エピローグ
「雨…完全にやんだな……」
ギルベルトが空を見上げる。
「…うん…」
脱力したまま答えるエリザ。
エリザ的には色々が衝撃だっただろうな…とギルベルトは思った。
こうしてこちらでシンシアを引きつけている間にルートが木に縛り付けられているネリーを回収してきた。
ロイのように一思いに死ねないようにという事なのか、致命傷にならない部分を切りつけた上で木に縛り、失血死を狙ったらしい。
一応発見が早かったのと見つけたルートが即止血処理をほどこしたため、身体的には大事に至らなかったが、恐怖体験すぎて精神的にかなり来てしまったらしい。
その後警察が来てすべてが終わった後も、精神科の診療を受け続けているという。
こうしてとりあえず東京に戻ったあと、気持ちの整理をつけたいとアンジュが亡くなった、音楽室や美術室などの特別教室の集まっている錬に花を供えに行くというエリザについていく4人。
エリザが生徒会長なので顔パスだ。
中庭を挟んで隣接するアーサーが通う同じ系列の男子高、聖月学院の生徒も曜日を分けて使用するため、アーサーにとってもかつて知ったるなんとやらで、
建物につくなり、
「…あ、悪い、ちょっと抜ける」
と、一方的に言うと、止める間もなく走って行ってしまった。
「あ~、もしかして授業の時に忘れ物でもしたのかしら。丁度良かったわね」
と、それを見送って、アンジュが倒れていた場所に花束を供えて手を合わせるエリザ。
ギルとルート、フェリもそれにならって手を合わせる。
「なんて報告していいやら…ね。」
パサリと花を地面に置きながらつぶやくエリザ。
自分の死後、自分の事でシンシアがネリーを殺しかけたなんて知ったら、あの子はどれだけ悲しむだろうか…。
そんな事を思いながら
「…結局…ロミジュリじゃなくて、そして誰もいなくなった……って感じね…」
と、苦い笑みを浮かべるエリザに、
「あ、でもさ、昔のお友達はいなくなっちゃったかもだけど、俺はエリザさんとは今回お友達になったわけだしね、また一緒に遊んでね」
と、ぎゅっと両手でエリザの手を握って愛らしい笑みを浮かべるフェリ。
少しまだ線が細くて中性的な雰囲気のあるフェリのそんな可愛らしさに、可愛い男の子が好きなエリザは
「フェリちゃん、ありがとうっ。今度ぜひアーサー君と3人で一緒にでかけましょう」
と少し顔をほころばせ、
「俺らはかやの外かよ」
と言うギルに
「あんた達は普段可愛い子達独り占めしてるんだから、たまには貸しなさいよ」
と舌を出す。
そんな風にエリザが少し立ち直ったように見える事に安心して、(お姫さんは結局どこに行ったんだ?)と、グルリと周りを見回したギルは、視線を上に向けて悲鳴をあげた。
「うあああああ!!!!!やめろおおぉぉぉぉっ!!!!」
一気に変わる顔色。
真っ青になったギルの視線の先を辿った面々はギルと同様に蒼褪めた。
全員の視線の先…4年前にアンジュが投身自殺をしたと言われる屋上の大きなマリア像にアーサーが登っている。
「エリザ、ルッツ、ここで待機してくれっ!
