オンラインゲーム殺人事件_Anasa_第五章_3

暗闇の中で(25日目)


頭が痛い…まず感じたのはそんな不快感で、続いて人が二人怒鳴り合う騒々しさに、アーサーは眉をしかめた。

自分は確か生徒会室で仕事をしていて…眠気覚ましにコーヒーを飲んだところまでは覚えているモノの、そこからの記憶がすっぽり抜けている。

「だからっ!別に生かしておかねえでも今のうちに殺しちまえばいいだろうがっ!武道有段者とかいって、暴れられたら面倒だろっ!」
という声は聞き覚えのない声だが、もう片方の
「その必要はないっ!このまましばっておけば、お前が変なちょっかいだそうとしない限り暴れられる心配はないっ!他を呼び出そうとした時に無事な声聞かせろとか言われたらどうするんだっ!!とにかくっ、アーサーに指一本出したらもうお前には協力しないぞっ!俺は一切手を下したりしてないからなっ。そうなったら捕まるのはお前一人だ。」
という声には聞き覚えがあって……もしかしたら自分は悪い夢を見ているのかもしれない、と、アーサーは目を固く閉じた。

「てめえ、一体何がしてえんだよっ!!こいつの仲間皆殺そうって言いだしたのはてめえだろうがっ!」
「孤立させるだけで十分だ。本人に手出しする必要はない」
信じられなくて薄めをあけて窺うと、やはりそこにいるのは早川和樹だった。
「学校だけじゃない、ゲーム内でも孤立すりゃあいいんだ。それじゃなくてもリアルでも最近付き合いあるらしいしな。」

唯一の友人と思っていた相手の口からでる言葉が信じられなくて、やっぱり夢をみているんだ…と、アーサーは思った。
自分を孤立させるためにあの和が手を回していたなんてありえない…。
夢だ…。
ふっとまた意識が遠のいた。

その次に意識が戻ったのは、あ~ちゃんっ!と自分を呼ぶトーニョの声でだ。
「大丈夫かっ?ひどいことされてへん?」
と言う声を他人事のように聞いて、
「ああ…。トーニョか。手間かけさせて悪い。」
と、他人事のような感覚で返す。
色々が現実感がない。
その後警察がきて警察署に連れて行かれて事情を聞かれても、どこまでが夢でどこからが現実なのかよくわからない。
それでも全てを現実だと仮定して淡々と見たままの出来事を話す。
事情を話し終わって部屋を出ると、同行を申し出たのに大丈夫だからと断ったアントーニョがずっと廊下で待っていたらしく、駆け寄って来た。
「あーちゃん、大丈夫か?ひどい扱いとか受けへんかった?」
と、なんだか自分の方が泣きそうな顔でアーサーの顔を覗き込んできて聞くアントーニョに小さく首を横に振って答えた。
「大丈夫。別に普通に見たままの事を聞かれただけだ」
「…ならええけど…」
と、それでも納得がいかないように、アーサーを守るように引き寄せて事情を聞いた警察官を睨みつけるアントーニョに、当の警察官も困ったように苦笑した。


結局夜も遅いということで、警察の車で自宅に送ってもらう。
アーサーの家の前で当たり前に降りようとするアントーニョ。
「あーちゃん心配やから」
と言うのを
「悪い…。疲れてるから少し一人になりたい…」
と制して、車に押し込めた。

そのまま振り返らず自宅に入る。
門をこえたあたりでまた力尽きて少ししゃがみこんだ瞬間、意識が飛んだ。

それからどうやってか自室のベッドまではたどりついたらしい。
アーサーは重い身体を起こして勉強机に向かう。
ずらっと並ぶ参考書。
トーニョの机はもっと雑誌とかCDとか年頃の学生が好みそうなモノが並んでいたな…となんとなく思った。
勉強のためだけのつまらない机。
まるで面白みのない自分を体現しているようだ。

そんなだから和は自分を嫌っていたのだろうか…。
影で孤立を画策するくらい?
彼の他は皆遠巻きにしているくらいだから、自分はみんなに嫌われているのだろう。
たった一人…普通に接してくれていた友人にすら…いや、そう思っていたのは自分だけで……
自分は世界中に疎まれていたのか……
何がいけなかったのだろう…
…消えたい…このまま自分が消えたらきっと幸せになれる人間が大勢いるんだろう…
大勢の人間を不幸にしてまで自分が存在する意義がどこにあるというのだ……

