オンラインゲーム殺人事件第八章_3(終)_つわものたちの夢の跡(27日目)

翌日早朝…アーサーが目を覚ますと横に寝ていたはずのギルがいなかった。
え?と慌てて半身を起こすとベッド脇にメモ。



『ちょっと制服取りに行って来る。
お姫さんが起きるまでに戻るつもりだけど、戻れなかったらごめんな。
一応朝飯は作ってダイニングに置いてあるから、腹減ったら温めて先食ってくれ』

隣に寝ていたはずがいなくて焦ったり、メモがあったり、朝食について触れていたり…まるで夫婦みたいだ…と、アーサーは小さく噴出して、でもすぐに自分のその発想が恥ずかしくなって赤くなる。

ありえない…何考えてるんだ自分……

両手で顔を覆った指の隙間からチラリとのぞく赤い目…
寝室の机の上に鎮座しているウサギのヌイグルミ。
ギルと初めて出かけた時にもらったヌイグルミだ。

「…今俺が考えた事はギルには内緒だぞ、ギー君」
と、アーサーはベッドから降りてヌイグルミに手を伸ばすと、またそれを手にベッドに舞い戻る。

「ギルが戻ってくるまでお前と寝てようか……」

1人で起きていてもつまらない…と、アーサーがウサギを抱きしめて二度寝を決め込むと、やがて

「…お姫さん、浮気かぁ?抱きつくなら俺様に抱きつけよ」
と、ヌイグルミが取りあげられた。

「…ギル……」
「おはよう、出かけてて悪かったな。そろそろ飯にしよう。
出ないと迎えが来ちまうぞ」

瞼を開ければ目の前には出会った日と同様、シックな制服を華麗に着こなしたギルが微笑んでいる。

アーサーがしっかり目を開けた事を確認すると、ギルはアーサーの背とベッドの間に腕を入れ、片手で軽々と起こしてしまった。

ここまで起こされたらもう仕方ない。
アーサーもしぶしぶベッドから出て、着替えて食事をして迎えを待つことにした。

「…そう言えば…ギルはなんで制服?」

迎えが来るとメールが届いていた11時前。
エントランスで待っている間にふと疑問に思った。

一応私服は何着かあったのだが、何故わざわざ早朝取りに行ってまで制服だったのだろう…
まあアーサーもそれにならってクリーニングが出来て来た自校の制服なのだが……

「ああ、それはな、行き先がわかんねえから。
そこそこきちんとした場所ならジーンズと言うわけにもいかねえだろうし、逆に今度はラフな会場だとフォーマルとか着てるとそれはそれで恥ずかしいから制服。
とりあえず…制服ならどんな場所でもそれなりのTPOは保てるからな」

――お姫さんと最初に会った時もリアルの人となりがわからなかったから同じ理由だったんだぜ

とにこりと言われて、アーサーはポカンだ。
なるほど。
制服を着ると言う事にはそんな意味もあったのか……
ギルはやっぱり頭が良い。

感心しているうちにハイヤーがスッと目の前に止まった。

「三葉商事からお迎えに上がりました。」
と、背広の男性がお辞儀をして後部座席のドアを開けてくれる。

ギルが先に少し車内を見回して、それからアーサーを促して先に乗せ、あとから自分も乗り込んだ。

閉まるドアにビクンとするアーサーに、ギルが大丈夫…というように手を握ってくれる。
本当に至れり尽くせりだ。

こうして二人を乗せた車は都心の某有名ホテルに入って行く。
そして別の人間に案内されてそのままエレベータで上に上がり、主催が用意してる広間についた。

中に入ると一番奥に壇上があって、広間の中央には丸テーブル。
それをグルっと囲む様に、食べきれないほどのごちそうの乗ったテーブルが並んでいる。

アーサー達は一番乗りみたいで、主催の会社の人間以外には誰もいない。

「中央テーブルにかけてお待ち下さい。」
と、背広の男性がうやうやしくお辞儀をして下がって行った。

広い部屋に数人しかいないせいだろうか。
少し部屋は肌寒い。
ふるりと震えて腕をさすると、

「人増えたら暑くなるんだろうけど、まあこの季節のホテルは冷房よく効いてるよな。
一応持ってきて良かった。とりあえずこれ着といてくれ」
と、そこですかさずギルがパサっとジャケットを羽織らせてくれた。

