迷探偵スキル発動
「エリザ、一応女の部屋なんで、ちょっと付いて来てくれ。
絶対に周りの物動かさない様に気をつけろよ?
事件現場は現状維持が基本だ」
これ以上やばい事になる前に…と、ギルは早々に状況把握に努めることにして、ネリーを預けて戻ったエリザに向かって声をかけ、そのまま室内へ入りかけて、ふと足を止めた。
そして続いて入ろうとするアーサーとエリザをスッと手で制して、一瞬悩む。
それに対して、何故制されたのかわからずきょとんとするアーサーと違ってエリザはギルが言わんとする事を言われずとも察したらしい。
「ついてきたんだし、覚悟は出来てるわよ」
と、そのあたりはつきあいが長いというのもあって阿吽の呼吸なのだろうか。
そう言いつつもこちらもアーサーに対しては気遣っているらしく、一応アーサーの腕をとった状態でドアの所で待機する。
そして続いて
「いたずらでも勘違いでもなく、確かに遺体を確認出来たと言う事なら、あたし一旦外して自室でアーサー君と一緒に警察に電話かけてくる?」
と言うエリザの言葉でアーサーもようやくそこにネリーが大騒ぎをしていたロイの遺体がある事を思いだした。
いつになく厳しいギルの横顔。
そりゃあそうだ。
死体なんて見て楽しいものでは決してない。
しかも…殺された遺体なんて……
それでも恐れているような様子はない。
アーサーの事は完全にエリザに任せる事にしたのだろう。
ギルは関心を完全に室内に向けつつ、注意深くあたりを見回している。
まるで夏休みの連続殺人事件の時を思わせるような冷静で頼もしい様子に、アーサーは1歳の年齢差というのはこんなに違うモノなんだろうか…と、前回も思った事を今回もまた思った。
犯行当時には鍵のかかっていたネリーの室内。
どう考えてもネリー以外手にかける事が出来た人間なんて居ない気がするし、そんな相手を放置して良いのかと一瞬思うが、ギルがそうすると言う事は間違いなく大丈夫なのだろう。
ここは自分がいても邪魔になりそうだし、ギルがそう言うなら…と、アーサーはエリザに続いて廊下に出た。
「…ギルを死体の部屋に1人にして平気かな…」
ネリーが他を引きつれて戻ってきたりしないだろうか…とか、死体と2人きりなんて非常に精神衛生上よろしくないのでは…とかそれでも道々気になり始めるアーサーに、エリザは安心させるように微笑みかける。
「大丈夫。
あいつが一番すごいのは、動揺して自分が大丈夫か大丈夫じゃないかの判断を間違ったりしないとこだから。
大丈夫じゃないなら残ってくれって言うわよ。
ま、それじゃなくてもあいつがダメなようなら、あたし達がいても悔しいけどどうなるもんじゃないしね」
「……そこ…悔しがるところなんですか?」
同性の自分ですら年齢が下と言う事もあるし、あれだけ何もかも出来てしまう完璧な相手と張り合おうと言う気はしない。
ましてや女性なら別にそこは張り合って悔しがる事もないのでは?と不思議に思って聞くと、エリザは
「思い切り悔しがるところよ?」
と苦笑する。
そして、だってね…と、彼女はさらりと髪を揺らして振り向いた。
「私とギルはそれぞれ財閥の跡取りと警察庁エリートと親の職業は違えど文武両道を目指させたい親の元に同じ年に生まれたのよ。
小さい頃は勉強はもちろん、スポーツだって武道だって体格だって負けやしなかった。
ギルは弟、私は幼馴染の女の子達と、お互い守るものだってあったしね。
でも小学校高学年くらいから段々力勝負では負けてきて、背だって引き離されて、決定的だったのは中学ね。
私だって男に生まれて海陽行きたかったわ。
日本一の中学から日本一の高校に進んで、日本一を目指したかった。
でも…いわゆるお嬢様学校に進学して…さらにギルに引き離されて…ああ、敵わないのかも?って諦めかけそうになる自分が悔しい。
なにより…私は守りたかった子を中1で亡くしちゃって、ギルだけ一生守りたいもの見つけてるっていうのも悔しいわ」
「…へ……??」
…一生守りたいもの…って…まさか自分だったり?
