エリザの部屋
「こんばんは~。エリザ・ヘーデルヴァーリです。
今日のエリザの部屋のゲストは…今話題の映画『狼が涙を零す時』の主演アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドさんです」
可愛い可愛いアーサーとの初共演となった映画『狼が涙を零す時』の上演からすでに1週間。
興行成績は非常に順調で、アントーニョは1人で、またはアーサーを含めた共演者や監督などと一緒にインタビューを受けたりする忙しい日々を迎えていた。
今日の仕事はそんな中の一つ。
同じ事務所に所属する悪友達と同じく、子役時代からの付き合いの幼馴染エリザ・ヘーデルヴァーリの番組へのゲスト出演だ。
みんなの姐さんとして男性よりもむしろ女性ファンの多いエリザは女優業だけではなくMCとしても定評があり、この、『エリザの部屋』は毎週ゲストを迎えて色々な話をするという、非常に人気の高い番組である。
ようは、色々と言われる前に身内でフォローのきくあたりの中で先制してしまえと、同じ事務所のよしみでアントーニョはそのゲストとして招かれる事になったのだ。
紹介されて出てくると、
「ゲストだから本名に“さん”付けまでしてみたけど、なんか気持ち悪いわ。
もうトーニョだし、“さん”とか敬語とか良いわよね。
一応ゲストだからフライパンは勘弁しておいてあげるから」
というエリザの言葉に会場から爆笑いが起こる。
「俺もそれ気持ち悪いわ~。
敬語やめといて」
と、アントーニョが了承した時点で、いつもとは少し違った砕けた雰囲気で番組が進んでいった。
「トーニョと言えば今話題の映画よね。興行成績順調みたいで、社長が上機嫌だったわよ」
「せやな~。今回は初めての役で役作りも気合いいれとったしな。」
「ああ、それっ!腐女子としてはここは聞いておかないとっ!
今回ゲイの役を演じるために相手役の子と同棲したってきいたけど?
どんな感じだったの?」
もう思い切り腐女子をカミングアウトしているエリザはそう言って身を乗り出して聞く。
今回の映画を見に行った世の中の腐女子達もアントーニョのファン達もそこは気になるところで、女性陣はこのエリザの果敢な突っ込みに画面の前で『よくぞ聞いた!』と拍手喝采していることだろう。
それに対してアントーニョはあっけらかんと話し始めた。
「せやで~。そのために新しくマンション借りたんや。
最初はゲイの役言われてどないかな~と思うとったんやけど、全然平気やったわ。
どんな感じか言われてもな~。
一緒に暮らしてからな、朝な、飯作って起こしたる。
で、飯食わしたら服選んだって、髪整えたって、仕事行って…。
夕飯も作ったるし、風呂も一緒に入って頭洗ったるんやけど、その時子どもみたいに目ぇぎゅぅ~って思い切り瞑ってるのがめっちゃ可愛えんやで?
で、風呂あがったら飲み物飲ませたって、その間に髪乾かしてやって、寝る」
「なんか…恋人っていうより子育て中のシングルファーザーみたいね。
寝るのは一緒に?」
「寝るのは別な。寝室それぞれにあるから。
相手役の子まだ新人で実年齢より色々子どもっぽくてめちゃ可愛えんや。
元々7歳も下やしな。7歳って大きいで~。親分が小学生の時にようやくオギャーって産まれたくらいの年の差やし。
しかも映画見てくれた人はわかると思うけど、実年齢より幼いっていうか、見た目せいぜいハイティーンにしか見えへんし。
もう何しても可愛えし、和むし、でも目ぇ離してると心配で心配で心配で…一緒に暮らしてからは1人で出かけさせた事ないんやけど、何かではぐれたら心配やから迷子札つけさせときたいんやけど…。」
と、そのアントーニョのキャラにぴったりの過保護っぷりに会場が笑いに包まれた。
「まあ確かに可愛い子よね。
あたしでも弟にしたい感じ。
でもそれだけ過保護にしてて、撮影後どうしてるの?
