オンラインゲーム殺人事件_Anasa_第五章_2

アゾットの日記1(25日目)


『アゾットの日記 -1- 

ネットゲーの勝者に1億与える…
主催の主旨はわからないが面白い試みだ。

こういう物に参加する奴はたいていは2種類。
1億本気で狙う馬鹿、あるいは暇つぶしで10万もらえればいいや程度の危機感のない馬鹿。

さて…どうするか…
馬鹿は相手にしないという選択もありだが…せっかく与えられた娯楽だ。
馬鹿を観察しながら笑ってみるのも悪くはないな。
上手くすれば金に目がくらんだ馬鹿が殺人に走る姿くらいは見られるかもしれない。

しかしみすみす巻き込まれて奔走するのもまた馬鹿というもの。

決めた…。ジョブはプリースト。
善良の象徴であり、また魔王を倒すと言う観点から見ると無害の象徴…。

一般馬鹿から善良な人として情報を集め、金に目がくらんだ加害者からは無害な人間として安全な立場を保てる。

そして…この馬鹿げた人間達が演じる悲喜劇を高みから見守る超越した知能を持つ存在として君臨する…退屈しのぎとしてはまあ悪くはない。』



ぺらりと最初のページをめくってギルベルトは少し眉をひそめた。
アゾットに対する自分の印象はどうやらあっていたらしい。
しかしおそらく今日対峙した男とアゾットは別人だ。
今日の男は善人とは程遠い小悪党ではあるものの、もっとストレートに行動するタイプに見える。



『アゾットの日記 -2- 

危機感のない愚か者…もう低能というレベルを超えてるな。
イヴというウォーリアの気を引こうとリアルまでペラペラと話しているバットマン。

一昨日あたりからショウというベルセルクも含めて3人で行動しているようだが、ショウが来たら黙ったという事は…イヴにだけなのか、リアルをしゃべりまくってるのは。

まあ…他に聞いている奴がいるかの確認もせずに、ウィスにもせず、通常会話で話してるあたりが低能としか言いようがないわけだが…。

一応…僕の他にもギルとトーニョというプレイヤーも聞いてるようだが…
とりあえず僕を覗くと奴のリアルを知ったのは3人…。

この中の誰かが襲撃でもしてやれば面白くなるんだが…

まあギルとトーニョはないだろうな。

ギルは1億狙うならとどめを刺しにくいプリーストなんて選ばないだろう。

トーニョの方は…ベルセルクという選択はいいにしても、魔王を倒すと言う事なら万が一魔王の最後のHPを削られる危険性を考えれば他のアタッカーをパーティーに入れたりはしない。
たしかこいつらのパーティーにはアタッカーとしてアーサーというウィザードがいたはずだ。

仲間割れ…したら面白いのだが…。そうしたらそうだな…拾ってやってもいい。
別に積極的に遊んでやりたいというのではないが、アタッカーとヒーラー。悪くはない組み合わせだ。

まあそれはおいておいて…

とすると行動を起こしてくれるとしたらイヴ。

自分がウォリアなら充分魔王を狙えるし、連れ歩いてるのウォリアとベルセルクという自分のライバルになりうる相手だとすると、仲間のふりをして追い落とすためというのも考えられなくはない。』

こいつ…トーニョ狙ってたのか…。
意外な事実にギルベルトは少し驚いた。
まあ確かにヒーラーソロだと死なない代わりにあまりの辛気臭さに泣けるのは自分も同じジョブをやっている身としてはわかるのだが…。



『アゾットの日記 -3- 

ついにやったっ!
愚民が動いた。
8割方、犯人はイヴだな。

そんな事を考えているとイヴが怪しいとブツブツつぶやいてきた女がいる。

女エンチャンタのメグ。僕に気があるらしい。
単にゲームを楽しめれば良い馬鹿の一人だ。
メグによればイヴはリアル女ではないとのこと。
同じ女としてわかるそうだ。
さらに、バットマンと一番親しかったのだから怪しいと続ける。

…普通に考えればリアル聞いてた親しい奴が疑われるのは必須。
まあそれはこの女のような馬鹿にでもわかる事だ。
それに気付かずに短絡的に殺すってイヴも果てしのない低能だな。