と、自意識過剰と思いつつ赤くなるアーサー。
それにエリザは悔しげだった表情を少し和らげて微笑む。
そして
「…まあ…あいつといる時のアーサー君も可愛いし好きなんだけどね。
従兄弟のギルだと思うからムカつくけど、普通の男子高生と思えば絵になるし見てて楽しいわ」
などと言う。
そんな話をしながらエリザと共にエリザの私室へ。
他の客室と違って意外にシンプルな雰囲気の家主の部屋で、アーサーはこれも客室のような可愛らしいフリルのカーテンと違ってシンプルなベージュの厚手のカーテンの合間から、窓の外を所在なさげに眺めて待っている。
本当に…暴風雨だな……
強い風に木々が揺れ、雨がすごい勢いで窓をノックしている様は、嵐と呼ぶのにふさわしい感じで、確かに土砂崩れが起きても不思議ではないくらいではある。
窓ガラスを乱暴に叩きつける雨の音。
その音に混じって、エリザの舌打ちが聞こえた。
「アーサー君、ちょっと下行くから一緒に来て」
と、返事を待たずにアーサーの腕を掴んで、エリザは1階の管理人室へ。
「ロバート、もしかして停電してたりする?」
ノックもせずにドアを開けて開口一番そう聞くエリザに、老執事は困ったように眉尻をさげてうなづいた。
「そのようですな。
建物内は非常電源に切り替えましたし2日ほどは普通に持ちますが、おそらくこのあたり一帯が停電しているらしく、電話が通じません。
まあ時期に復旧するでしょうが…」
まだ殺人うんぬんを知らないロバートはだから心配はいらないとばかりに言うが、一気に蒼褪めた女主人に、何か緊急な事が?とまゆを寄せた。
「…緊急も緊急よ……」
はぁ~…と額に手をやりつつ大きくため息をつくエリザ。
事情を話すとさすがにロバートも蒼褪めた。
「とにかく…電話は復旧したらすぐ警察に連絡して頂戴。
あたしはギルに伝えて来るわ」
ここでとどまっていても仕方ない。
エリザはそう言ってまたアーサーの腕を掴んだままギルベルトの待つ3階の現場へと急いだ。
こうして舞い戻った3階のネリーの部屋。
エリザは言いにくそうに口を開いた。
「ギル…悪い知らせ…。
別荘内は非常電源に切り替えられてるけど、このあたり一帯どうも停電してるらしくて電話が通じない」
アーサーもこんなに困ったような心細そうな様子のエリザは初めて見る。
まあ当然だ。
だって人を殺した人間と一緒に建物内に閉じ込められて、助けも呼べないのだ。
しかしながら
「あ~…そうか、まあそう言う事もあるよな…」
と、一方でギルはそんな状況も何故か想定していたのだろうか…
たいして慌てた様子もなく淡々と、エリザに
「悪い、死体にかけとくから新しいシーツくれ。
もっと言うなら新しいレジャーシートとか大きなビニールとかあると理想なんだが…」
と、要求する。
「は?」
と、その言葉にポカンとするエリザ。
「いや…とりあえずすぐ警察こないなら長時間殺人犯放置する事になるしな。
何も起こらないならいいけど万が一考えたらなるべく現状把握しておきたいだろ。
だから調べる時になるべく影響しないように遺体を保護しときたいから」
エリザの反応に当たり前に説明を始めるギル。
そのギルの言葉にエリザは力が抜けたように大きく息を吐き出してしゃがみこんだ。
「ちょ…違うでしょ……。
あんたなんでこんな状況でそんなに平静なのよ…」
まあ確かに…普通ならそうだろう。
殺人事件が起こって警察に連絡もつけられない。
犯人と一緒に山奥の山荘に閉じ込められている。
そんな状況ならパニックだ。
でも相手はギルなのだ…と、アーサーは思う。
ギルは強い。
ギルは賢い。
ギルがいれば全て大丈夫なのだ。
そう信じているからアーサーもそこまで今の状況を不安に思っていない。
「だから言っただろ?
