言って少し眉尻を下げて笑う。
「親分な…そんな恥ずかしがり屋さんのアーティーが可愛いてしゃあないねん。
な、親分からならキスしてもええ?」
否とは言わないのをわかってても、その判断を形ばかり相手に委ねる。
そうして一方的にではなく、イギリスの方も受け入れているという形を作るのだ。
「…勝手にしろよ…ばかぁ…」
まだまだ羞恥が勝って返ってくるのはそんな返事だが、その大きな目は素直になれない態度を拒絶と取られたらどうしよう…と、不安に揺れている。
簡単に口に乗せられる好意よりそれはよほど深い気持ちの気がして、スペインは幸せな気持ちで
「おおきに。」
と、笑みを浮かべて震える小さな口元に唇を寄せた。
こちらから積極的に求めればオズオズと戸惑いがちに応えてくるのが可愛い。
子猫のように拙い舌使いで、一生懸命スペインの真似をしようと舌を絡めてくるが、ちょっと激しく求めてやると、すぐ息が上がって、へにゃりと力が抜けてしまう。
スペイン的にはそんなところがもうどうしてくれようかと思うほど愛おしいのだが、本人はうまく出来ない事に焦って不安げにしているのに、さらに庇護欲と支配欲を思い切り満たされた。
そのまま優しく高めてやると、堪える声とは対照的に必死にすがりついてくる手。
最初の優しさから徐々に激しくなると、新緑色の瞳からはポロポロと春先の雨のような綺麗な透明の雫が絶え間なく溢れては落ち、薔薇色の頬を濡らしていく。
トーニョ…トーニョ…
昂ぶってくるといつも子どものように舌足らずに己の名を呼ぶ声が愛おしい。
同時にそれはこの忘我の時に、イギリスの頭の中を占めているのが自分だけなのだという事の証明でもあり、スペインの底知れぬほどの独占欲が一瞬満たされる瞬間でもある。
「アーティ、好きやで。愛しとるよ。」
まるでイギリスの中をそれだけで埋めるように何度も繰り返してきたその言葉を耳元で甘く囁いてやると、素直になれない唇からは応えは返ってこないものの、まだコントロールの出来ない素直すぎる身体が反応して雄弁に愛を語ってくる。
小さな悲鳴のような嬌声と共に上り詰めて力をなくす身体…。
意識を無くしても何度も愛を与え注ぎ込んで、気づけば夜が明けていた…。
始めた時は夕焼けに染まっていた海が、今は朝焼けに染まっている。
グッタリと何をしても反応のなくなった細い身体を清めてやって、シーツを取り替えたベッドに寝かせてやったあと、スペインはスルリと裸のままベッドから抜け出し、無造作にソファの上に放り出していた上着のポケットから携帯を取り出すと、メールをチェックした。
『きましたよ。』
というタイトルだけのメール。
それだけで全てを理解して、
「やっぱりなぁ」
と、ニヤリと笑い、
『適当に相手したって?』
というやはりタイトルだけのメールを返してそれを再びポケットにねじ込むと、スペインは浴室に向かった。
密談
鼻歌まじりにシャワーの蛇口をひねると、滝のように身体を叩きつけてくる若干ぬるめの湯が気持ちいい。
ひと通り身体を湿らせたあと手に取るシャンプーはバラの香り。
イギリスの香りだ。
スペインが用意した。
自分の香りに染めるのもいいのだが、日常的なモノを大幅に変えるとなるとイギリスもストレスがたまるだろう。
それなら自分の方が同じ香りを纏うことによって、イギリスがその香りを意識するたびそれを常に纏っている自分を思い出すようにしてもいい…そんなささやかな刷り込みの一環だ。
本当はそんな事をしなくてもずっと一緒に暮らせればいいのだが、お互い国という立場だとそうもいかない。
まだ陸地伝いの隣国なら、国境に限りなく近い位置に家を持ってそこに住むということもできるのだが、海を隔てているとなるとそれもできないのでじれったい。
それでも自分が愛したのはそんな島国のイギリスなのだ。
しかたない。
