フェイク!8章_1

大英帝国の忠実な長女


「お呼び立てして申し訳ありません。」

イギリスのさるホテルのティールーム。
スペインが約束の時間の5分前にたどり着くと、いつものほわほわした雰囲気とは違い、物腰の柔らかさはそのままに、しかしどこか英国紳士を思わせる凛とした雰囲気をまとった青年が、ニコリと笑みを浮かべて立ち上がった。

正直…ここが1番難関だ…とスペインは内心ひどく緊張する。

【大英帝国の忠実な長女】の別名を持つ、双子の兄弟が独立戦争をしかけた時も、その後のどんな厳しい戦いの時も、まるで影のようにイギリスの側にいて支え続けた献身的な弟、カナダ。

イギリス自身も一目置く、そして見かけによらず意外に頑固なしっかり者のこの青年の賛同を得られなければ、イギリスと本当の夫婦になることは不可能に近い。

アメリカのように感情的に反対してこない代わりに、ごまかすことも出来ない。

きちんと理を尽くして説得できなければ納得してもらえない相手だが、スペインはそのあたりの論理立てた説明というのを苦手としていた。

「いや、遅れてすまんなぁ」
と、スペインも内心の動揺を押し隠して笑いかけると、カナダは
「いえ、お約束した時間よりはまだ間がありますし。僕が早く付きすぎたんです。
なにしろ……」
そこで眼鏡の奥がキラリと光った気がした。

「大切なアーサーさんの事ですからね」
と、少しの間を置いて言うと、カナダはスペインに座を勧めて自分も腰をかけた。

(うあ~、目が笑っとらんやん…)

じわりと掌に汗をかく。

「やっぱり反対なん?」
もうこのジワジワ感に耐えられず、座ってミルクティを注文するやいなや、スペインは聞いた。

真っ向から異を唱えるタイプではない…そう見越しての発言だったわけだが、甘かったらしい。

「そうですね。」
と実ににこやかに…しかし直球で答えられる。

スペインは焦った。
自分は何かポカをしたのだろうか?
イギリスとの仲は夜の夫婦生活がないだけで至極良好なはずだ。
浮気…と疑われるような事も絶対にない。

というか、仕事以外ではほぼイギリスにはりついているし、家族としてはずっと一緒に居たいという意味合いの事を言われるくらいには、イギリスに信頼もされてきているはずだ。

何故?と、思わず目の前の青年に目を向けると、その意を正確に読み取ったらしいカナダは、スっと茶封筒をテーブルに置き、スペインの方へと差し出した。

「…?」
とりあえずそれを手に取り開けてみるスペイン。

「…身上調査書??」

ええ??!!ここまでやるん?!!
…とは思うものの、イギリスと暮らし始めてから知られて困るような事はやってないはず…と中の書類を出すスペインにカナダはニッコリ

「一般人の女性に結婚を迫られている…そういう事実はありませんよね?」


うあああぁぁあ~~!!!それがあったやんっ!!!!
結婚生活以前の問題で、始まりがそれだった事をすっかり忘れとったわっ!!
スペインは頭を抱えた。

「アーサーは…自分に事情全部話しとるん?」
恐る恐る目を向けると、カナダは、当然でしょう?と頷いた。

「あなたが一般女性からの求婚を断りたいからと結婚を持ちかけてきたことも、アルから求婚をされて困ってあなたとの偽装結婚に及んだ事も全て伺ってます。」

「あ~…アルフレッドは失敗したんやなぁ…」
窮地なのだが、無意識の現実逃避なのだろうか…スペインはついついまず頭に浮かんだ事を口にした。

「どういう意味です?」

予想外の反応だったのだろう。
カナダは一瞬険しい空気を消してきょとんと首をかしげた。
こうしてみると、やはり若い国だなと古参としては感じる。

「いや…な、俺はロマにも言うてへんねん。
もしこれがプーちゃんやったとしても、ルートには言わんと思うんやわ。」

「それで?」

「つまりな、俺らにとってはいくら大きゅうなっても育てた子は可愛い子どものままやねん。
それが嫌でアルフレッドは独立して、その後モダモダ嫌味言うたりしてたんやろうけど、未だアーサーの認識は弟であり、子どものままやん?
なのにそれやらへんでアーサーの側で弟であり続けた自分の事はアーサーは大人になったと見て、色々話しとるんやなぁ…って思うてな。」

「はぁ…そう言われればそうかもしれませんね…」
予想外の事が起きると目の前の事に気を取られて本分を忘れてしまいがちになるのは、イギリス譲りらしい。

「確かにそう考えると逆説的で面白いですよね。」
と、クスリとこぼす笑みは険がない。

そこで紅茶が運ばれてきて、先に我に返ったのはスペインの方だった。
このままだとカナディアンタイムに入ってしまいそうなカナダに、改めて向き合った。

「あ~、関係ない事言うて堪忍な?めっちゃ意外やったから。本題戻ろか」
苦笑して頭をかくスペインに、カナダもはっとしたらしいが、
「いえ、なかなか興味深いお話でした。」
と、答える声からは若干棘が抜けている。

