目の前で大きな瞳を揺らして泣きそうになっているイギリスを見て、プロイセンは内心そう思う。
バカとか口にしてしまってから後悔するのだろう。
まるで親とはぐれて迷子になった子どものように途方にくれて泣きそうな顔をしているのに、イギリス本人は気づいているのだろうか…
本当に年上とは思えない。
まあ年上といってもプロイセン自身が口にしたように1000年単位で生きていると、もう数十年、数百年単位の年の差なんてたいして意味はないのではあるが…
そもそもがプロイセンはもともとひたすらに弟を守り育て上げる事だけに没頭し続けた兄である。
実に兄気質なのだ。
まあドイツの場合、立派な国として育てなければならなかったから、守りつつもかなり厳しく接してきた自覚はあるが、それがごくごくプライベートな対象で常に自分がフォローーしてやる事ができる相手ということなら、存分に甘やかしてやるのもやぶさかではない。
国という観点からすると全てを失ったプロイセンではあるが、そのかわりプライベートという意味では完全な自由を手に入れたのだ。
自分の裁量でいくらでも手をかけてやれるし、甘やかしてやれる。
むしろ久々に一から守る相手が出来て、気分は上々、絶好調だ。
10年間温め続けた計画は、昨夜イギリスに交際のOKをもらったことで本格的に始動した。
守ると決めたら完全に完璧にきっちりと、というのは当然で、翌日のプロイセンは身支度を早めに済ませて、その足で会議に参加する各国が宿泊しているホテルへ。
絶対に敵は朝から絡んでくるだろうから、イギリスが部屋を出た瞬間に護衛を要する、そう判断したからだ。
こうしてイギリスが起きて少したったであろう頃に連絡をいれて合流。
そして実は今回のこのホテルは朝食重視のイギリスのためにピックアップした朝食の美味しいホテルなので、連れ立って朝食バイキングへ。
早めなので眺めの良い二人席も取れて、ここまでは順調。
もちろん先にイギリスに料理を取りに行かせる。
そして…目に見えて嬉しそうに戻ってきたイギリスが手にしたプレートを見て吹き出しそうになった。
その細い体のどこに入るのかと思うような山盛りの料理。
普段のように皮肉もなく、多少の照れ隠しはあるものの、そういう時は照れているとわかるくらい顔が赤くなっている。
つまりまあ、態度にもトゲがなく素直で穏やかで可愛らしい。
もともとの性格は本当はそうなのだろう。
こちらがイギリスが嫌がるような事を言わなければ、イギリスの方だって別段嫌な態度をとったりするわけではないのだ。
ちゃんと好意を伝わる形であらわせば、こんな可愛らしい反応が返ってくる。
そんなこともわからず無駄に傷つけて無駄にツン全開で返されてそれに腹を立ててまた無駄に傷つけるを繰り返しているフランスやアメリカはバカだと思う。
まあそのおかげで自分はこうして楽しく過ごす相手を手に入れられたのだが…。
美味しい朝食を前にご機嫌なイギリスとの和やかな時間。
途中、いつものようにイギリスの姿を見かけてすごい勢いで寄ってきたフランスとアメリカを蹴散らして、楽しく食事を続けつつ、イギリスを会議場に送る車の中、おそらく勃発するのであろう会議後の戦闘に向けて種をまいておくことにした。
「なあ、イギリス、提案があるんだけど…」
会議場へと走らせる車の中、イギリスはホテルでのプライベートの顔からだんだん仕事用の顔に切り替わっていく。
一番変わるのは目だ。
脳内で今日の会議で発表する案件でも思い返しているのだろうか…
プライベートでは良くも悪くも感情で揺れる大きな目が、仕事になると揺れること無く強い光を放つようになるのだ。
それを引き戻すのも悪いなぁと思いつつ、他の2国もいるレストランでは話せなかったので、二人きりの車の中でプロイセンは口を開いた。
提案…それが仕事なのかプライベートなのかわからなくて、イギリスの緊張が半分崩れる。
目は口ほどにものを言うと言う言葉があるが、イギリスは本当にその通りだな、と、プロイセンは
「ああ、プライベートな。
さっきはフランス達がいて話出せなかったから今で悪いな」
と、小さく笑った。
とたんに完全に崩れる緊張。
どこかはにかんだような顔で
「なんだ?」
というのが可愛い。
プロイセン自身もオンオフをきっちりつけるのが好きだし、なによりイギリスはオフに切り替えた途端に表情が柔らかくなって本当に可愛くなるのがプロイセン的には気に入っている。
そんな少し高揚した気分でプロイセンは前々から考えていた事を一つ口にすることにした。
「プライベートでは国名じゃなくて名前…それも愛称で呼びあわね?」
「…愛称?」
「そそ。元々アーサー・カークランドって人名があるのは知ってるし、国ってバレたらまずいところでは皆それで呼んでるわけなんだけどな、そうじゃなくて、お互いしか呼ばない愛称で呼び合ってたら、特別感でねえ?
