捕獲作戦 - 決行_2

捕獲決意


ああ…やっぱり早急に自分が抱え込むべきなのだ…

ようやく呼吸が楽になって力尽きたのか、意識を失うように眠ってしまったイギリスの金糸の髪をなでながら、スペインは決意を新たにした。

大勢の中から緩やかに特別な存在に…などという悠長な事をしていたら手遅れになる。
イギリスのプライベートには自分以外の人間は要らない。排除するべきだ。

スペインの中で情熱のラテンの血が黒い炎となって燃え上がった。




会議後半…いつもならアメリカの荒唐無稽な提案のストッパーになるイギリスが珍しく口を開かなかった。

そろそろじゃないのか?と、自分の隣に座るイタリアの反対側の隣、イタリアとフランスに挟まれているイギリスに視線を向けた瞬間、スペインはぎょっとした。

スペインにしたら何故誰も気づかないのか不思議なくらい、イギリスは体調が悪そうだったのだ。

具体的には…

いつもは緊張感を持って書類をもしくは会議での発言者を見つめる目が、今日は虚ろに虚空を見つめているし、愛用している年代物の万年筆を握る手の爪はいつもなら桜貝のように綺麗なピンク色なのだが、今日は色を失い白っぽくなっている。

いつもならピシっとまっすぐ伸びた背筋も今日はかすかに前方向に傾いていて、肩が少し上がり気味なのは、何か苦痛に耐えているからだと思う。

ようするに、常に目を皿のようにしていないと気づかないポイントが幾つか…という感じなのではあるが、表に出せない、想いを告げられない分、会議の時は毎回頭のてっぺんから足の爪先までイギリスチェックをしているスペインにとっては、気づいて当たり前、気づかないのが不思議なくらいイギリスは普段と違っていたのである。

これは早く休ませてやらねばならない…確固たる思いでそう決意したスペインが他にそうと気取られないように会議を即終わらせたい旨を告げた相手イタリアは、体調が悪そうだと言われてなお、どのあたりでそう思うのかがわからないようで、首をかしげていた。

それでもイタリアの良いところは、理由を理解しないでも頼んだ事を実行してくれるところである。

実に素晴らしい手腕で(?)イタリアが会議を早めに閉会させた後、普段ならたいていゆっくりと書類を確認したりしたあとに帰り支度を始めるイギリスが、今日に限って即荷物をまとめ始めている。

やはり体調が悪くて早急に休みたいのだ。
そう理解したスペインはイタリアにイギリスの荷物を片付けてあとで届けてくれるように頼んで、身一つのイギリスを部屋に連れて帰った。

そして今回は同室になりそこねたうるさい元兄フランスや元弟アメリカが押しかけてこないようにと即部屋に鍵をかけ、大急ぎで布団を敷いてやろうと奥の部屋へと駆け込んだが、手遅れだったようだ。

奥の間に布団を敷いたスペインが何時までも上がってこないイギリスを不審に思って玄関に戻ると、イギリスはその場に倒れていた。

明らかに呼吸困難を起こしていて顔は血の気が引いて真っ青だ。
とにかくもう一刻の猶予もならない状態に思えて医者を呼ぶからと一応声をかけたら、今にも絶えそうなか細い息の下から大丈夫だから呼ぶなと言われる。

本当は全然大丈夫じゃなさそうなのだが、国はそれぞれ国家機密を抱えている。
イギリスのこの状態を医者に見せることによって何かが触れてはいけない機密にふれないとは限らない。
それによってイギリスという国に何かがあったら大事だ。

スペインは医者を呼ぶのを諦めてイギリスを抱き上げると、スーツを脱がせて下着の上から備え付けの浴衣を適当に着させて布団に寝かせた。

医者を呼ぶなといった直後に意識を失ったイギリスは、そんなことをしていても一向に意識を取り戻すことはなく、ひどく苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。

「イギリス…イギリスっ、大丈夫か?やっぱり医者呼ぼうか?」
と、何度となく声をかけてはみたものの、当たり前だが返事はなかった。

呼吸ができない…というのはどう考えても大丈夫な状態ではない。

時が満ちるまで…と呑気に構えていたが、もしかして自分はとんでもない間違いをしでかしてしまったのではないだろうか…。

介入しなかった事によって、イギリスがこんなになるまで結果的に放置してしまっていた。
それによってすでに手遅れな状態になっていたとしたら……

スペインは頭をかきむしった。
誰かに取られるかも…と心配した事は多々あったが、その誰かが神様になるという事を考えた事はなかった。

この世に存在する誰かだとしたら、相手を殺してでも奪い取るつもりでいたが、二度と手の届かないところに行ってしまうことに関しては全く想定外である。

1000年もかけてスペインの細胞の一欠片にまで染み渡った狂気のような恋情は、今まさに目の前でひどく衰弱しつつあるように見えるイギリスを前に、全身に引き裂かれるようなひどい苦痛を駆け巡らせた。