そんな事を思って苦い笑みを浮かべた後に、スペインはイギリスが懇意にしているもう一人の島国の顔を思い浮かべる。
イギリスと同様に童顔なのだが、あちらは幼げな風貌とは裏腹に自分よりも遥か長い時を生きていて、イギリスとは真逆に国情としては不器用なのにプライベートでは強かな印象を受ける、敵に回すと非常に厄介な人物の一人である。
と同時に味方にすればこれほど心強い相手もいない。
なにしろイギリスが無条件で心を許している数少ない相手なのだ。
しかも…自分が秘め続けてきたため、同種の感情を持っている相手には非常に敏感なスペインのアンテナからすると、お互いがお互いに持っているのは深い信頼と親愛の情。
恋情ではないというおまけつきだ。
もちろんスペイン自身はそれほど交流のあった相手ではないし、特別に好かれているわけではないという自覚はある。
なので、もう一人、味方につけておきたい人物を通して巻き込んだ。
長年のスペインの片恋を知っていた数少ない相手…。
そして無邪気で考えなしなようでいて実はそれに素知らぬフリをできる程度の強かさを持つ国…イタリア・ヴェネチアーノ。
家族を何より大切にするイタリアは、自分の唯一の兄、ロマーノを身を削っても大事に守り育ててきたスペインに、家族に準ずる親愛の情を向けてくれている。
あの世界会議でアメリカとフランスを追い返した後、イギリスが寝付いたら相談したい事があるとスペインがメールを送った相手は彼だった。
欧州の狸とアジアの狐
『きましたよ』
と送ったメールに返ってきた返答はやはり短い応え
『適当に相手したって?』
だけだった。
(さて…簡単に言ってくれますが…どうしましょうねぇ…)
自宅で緑茶をすする日本の前にはポコポコ頭から湯気をだしながらコーラをすするお子様。
いわく…
「めちゃくちゃ黒かったんだぞっ!いきなり暴力に走るしさっ!
絶対にあの勢いで脅されてるんだ、あの人はっ!
でないと俺を差し置いて犬猿の仲のスペインを優先するなんてありえないじゃないかっ!」
(ああ…そうまで言うならRECしておいて下されば宜しかったのに…。
私も見たかったです、帝国黒分様降臨の図)
などと内心思いながらも、黙って茶をすする日本。
そんな日本の態度に焦れたのか、アメリカは
「日本っ!ちゃんとひとの話をきいてるのかいっ?!」
と、ドン!とこたつをこぶしで叩く。
(人の話を聞けとあなたにだけは言われたくありませんが……)
と小さくため息をつきながらも、日本は仕方なしに湯のみから顔を離して口を開いた。
「で?私に何をしろと?」
そう聞き返すと、そこまで考えていなかったのか言葉に詰まるアメリカ。
「愚痴を聞くくらいはお聞きしますが…先日の世界会議後の様子を見る限りでは、イギリスさん自身がアメリカさんやフランスさんよりスペインさんを選んでいらっしゃったように見受けられましたが?」
そう、実際3日目の自由時間を一緒にというアメリカの誘いを断ったのはスペインではなくイギリス自身だ。
その事を日本に告げられると、アメリカは一瞬口ごもって…それからモソモソと
「…あの人…絶対に騙されてるんだぞ…」
と、小声でつぶやいた。
まあ…確かにそれまで仲が悪いと思われていた二人だ。
信じられないのはもっともなわけだが、日本はあの日イタリアからスペインの長年秘めてきた想いを聞いて、正直ホッとした。
日本自身はスペインとの交流はそれほどないものの、イギリスのスペインに対する秘めた想いには気づいていたし、しばしば愛情が重いと言われるイギリスの愛情を傾ける相手としては、同じく重すぎる愛情を持つスペインは実に適任に思われたからだ。
愛情に飢えたイギリスにスペインのあの過剰に溢れ出る愛情をドバドバ注ぎ込んでやれば良いと、もう、お互いその気になればリア充爆発しろと言う気も起きないくらい馬鹿ップルになる可能性を秘めた二人を遠目で観察するのを老後の楽しみにと決めたところだ。