俺様はイギリスの事、ドイツ風の愛称でアルトって呼ぶからさ。
イギリスも仕事関係の話以外の時はギルって呼んでくれよ」
それは他に対する牽制の意味での提案だったのだが、何故か真っ赤になってうつむくイギリス…につられて赤くなるプロイセン。
…なんで赤くなるんだよ。俺様なんかそんなに恥ずかしい事言ったか??
と思っていると、隣で
「な…なんかちょっと照れるな。
………
………ギ…ギル?
…で、いいのか?」
丁度信号で停まった時だったのが悪かった。
なまじ隣に視線をやれる状況だったので、ちらりと横を見ると、そう恥ずかしそうに頬を赤く染めて言うイギリスが可愛すぎて動揺した。
…これ、絶対に成人済み男性なんて嘘だよな…どんだけ可愛いんだよ、ちきしょう!!
と思いつつ悶ていると、返答がないのが気になったのか
「何か駄目だったか?」
と、心細そうな目で見られて、危うく色々爆発しそうになった。
「駄目じゃねえっ!ぜんっぜん駄目じゃねえ!それで頼む!」
プロイセンがヤケクソになってそう言うと、イギリスは不思議そうに小首をかしげた。
気付いてない…自分がどれだけ可愛いのか全然気づいていないのが問題だ。
これは早々に関係を確立し、世界各国にきっちりと知らしめないと…と、プロイセンはそんなイギリスを見てそういう思いを強くした。
会議場に付けば、もうお互いにUK代表とドイツのスタッフだ。
イギリスは普通に自分の席に着くし、プロイセンはドイツの元へ行き、会議の支度に没頭する。
互いに会議が始まれば、それぞれの国の利益に沿うように淡々と仕事をこなした。
それは昨日の話がある前と全く変わった様子はない。
だから大抵の国々は二人の間に何かあったなどとは全く気づいていないだろう。
そうしていつも通りの踊る会議が進んでいく。
昼は時間の都合もあって、その場で会食。
午後も同じく会議は進み、夕方。
会議が終了すると、昨日に誘いそこね、今朝も珍しくイギリスがレストランで食事をしていたのに同席を断られたからだろう。
二人がいつもにもまして血相を変えて争うようにイギリスに駆け寄った。
そしてまず先に到着、いつものように一息整える間もなく
「坊っちゃん!今日もお前暇だよねっ!
お兄さん今日はなんとなく疲れてるから気を使わないで良いどうでもいいあたりと食事したいと思ってたんだよね」
というフランスに
「そうか。じゃあアメリカと一緒に食べればどうだ?」
イギリスが即そう返すと一歩遅れてきたアメリカが
「やめてくれよっ!!
変態のフランスと食べるくらいなら、辛気臭いイギリスと食べた方がマシなんだぞっ!」
と、思い切り顔をしかめた。
それに対してもイギリスは動じる事もなく、
「そうか。明るく食事をしたいなら、イタリアかスペインあたりと食事に行け」
と、応じる。
不思議な事に以前なら傷ついていただろう、どうでもいいあたりとか、辛気臭いとか言う言葉もどうでも良く感じる。
それより今日はプロイセンと食事に行くので邪魔されたくない、そんな気持ちが先立っていた。
…が……
「お前ら…どうでもいいとか辛気臭いとか、そんな失礼極まりない事言いながら誘うなんて脳みそ腐ってんのか?頭の弱い事してねえで失せろ!」
冷やりとあたりに漂う殺気。
それほど声を荒げているわけではなく、むしろ低い声だが、ひどくゾッとするような怒りを含んだ恫喝に、フランス、アメリカのみならず、会議室にいる他の国々もざわりとざわめいて、緊張した視線をそちらに向けた。
「の…脳みそ腐ってるとか…し…失礼なんだぞっ」
「プーちゃんこそ関係ない事にわざわざ首つっこんで喧嘩売ってくるなんて、あまり感心出来たことじゃないんじゃない?」
他の国々の注目が集まっている。
そうなると二人もそこで引くわけにもいかず、そう言い返してきた。
カツ…カツ…
議長席のドイツの隣で帰り支度をしていたらしいプロイセンは必要な物をしまい終わったカバンを手にスッと背筋を伸ばして靴音を響かせ、軍人そのままな様子でイギリスを囲む2国のところに近づいてくる。
そしてまず、アメリカの前へ。
カツ…と、すぐそばで足を止められて思わず緊張に固まるアメリカを下から睨め上げ、
「随分と偉くなったもんじゃねえか、クソガキ。
自分は暴言を吐くが自分が吐かれるのは嫌だってか?