この暑いのに何故制服とは別に私服のサマージャケットまで?と思っていたが、こんな状況さえも予測していたのか。
本当に脳内の構造が根本的に違う。

そのままギルに促されて席に付き、隣に座ったギルと雑談をしていると、第二陣が到着したらしい。

もう見たまんまだ…というのが第一印象。
向こうもそう思ったようだ。

「あぁ~~さぁぁああ~~~~!!!!」
とぶんぶん手を振る小柄で可愛らしい人影…と、その横の、ギルと同じ服を着たとてつもなくゴツイ青年。

「フェリ…にルート?」
ガタっと立ち上がるアーサー。
隣ではギルが――マジかっ。フェリちゃんもまんまじゃねっ?――と爆笑している。

「アーサー、可愛い~!キャラの通りだねっ!制服じゃなかったらベッラかと思ってお茶に誘っちゃうレベルだよっ!誘拐したくなるのもわかるっ!!」
と、アーサーの両手を自分の両手で握ってぴょんぴょん飛び跳ねるフェリの頭に
「フェリ、それはそういう風に出して良い話題ではないぞ」
と、ルートが軽く手刀を落とした。

どうやら二人の関係もゲーム内と同じくらしい。
それを微笑ましく思いながらアーサーが
「いや、それについてはもう大丈夫」
と、軽く頭を横に振ると、何故かルートが思い切り申し訳なさそうな表情で
「その節は…すまん」
と、頭を下げた。

「え?」
「いや、おそらく俺の巻き込まれだ。
俺に反感を持っていた人物の起こした事件だったから…」
と悲痛な表情になりかけたルートにどう言葉をかけて良いかわからず戸惑っていると、
「それはぁ~」
と、フェリがクルリとルートの前に回り込んでその顔を覗き込んだ。
「ルートのせいじゃないって言ったよね、俺。
好きな相手も嫌いな相手も世の中にはいて当たり前だけど、だからと言って悪い事していいわけじゃないよ?
俺だってギルに意地悪してないでしょ?」
腰に手を当ててそう言うフェリ。

その思わぬ流れ弾にギルが――俺様ぁ?!俺様フェリちゃんになんか嫌われる事したっけ?――と、自分を指差して叫んだ。

するとフェリはきゅうっとアーサーを抱きしめて
――だって…ギルはアーサー取っちゃうんだもん。俺が一番で最初の友達だったのに…
と、ぷくりと膨れて見せる。

か、可愛いっ!!!
と、本人以外の皆が思った。

――お、俺もフェリの事好きだぞ?
と、フェリの可愛らしさと羞恥にふるふるしながらアーサーが言うも、フェリは
――でも…ギルが一番でしょ?
と、子犬のような目で顔を覗き込んでくる。

可愛い…可愛いけど返答に困る質問だ…とアーサーが思っていると、正解は後方のギルから飛んできた。

「じゃ、あれだ。友達としてはフェリちゃんが一番てことでどうだ?
俺様は恋人だから」

と、照れもなく言い放つギルにアーサーは瞬時に真っ赤になったが、フェリ的にはそれで正解だったらしい。

「そうだねっ!友達としては俺が一番で、親友は俺だけだよねっ!」
と、また機嫌を直してぴょんぴょんはしゃぎ始めた。

もう色々が恥ずかしい…でも原因を作った二人は全くわかっていない。
唯一ちらりと目があった一番ゴツイ男が(なんだか…フェリと兄さんがすまん)と申し訳なさそうな視線を向けていたのにシンパシーを感じた。
彼も日常的にフェリのこれに赤面しつつ振り回されているのだろう。


