狩人は白雪姫を殺したのか?
「雨もだいぶやんできたわね。早ければ夜にでも警察到着できるんじゃないかしら。」
エリザは雨の中ぬかるんだ山道を歩きながら言った。
「そうだな。それまでに死人が増えてなきゃいいんだが…」
ギルベルトは山道についた足跡を追いながら、そうつぶやく。
その“死人”という言葉に皆一様に表情を硬くした。
「…優しそうな人…だったよね…。
どうしてなんだろう……」
昨日、シンシアとおしゃべりに興じていたフェリシアーノは少し悲しそうにむしろ心配そうに眉尻を下げて言う。
「本当に…」
とやはり悲しそうに同意するアーサーは、ギルの腕の中。
姫抱きに抱えられての移動だ。
もちろん異議申し立てはした。
しかし慣れないドレス姿での移動は危ないからとギルとエリザに押し切られ、結局こうなった。
そこでドレスでも全然問題ないと言うのもアーサー的には複雑なところで、なかなか究極の選択ではあったのだが……
一方のギルはその体勢にはご満悦である。
一応当事者でもあり若干色々考えてしまうところのあるエリザと違い、犯人がわかってその矛先がアーサーに向かっていないとわかった時点でギルにとっては完全に他人事だ。
まだ小雨はふっているし足元は悪いがレインコートの下にとはいえ、綺麗な格好をした最愛のお姫様を腕に抱えているだけで十分楽しい。
こうして5人はそのまましばらく歩いていたが、やがて先頭を行くギルベルトが足をピタッと止める。
「…足跡が途切れてんな…」
と言って、音をさせないように少し離れた所に4人を待たせて、あたりの様子を探りに行った。
そして少し離れた木々の中に。ぴたりと視線をとめたまま言う。
「ルッツ、フェリちゃんの事はちょっと任せて働いてくれ。」
「わかった。何をすればいい?」
淡々と聞き返すルート。
フェリの方は少し心細げな表情をするが、気づいたアーサーが手をつなぐと気を取り直して微笑み返した。
「お前だけちょっと別方向から俺達が見える範囲でこっそり移動してくれ。
一応シンシアは武器持ってるだろうしネリーを盾に使われる可能性もあるから、万が一の時は隙をつけそうな方が行動するってことで。エリザやお姫さんは相手の心情的な部分で、俺様はこれまでの立ち回りで相手の気を引きすぎる。」
「わかった」
あくまで視線は一点に向けたまま、ギルベルトは手で指示をし、ルートは少し回り道をするように森の木々の中に消えていく
ルートが消えるとギルベルトはやはり視線を動かさないまま
「エリザ、お前にも別の仕事」
と言う。
「ええ、なに?」
「ちとな、何かシンシアの気を長く引いてくれ。」
「了解。」
「ん。で、お姫さんとフェリちゃんは俺様と待機。状況によって動く。」
「ああ、わかった。」
エリザとアーサーそしてフェリの3人がギルベルトの視線を追ってシンシアをとらえた。
ギルベルトはそこでようやく少し一点から視線をずらし、チラリとルートの消えた方に目をやるが、また再度見ていたあたりに視線を戻すと
「じゃ、そういうことだ、エリザ、うまくやれよ」
と、エリザを促した。
気配も殺さず…というか殺せずにゆっくりとシンシアに近づくエリザの足音にシンシアは気づいたようだ。
ビクっと身を震わせる。
「…シンシア…なんでこんな事したの?ネリーは?無事なの?」
静かにきくエリザの言葉に、シンシアは怯えたようにエリザの顔を見る。
草を踏みしめてエリザが一歩近づきかけると、シンシアは
「こないでっ!」
と、ナイフを自分に向けて叫んだ。
それに対して、
「シンシア…とりあえずあたしだけ蚊帳の外なのは非常に不本意なんだけど?
まず理由を言って、理由を。
密室のトリックもそれと1Fのトマトジュースとの関連性もわかるし、それからたどって行くと今回の事件を起こしたのがシンシアだってのはわかるんだけど…肝心の動機がぜんっぜんわかんないわ。
殺されたジュリエットってアンジュの事よね?
でも5年も前の事なのにどうして今だったわけ?
そもそもネリーはとにかくなんでそこにロイがでてくんの?」
両手を腰にあてて俯き加減に小さく息を吐くエリザ。
シンシアはそんなエリザを少し悲しげな目でみつめて、複雑な笑みをうかべた。
「すごいな…わかっちゃったんだ、エリザ。
そうだよね…エリザは昔からみんなの王子様だもん。
そんなに頭いいのに…なのに…なんでアンジュを守ってくれなかったの?」
『それはな、エリザが頭良いわけじゃなくて、見破ったのが俺様だからだぜっ☆』
と、普段なら絶対に入れては当のエリザに殴られる突っ込みも、さすがに空気を読んで控えるギル。
しかしながら突っ込みが入らないと意外に律義なエリザは
「王子…ねえ…。ま、それを解明したのはギルだけどね」
と自ら訂正を入れ、そして続ける。
「まあいいわ。その辺は。
王子としてでも友人としてでも良いけど、あたしはあたしなりにアンジュの事は気にかけてたし守ってはいるつもりだったんだけど…アンジュは一人で屋上に登って行ったの目撃されてるわけで…それで他殺はありえないわよね?
ってことは、何か自殺するような理由があったってこと?