調子に乗ってんじゃねえぞ」
と、今度は少し顎をあげ、見下すようにニヤリと笑った。
そしてその足で今度はフランスを振り返る。
「関係なくねえんだ、悪いけど。
俺様の成り立ちは騎士団だからな?
自分のプライドのために欲しいくせに唾吐きかけるような愛の国と違ってな、大事なもんは身体だけじゃねえ、その名誉もきちんと守ってやる主義なんだよ。
大事な恋人に暴言吐かれてにこやかにしてたら、そいつはもう”プロイセン”じゃねえっ」
プロイセンはにこりと目だけ冷ややかな笑みを浮かべてフランスにそう言うと、今度は急に柔らかな笑みを浮かべて
「じゃ、行こうぜ、アルト」
と、イギリスの腰を抱いた。
そのプロイセンの行動と発言に2国だけでなく周りの国々も唖然としている。
だがそれがプロイセンの嘘や方便では無いことの証明のように、肩を抱かれた状態のイギリスは少し困惑したような顔はしているものの
「…別に俺は気にしてないのに…」
と、プロイセンの言葉を否定せず、腰に回された手を振り払う事もない。
「お前が気にしなくても俺様は気になんだよ」
「ギル、お前って実は結構短気だったりすんのな」」
「ん~自分の事だったらな、まあ流すけど?
恋人の事なら普通キレっだろ」
「はぁ?なんだよ、それ。ばぁか」
淡々と…しかしどこか他より優しげな視線を相手に送るプロイセンと険のない様子でそう言ってくすぐったそうに笑うイギリス。
二人の間でそんな会話がかわされたあたりで、ハンガリーや日本あたりが我に返ったように…いや、ある意味もっとカオスな反応に移行したというべきか、ギン!と目を光らせてスマホを構えた。
「ちょ、ちょっと待ってっ!お兄さんそれ初耳なんだけど??」
と、そこで驚いて口をはさむフランスに、プロイセンは
「あー?そりゃそうだろ?教えてねえし?」
と肩をすくめる。
そこでうっと言葉につまるフランスを押しのけて、今度はアメリカが
「君、本気かい?よりによってこんな面倒な人を!
なんなら仕方ないからヒーローの俺が引き取ってあげるから、考え直すんだぞ!」
と、詰め寄った。
…あー、やっちゃいましたねぇ。
師匠にそういう言い方は火に油ですよ…
と、少し離れたところでつぶやく日本。
夏コミは金髪トライアングルにしようかと思ってたんですが、これは普英に変更ですか。
下手に他とのCPにしたら私まで縁切られちゃいそうですし…
日本は両方から話聞き出せそうだから、そのほうが描きやすいんじゃない?
私が聞いてもプロイセンの奴、素直に話してくれないかもだし…
ああ、そういう意味では美味しいですね。
ネタには困らなさそうです。
やっぱりカメラを構えたまま、ハンガリーとそんな話に興じている。
彼らにとっては誰と誰がくっつこうが、良いネタらしい。
元師弟という立場は同じながら、気質があってその後も共闘したりプライベートで一緒したりと長く付き合いのある日本の方がより正確に自分の元師匠を理解していたようだ。
日本の言葉通り、プロイセンは非常にわかりやすく怒りを深くしたようである。
薄い形の良い唇がまた笑みの形を作る。
実に美しくも禍々しい笑みだ。
室温が一気に下がった錯覚を覚えるほどの殺気に、誰も動くことすらできない。
「よく聞こえねえなぁ…
何か言ったか?
この肉塊は」
まるで地獄の底から舞い出てきた魔王のような得も知れぬ迫力と底知れぬ真紅の瞳。
どこかホラーじみたものすら感じさせるレベルのその怒りに、肉塊…と言われてなお、アメリカは口が凍りついてしまったかのように開かない。
そこで追い打ちをかけるように、プロイセンはイギリスの隣を離れて、カツ、カツ…と靴音を響かせてアメリカの前へ。
そして
「体だけじゃなくて脳みそまで脂肪になったか?