そんなやりとりをしているうちに、第三陣が到着してドアが開いたのだが、入ってきた人影を見て、アーサーは今度こそ驚いて叫び声をあげた。

「ロっ…エリザ先輩っ!!」
何故ここに居る?と言えばゲームの参加者だからなのだろうが……
そして驚いた事にギルベルト兄弟も同じく硬直。

フェリだけが頭にハテナマークを浮かべながら
「みんな知り合いなの?」
と、アーサーとルートの周りをクルクル走り回っていた。

「ジュリエットっ!!久しぶりっ!相変わらず可愛いわねっ。
どうせなら聖星の制服着てくれば良かったのにっ」
という彼女はパンツスーツで、足取りも軽くアーサーに駆け寄ると、ヒールの分若干自分より小さくなるアーサーをぎゅうっと抱き締めた。

そう、彼女は数年前、アーサーとロミジュリを演じた姉妹校の生徒会長だ。

「無理ですっ。あれは劇の練習だったから…」
と真っ赤になるアーサーに至近距離で
「ね、今度お互い久々に着てみましょ?私も着るから」
と、それを華麗にスルーして綺麗な…しかし意志の強そうな笑みを浮かべる。

非常にはっきりとした…でもまぎれもない好意を乗せたこの笑みに、アーサーは昔から弱かった。

そして、う…と言葉に詰まった瞬間、
「てめ~は、何俺のお姫さんに手ぇ出してんだっ!」
と、グイッと体が後ろにひっぱられ、いつのまにか立ち上がっていたギルベルトの腕の中に抱え込まれる。

え?ええ??
キョロキョロとギルとエリザの顔を交互に見回すアーサーに、ルートがため息をつきながら
「彼女は…俺達の父親の妹の子、つまり俺と兄さんにとって従姉妹なんだ」
と、驚くべき事実を告げた。


ええーーー???!!!
どうりでどこか似た空気を感じると思った…と、アーサーがそんな事を驚きと共に思っている間にもギルとエリザのやりとりは続いていく。

「ご挨拶ねっ!あの子はあんたのお姫さんになるずっと前からあたしのジュリエットだったんですからねっ!
それをあんたの方が悔しいけど力強くなったし、いざとなったら伯父様の助けも借りれるからって、あんたに忠告して任せてあげたんだから、感謝しなさいよっ!」
「忠告ってお前っ…
…へ??
…………
…………
あーーーー!!!もしかしてお前あれかっ、オスカーかっ!!!」

ええええーーーー!!!!!!
嘘だ…嘘だぁあああーーーー!!!!
先輩が…あの変態っ?!!
ショックのあまり茫然としていると、エリザは綺麗な眉を寄せて小さくため息をついて見せた。

「あたしが気をつけろって言ってもギルは聞きそうにないし…おかしな奴が狙っているからって思えば必死に守ろうとするって思ったのよ。
怖がらせてごめんなさいね?」
と、苦笑する様子はやっぱりあの日のままのキラキラしいほど美しい女性で…彼女はアーサーのために汚れ役を引き受けてくれたのに一瞬でも彼女を疑った事をアーサーはすぐ申し訳なく思った。

後ろで――半分は腐女子の趣味だろうよっ――と苦々しく言うギルの言葉は当然ながら耳に入ってはこない。

そんなインパクトのある彼女とのやり取りの中ですっかり忘れ去られている人物が1人。

「ねえ、もう一人いるけど…アーサーと同じ制服だから知り合い?」
と、気づいたのはフェリだった。

戸口にひっそりたたずむ人物。

声をあげたのはアーサーではなくギルだった。

「本田?!お前までこれやってたのかっ?!」
と駈け寄って行くギルに、小柄でいかにも大人しそうな高校生本田は
「はい。師匠にはご挨拶もいたしませんで、あいすみません。
もし何か困りごとでもあれば…と、一応師匠達のパーティの後はつけさせて頂いておりましたものの、全て解決、魔王まで倒されてしまわれて…。
さすが師匠です」
と、深々~と礼をする。

