ドラマで始まり終わるはずだった恋の話_1

始まり


「はあ?ゲイ役?」

それはアントーニョもよく知る監督の映画の出演依頼だった。
もちろん主演。
ただ、その役柄と言うのはゲイで、普通ならヒロインにあたる相手役もゲイなので当然男だ。
しかもキスシーンどころかベッドシーンまである。

「どうする?」
と聞くのは長年一緒にやってきているマネージャー。

最近ヒット作をいくつも飛ばしている監督の作品ではあるが、アントーニョもそれに負けずとも劣らない人気俳優だ。
別に断っても仕事はいくらでもある。

しかしながら
「ん~、やるよ?」
と、アントーニョはまだ最後まで目を通していない台本から目を離さずに答えた。
話だけ聞くと一見キワモノに思えるが、台本自体は面白い。

子役時代からその整った容姿と卓越したコミュ力、演技力、そして運動神経の良さなどで、様々な役柄をこなし、ずっと人気俳優の名を欲しいままにしてきたアントーニョではあるが、まだゲイの役はやったことがない。
監督、台本共に悪くはなさそうではあるし、演じる役の幅を増やすと言う意味では良い機会だと思う。
やらない理由はない。

「とりあえずな、なるべく早く相手役の子ぉと会わせたってって監督に言うといて?
ある程度呼吸合わせなならんから」
と、マネージャーに指示し、アントーニョはその後また台本に没頭した。

そう、芝居は1人でするものもないとは言わないが、今回の場合は1人では出来ない。
大抵の役ならキャリアも長い事だし入り込める自信はあるが、アントーニョも経験のない同性を愛する男の役だ。
どういうところに惹かれて、どういう行動を取るのか…それはやってみなければイメージがわかないが、名俳優と言われている手前、中途半端な演技をする事はアントーニョのプライドが許さない

普段はアバウトに過ごしているが、こと仕事になるとアントーニョはストイックで完璧主義者だ。
今回だってアントーニョは本来は異性愛者なのだが相手役を本当に愛しているようにしか見えないくらいまで持って行くつもりだ。
そのためには相手の愛せる部分を見つけなければならない。

こうしてオファーを受けた翌日早々に、相手役の青年との顔合わせの予定が組まれた。

アーサー・カークランド、23歳。
小さな写真と略歴だけではなんとも言えないが、悪くはないと思う。

少なくとも子役時代から一緒の、実際男色の気もある悪友の一人のようにやる気や色気を前面に出すようなタイプだと、こちらもなんとなく身の危険を感じて引きそうになる気がする。
そういう意味ではどこか堅苦しい感じのこの青年は安心する。

こうしておそらく1年ほど、かなりの時間を拘束される事になるアントーニョの仕事が決まったのである。





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