「あんな~、俺もアーサーの大人の身内として話してええ?」
運ばれて来たミルクティにポチャンポチャンといくつも砂糖を入れてかき回しつつ、スペインが言うと、
「ええ、もちろんそのつもりで来ましたし」
と、カナダはうなづいた。

「何が目的なんですか?正直に言うも言わないもアントーニョさんの自由ですが、嘘だとわかった時点で僕も僕で様々な手を打たせて頂く事になりますが?」

再び少し厳しくなる口調。
まあ仕方ないだろう。
仲が悪いと思われていた相手から嘘の理由で偽装結婚を持ちかけられたのだ。
何の悪巧みだと疑われるのが普通だ。

「あんな、俺実はフェイクやないのがええねん。」
「は?」
「要は…ホンマは偽装やなくて、ちゃんと結婚したいねん。」
「はぁ……?」

予想の斜め上の言葉だったのだろう。
カナダはぽか~んと口を開けて呆ける。

「もう誰も信じてくれへんけどな~、これでもアーサーがチビでフランのとこおった頃からの片思いなんや。
そのあと上司が仲良うしとった頃についでに結婚できひんかな~思うとったんやけど、上司がやらかしてもうて破綻や。
それからアーサーには避けられてもうて、ようやっと最近普通に話してもらえるようになったんやけどな。
それじゃ満足できひんかってん。
卑怯な手を使った言われたらもう弁解のしようはないんやけどな、フランの家に遊びに行っとったら、アルフレッドがアーサーに告白するからええ場所教えぇってフランに言うとるの聞こえて、これはチャンスやと思うた。
アーサーはアルフレッドの求婚を受けへんやろし、その言い訳を理由にすればのってくれるんやないやろかって思うて、言うてみてん。
嘘やろうとなんやろうとアーサーと一緒になりたかったんや。
行動からしたらややこしい事しとるけど、理由はホンマにそれだけやねん」

そう…本当にそれだけだ。全部晒した。
だからここをまず信じてもらえなかったら、もう打つ手はない。

「アーサーから聞いたかもしれへんけど、最初100年て区切りを作ったんや。
アーサーは100年経てば終了って思っとったかもしれへんけど、俺はその100年の間にホンマモンになれるよう口説くつもりやってん。
でも最近アーサーが家族として100年超えても一緒にいてやってもええ言うてくれて…まあ今んとこ家族としてなんやけどな。
それでも無期限になったんやったら、いつかは家族から伴侶になれるんちゃうかなぁ…て思い始めとったとこなんやけど……。」

ただ一緒にいたかっただけなのだ…。

「何百年もずっと待っとったんやから今更無理強いとかもする気あらへんし、アーサーが嫌や言うなら家族のままでもええねんけどな…でも伴侶って唯一の相手やん?
家族は気持ちがつながっとってもいつか出ていってまうかもしれへんけど、伴侶やったらず~っと一緒におってくれるんやないかなぁ~って思うんや。」

当たり前に居た相手がいつか急に出ていっていなくなる…。
そこに住んでいた気配が残る家の誰も使う事のなくなった部屋で泣きながらすごす気持ちなんて、この若者達には理解してもらえないだろう。

「正反対のようでいて、お二人は意外に似ているのかもしれませんね……」

自分で話しているうちになんだかどんどん落ち込んできたスペインにカナダは小さく息を吐き出した。

「…俺の言っとる事、信じてくれるん?」

少し顔をあげるスペインにカナダはニコリと笑う。

「本田さんの家の漢字では…言うというのは神に誓いを立てる言葉と言うのが元になっているそうですよ。
アントーニョさんは…ご自身が言っている事にそこまでの責任が持てますか?」

「もちろんやっ!神様に誓うてもええで。俺の目的はホンマにアーティーの伴侶になる事だけやねん。」

「いいでしょう。信じますよ。
…ただし…もしアーサーさんに何か危害を加えたり、自分の事で利用するような事をしたりした場合は…僕だけじゃない。
世界各国に散らばる英連邦全員プラス、アルフレッドを敵に回す事になると思って下さい。」

ああ…カナダが影が薄いなんていったのは誰だ?
今かの超大国よりよほど恐ろしくも頼もしい存在に見える。

「アルフレッドより、よっぽどアーサーのナイトやんなぁ…。
忠実な長女っていうより、忠実な騎士やわ…。」

味方につければ頼もしく、敵にすれば恐ろしい…。
めったに他人に対して期待もしなければ畏怖もしないスペインだが、カナダに対しては素直にそう思った。

それは光栄です、と、嬉しそうに言う頃にはすでにほわ~んとしたいつものカナダに戻っていたが…なかなかどうして、その豹変ぶりには油断はできないと思う。

自分も他に言わせるとこんなに画策している割に裏表がない真正直な人間だと信じられているが、上には上がいるものだ。

「なあ…」
スペインは意を決して口を開いた。

「はい?」
さきほどの冷ややかさはどこへやら、いつものぽわぽわした表情で首を傾げるカナダの様子は子どものように愛らしい。

それでも…大人の身内として扱うと決めたのだ。

「あのな…相談にのってほしいんやけど…俺な、全部アーサーに打ち明けて、ちゃんとプロポーズしようと思っとるんや…」


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