オンラインゲーム殺人事件_Anasa_第四章_3

第5の殺人(25日目)


「おい、貴様ら、アーサーをどこに隠した?!」

朝、いつものようにアーサーに勉強を教えてもらっている最中、アーサーにメールが入った。
学校の教師からで、新学期直後くらいに急に行う事が決まった行事について、急ぎ処理をして欲しいというものだった。

「悪いけどちょっと行ってくる。」
夏休みだと言うのに当たり前に言うアーサー。
海陽の生徒会は下手な新米教師よりも権限があると言われるほど生徒会の力が強いという噂だが、その反面とても忙しいらしい。
エドガーまでもが殺された今、本当は可能な限り家で大人しくしていて欲しかったがそういう事情では仕方ない。
それでも心配なのは変わらないので付いていく事にした。

「女の子じゃないんだから…昼間だし大丈夫」
とアーサーから呆れた目を向けられるが、心配すぎて一人で行かせるという選択はとる気はない。

心配だから…という方向がダメならと、アントーニョは、
「少しでも長い時間あーちゃんとおりたいねん。俺の我儘やって言うのはわかっとるんやけど…。」
と、ガバっと正面から抱きつくが、また気を失われても困るので、適度なところで身体を放し、
「…あーちゃんおらんと寂しいねん…あかん?」
と、今度は俯きつつ、視線だけちらりとアーサーに向けて見た。

これも事実だ。
新学期が始まればおそらくこんなに長く一緒にはいられない。
少しでも長く一緒にいて、少しでも距離を縮めたい。

しょぼん…と肩を落として見せると、アーサーは困ったように眉をハの字に寄せた。

「学校の中には生徒以外入れないし…待ってられそうな場所ないぞ?駅まで行かないと店もないし、隣は公園だけど、この炎天下の中いる場所じゃない。」
「公園で待っとるからっ。暑いんは普段日々家庭菜園とかで外で土いじっとるし全然平気やしっ。」
「でも…」
「俺がそうしたいんや…あかん?」
さらにそう言い募るとアーサーは小さく諦めの息を吐き出した。

結局ギルベルトも一緒に行く事になって、3人揃ってまずアーサーの自宅に行き、アーサーが制服に着替え、そのまま海陽学園高等部へと向かう。


最寄駅から徒歩15分。
学校近くで同じく海陽の制服をした高校生と会う。

「和、お前も呼び出し組か?」
アーサーが軽く手をあげると、和…と呼ばれたその男子高校生は後ろを振り向き、
「貴様は俺が学校大好きで、意味もなく学校に入り浸りにきたとでも思うのか?」
と、アーサーに応えながら、アーサーの左右にいるアントーニョとギルベルトをみとめると、少し眉をひそめた。

「あ、こいつらはトーニョとギルと言って…」
「愚民に興味はない。先に行く」
紹介しようと口を開いたアーサーの言葉を遮って、和樹は足を速めた。

「なんやの、あれ」
怒ると言うより呆れる二人に、アーサーは
「ごめんな。口は悪いけど気は良い奴なんだ。結構忙しい奴だから急に呼び出されたせいで、今日は特に機嫌悪いみたいだ。」
と苦笑する。

「あんなんと二人であーちゃん大丈夫なん?」
「ん~、あいつの毒舌は今に始まった事じゃないし…本当に根は良い奴なんだ。俺の唯一くらいの友人と呼べる相手だ」

少し嬉しそうに言うアーサーの言葉に、アントーニョは少しモヤっとしたものを感じた。
焼もち…なんだろうか…。
それだけじゃない漠然とした不安。
アントーニョはアーサーの腕をグイッとつかむと、自分の方へ引き寄せた。

「トーニョ?」
不思議そうに首を傾けるアーサーにハッとして腕を放す。
「いや、なんでもないわ。公園で待っとるから、ちゃんと戻ってきてな」
無理に作った笑顔に気付かず、アーサーは
「なんだよ、それ」
と、おかしそうに笑って、学校へと入って行った。

「ギルちゃん…自分なら本気になれば海陽とか入れたんかな?」
公園で手持無沙汰なのでブランコをこぎながら、アントーニョ問いかけた。
不憫だのなんだの言われて時に馬鹿にされたりもするが、実はギルベルトは秀才だ。