もし落ちてきたら絶対に受け止めてくれよっ!!」
ギルはそう叫びながら走りだした。
泣きそうになりながら建物に飛び込み、屋上への階段をかけあがる。
変わった様子もなかったが、実は気付かないうちに自分が何かやらかしてしまったのだろうか…とグルグルと自責の念が脳内を回った。
変わった様子…いや、変わった様子はあったのかもしれない。
そう言えば最初にトマトジュースが撒かれていて部屋に訪ねて行った時、泣きながら出て来たじゃないか…。
あの時は単に怖い夢を見ただけなんだと言っていたが、実は本当はひどく傷つく何かがあったのかもしれない。
もしくはその怖い夢と言うもの自体が、前回の殺人事件のトラウマが癒されていないためにみたものかもしれない。
いくら事件のさなかだったとはいえ、自分は何故あの時ちゃんと追及しなかったんだろうか……
お姫さんに何かあったら俺様のせいだ……
悲しそうな顔…不安そうな顔…少し拗ねた顔や花がほころぶような笑顔……
どんな表情をしていても惹かれずにはいられない、愛しいお姫さんの様々な顔が浮かんでは消える。
頼む…頼むから間に合ってくれ……
呼吸が出来ない気がするのは階段を一気に駆け上がっているからではない。
胸が潰れそうに苦しいのも……
「お姫さんっ!!!そのまま動くなっ!!!」
屋上にたどりつくと、マリア像によじ登ったまま止まっているアーサーに向かって叫んだ。
大きなマリア像の上、まるで宗教画の天使のように愛らしいギルベルトのお姫さんは驚きに大きな丸い目を見開く。
「頼むから…そのまま身動きするなよ…」
そう言ってギルベルトはソロリ、ソロリとマリア像に近寄り、登り、アーサーを片手しっかりと抱くと、初めてほぅ~っと詰めていた息を吐きだした。
「…もう…動いていいか?」
緊張が少し解けたギルの様子に、アーサーが不思議そうな様子で言うのに、
「ああ。俺様にしっかり抱きついて、そのまま降りてくれ」
と、ギルベルトは言って、アーサーを片手で自分の体に固定したまま一緒にマリア像から降りる。
こうして二人の足がしっかりと屋上の床につくと安堵の息を吐きだし、ギルベルトは力の抜けた身体でもたれかかるようにアーサーに抱きついた。
「…お姫さん……なんでだよ?…なんでこんな事したんだ?
俺様、何かお姫さんを傷つけるような事しちまったか?」
「…え??」
半分涙声のギルベルトをアーサーはびっくり眼で見あげる。
「えっと…?
俺、これを取りに来ただけなんだけど…」
と言うアーサーの手には小さな包み。
「…?なんだ?それ…?」
そこでギルベルトはようやく少しアーサーの身体を離して、その包みに視線を向けた。
「…い…いやなら良いけど……」
改めて視線を向けられた事で赤くなってうつむくアーサーに、ギルベルトは焦って
「嫌じゃねえよっ!
お姫さん自身に危険が及ぶような事以外ならお姫さんがやる事で嫌な事なんて一つもねえっ!」
と、ブンブンと首を横に振る。
その言葉にアーサーは少し躊躇して、しかし結局
「これは…ギルの分」
と、ギルベルトの手に包みを押しつけた。
手のひらに乗せられた小さな小さな袋。
それをマジマジと見下ろして
「…開けていいか?」
と一応聞くと、こっくりうなずく頷いたので、ギルベルトは袋の中身を手の平の上にあけた。
チャリンと小さな音をたてて出てきたのは4つの直径2~3cmくらいの4つ葉のクローバーの刺繍をペンダントにしたもの。
それぞれの裏側にはギル、ルート、フェリ、そしてアーサーのネームが刺繍されている。
そこでギルベルトは
「これ…俺様に…だよな?」
と、自分の名前の入っているペンダントを自分の分をまじまじと眺めると首にかけた。
すると真っ赤な顔のままうつむいておずおずと
「………いや……じゃないか?」
と、少し涙目で小さな声で言うアーサーにギルは心底わけがわからずに聞く。
「なんで?俺様が最愛のお姫さんの贈り物が嫌なんてはずねえだろ。
すっげえ嬉しい。
…けど、なんで?」
そう、嬉しい。
最愛の恋人からの贈り物なら、それが食玩のおまけの安っぽいビーズの指輪どころか、黒焦げのスコーンでも嬉しいには嬉しいくらいだ。
強いて言うなら…みんなにではなく自分にだけだとさらに嬉しいところだが、贅沢は言わないでおこうと思う。
だがプレゼントを贈るのと投身自殺がどう結びつくのかがわからない
さすがの迷探偵でも意味がわからない。
そう思って聞いてみると、ギルベルトの愛しのお姫様は真っ赤になって羞恥に耐えかねたように
「みんなで…4人で一緒に楽しくやっていけるようにってお揃いの幸運の4つ葉のクローバー付けたくて、この前のオンラインゲームの時に全員そろったら渡そうと思って刺繍始めて…でもどうせならおまじないしてからにしようとか思ったわけじゃないんだからなっ!ばかぁ!!」
と一気に言ってその場にしゃがみこんだ。
ああ、質問の意味通じてねえか…と、ギルベルトは、しゃがみこんでいるアーサーの隣に自分もしゃがみこんだ。
「なあ…お姫さん。
お姫さんとお揃いの物つけられるのは俺様本当にすげえ嬉しいんだけどな?
なんでプレゼントくれるつもりだったのに、飛び降りようとかしてたんだ?