少なくともあたしが前日一緒に帰った時には変わった様子はなかったように思ったんだけど…」
長い付き合いで…ずっとずっと一緒にいて気にかけていた相手である。
まさか翌日に投身自殺するくらい思い詰めていたなら、絶対に気づかないはずはないとエリザは思う。
しかしそのエリザの確信をシンシアは覆した。
「ロイとネリーがね…アンジュを殺したの。アンジュは自殺だったの。」
と、ナイフを構えたままポロポロ泣きながら真相を語り始める。
「今回の事で…ネリーがロイを呼び出した時、私聞いちゃったんだもんっ。
ネリーはうちの学校と同じ系列の男子校に友達がいて、その子を通して顔見知りだったロイが試験でカンニングしたのをその子から聞いてそれをネタにロイゆすって、ロイにアンジュ襲わせたって」
「…な…に…それ…」
サッと顔から血の気が失せて、フラっと体勢を崩すエリザをギルが慌てて駆け寄って腕を取って支えた。
「その後興味本位のふりをしてロイに声かけたら、いざアンジュを目の前にしたら結局どうしたらいいのかわからなくなって何もできなくて、ネリーに頼まれた事言って謝って帰したって言い訳してたけど、そのあと、でもアンジュを殺したのは自分だって…言ったんだもんっ!
あいつが何もしないならなんでアンジュが自殺するのよっ!」
シンシアはそれだけ言うと、嗚咽した。
「…ギル…。」
青い顔でうつむいたままエリザが口を開く。
「ああ?」
「死体…刺したら罪になる?」
かすれた声できくエリザにギルベルトは軽く目をつむって息を吐き出した。
「ああ、なるぞ。止めとけ。“今生きている”人間に心配させるような事すんなよ?」
そう言ってギルベルトはロイの言葉の真意を探ろうと考え込む。
そして結論にいたって、ギルベルトは口を開いた。
「ロイは…あんた風に言うと白雪姫の狩人ってとこだな…」
そのギルベルトの言葉の意外性に、号泣状態だったシンシアはギルベルトに注目する。
その無言の問いに、ギルベルトは閉じていた目を開いて取りあえず自力で立てそうなエリザの腕を放した。
「つまり…こういうことだ。
ジュリエット役が欲しかったネリーは弱みを握っているロイを使ってアンジュに嫌がらせをしようとした。
ところがロイはいざアンジュを目の前にして…危害を加えるどころか逃がしたくなってしまった。
で、ネリーがアンジュに危害を加えようとしているという事を教えて気をつけるように忠告して帰したんだ。
ところがアンジュは自殺してしまった。原因はロイじゃない。
たぶん…本当に子供の頃から仲が良くてお互いに好意を持っていると信じていた友人にそこまで嫌われていたという事がショックだった。それが理由。
少なくともロイはそう思ってて…自分が余計な事を言ったからだとずっと気に病んでたんだと思う。」
ギルベルトはそこでポケットからハンカチに包んだ物をエリザに見せた。
四葉のクローバーのしおり。
端っこには可愛らしい丸文字で”ロイさんへ”と言う文字が添えてある。
「本当は…遺体から物を取るなんて論外なんだけどな…取って来ちまった。
これ…アンジュの字じゃないか?」
エリザはガバっと身を乗り出してそれを凝視してうなづく。
「ええ…間違いないわ。これは?」
と、エリザがギルベルトの顔をのぞきこんだ。
「行きの車の中の話、ロイは”四葉のクローバーを天使からの授かり物だって押し花にしてお守りにしている”って言ってただろ?。
あれ…正確には授かったのは四葉のクローバーの押し花なんだよ。
遺体調べてる時にたまたまこれを見つけて…自分で自分をさんづけなんておかしいし、男の文字じゃないしと…。で、もしかしたらと思ったんだ。
こういう物を贈ってるという事は…たぶんロイがアンジュに対して危害を加えてない証拠だろ。
たぶんお礼の意味で渡したんだろうな。」
ギルベルトの言葉にエリザは心底脱力したように、その場にしゃがみこんだ。
「ロイは…たぶんとても心の弱い奴で、自分の一言が殺してしまったと言う罪の意識と正面から向き合う事ができなかった。だから”天使になってしまった天使みたいな子がいて、その子からもらったお守りが守ってくれる”という方向に置き換える事で乗り越えようとしてたんだと思う。
そこへ現実をつきつけるネリーが現れた。
もちろんネリーはロイがアンジュに手を出せなかったのなんて知らなくて、ロイが自殺の原因だと思っているから、当たり前に”お前が殺した”発言をした。
ロイはそれに対して原因はネリーが言っている事ではないが確かに自分が殺したと思っているため、自分が人が一人死ぬ原因になった事をしてしまった人間だと発覚するのをとても怖れたんだと思うぜ。
特に…エリザあたりに…か?
まあ…こんな分析をしても意味ない気はするが…」
どちらにしてもそれでシンシアのロイへの敵対心が消えるわけでもないだろうな、と、自分でも思うギルベルトだったが、しゃがみこんでたエリザは少しおっくうそうに立ち上がってギルベルトの肩に手をかける。
「ううん…あたし的にすごく感謝してる。とりあえず遺体を刺しまくって警察沙汰になる事は避けられそうだし、悪夢にうなされる危険性もなくなったわ…。」
と、そのまま力が抜けた様にギルベルトの肩に置いた手に額をつけて息を吐き出した。
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