もう別に暮らしてるんでしょ?」
「あかんで。エリザかてあの子にちょっかいかけたら親分本気で怒るで?
ああ、ほんまはな、撮影終わったら借りてるマンション出て自分の家戻ろう思うとったんやけど、あかんわ~。
あの子心配で心配で心配で離れられへん。
もうな、家族になってもうた感じでしゃあないわ。
親分がどうしても心配で気になり過ぎて離れられへんからあの子とは今でも一緒に暮らしてるんや。」
「本当にっ?!今でも?!」
「せやで~」
「じゃ、今マンションでこの番組見てたり?」
「なわけないやん」
「あ、そうか。相手も役者だもんね。仕事…」
「ちゃうわっ。1人でマンション残しておくの心配やん。
ちゃんと連れて来てんで」
ええ~~??!!!
と会場から声があがる。
「え?もしかして会場来てる?」
「来てんで。呼ぶ?」
「うんっ!!」
「アーティ、おいでや~」
と手招きをされて、そのアントーニョの視線をカメラが追うと、困ったようにキョロキョロと周りを見回す、変装用に大きすぎる黒縁眼鏡をかけた青年。
その眼鏡のせいで、童顔が余計に幼く見えた。
「わ~。かっわいい~。いらっしゃい」
と両手を広げて呼ぶエリザに、観念したのか歓声を受けながらおずおずと客席から少年…に見える青年が前へと出て来る。
そこで
「初めまして。ようこそエリザの部屋へ」
と、迎え入れようとするエリザに、それを遮るようにバッと立ってアーサーを抱え込んでずるずると自分の席まで連れて行くアントーニョ。
「これ、うちの子やからあかんよ。
1人寂しくなったら他探し。
ギルちゃんあたりなら1人楽しすぎる生活しとるからおススメやで」
撮影中にそうであったように後ろから抱え込まれてワタワタしているアーサーに、観客席から
――アーサー、可愛い~!
の声が飛ぶ。
映画の中の役柄も、これまでのインタビューでもそんな感じのキャラ回りで、アーサーも一部の熱心なアントーニョのファンにはすでにおなじみになりかけている。
女性の敵は女性…と言うか、とりあえずアーサーといる時はアントーニョが他の女性と居たりすることがないため、意外に好意的な目で受け止められているのが現状だ。
こうしてこの番組でさらに多数になんとなくアントーニョの家の子…という認識を持たれたアーサーは、アントーニョの強い希望で力の強いアントーニョの事務所に引きずられるような形で仕事を制限される事にはなったが、代わりにバラエティやドラマなど、アントーニョが出演する番組に時折りセットで呼ばれるようになった。
――おはよう、親分の可愛えお宝ちゃん
ドラマ撮影が終わると、毎朝降ってくるキスは唇から鼻先へと戻った。
寝室も相変わらず別なまま。
では距離があるかと言えば、栄養のある食事をしっかり取らなければ心配して自ら匙を持ってアーサーが全部食べるまで口元に運ぶし、服は寒くないよう暑過ぎないようしっかり管理。
階段などあろうものなら
――転ばんようにな。気をつけ?
と、絶対に手を取って降りる。
コンビニ?もちろん一緒に付いて行くに決まっている。
今時ほんとうの子ども相手ですらここまでやる親は早々いない…と思うくらいの過保護っぷりに悪友達も苦笑い。
それでも本人は幸せそうに世話を焼いている日々。
ドラマで始まり終わるはずだった恋は、どうやらドラマの終わりと共に愛へと移り変わったようである。
――アーティ?そうやねぇ。子どもでペットで恋人で家族で…愛しい身内をあらわすモノの全てやで?
誰に聞かれても当たり前にそう返すアントーニョに、もはや誰しもがそれが当然で自然な事だと思うようになった。
そして今日も二人は仲良く暮らしているのである。
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