俺様が嫌がるとか思ったから?
…ありえねえからな?俺様、お姫さん亡くすくらいならなんでもやるくらいにはお姫さんに惚れてるし、お姫さんが俺様のためにってしてくれる事に嫌な事なんて何もねえ。
信じらんねえんだったら何度でもいくらでも言葉でも態度でも示してやるから…頼むから自分を傷つけるような事だけはやめてくれ」
そう言って膝をついてアーサーを抱きしめると、ギルの言葉にアーサーは不思議そうに
「何の話だ?」
と小首をかしげた。
「何って…たった今そこから飛び降りようとかしてただろ、お姫さん」
ギルの言葉にアーサーは目を丸くした。
「へ?」
「へ?じゃねえって。飛び降りようとしてたんじゃねえなら、なんであんなとこに登ってたんだ?!」
ギルベルトがピシッとマリア像を指差すと、ようやく合点がいったのか、アーサーは、ああ、とうなづいた。
「別に飛び降りるためじゃねえぞ。
飛び降りるだけなら、何もマリア像に登らなくても柵超えりゃいいだけの話だろ?」
ごくごく普通のトーンで言われて、ああ、そう言われればそうだな、と、ギルベルトはその点だけは納得した。
その点だけは…だが……
じゃあ何故マリア像に?と、視線で問いかけるとアーサーは謎の言葉を吐いた。
「マリア様に登ってたのはまじないのためだ」
「はぁ?まじない?」
思わず今度は自分の方がびっくりまなこになったにギルベルトに、アーサーは主張した。
「屋上のマリア様の胸に当ててる右手の隙間に願い事書いた紙と一緒に7日間ご利益欲しい物入れておいて7日目に回収するんだ」
にこやかに言うアーサーにギルはきょとんとして
「自分ルール?それともこの学校ではそんなの流行ってるのか?」
と聞く。
そのギルの問いにアーサーは右手の人差し指を立ててシ~っというように唇にあてた。
「秘密…だぞ?混んじゃうから。
自分ルールではないんだけど、たぶん知ってるのって俺だけかもしれない」
動作は可愛い…引かれるだろうから言わないが、内心、今のシ~ッをもう一回とお願いしてそれを動画にとっておきたいくらいに可愛い。
……が、言ってる事は謎である。
「誰も知らないなら…お姫さんが作った自分ルールじゃないのか?」
突っ込んじゃいけないと思いつつも、解けない謎に仕方なくそれに突っ込みをいれると、愛しのお姫さんの口から思いもよらない事実が明らかになった。
「えと…正確にはたぶん今知ってるのはほぼ、なんだ。
俺が小等部5,6年の頃にはよく誰かがやってて…。
俺はこのマリア様すごく好きでよく眺めに行ってたんだけど、その時マリア様の手にお願いを書いた紙とおまじないかけたいらしい小物が入った袋とか一緒に置いてあるのみつけて…いつも7日間で消えてからたぶん7日間置けばいいのかなと思って。
中等部はいった頃には色々忙しくてすっかり忘れてたけど、最近ふと思い出して、みんなずっと一緒にいられると良いなと思っておまじないを……」
「お姫さん…まさかそのために登ってたのか?」
「当たり前だろっ」
この可愛い乙女のような事をしている子が…一応自分と1歳しか違わない男子高校生なわけで…
「お前馬鹿にしてるだろっ?!」
「いや…してねえけど…可愛すぎて泣きそうだ」
「ほら、馬鹿にしてる!でもホント今でもやってる奴もいるにはいるんだからなっ!
俺1週間前にここに来た時に他の包み見つけて…ずいぶん古く見えるけど。
あ、やば、ギルがせかすからそういえば一緒に持ってきちまった」
返しとかないと…と、立ち上がるアーサーの手の中の包みは確かにずいぶん古びて見えた。
「ちょっと待った、お姫さん。それどう見ても一週間以上たってねえか?」
ギルはその包みをアーサーの手から取り上げてまじまじと見る。
ずいぶんと厳重に何重にもビニールで覆われているが、外側の方のビニールは劣化してやぶけている。
「これどう見ても1週間放置どころじゃねえぞ?忘れてるんじゃないか?