そのため、協力をする条件として一応イギリスがちゃんと幸せにしてもらっているかわかるように定期報告をするようにと言う約束をスペインは律儀に守っていて ――まあ実は惚気たいだけかもしれないが―― 世界会議後二人でバカンスを取って海辺の別荘で過ごしているという報告と共に、かわええやろ~と、すやすやと安心しきった様子で眠るイギリスの寝顔を送ってきたりしているので、そちらの方は安心だ。
まあそんな事を言っても目の前のお子様は元々認めたくないものは認めないわけだから無駄なわけだし、その暴走を事前に察知して止めるのが日本の協力者としての役割なのだから、スペインと連絡をとっている事はもちろん言うつもりはない。
なので完全に突き放す事もせず、
「何か有意義な方法を思いつかれたら爺に教えて下さいね」
と、促すに留めると、アメリカはまたブチブチとスペインに対する文句をまくし立てて、とりあえず満足したのか帰って行った。
愛の国
「もう!本当に君は自分から動くということをしない人だなっ!
そういうところが良くないんだぞっ!」
と、理不尽な怒りの言葉を吐きながら帰っていったアメリカを玄関で見送った日本は、目立たぬよう庭木の影に佇むもう一人の関係者の姿を認め、
「あなたもですか…」
と小さくため息をついた。
男はアメリカと違って激高した様子もなく、
「ボンジュール、日本」
と、いつもの飄々とした笑みを浮かべて、手土産のワインとチョコレートの小箱を日本に手渡す。
まあ…手土産を持って訪ねてくるだけマシと言ったところだろうか…。
「お兄さん、ちょっと相談に乗ってもらいたいんだけど…いい?」
と、一応聞いてくるものの、否という返事が返ってこない前提だろうと、日本は苦笑した。
「あなたはダメと言ったらわざわざフランスから飛行機使ってきたのに、黙って帰るんですか?」
と、それでもわざとそう言ってやると、
「優しい日本はそんな酷い事させないでしょう?」
と、女性なら一目でおちてしまうような綺麗な笑みを浮かべる。
「するかもしれませんよ?」
と、それにも意地悪く返しながらも、日本は少し身体をずらして、フランスに道を譲った。
「メルシー。お邪魔するよ」
と、フランスはその意とするところを察して、日本宅へと入っていく。
フランスの、こういう暗黙の了解を卒なくできるところが嫌いではない。
一緒にいれば楽しいし、心地良い…のに、おそらく本当に好きならしいイギリスにのみ、そのコミュ力の高さが発揮されないのが、やはり残念な人間だと日本は目の前で買ってきた食材で見目麗しいツマミを作って差し出すフランスを見てつくづく思う。
まあ…そこに常に社交という文字がちらついてしまうあたりが、イギリスが求めるタイプの愛情とは一線を画す気もするので、もし彼がそういう態度を見せたとしてもイギリス相手だと無駄なのかもしれないが…。
美味しいツマミと共にワインを傾けながらそんな事を考えていると、フランスは苦笑した。
「お兄さん値踏みされてる?」
と、口調は冗談混じりだが、目が切実さを訴えているのがわかる。
「そうですねぇ…」
と、さすがに感情の機微に聡い愛の国相手だと誤魔化せませんか…と、日本も苦笑する。
「日本さ、以前は他に対するくらい素直に優しい態度をとれるなら、坊ちゃんの相手がお兄さんでも良いかな?とか思ってたでしょ。
…でも今はスペイン一択かな?」
鋭すぎて隠すのも無駄な気がする。
「そうですねぇ…」
とまた曖昧にうなづくと、フランスは予測はしていたらしいががっくりは来たらしい。
「なんでかなぁ…」
と肩を落とす。
「私に関して言えば…誰の味方というならイギリスさんの味方ですよ?」
「うん、わかってる。だからショックなんだけど?