俺様前回も思い切り殺人事件の渦中に放り込まれてたんだよ。
相手の正体が見えない前回に比べれば、全員顔見えてる今回の方が対処しやすい。
とにかくへたってんじゃねえぞ。
やらねえとな事はいっぱいだ」
「了解。わかったわよ。
で?ビニールシートはたぶんあるわ。
他にやることは?」
と、それでも即切り替えるところがそれでもエリザも只者ではない。
前回の殺人事件…ギルがいただけでも十分心強かったが、今回それにエリザが加わった事で、不安に思う事など欠片もないようにアーサーには思えた。
遺体を実際見ていないと言う事もあって、アーサー的には恐ろしい事が起こったというよりも新旧の王子様の夢の二大共演である。
気分はホームズを眺めるワトソンか明智小五郎をキラキラした目でみつめる小林少年といったところだろうか……
「ん。とりあえず3階組にも2階組にも事情を話して、それぞれ全員一つの部屋に集まって出ないように言ってくれ。
あと食事はできればロバートに調理しないで食べられる食料を各集合部屋に届けてもらえ。
1F廊下、ダイニング、キッチン、そしてこの部屋はなるべく現状保存したいから」
小さく息を吐き、淡々と色々をチェックしつつ言うギルベルトの言葉を小さく反復しつつ、それが終わると
「了解。あとは?」
と、尋ねるエリザ。
それにギルが
「とりあえず以上だ」
と答えると、
「じゃ、行きましょうか」
とエリザは再度アーサーの腕を取って階段を下りてまず一階に向かった。
まずは管理人室のロバートにギルの伝言を伝え、次に2階組へも同じく事情を伝え、最後に3階組の集まるゴードンの部屋へ。
「エリザっ、あれって…ホントに死んでるのっ?!誰がやったのっ?!!!」
エリザがギルの指示を伝えようと廊下に出た途端に、髪を振り乱したネリーが飛びついてきた。
「ネ…ネリー、落ち着いてっ、ねっ、エリザがちゃんと全部やってくれるからっ。
エリザに任せておけば大丈夫だからっ」
と、それをシンシアが必死に押しとどめる。
ヒステリーを起こすネリーに、なんでも自分にふれば良いと思っているシンシア。
この状況でその二人にエリザもさすがに少しイライラした。
しかも本来こういう時にこそ活躍しろよと思うネリーの取り巻きの男共はネリーと一緒にオロオロしている。
たった今出て来た殺人現場には今回のゴタゴタとは全く無関係の自分達と同じ年の高校生が1人残って、しごく冷静に状況を分析して解決の糸口を探そうとしているのに…
まあギルの事だからその本人に対してはエリザも欠片も心配はしていないし、どうでも良いと言えばどうでも良いのだが、そこまでできないまでもこの誰もが余裕がない非常時に自分の面倒くらいは自分で見ようと言う気にはならないのだろうか。
普段の偉そうな態度はどこに言ったのよっ!と怒鳴りつけたい気分に駆られるエリザだが、それでも…アーサーもいる手前、自分が取り乱すわけにはいかない。
なのでぐっと腹に力を入れて内心の苛立を押し込めると、必要な説明だけして踵を返しかけた。
しかしその忍耐もネリーの
「現場はエリザが居れば大丈夫でしょ?
ギルベルト君にあたしを守ってもらえるように言ってくれない?」
という言葉でプッチーン!とブチ切れた。
「は?!あんた馬鹿なの?!!なんでそうなんのよっ!!!」
「だって…彼が一番頼りになりそうだし?
彼だって可愛い子が側にいてくれたら楽しいでしょ」
「…あんた…さっき思い切り拒否られたの忘れたわけ?」
自信満々に言い放つネリーにエリザは額に手を当てて息を吐きだした。
しかし彼女はめげない。
「あんなの照れ隠しに決まってるじゃない。
彼だって男子高で女の子いないから男の子とじゃれついて楽しんでるけど、男の子なんて可愛くないし遊びならとにかく、ちゃんと付き合うなら可愛い女の子の方がいいわよっ」
と言い放つ言葉に、アーサーは泣きそうなり、エリザは怒鳴ろうと口を開きかけたが、エリザが言葉を発する前に、バッシーン!!!と言う破裂音が部屋に響き渡って空気が一瞬凍りついた。
「ひっ…姫ちゃんは可愛いんだからっ!!
そこらの女の子や…ネリーだって敵わないくらい可愛いんだからっ!!」
と、ネリーを平手打ちで殴っておいて、自分の方がぼろぼろ泣きながらシンシアが叫んだ。
普段は大人しいシンシアの行動にぶたれたネリーもその取り巻きすら茫然である。
「乳母やったあたしが一番よく知ってるんだからっ!!