…誰が何いれてるんだろうな…?」
と、ギルベルトはいきなりその包みを丁寧に開けた。
「おい、他人の物勝手に…」
「本人忘れてるんなら中身見ないと届ける事もできねえし?」
劣化してやぶけたビニールの中にはまたビニール。
何重にもつつんでいるビニールをその都度丁寧に開けて行くと、中からはその厳重な包装のわりにずいぶん薄っぺらい紙…というか、しおりが4枚。
「なあ、エリザ、来てみろよ?」
「なによ」
どうやらアーサーの無事の確保を確認後、ギルを追って全員屋上に登って来たらしい。
声をかけられてエリザは駆け寄ってきて、ギルの手の中の物を見て息をのんだ。
「…これって……」
「…ロイの遺体から見つけたのと同じしおりだよな?」
「………間違い…ないわ……」
「しかもこれ…名前も書いてあるぜ。
エリザ、シンシア、ネリー……アンジュ」
「…どういう……こと??」
エリザは震える手でギルの手からしおりをうけとった。
「願い事は…この4つ葉のクローバーのように4人一緒に幸せになれますように。
…日付は…9月12日」
「アンジュが…死んだ日の一週間前……」
願い事の紙を読み上げるギルベルトの言葉に、エリザは震える声でそう添える。
「そういうことか…」
ギルベルトは息を吐き出した。
「そういうこと?」
まだ震えの止まらない声で聞き返すエリザにギルベルトはうなづいた。
「事故死だったんだよ。
なんかわかんねえけど、エリザの天使ちゃんは別に思い詰めてたわけじゃなかったんだろうぜ。
普通にお姫さんみてえにまじないセットして……
たまたま運が悪かったんだな。回収の日が台風で雨風で足滑らせたんだよ。
でねえとお前とシンシアだけならとにかく、ネリーにまでこんな事書かないだろ?」
ひらひらとギルベルトは願い事の紙をちらつかせた。
「あはは…そっか…傷ついて…悩んで…苦しんで逝ったわけじゃなかったんだ……」
エリザは泣き笑いを浮かべながらそう言うと、その場にしゃがみこんだ。
良かった…と、手に顔をうずめたまま、何度もそうつぶやく。
どうやらそちらは思っていたよりは平和な真相だったらしい。
死んでいなくなってしまったというのはどうしようもないにしても、心の負担は少し減ったのではないだろうか…
と、少し落ち着いたところで、ギルベルトはエリザを放置で
「ダメだからな…」
と、唐突につぶやく。
「こんなの、これからは絶対にやらねえでくれよっ?!」
そう言いつつ、ギルベルトはがしっとアーサーの両肩をつかんだ。
「考えてみたらお姫さんだって同じ道たどる可能性大じゃねえかっ!!
もう絶対にマリアさんのおまじないは禁止なっ!!」
「え、大丈夫…」
「大丈夫じゃねえっ!!」
アーサーの反論ともいえない反論は普段はアーサーに対しては決して声を荒げる事のないギルベルトの珍しく強い声音で紡がれた言葉に遮られた。
「俺が叶えるからっ!!お姫さんがマリアさんにお願いしたいような事全部叶えるっ!
だからもう絶対にこのまじないはしねえでくれっ!」
「でも…」
「絶対に叶えるからっ!約束するっ!絶対だっ!!!
もしやめてもらえないでお姫さんが事故死するのを見るくらいなら、俺様はそうなる前に今っ!ここから飛び降りて死ぬっ!!」
大げさだ…と思うものの、ギルベルトの目は真剣そのもので、否と言ったら本当に飛び降りそうだ。
仕方なしにアーサーはコクコクとうなづいた。
「そう…だな。うん、やめる」
「ゆびきりっ」
ギルは強引にアーサーの小指に自らの小指を絡めてぶんぶん振る。
「ゆ~びき~りげんまん、嘘ついたら、俺様が針千本の~むぞっ、ゆびきったっ」
「え?ええ??ギル???歌詞違うっ」
「は?これで良いに決まってんだろっ。
お姫様に針なんて飲ませられるわけねえだろ」
――俺様の命なんかよりずっと大事なお姫さんのための約束なんだからな。
ちゅっと絡めた小指に唇を落として、それからそっと指を外して微笑むギルに、アーサーは真っ赤な顔で硬直する。
そんな2人のやりとりに、いきなり顔をあげて高速でメモにペンを走らせるエリザ。
この時大切な相手を失った件について大方の事情が判明してようやく吹っ切れたところで、新たな生き甲斐を彼女は見つけたらしい。
まあその事を知るのは、彼女自身とその趣味の仲間のみなのではあるが……
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