せっかく面白くなってきたのに、ここで御用は残念だな。
そう思って良い事を思いついた。
あの馬鹿に知恵をつけてやったら楽しいかも知れない。

僕はあくまで手を下さず知恵だけ与える。
そうだ、それこそ神の啓示のように…。
あの馬鹿を操ってこのゲームの参加者の歴史を変える神になる。
素晴らしい考えだ。

僕はイヴに近づいた。
そしてささやいてやる。
お前は疑われている。このままでは即御用だ。

焦るイヴ。
そこでさらに言ってやる。
僕はプリーストだから自力で魔王を倒せる事はまずない。
だから500万でお前の軍師になってお前の敵を排除する知恵をさずけてやる…と。

もちろん…500万なんて欲しい訳じゃないんだが、奴のような低能には僕のような高尚な考えは理解できなくて信用しないのは必至。
非力で自力で金を取れないプリーストが少しでも金を手にしたくて協力するという図を作ってやらないとだめだろう。

半額…というと奴も迷うし、100万くらいならミッション達成金で稼げる可能性もでてくるので、500万。
我ながら絶妙な額だと思う。

案の定奴は乗ってきた。
さあ…ゲームの始まりだ…。』


なるほど。じゃああの男はイヴの中の奴か。
ギルベルトは納得した。
そういう事なら人物像がなんとなくしっくりくる。
しかし…それではアゾットは今どこに?



『アゾットの日記 -4- 

とりあえず…そうと決まったらイヴが捕まる前に真犯人らしき人間を作らないとだ。

ここでいきなり全く面識のない人間も使えないし、利用できるとしたらイヴのもう一人の仲間のショウと僕に気があるらしいメグ…。

さてどうするか…。
ショウは殺人にびびったらしく、イヴにゲームをやめると言って来た。
冗談じゃない。
次々やめていかれたらイヴに声をかけた意味がない…。
しかたない…やめる宣言をしているショウを殺す事によってやめても無駄だと皆に悟らせるか……さあどうする…。

メグを…利用するか…。

どちらにしても今後周りを騙すためには個別に連絡を取れる手段が必要になるし、全員のメルアドを集めさせないと…。

とりあえずイヴにはショウの連絡先をたずねさせる。
バットマンと同じくイヴに気があるショウはイヴにだけならとあっさりと連絡先を吐いた。

バットマンの時に殺人犯が若い男だと報道されたのも奴の警戒心を緩めるのに一役買っているようだ。
キャラの性別がリアルの性別なんて限らないと言う事が全くわかってないあたりが低能すぎて笑える。

メグは、今回の事もあるし、ゲームに接続できない時間にも連絡を取れる手段があった方がいいが、それを男の僕が提案するとみんな警戒するから、女の子の君が発案者という事にして欲しいと言うとあっさり了承した、馬鹿だ。

さらにこのままではイヴに向かうであろう疑いの目をそらさせるため周りを撹乱したいので、方法まで指定する。

まずメルアド交換をしても良いと言う奴のメルアドを一度メグが聞いて、送って来た奴に送り返すという方法だ。
これで本当にメルアドを送ってきたか来なかったのかはメグしかわからないという状況ができあがる。

こうしてメグにメルアド交換を申しださせてメルアドを集めさせた。
こういう状況だから、みんな心細くなって群れたがるのは必須。
案の定、やめると言うショウとヨイチというアーチャー以外は全員メルアドをよこして来た。

メグにショウはやめるから交換しないと言ってたと教え、ヨイチにはメグ本人に確認させるが返事がなかったので参加の意志がないと結論づける。

とりあえずヨイチはどうでもいい。
ショウがやめると言っているというのを全員に知らせるのが目的の一つだ。

メグにメルアドを回させる時に、参加しなかった奴の不参加理由も明記させた。

メルアド交換終了のタイミングでイヴにショウを殺させる。
まあ…やめると言えば殺されるとは思わなかったんだろうな。
相手がイヴという事もあってショウはあっさり騙された。