幼馴染の二人に釣られるように今の都立高に入学したものの、中学の担任にはもっと上の学校を目指せるのにと随分と惜しまれた。

「ん~どうだろうなぁ…。真面目に受験勉強とかしたことねえし。だいたいあそこの学校は高校からは取らねえからな。下にルッツいる時点で、中学から私立はありえねえ」
「あ~、それはうちもやなぁ…下にベルがおるし。俺を私立に入れる余裕あるならベルいれたるやろなぁ。女やさかい。」

お互い親の事情がわかってしまう悲しい長男だ。

「アーサーは?一人っ子か?」
「いや、両親おらんで年の離れた兄ちゃんおるいうとったな。けど、仕事で外国行っとること多くて、たいてい自宅に一人やねんて。せやからうちに誘ったったん。俺が行ってもええんやけど、うちも親今忙しい時期やから帰宅遅いし、ベル一人で残すんは心配やから」
「あ~、そっか。うちはルッツしっかりしてっからなぁ。」
「広い家やろ?あーちゃんのとこ。あんなとこでずっと一人ぼっちやねんで?想像するとなんか…やりきれん気になるんや。」
「あ~うん、わかる気すんなぁ…。海陽なんて行ってるから頭良いんだろうし、海陽の生徒会長なんてそれだけじゃなくてかなりしっかりしてねえとなれねえから、実際はしっかりしてんだろうけどなぁ。なんつ~か…巣に一羽だけ取り残されたヒナ鳥みてえな雰囲気あるんだよな、アーサーって」
「ああ、そんな感じやなぁ…。まあギルちゃんが言うとキモいけど」
「なんなんだよ、お前はっ!」
「ギルちゃんうるさいわ。近所迷惑やで?」
「……」
「あ~、はよう大人になりたいなぁ…」
「なってどうするよ?」
「決まっとるやん。アパート借りてあーちゃんと暮らすんや。」
「…お前の飛躍っぷりすげえわ。
なんか『将来は野球選手になるんだっ』って言ってる小学生のノリだな…」
「ええやん、野球選手」
「そういう意味じゃねえっ」

こいつに比喩が通じるわけなかった…と、ギルベルトは諦めた。

そんな話をしながら待つ事2時間ちょっと。
いきなり堰を切って駆け寄ってきたのは、朝にみかけたアーサーの友人の副会長で、その口からもれたのが、そのセリフだった。

「おい、貴様ら、アーサーをどこに隠した?!」
といきなり言う和こと早川和樹。
それを言いたいのはこっちの方だ、と、返して喧嘩しかねないアントーニョを制して、ギルベルトが口を開いた。

「どう言う事だ?」
「ここには来てないんだな?」
ギルベルトの返答に、和樹は疑うように回りを見まわした。
「来てたらとっくに帰ってると思わねえか?」
と、言うギルベルトの言葉に、それはそうだと和樹も納得する。

「外に出ていなくなったってえんなら、俺らも探すの手伝うが?」
ギルベルトの言葉に和樹は少し考え込んだ。
「…外に出たかはわからん。眠気覚ましにコーヒー飲んで、それでも眠いから顔洗ってくると言ったっきり戻ってこないから、てっきり知り合い待たせてるから事務処理俺に押し付けて逃げやがったのかと…」
「靴は?」
「休み中は補講ある日以外は校舎は閉鎖されていて、別棟の生徒会室やら図書室やらのある棟以外は立ち入れないし、そこは土足だからわからん。筆記用具その他は生徒会室の物品を使用しているから手荷物もなし。ただその棟は部屋数は多くない上、休み中は生徒会室と図書室以外は施錠されていて、図書室とトイレにいなかったから、てっきり外へ逃げやがったのかと思っただけだ」