それは時間にして30分前後の短い時間のはずだ。

それでもイギリスが意識を取り戻すまでの気が狂いそうな不安と苦痛に満ちた時間は永遠に続くのではと思うくらい長かった。

うっすらとその青白い瞼が開いて綺麗な新緑色の瞳が覗いた時は、安堵のあまり倒れるかと思った。

発作はもうだいぶ落ち着いてはいたもののイギリスはひどく弱々しい様子で、
「…迷惑をかけた…。すまない。」
と、消え入りそうな声で言う。

なんとなく…不安げにも悲しげにも見える子どものように大きな瞳。
医者を呼ぶことを提案しても、頑なに首を横にふる。

1000年近くもの間、時たまこういう発作に襲われてきたが、放置していれば治るので大丈夫なのだ…と、本人はおそらく自分を安心させようと思っていっているのだろうが、その言葉に不安と悔恨がこみ上げる。

今まで大丈夫だったから…とイギリスは言うが、逆に今までのをずっと放置していた事によって悪化して限界が近づいている可能性もある。

少なくとも…あの苦しみ方を見ていると、全く問題なく大丈夫なようには見えなかった。

こうして顔には笑みを浮かべて大丈夫だと言う間も、片手が恐らく苦しいのか痛いのかもしくは両方か…らしい胸元で震えている。

苦痛に硬直している身体…痛みに浮かぶ脂汗…そんな状態で大丈夫だと言って、誰が信用すると思っているのだろうか。

せめてこの瞬間の苦痛を少しでも和らげてやりたくて、普段は発作が起こった時にどうしているのか、薬でもないのかを聞いても、放置で大丈夫だという返答しか返って来ないことに苛立った。

仕方ない。非常に不本意だが、こういう時にフランスはどうやっているのか - まさか目の前でこんな状態で放置はありえないだろう - と思ってやはり苛立ちながら聞くと、その苛立ちを、面倒な事に巻き込まれた苛立ちとでも勘違いしたのだろう。
イギリスの大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。

ああ…あかん……

愛されていない、自分はどうなってもいいような存在…皆がよってたかって傷つける事によってそう思い込ませてしまったことが、この自分の苦痛や体調に無頓着な態度を作り上げてしまったというのに…

「泣かんといて。ホンマ堪忍な。
単にな…こういう時フランスやったらどうしてやっとるんかなって知りたかってん。」
と、指先でこぼれ続ける涙をぬぐってやり、額に軽く口付けると、できる限り優しくわらってみせる。

今の時点で悪意を向けられていない…そんな当たり前の事に安心したのだろう。
イギリスはぽつりぽつりと発作が起きた時はいつも一人だったからフランスは知らないと説明した。

その答えはスペインを苛立たせ…しかし同時に喜ばせた。

フランスは一時幼いイギリスを占領し、自国に連れて帰って一緒に暮らしていた時期もあるし、非常に長い時間を共にしているのに、イギリスがこんなひどい状態の発作を起こしている事に本当に気づかなかったのか…。

そんな苛立ちと共に、この事を知っているのは世界広しと言えど自分たった一人なのだという歓喜。

時間だけ長く一緒に居たものの、フランスは案外イギリスの事を深く知らないのではないだろうか…

しばしばイギリスとフランスの距離感の近さにひどく嫉妬に苛まれたのだが、プライベートの深い部分に関わってないのかも…と思うと、ホッとした。

イギリスの深い部分に関わるのは、もしかして自分が最初になるのかもしれない。

いや…そうしなければならない。
自分以上にイギリスを深く知る人間は存在してはならないのだ…。

それはまるで狂気のような独占欲と執着。
ほかは知らなくていいのだ…自分だけ知っていればそれで……

イギリスはようやく発作の苦痛がなくなってきたのかうつらうつらしている。

「これからはしんどなったら親分に言うんやで?約束や。ええな?」
その半分眠りかけている耳に、スペインは刷り込むようにそう囁いた。





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