あとはメルアド交換の発案者が実は僕だという事をメグが漏らす前にメグを殺させなくては…。

メグを呼び出すのは簡単だった。

ショウこと秋本翔太殺害のニュースが流れたその晩、インしてイヴと合流後、メグにメールを入れる。
そして秋本翔太がショウで殺された事、イヴがショウはメルアドを送ったのにメグのメールでやめるから不参加だと書かれていたと言っていると伝える。

このままだとメグが悪用するため故意にメルアド交換の情報を改ざんしたと言いふらされかねない。
こういう状況になってから実は発案者が僕でショウがやめると言った話も僕から出ていると言っても、周りは僕がメグをかばってると思うだけだろうと言うと、焦ったメグから助けを求められた。

僕がその事できちんと相談したいから今から出て来て欲しいと言うと、焦っていたのだろう、
メグは愚かにも誘い出されてきた。
それは当然イヴに殺させる。

誘い出せるメドが付いた所でもう一仕事…
イヴのアリバイ作りだ。

イヴがメグを殺してる間に二人目の被害者が出た事を理由に、一度全員の顔見せをと全員を広場に呼び出し、イヴと僕は普通に会話をする。

もちろん…イヴを操っているのも僕だ。
PCを2台並べて一人二役を演じている。

しかしこれでメグ殺害時刻に全員の前で話をしていると言う事で、僕とイヴのアリバイが成立した。

さらに…仲間が二人とも死んでしまって怯える可哀想な女の子を慰める善良なプリーストという図を全員に植え付ける事で今後イヴと行動を共にするのが自然に見えるようにできる。

…完璧だ。』


全員集合のあたりで急にイヴの性格が変わったように見えたのは気のせいではなかったんだな、と、これも納得するギルベルト。
共感できるかどうかは別にして、ずいぶん慎重にして緻密な計算をしているな、と、感心はする。
好き嫌いを別にしてアゾットには一度会ってみたい気はした。



『アゾットの日記 -5- 

メグ殺害でメルアド交換の本当の発起人も、ショウを殺害できた人間の範囲も永遠に闇の中。

フェイクを織り交ぜ真実と嘘が混在する事も知らずに必死に情報を集めようとする輩もでてきて、なかなか面白い。

僕としては右往左往する人間をもう少し眺めていてもいいんだが、とりあえず約束に向けて動いている事をアピールしておかないとイヴが焦って暴走しかねない。
そろそろ次に行こうか。

次のターゲットは…フラン…かな。
まああいつ自体は急いで排除する価値もない、放置していても良い微妙ジョブなんだけどね。
周りがまずいな。

4人パーティーでウォリアーのバットマン、ベルセルクのショウ亡き後、イヴ以外で唯一の純近接アタッカーであるもう一人のベルセルク、トーニョと、遠距離アタッカーのアーサーがいる。
しかも…二人しかいないヒーラーの一人が一緒というおまけつきだ。

……似ている…。
奴がこんな暇な事しているとは思えないんだが、あのキャラはなんとなく奴を思い出させてイライラさせる。孤立させてやろうか…とは思うのはやまやまだが、今あのパーティーにちょっかいかけすぎるのもこの先を考えれば危険すぎる。

とりあえずトーニョはアーサーにべったりくっついているように見えるし、パーティの行動に関しての指示を出しているらしいギルはそう簡単にひっかかりそうにない。
ゆえにターゲットはフラン一択だ。

まあ排除するってよりまず奴を排除するために撹乱させて尻尾を出させる餌だから、フラン自身を殺すのはもっとあとの方。
今は身元を暴いてパニック起こさせてやる。
というわけで、とりあえずアーサーを語って呼び出しをかけた。

人の目につきやすい時間に人の目につきやすい場所。
どう考えても殺人を起こせない場所を選んでやると、安心してノコノコと誘い出されてきた。
そこで後をつけて自宅を割り出す。
それで完了。

一応体調が悪くて行けないからキャンセルさせてくれってメールを送ったから、夜に体調くらいきくだろうし、そうしたらメールを送ったのが本人じゃないのにはきづくだろう。
今はそれで充分だ。