ふと目の前の鉛筆立てに無造作に放り込まれていたカッターに目がいった。
それを無造作に手に取る。
頸動脈と間違って静脈の方斬って命取り止めたとかあったよな…
などとボ~っと考えながらカッターの刃先を向けた瞬間…

バサッと何かが落ちる音共に
「なにしとるんっ!!!」
と、ものすごいどなり声がして、カッターを持つ右手首を思い切り掴まれた。
骨が砕けるかと思うくらいの握る力の強さと驚きに目をぎゅっとつむると、手の中から握っていたカッターを取り上げられる。
それでも弱まる事のない手首をつかむ力の強さに
「…トーニョ…手、痛い」
と訴えるが、
「当たり前やっ!!!このドアホがっ!!!」
と思い切り怒鳴りつけられた。

そのまま今度は握った手首をひっぱられ、今度は全身を息がつまりそうな強さで抱きしめられる。
自分より高い体温…しっかりとした体躯…その確かな感触に、現実に引き下ろされた感じがした。
「…なんでこんなことしたん?」
何か感情を押し殺したような低い…少し震える声。
気付けばアーサーの背にしっかりと回された腕も少し震えている。
「…要らない…から」
「へ?」
「俺は…みんなにとって要らない…いない方が良い存在だから…」
「なに…言うてるん?」
少し抱きしめる腕の力が緩んで、顔をのぞきこめる程度に身体が離れた。
「なあ…俺言わんかった?あーちゃんの事特別やって」
ああ…でもそれが本心だって、嘘じゃないってどうしてわかる?和だって自分の事を嫌いだなんて…陥れたいほど憎いだなんて言わなかったんだ…。
さすがに口に出すのははばかられたその言葉を、普段は鈍い鈍いとからかわれているアントーニョなのに正確に読み取ったようだ。

「信じられへんなら…教えたるわ。
ちゃんと言ったるからなんなら言質とるために録音してもええで?
俺な、フランとかと違うて、もともと女の子にしか興味なかってん。
でもあーちゃんに会うた瞬間、一目ぼれしてもうた。
こんなん他に言うたらめっちゃからかわれる事請け合いやけどな。
しゃあないやん?
あーちゃん可愛えし、ちょっとの時間でも一緒にいたいし、他のやつと話してたらめっちゃ嫉妬してまうし、笑わせたいし、泣いてたら自分の方が悲しくなるし、側にいたら触れたい、抱きしめたい思うし、もうこれそういう事やん?
ただの好きなんて軽々しい言葉じゃおさまらへん。
普通は相手に嫌や言われたら離れられるんやけど、あーちゃんは無理や。
あーちゃんが俺の事どんだけ嫌いかて諦められへん。

めっちゃ好きや、好きや、好きやねん!
他が要らん言うなら、あーちゃんの全部俺がもらったる。
俺が全部一人占めできるなら、めっちゃ幸せやわ。
誰にもかけらもやりとうないんや。みんなが要らんならもう大歓迎や。」

そこまで一気に言いきるとアントーニョはアーサーの耳元かかる髪を掬いあげてチュッと口づけて
「この髪の一筋にいたるまで…全部余さず俺のもんにしたいねん」
と熱を帯びた声を少し赤く染まったアーサーの耳元に落とした。

「ちょ、待てっ」
カスミがかかっていたさきほどまでの感覚が一気に現実に引き戻されて、アーサーは慌てて耳を手で押さえて離れようとするが、アントーニョの片腕がしっかりと腰を抱え込んでいて逃げられない。

「待たへん。あーちゃんが悪いんやで?
誰も要らん、自分も要らんなんて隙見せる事言うたから…。」
キラキラと楽しげな捕食者の目で視線を合わせてくるアントーニョ。

「もう俺が拾ったからあーちゃんはまるごと全部俺のモンや。もう加減なんかせんで、要らんて言われた方がええ思うほど求めたるから覚悟しとき?」
にっこりと、それはそれは良い笑顔で言われて、アーサーはひきつった笑みを浮かべた。


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