「…うちの学校の…3年生?
ギル知り合いなのか?」
不思議に思って聞くアーサーにギルは、あー…と、くしゃりと前髪をつかむ。

考え込む時のギルの癖だな…と、そんなことまで分かるようになるくらいには親しくなった関係に、アーサーは小さく微笑んだ。

本田は今度はそんなアーサーを振り返った。
そしてニコリと笑みを浮かべる。

「はい。幼い頃に武道を習いに参りまして、私の方が1歳年上ではありましたが、道場では先輩の師匠に随分とお世話になったのです。
なにぶん人見知り過ぎて知らない大人が怖くて逃げ回っていた私の手を引いて色々教えて下さったのが師匠で、おかげ様でなんとか一通りの護身術くらいは身につける事ができました。
師匠は面倒見の良い方でしたので、その後も学校にあがってしばらくは友人知人も出来ずに上手く周りに馴染めない私の良き相談相手となって下さってたのですよ。
ああ、もちろん私はドリームは管轄外なので、特に特別な意味での親しくという事は望んではおりませんし、今回師匠がわが校の隠れアイドルのアーサーさんと一緒にいらっしゃるのを拝見し、さすが師匠と心の中で誇らしく思っておりました」

前半は良い…。
後半は…半分くらい言葉の意味がわからない。

とりあえずギルがアーサーと居る事に不満を持っているという系の人間ではなさそうだが……と思いつつ首をかしげていると、ギルが後ろからアーサーの肩口に顎を乗せるようにして本田に言う。

「隠れアイドル…なのか」
「はい。生徒会役員ですし、聖星の方からも暗に釘を刺されるので直接的に何か…というのはありませんが、皆さん楽しく遠くから愛でていらっしゃいます」
「本田、お前も?」
「…はい、まあそうですね。でも師匠に対するのと一緒ですよ?
どんなに素敵だったり愛らしかったりしても、私はドリームは専門外。
飽くまでそれを近くで愛でるモブ希望者なので…」
「…そうかよ、ならいい」
「はい」

飽くまでニコニコと答える本田。
どうやらギルには意味が伝わっているらしい。

「あ、そろそろみてえだな。みんな席につけよ~」
と、そんな会話を交わしながらも周りには注意を配っていたらしい。

ギルは主催がマイクを持って壇上に立つのを目の端に認めると、アーサーを元の席に誘導しながらみんなをうながした。





そうして祝賀会が始まった。

通り一遍の挨拶のあと、配られたジュースで乾杯。
その後一億円の授与だった。

名前を呼ばれて立ち上がるギル。
普通なら一億の授与など緊張のあまり震えそうだが、スクっと立って何の気負いもなく真っ直ぐ背筋の伸びた実に良い姿勢で前方の司会の方へとゆっくり歩を進める。

なまじ日本で一番賢い高校の制服をきちっと着こなしたイケメンだけに、本当にカッコいい、絵になるなぁ…と、他人事のように(まあ実際に他人事なわけだが)それに見惚れるアーサー。

祝辞のあと、主催の側の司会者がうなづくと、係の人間が消えてやがて黒い漆の箱を持って戻ってくる。
そこに恭しく鎮座した一枚の小切手。

まあ…普通に考えてキャッシュで渡されても嫌だよなぁ…とアーサーも思う。
それを司会者が祝いの言葉と共にギルに差し出し、ギルはそれを受け取った。

そこで司会者が
「よろしければ何か一言…」
と言った瞬間、ギルは
「ああ、そうだな。じゃ、そういうことで…」
と答えたかと思うと、いきなり…本当にいきなり誰しもが思ってもみなかった行動に出た。