とりあえず種はまいたから、しばらく育つまで放置しよう』


あ~、まんまとひっかかりやがって…と、ギルベルトは頭の中でフランを罵る。
しかしまあ、フラン一択、しかもアーサーからを装うという選択は確かに正解だ。

あの当時、アーサーとトーニョはすでにリアルで連絡を取り合っていたらしいし、わざわざゲーム内限定での連絡用に取った捨てアドで連絡取り合わないだろうし、アーサーは自分やフランから連絡が来たら、まずトーニョに相談して阻止されるだろう。

元々リアフレな自分達はもちろん捨てアドでメール送るくらいなら電話でことをすませている。



『アゾットの日記 -6- 

様子見を始めて2週間。
面白い事が起こった。

情報を集めてかぎ回っていた雑魚、エドガーがイヴが犯人てとこまで辿り着いた。
まあそこまでは雑魚にしてはよくやったと褒めてやってもいいんだが、雑魚は所詮雑魚。
僕がイヴに騙されてる哀れな第三者だと思って離れるように忠告してきた。
本当におめでたすぎて笑えるな。

ま、笑うのはいいとして、それを明晩全員の前で発表しつつ主催にメールを送るつもりだというのはなんとかしないと楽しいゲームが終わってしまう。

僕は奴に非常に感謝していると礼を述べ、事情を全く知らないので、詳しく話を聞かせて欲しいと丁重にお願いする。

探偵もどき君は自分の推理を話したくてしかたなかったんだろう。
礼もしたいし話もじっくり聞きたいからと呼び出すと、やっぱりノコノコ呼び出された。

もちろんそれはイヴに始末させる。

そこで探偵君持参のノートパソコンから面白い事がわかった。
彼はギルと親しく連絡を取っていたらしい。
そして、他に先んじてギルに犯人がわかったこと、知らずに犯人といる第三者に危険を警告して距離を取らせてから犯人を公に糾弾するつもりな事などを書いて送っていた。

お手柄だよ、探偵君。
これで完全な筋書きができた。
犯人が誰かと明記していない、その上で犯人は誰かと一緒に行動している人物、と、特定させている2点がポイントだ。

そろそろ仕上げにかかろうか。』


ここまでは自分が読んだ通りだった事を確認できた。
エドガーはやはり犯人=イヴ、善意の第三者=アゾットと考えていたのだ。
自分は逆にこの時点でアゾット主犯だと思っていたのだが……一言警告してやれば良かったのか…と、ギルベルトの胸に少し悔恨の情がよぎる。


日記はここで途切れていた。
一体この先に何が?アゾットはどこに?
考え込むギルベルト。

その様子に気づいたフリッツは目をつむったまま驚くべき事実を告げた。

「その日記は、殺害された早川和樹の部屋から出てきたモノだ。さらにPCには例のオンラインゲームが入っていた。キャラ名は…アゾット」

ええ???
ギルベルトは思わずテーブルの上に日記を取り落とした。

なに?どういう事だ?
ギルベルトは急いでアゾットの日記の文面をたどる。
そして、孤立したら拾ってやってもというのはトーニョじゃなくてアーサーか…とふと思い当る。
アーサーを孤立させたい…というような言葉がもう一か所ほどあったような?
何故?
唯一の友人だとアーサーは言っていた。
初対面の時も少なくともアーサーに対して敵意を隠しているようには感じなかった。
そのあたりの自分の直感は意外に確かなはずなのだが、相手の演技力がそれを上回っていたと言う事か……。

「他は犯行現場に遺体があったのだが、唯一早川和樹だけは別の場所から遺体発見現場に遺体を運ばれた形跡があり、さきほど入った連絡によると今連行した実行犯、イヴこと石井文明の自宅の居間…ちょうどお前の友人が監禁されていた部屋から早川和樹の血痕がみつかったそうだ…」

つまり…あそこでアーサーが見ている前で早川和樹は殺されていると言う事か…。
アーサーは結局アゾットが早川和樹だと言う事や、彼が自分を孤立させたがっていた事を知っているのだろうか…。

そして…アゾットとイヴが決裂したのかも謎のままである。







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