もう一度鍛えなおしてやろうか?」
黒い手袋をした指先で、アメリカの顎を少しあげると微笑みかける。
そこでかつて”プロイセン式”と言われる恐ろしく厳しい訓練でしごきまくられて死にそうな思いをしたのを思い出したのだろう。
今では世界の超大国と亡国という圧倒的な差があるのも脳内から消し飛んで、アメリカはすくみあがった。
それを遠目に見ながら、
…あ~あ、怒らせてもうたなぁ……
と、怯える子分の横でにやにやと笑う悪友の最後の一人。
完全に他人事な上に相手は仲がよろしいとは言えない国。
さらに実はなかなかに争い事も嫌いではない。
やれやれ!と言わんばかりにいい笑顔。
素晴らしいっ!軍国プロイセン、鬼軍曹降臨ですかっ!
と、こちらもウェルカム状態のもう一人の元弟子。
目をキラキラさせながらスマホのシャッタを押しつつ、器用にテーブルの上に置いたメモに何やらすごい勢いで何か書き綴っている。
はしゃいでいるのは主にその二人くらいで、あとは二人を遠巻きにみながらも青くなって固まっていた。
いや…正確にはあと一人、固まっていない者がいる。
そして参戦…
「坊っちゃんが面倒な子なのは確かでしょ?
まあ…お兄さんは長い付き合いだし?」
「…だから?」
「うん…世界の超大国敵に回しちゃってもお前も困るでしょ?
もう亡国なわけだし?」
「…で?」
「お兄さんに任せちゃえば?」
なんのかんの言って長い付き合いだし昔から可愛がってるんだから、大丈夫よ?
単なる正義感とかならやめときなさい?
と、冷ややかなプロイセンの視線にも臆する事なく言うのは、もう一人の当事国フランス。
さすがに群雄割拠する欧州で生き残ってきた古参の大国だ。
それに対してプロイセンは少し視線を伏せて、クスリと笑みをもらした。
「超大国を敵に回すって?
舐めてんじゃねえよ。
俺様、世界だって敵に回す覚悟があってやってんだよ。
亡国?上等だろ?
なくして困るもんも巻き込むもんもなくて、自分の持ってるもん全部賭けて戦えんじゃねえか。
確実に勝てるって戦力差の戦いしか出来ねえのかよ、フランス様は。
男の真価は落ちるとこまで落ちてから。
何もなくなった土壇場で自らの身一つでどれだけ踏ん張れるかだぜ?
それにな、面倒じゃねえ。
アルトの可愛いとこなんて俺様だけ知ってれば良いんだけどな、世界を敵に回しても世界で一番幸せモンだと思えるくらいには可愛いから構わねえんだよ」
高らかに宣言するプロイセンに日本はパチパチ拍手をし、悪友二人のやりとりにスペインは
「これ、プーちゃんに軍配やね。
世界でいっちゃんの幸せモンになりたいんやったら、世界で一番のリスク背負う覚悟せなな。
それができひん時点で、フラン、自分の負けちゃう?」
とニヤニヤと笑った。
こうして騒然とする会議室からイギリスの手を引いて悠々と退出するプロイセン。
全く迷う様子もなく、いつもの飄々とした様子で、むしろイギリスの方が、大丈夫なんだろうか…と少し落ち着かない。
誰かがこんな風に堂々と自分について言い返してくれたことなど今までになく、嬉しいには嬉しいが、それで自分なんかのことでプロイセンが困った事になったりしたら…と、不安に思う。
が、二人して帰りの車に乗り込んだ途端、プロイセンは
「あー、思い切り言ってやったぜ!スッキリしたっ!!」
と、さきほどの冷ややかさがウソのように晴れやかに笑った。
不安に思うどころか、かけらも後悔していませんと名言しているようなその笑顔に
「…世界を敵に回しても…か?」
チラリと視線を向けて半信半疑で言うイギリスだが、
「俺様達、いつだってそういう生き方してきたんじゃね?
ま、これまではそれが国のためだったんだけどよ、今は自分の意思で自分がそうしたい相手のために出来ると思えば、やっぱり誰よりも俺様幸せもんだと思うぜ?」
と、返すプロイセンの言葉には一片の曇りもなく、緊張に少し冷たくなっていたイギリスの手を握るその手はどこまでも温かい。
こうして世界に若干の敵と若干の味方を作って二人は世界で一番幸せな二人になった。
そして家族で親友…そんな二人に恋人と言う名称がつくまでに、そう長い時は要することはなく、長い時をずっと共に過ごしていくことになるのである。
Before <<<
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