いきなりビリビリっと音がした。
えぇっ??
アーサーは音にまずびっくりして顔をあげて、音の方に目を向けて音の原因にまた驚いた。

ギルが…もらったばかりの小切手をビリビリに…
ほんっとにもう粉々くらいの勢いでビリビリに破いてる。
最後に1億の小切手の紙吹雪を掌に乗せて、フゥ~っと吹き飛ばした。

ヒラヒラと舞う小切手の紙吹雪。
呆然とする主催側。

それはそうだ…1億である。

「あ…あの…」
言葉がない主催側の司会者をギルは冷ややかな声で
「ふざけてんじゃねえぞ」
と言う。

「国家レベルの影響持つ大企業だかなんだか知らないがお前達のくだらない保身のせいで、実際に何人も死んで、俺様の大事な仲間も危険な目にあったんだ。
俺様はそんな仲間の危険を放置しやがった企業の金なんか受け取る気はない」

シン…と静まり返る会場。

一瞬ののち、
「さすが師匠。信念を通すその様はご立派でございます」
と、本田の拍手がパチパチと静かな会場に響く。

「ま、これで全員の顔も見たし、言うべき事もやるべき事も終わったし帰るぞ」
と、そこでギルがアーサーの所に戻ってきて手を差し伸べると、壇上に一人の老人が上がって
「待ちたまえ」
と声をかけた。

ピタリと動きを止めるギル。
参加者全員が一斉にその老人に注目した。

「このゲームの主旨を聞かないで帰ってもいいのかね?」
老人の言葉にギルは大きくため息をついた。
「圧力とか大人の事情とか大好きそうだから、言う気もないと思ってた。
一応説明する気はあったのか。」

ギルの皮肉に顔色も変えず、老人は
「言わないと意味が無い。まあかけたまえ」
とうながす。
その言葉にギルは仕方なく再度腰を下ろした。

全員また席についたところで、老人が軽くうなづくと司会はお辞儀をして壇上から去る。

「まあ自己紹介から始めよう。
この企業のトップ、葉山総一郎だ。
68歳妻は5年前になくなり、子供なし…と、ここまで言えば何を言いたいのかわかるかね?」

偉い人らしい…。

「知るかっ!養子を探してるとでも言いたいのかっ」
ギルが吐き捨てる様に言うと
「おお~!正解だっ!賞金でも出すかね?」
と、手を叩いた。ノリの良い老人だ。

「言う気ないなら真面目に帰るぞ」
からかわれたのが勘に触ったらしく立ち上がりかけるギルに
「まあ待て。まずその短気を直さんと人の上に立てんぞ」
と、ゆったりとした口調で老人が言った。
「誰も冗談でいってるわけではない。」

いや…充分冗談に聞こえるぞ…とアーサーは心の中で突っ込みをいれる。

そんなアーサーの心の声はおいておいて、腰をあげかけたギルがまた座り直す。
「で?冗談じゃないとすると、それがこのくだらないゲームとどう関係するって?」
「聞きたければ中座しないで欲しいんだが?」
「……わかった、続けろ」
ムスっとギルが返すと、老人は話し始めた。

「結論から言うとさっき言った通りだ。
私には子供がいないのでこの企業を背負って行く跡取りを捜している。

ただし誰でも良いというわけではない。
この企業は元々江戸時代の商家から始まって今に至るまで代々血族が引き継いできた会社だ。
私の代でその血筋を絶やすのは非常に心苦しいのだ。
だから私の直系でなくてもいい。
遠縁でもなんでも一族の血を引く者に継がせたいと思っている。

では一族の血を引く者なら誰でも良いかと言うと、それもそうとも言えない。
一商家だった江戸時代とかならともかく、今や日本を代表する大企業だ。
当然それを率いて行ける器というものが必要になってくる。