なんでお兄さんじゃダメだったのかなぁって…。
誰よりも長く坊ちゃんの近くにいて、坊ちゃんの事は一番よく知ってるつもりだったんだけど…」
「強いて言えば…洗練されすぎて真意が伝わりにくいところ…ですかねぇ…。」
スペインさんはわかりやすいんですよ…と、付け加えると、フランスは、ああ、そうかもねぇ…とまた苦笑した。
「真意伝わりにくいところで信じてもらえるかわかんないんだけどね…」
と、そこでフランスが前置きをするのに、日本が
「伺うだけは伺いますよ?」
と、答えると、
「あ~、なんかそこで信じますって言わないとこがいいね~。
なんか逆に信頼されてる気がする。」
と、フランスは笑う。
人柄も察しも悪くない…日本とて嫌いではない。
(なのに一番には不思議となりにくい方なんですよねぇ…)
としみじみ思う。
そんな事を考えている日本に構わずフランスは続けた。
「お兄さんね、この前はあまりに意外すぎて動揺して取り乱しちゃったわけなんだけどさ…漁夫の利の人に戻ります。
曲がりなりにも愛の国だからね。
無理に自分から動こうとか壊そうとかは思わないよ?
坊ちゃんがスペインの事好きなうちは大人しく見守ります。
もちろん気持ちが薄れたら頂かないかと言うと頂いちゃうわけなんだけどね。」
パチ~ン☆というウィンクと共にそう言うフランスはフランスらしくて、
「あなたらしいですね。」
と、日本は小さく吹き出した。
それと共に浮かんでくる疑問。
それを何故わざわざ日本に言いに?
言葉にせずに目線を送っただけで察したフランスはそこで笑みを消して真剣な表情を浮かべた。
「お兄さんは愛の国です。愛の国が真剣に人を好きになってるの。
好きな相手には幸せでいて欲しいと思ってる。それは信じて?
だから…それが誰との愛でも構わないけど、坊ちゃんの求める愛の障害になるような事が起こったらお兄さんにも教えて?
絶対に坊ちゃんの意にそまない、坊ちゃんを傷つけるような事はしないから。
もし坊ちゃんがスペインを好きで、でも愛を信じきれなくて落ち込むならお兄さんが間に入って取り持ってあげてもいい。
アメリカが邪魔するならお兄さんが盾になってあげてもいい。
その上で…坊ちゃんが海のように深いお兄さんの愛情感じてなびいてくれればとか思わないでもないし、その時は頂いちゃうかもしれないけど、少なくとも坊ちゃんがスペイン好きなうちは壊すような事しないから。」
真意が伝わりにくい…が、確かにそこに真意はあるのだ。
「あなたも…損な方ですねぇ」
空いたフランスのグラスにワインを注いでやりながら、日本は小さく息を吐き出した。
「兄ってそんなもんよ?しかもお兄さんは世界のお兄さんだもん。」
と、今度はフランスは日本のグラスにワインを注ぐ。
「自分のところで泣かれるより、他といても笑ってて欲しいって思っちゃうんだよねぇ…。
ホントに損な性分だねぇ。」
と、つぶやく声は諦めを帯びていて、少し酔い始めたのか、それとも別の理由からか、おどけた口調で口は笑みの形をたもっているものの、青い瞳が少し潤んでいる。
ああ…結局その兄的愛情が一番になれない理由かもしれませんねぇ…
日本はふとそんな事を思ったが、それは全員の平穏のためにソッと自分の胸のうちにだけ秘めておくことにした。
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