線だってネリーより華奢だし、胸なんてなくたって貧乳好きな人だっているし…どうしても欲しければ最近はパットだって良いのがいっぱいあるんだからねっ!!!」
い…いや…そういう問題じゃ…根本的に何か……
もう驚きで涙もひっこんだアーサーはそうは思うわけだが、シンシアのあまりの勢いに言葉が出ない。
「見てなさいよっ!!」
といきなりアーサーの腕を取って外に引っ張って行くシンシアにようやく我に返って慌ててそれを追うエリザ。
「あ…あの…シンシアさん?!!」
抵抗するのも出来ず、そのままシンシアの部屋に引きずり込まれるアーサーと止めるに止められず同行するエリザ。
「エリザっ!カーテンダメにするけどゴメンねっ!!」
と室内でようやくアーサーの腕を放してそう言うと、返事も待たずにいきなりかかっているレースのカーテンをはぎ取るシンシア。
それをベッドに放り投げ、いきなり自分の鞄を漁って何かを取り出すと
「これ下に着てねっ!」
と、有無を言わさずアーサーの手に押しつける。
へ?…ええっ?!!!
渡された物はなんとレースの可愛らしいキャミソール。
さすがに女性の下着を渡されてどうして良いか分からず動揺した顔で救いを求めるように視線をエリザに向けるアーサー。
しかしそこでエリザは何か察したらしい。
「…ソーイングセット…はシンシアの事だから持ってるのよね?
ハサミいる?」
と、シンシアに声をかける。
するとシンシアは嬉しそうに頷いた。
もう唯一の味方と思っていたエリザが止めてくれなさそうな事にさらに動揺するアーサー。
しかしそこで
「じゃ、取って来るわ」
と言いつつ部屋を出る時に通りすがりに
(ごめん…埋め合わせは今度絶対にするから今は言う事聞いたげて?
さっきのネリーの言動がシンシアの深刻なトラウマ刺激しちゃったみたいなの…)
と、深刻な顔をしたエリザに小さく手をあわせられると否とは言えず、しかたなく頷く。
まあ…この二人に対しては2年ほど前にドレス姿も女子校の制服姿も晒しているわけだから、今さらだと思えば諦めもつく。
幸いにしてギルは現場張り付き、ルートとフェリは2階の部屋にこもりきり、ネリーとその取り巻きはきっともう二度と会う事もないし、世話になったシンシアのためと思えばある程度は仕方ない。
アーサーは諦めてシャツを脱いでその可愛らしいキャミを身に付けた。
きつくない…全然きつくないのが、なかなか屈辱的ではある。
それから2,3分後…ハサミを持ってエリザが戻ってからのシンシアはすごかった。
ベッドのシーツはあっという間にスカートに。
その上からレースのカーテンでフリル飾り。
レースじゃないペパーミントグリーンのカーテンはリボンになった。
最後にレースのカーテンの残りであっという間に作られるベール。
それをふわっとアーサーの頭に被せると一歩引いて首を少し傾ける。
そしておもむろに自分の長い髪を肩口あたりでゴムで結び、なんと止める間もなくばっさり切り落とした。
「えっ?!!ちょっ!!!シンシアさんっ?!!!!」
さすがに驚くアーサーに構わずそれを二つの束に分けて編んでいく。
そしてそれをアーサーの頭にピンで留め、ベールをかけ直して満足げに頷いた。
「相変わらず…器用と言うか…もうシンシアこの手の事にかけてはすごいわよね…」
と苦笑しつつも感嘆のため息をつくエリザ。
アーサーはどう反応して良いかわからない。
ただネリーの言葉で真っ青になって泣きそうになっていたシンシアが満足げな表情になった事に少しホッとした。
しかし落ち付いたかと思えば
――姫ちゃん……っ!!
と、いきなり抱きついてぎゅうぎゅうと抱きしめてくるシンシアに目をぱちくりさせるアーサー。
「大丈夫っ…みんな姫ちゃんの味方だし姫ちゃんは誰よりも可愛いからね?
悲しく思う事なんて何もないのよ?
1人で思いつめたりはしないでね?
みんなで守るからね?」
と、矢継ぎ早にシンシアの口から語られる言葉とエリザの複雑な表情に、アーサーも分かった気がした。
シンシアのトラウマと言うのはきっと、自殺してしまった幼馴染の関係なのだろう。
確かに3年前…ロミオとジュリエットを演じた時も、シンシアはアーサーに対して神経質なまでに気を使って甘やかしてくれていた気がする。
「あー…じゃあ、シンシアはゴードンの部屋に戻ってて?
あたしは姫ちゃんをギルの所に連れて行くわね?
