オンラインゲーム殺人事件第一章2_参戦

「ル~ッツ、お前んとこにも同じ物送られて来てたよな?」

ノックの音と共にドアが開く。
ドアの向こうにいるのは兄、ギルベルトだ。



弟の口から言うのもなんだが出来た兄で、頭脳明晰スポーツ万能、料理だって出来るし芸術にだって通じている。
俺が5歳の時に母が亡くなったのだが、その時から俺はずっとたった1歳しか違わないこの兄に育てられたと言っても過言ではない。

トレーニングの仕方、勉強、最低限の家事など、全て兄に教わったし、兄を手本としてきた。

この人が元来不器用に出来ていた俺に「まあ向き不向きはあるけどな、1度で出来ない人間も10回やれば出来るなら10回やりゃあいいじゃねえか」と、自分が1度で出来る事を10回つきあってくれたおかげで、今日、日本有数の進学校の生徒会長を務めるまでになった俺がいる。

そんな性格だから友人知人も数多く、人望も厚い。
全く素晴らしい兄だと断言できる。

まあ…色々出来すぎて通常の生活だけでは退屈になるのか、少々困ったところはあるのだが……。
この時もまた兄の困った癖がでたのかと俺は嘆息した。

「ああ、来ていて詐欺などではない事も本社の問い合わせ窓口に確認は取ったが…」
と、言った時にはもう俺も諦めていた。
例え無駄だと思っていても、俺は兄には頭が上がらない。

俺の言葉に兄は
「おうっ!よしっ!さすが俺様のルッツだ!
やるやらねえは別にして、そこはきちんと確認取らねえとなっ」
と、これも子どもの時からの癖でくしゃくしゃとすでに兄以上の大男に育った俺の頭を撫でながら言うと、案の定
「とりあえずな、ジョブ決めっぞ、ジョブっ!」
と、すでにやる事は決定で、やる事が前提の話を進め始めた。



「まあ、お前も少し遊んで頭柔らかくしとかねえとな。
いざって時に四角四面じゃ乗り切れねえ事もある。」
と兄は俺の勉強机の少し後方にあるローテーブルの前に座りこむ。

まあ確かに俺が柔軟性にかけるのは同意だ。

幼稚舎から高校まで一貫教育の海陽学園の中で1年生の生徒会長と言うのは実は珍しくないのだが、兄のように小学校4年で児童会長、中学1年で生徒会長、そして高校1年で生徒会長を務めた挙句、まだ2年もあるのに高校2年生で自ら会長を降りて副会長に下がった人間はいまだかつてない。

俺が今現在1年で会長職を務められているのは、兄が鍛え上げてくれた学力と運動能力に加え、そんな天才と称えられる兄の弟でさらに、兄が後ろでしっかりサポートしてくれるという暗黙の認識を誰もが持っているからだ。

政治で言えば院政みたいなものなのだろうか…。

俺がいくら日々真面目にやったところで、そんな風に自由に柔軟に動いて行く兄に敵う事はない。
が、そうやって本分とは別の方向の事を経験して柔軟性を磨いて行く事は、確かに今後に役に立って行くのだろう。
そこまで考えているとは、さすが兄だと思う。

そんな尊敬と信頼のまなざしを兄に向ければ、兄はにやりと楽しそうな笑みを浮かべた。
彼がこういう笑みを浮かべた後は必ず何か難しい問題を問われる時なので、俺は身構えて待つ。

「じゃ、とりあえず問題だ。
俺様達の目的は何だ?」

は??
非常にシンプルで一見簡単な答えな気がするのだが…おそらく俺の考えているような簡単な答えではあるまい。
しかしそれ以外の答えは思い浮かばなかったので
「魔王を倒す事…ではないのか?」
と答えてはみたものの、兄が求めている答えとは絶対に違う気がする。

俺のそんな違和感にも兄は当然気づいていて、
「お前…違う事わかってんだろ?
それは飽くまで手段であって目的じゃねえ。
ちゃんと考えろ。」
と、ダメ出しをされた。

ふむ……俺の思考の柔軟性を養う事…も目的の一つなのだろうが、兄は俺が答えた『魔王を倒す事』が目的に対する手段だと言った。
なら、それは兄が言う『目的』の答えにとしては不正解なのだろう。

『ネットゲーム内で魔王を倒す事』を手段とした時の目的は…一体……


俺が考え込んでいると、兄はまたくしゃくしゃと頭を撫でてきて、
「悩んでるっつ~ことは、安易に浮かんだ答えが正解じゃねえって事はわかってんな。
偉えぞ。
そこで偉い弟様にヒントだ。
『他の奴にとって、魔王を倒すと言う事はどういうメリットになるか』
『どうしてもメリットが欲しい奴のとる可能性のある行動は』
この2点を加味してもう一度考えろ」
と付け加えた。

ふむ…
俺はもう一度手紙を見なおした。
魔王を倒した者には1億円。
メリットはこれだ。
ああ、なるほど!わかったぞ!!
「1億円欲しさに非合法な手段を使う輩が出て来ると言う事だな?!」
「ご名答!そういうこった。
昨今十万程度の金でも身代わり殺人に加担するような輩の出る世の中だしな。
1億なんて金がかかれば、当然非合法だろうとそれを奪取しようとする輩がでてくる。
実際に犯罪行為に走る奴が出たらもう親父達の仕事だが、そういう輩が出ないですむなら出ない方が良いし、俺らも色々学べるとこもあるだろ。
だからそういう輩の注目を引きつけられるよう、本気で魔王狙っていくぞ、いいな?」

ああ、さすが兄さんだと思う。
俺はこれを見て即くだらないと廃棄しようとした自分を恥じた。
これだから俺はいつまでたってもこの人に追い付かないのだと心底思う。

ともあれ…それでも少しでも近づけるように、今出来ることに全力で取り組むべきだろう。
「わかった。とりあえずジョブからだな」
と、俺は頷いて、自分も椅子から降りてローテーブル越しに兄と向かい合って座った。


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