「これ…まずいかもしれねえぞ…」
と、血の気を失うギルベルトに、
「とりあえず学校の周り探してくるわっ!」
と、止める間もなく走り出して行くアントーニョ。

「どう言う事だ?説明しろ」
アントーニョの後を追おうとするギルベルトの腕を和樹がつかんだ。

一瞬どうするか悩んだギルベルトだが、自分達は校内に入れない以上、和樹の協力も仰ぐしかない。
「話長くなるんだが…」
と、木陰のベンチに和樹を促した。


「なるほど。あの馬鹿はそんな事に巻き込まれてやがったのか。暇人め」
ギルベルトが全てを話し終えると、和樹は大きくため息をついた。

「まあ…奴は貧弱に見えて実は剣道、空手の有段者だからな。…争ったあともなし、いきなり誘拐されたとは思えん。
もしかしたら他の役員とかも呼び出されてて、どこぞに引っ張って行かれている可能性もある。というか、その可能性の方が高いな。
あいつは忘れ物キングと言われるほど、なんでも忘れる大馬鹿野郎だから。
まあもう一度校内をぐるっと捜して何かあったら連絡いれてやる。連絡先教えとけ」

ポケットから当たり前に携帯を出す和樹に一瞬躊躇するギルベルト。
それに気付くと、和樹は嫌そうに付け足した。

「俺だって愚民とアドレス交換なんて嫌なんだ。安心しろ、愚民のアドレスなんぞアーサーの件が片付いたら真っ先に跡形もなく消してやる。さっさとしろっ、俺は忙しい身なんだっ」
和樹が若干いらっとした様子を見せ始めたので、ギルベルトは仕方なく携帯のアドレスを交換した。

「まあうちは生徒会の力が異常に強いから、校内にいなくてもどこぞの部員や役員に、部会だの委員会だのに連れ込まれてる要望書だされてる可能性も十分あるから、一日待っとけ。朝まで連絡がつかなければ、さすがに何かあったんだろうとみなして学校側にも協力求めて対処してやる。」

結局それからギルベルトも学校周りを探したが、アーサーの行方はわからずじまいだ。
1時間後、少なくとも校内にはいないようだから、各委員会委員長や部の部長達に連絡をいれてみると言う和樹からのメールが来た。

メールの最後は
『万が一アーサーがみつかったら俺の貴重な勉強時間をつぶしてくれた礼はさせるから首を洗って待ってろと伝えろ。』
で〆られているが、その言葉とは裏腹にそれなりに動いてくれているところをみると、やはり口は悪いが根は良い奴なのかもしれない、と、ギルベルトは思った。

夏の長い日も夕方6時半を回る頃には落ち始めていて、これ以上ここでウロウロしていると自分達の方が不審者として通報されそうだとギルベルトは帰宅して待つ事を提案する。
アントーニョは大反対でむしろ一晩でも探すと言い張るが、これだけ探していないのだから、ここら辺にいる可能性は薄い事、それならTVやネットなど、もろもろで情報を得やすい自宅にいた方が、手掛かりを探しやすい事などを理由に説得し、それでも渋るアントーニョを半ば引きずるようにして、カリエド家へ二人して帰宅する。

家ではベルが夕食を用意して待っていたが、アントーニョは物も言わず自室へひきこもった。

「アーサーさんはどないしはったんです?」
明らかに様子のおかしい兄とアーサーが戻ってない事を不思議に思ったベルがそうきいてくるのに、
「ああ、ちょっと軽く喧嘩しただけだ。今日はアーサー自分ちで持ち帰った生徒会の仕事やるってんで、トーニョの奴すねちゃってな」
と、ギルベルトは心配させないように、そう嘘をつく。

「あ~、お兄ちゃん気にいるとべったりやから。ほんま困った人やわ」
ベルはすっかり信じたようで、苦笑して自室へと戻って行った。

下手をすると今晩は徹夜になるかもしれないので、ギルベルトはしっかりと食事を取って、ご飯を軽く握っておにぎりをつくると、二階にあるアントーニョの自室へと向かう。

「おい…飯食っとけよ」
と、ラップをしたおにぎりを差し出すが、アントーニョはギルベルトをにらみつけた。
「こんな時によお飯なんて食えるわっ!あーちゃんがひどい目にあっとるかもしれへんのに…」
「だから余計だろ。何かあった時にベストな状態で動けるようにちゃんと準備しとかねえと…」
「そんな割り切りでけへんわっ!!」
アントーニョが怒鳴った瞬間、ギルベルトが
「黙れっ!」
と、アントーニョを押しのけて、視線をTVに向けた。

TVではちょうどニュースが流れている。
連続高校生殺人にまた新たな犠牲者が…と言う発表と共にうつる被害者の写真は確かに見覚えのある人物だった…。
海陽高校2年……

何故?何故なんだ?!
ギルベルトは頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。


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