金に惑わされず、常識にとらわれず、目先の危険を見逃さずそれでいて他人を率いて行ける人材。
そういう人材が欲しいのだ。

もちろん実際に跡を任せるまでに社長に必要な知識というものも教え込まないとならないから、なるべくならまだ若い者がいい。

ということで、もう気付いていると思うが、君達がそのどこかで一族の血が入っている跡取り候補の若者だ。
そして多額の賞金という餌を下げ、情報が全くと言ってない先の見えないゲームの中で、目的に向かって進む仮定での行動からその可能性を観察させてもらう事にしたという訳だ。」

「…ふざけるなっ!そのために5人も死んでるんだぞ!」
と、今度はルートがバン!とテーブルを叩くが、老人は相変わらず冷静な様子で壇上からそれを見下ろした。
「その目先の危険をなんとかクリアできた人間だけがここに集まっているという事だ。」

それも…計算のうちって事…なんだ。
と、なんだかすごく怖い事にまた巻き込まれてる気がして震えだすアーサーの手を、テーブルの下でギルがギュっと握ってくれる。

「もちろん必要なのは一人で…その一人が誰なのかは生き残った参加者全員がわかってるとは思うんだがね…」

まあ…確かに…。
自分とかに社長になられても困るのは確かだな…と、アーサーはまた心の中で思う。

全員の視線が自分に向くのに、ギルは顔をしかめた。

「やってもいいけどな、あんたの望むような社長になるとは限らねえぞ?
俺様はあんたが大っきらいだしな。
でもある程度黒を白にすることも逆にする事もできる力が得られる可能性があるのは確かだ。
上にいればその力を行使するか否かの選択ができる。
末端にいれば不正を不正と知っても拒絶する権利すら与えられないってのは今回思い知ったしな」

「それを口にだしてしまうあたりがまだまだ青いな」
と、ギルの言葉にも気を悪くする事も驚く事もなく笑う老人。

「まあ…私はとりあえず80までは生きようと人生設計してるから…
社長修行につきあってやれるのは75くらいまでか。時間はあと7年ある。
一ヶ月に2回、日曜日に迎えをやろう。
引き継ぎしても良いと認められるくらいになったなら、明日にでも会社を全て開け渡してやっても良いぞ」
「その言葉、後悔すんなよ?」

二人とも笑顔だが、目が全く笑ってない。
まるで龍虎の戦いのようだ。

「じゃ、そういうことで今度こそいいな?」
とギルが立ち上がる。
もちろんしっかりとアーサーの手を握り締めた状態で…。

「…ギル?」
と不安げに見あげるアーサーに向ける笑みはもういつものギルの微笑みだ。

「お姫さん、帰りに買い物して家で飯作ろう。
そうして午後にはいつもの紅茶淹れてくれ」
「…うん……」

腕を引かれるままのアーサーと一緒に広間を出るギルを同じくフェリの手をしっかり握りしめたままのルートが追ってくる。

「…兄さん……」
「あーわかってる。
確かにジジイの言う通りになんのはシャクだけどな、これ乗っておかねえとまたくだらねえ事仕掛けてきかねないからな。
その時には今回みたいに身内の安全が守れるとは限らねえ。
だからのっとってやる。
まあ休息は大事だから?
今日から3日間はお姫さんとイチャイチャして、作戦会議は4日後からな?」
「え?」

兄の言葉にポカンとするルートに、ギルはにやりと
「もちろんお前も一緒。
俺様には癒してくれるお姫さんだけじゃなく、優秀な弟様も必要なんだぜ?
協力してくれるよな?」
と言う。

「あ、ああ、もちろんっ!俺に出来る事なら全力で協力しようっ!」
と、その言葉にルートは顔をほころばせ、その横でフェリが
「もう…だからギルなんて嫌いなんだよ」
と、苦笑した。

こうして高校生連続殺人事件とそれに伴う諸々は幕を閉じたが、4人の物語はここからあらたに始まる事になったのである。




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