悲しい予感
それを意識し始めたのはクリスマスの頃だろうか…
その日は撮影も午前中で終わりで、アントーニョは前日から下ごしらえをしておいた材料で、まるでレストランで出て来るようなご馳走を作ってくれた。
そんな風に自分のためだけにご馳走が用意されたクリスマス。
それはアーサーにとって泣きたいほど愛おしいものだった。
二人でシャンパンをあけて、時折りふざけてキスをしたりして、じゃれあいながらご馳走を平らげた。
そんな楽しい気分が一気に消えたのは、アントーニョが漏らした一言。
――来年の桜が咲く頃には撮影も無事終わっとるね
その言葉が示す意味が強烈すぎて、どういう流れでその言葉が出たのかは覚えていない。
目の奥が熱くなって、鼻がツンとして…そんな状態をごまかすためにアーサーはグラスに顔をうずめて、ただ、そうだな、と、答えた。
映画の役作りのために始まった関係だ。
当たり前だが映画の撮影が終わったらもうこうしている意味はない。
そんな当たり前のことなのに、アーサーは何故かその瞬間までそれを失念していた。
仕事のためのかりそめの関係…そう意識するには、アントーニョは優しすぎたし、アーサーに対する態度は甘すぎた。
それはまるで本当に恋をしているもののそれのようだったのだ。
全身に冷水を浴びせかけられたような気分で、上等のシャンパンと美味しい料理、それに温かい相手とすごすクリスマスに酔い、はしゃいでいた気持ちが一気にさめた。
もちろんそんな事をアントーニョに悟られるわけにはいかない。
人づきあいが下手でしばしば空気が読めないアーサーにだって、そのくらいはわかる。
だからアーサーは酔いすぎた…と、眠気を理由に自室に戻った。
この時ほどアントーニョと寝室が別だった事を感謝した事はない。
その夜は突きつけられた残酷な現実にアーサーは布団の中で声を押し殺して泣いた。
それからは毎日が不安だった。
今の幸せな生活がいつか泡のように消えてしまうものだとしても、その瞬間まで気づかずにいられたら良かったのに…と、思う。
もちろん撮影には手を抜くわけにはいかない。
皮肉なことだが、アントーニョと自分を結ぶものは実はそれしか存在していなかったのだから…。
当たり前と言えば当たり前だが、その後もアントーニョは優しかった。
態度は全く変わる事無く、二人で年末を過ごし、正月を迎えた。
アーサーもその間ずっと、その不安を口にする事無く、態度にも出さないように努めた。
撮影も順調にこなしていく。
悲しみも不安も、元々誰かがどうにかしてくれることなどアーサーの人生の中ではなかったから、隠す事ばかりが上手になっていく。
それでも眠れない時には秘かに睡眠導入剤の世話にもなった。
撮影が順調に進むほど、不安は深々と心の中に降り積もっていったのだった。
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