あいつのとこが一番安全だから」
頃合いだと思ったのだろう。
そう言って、反応に困っているアーサーをサッと引き寄せてそう言うエリザ。
それに対しててっきり自分が側に…と主張するかと思っていたら、シンシアは
「それが良いわね。彼すごくしっかりしてるし姫ちゃんをしっかり守ってくれそうよね」
と、嬉しそうに頷く。
「アーサー君はこっちね」
とそこでエリザに腕を取られて、ようやくアーサーはどこか様子のおかしい感じのするシンシアから解放されて、逃げるように廊下に転がり出た。
そして急ぎシンシアの部屋を離れてネリーの部屋の前へ。
「ゴメンね。
幼馴染のアンジュが理由はわからないけど状況的に自殺だって思われる死に方してから自分にとって大事な相手が誰かに傷つけられるって言う事にすごく過敏になってるの」
苦い笑みをはりつけたまま手を合わせるエリザに
「いえ…劇の時にはシンシアさんにもずいぶん親切にして頂きましたし…」
とアーサーが応えると、エリザはホッとしたように息を吐きだした。
確かに…シンシアは2年前のロミジュリの時も優しく細やかだったが、少しでもアーサーに対してマイナスな事を言ったりしたりする輩に出会うと普段の大人しさが嘘のように、まるで子どもを守ろうとする野生動物の親さながらに必死な様子で相手に立ち向かって行っていた気がする。
当時はそんな事情は知らなかったものの、それまでそんな風に自分を庇ってくれるような人間に会った事がなかったので、なんだかくすぐったくも嬉しかったのを覚えている。
今回もいきなり女装とかは少し困ったが、それでも腹がたつよりもシンシアがそうやって自分のためにと思って、あの気の強そうな友人に敢然と立ち向かって動いてくれた事が嬉しい。
まあ…こっそり自分の部屋で着替えてくればいいことだ…と、そうしてアーサーが階段の方へと足を踏み出しかけた時、タイミングの悪い事にネリーの部屋のドアが開いた。
「エリザ遅えよっ!頼んだ事伝えてきたか?!」
と、おそらくドアのところで聞こえる声に気づいて顔を出したのはギルベルト。
隠れる暇もなかった。
ばっちり合う目と目。
互いに固まる。
さきに硬直から抜け出したのはギルベルトだった。
――…まじ…かよ……
と、片手で顔を覆って呟く言葉にアーサーは泣きそうになった。
ガチな女装だ。
さすがに…気持ち悪いだろう。
「…ちょっと…俺様まずい……」
と前かがみにしゃがみこむギルに立ってられないくらい気分が悪くなるほど気持ち悪いのか…と、とうとうアーサーの目から涙が溢れ出る。
しかしそこで横からそっと目元に添えられるハンカチ。
――…アーサー君…
と、名を呼びつつ、そっと耳打ちをするエリザの言葉にアーサーは目をぱちくりさせた。
それはちょっと…と思うモノの、もうこれ以上悪い事はないか…と、半分自棄な気分でアーサーはエリザに言われたままを実行するために、しゃがみこむギルの前に膝をついた。
そして
「…ギル……」
と、エリザの指示通り、胸の前で両手を組んでそう言って少し下から涙目で見あげて
「…事件……すぐ解決して?」
と縋るような目というやつをしてみると、気分が悪くて熱っぽいのだろうか…少し赤い顔のギルが目を見開いてガシっとアーサーの両手を自分の両手で包みこんで
「任せてくれっ!!絶対に華麗に解決してみせるからっ!!!」
と即答した。
エリザに言われたままのそのギルの反応に、アーサーはさすが従姉妹…と、感心する。
そしてエリザに視線でうながされるまま、次の言葉を口にする。
「じゃ…ゆびきり?」
と握りこまれた手をそっと外して小指をたててギルの前に差し出すと、これもエリザの指示通り、コクンと小首をかしげて見せる。
「するっ!!!」
と、これにもギルは即答。
しっかりとこゆびを絡ませて来るので、アーサーは『ゆ~びき~りゲンマン』と一応歌って、『ゆ~びきったっ』で指を放すと、今度は何故だか抱きしめられる。
「絶対に即解決してみせるからなっ!
アルトが望むなら今すぐ事件の鍵を解き明かして見せるっ!!」
そう言ったと思うと、ギルはアーサーを放して反転した。
そして室内に入る。
「うん、あいつを動かすにはアーサー君が一番ね」
と腕組みをしながら満足げに頷くエリザ。
この隙に着替えに…と、アーサーはそろ~っと階段に向かいかけるが、そのエリザにガシっと腕を掴まれて
「ギルにはまだまだ働いてもらわないとだし、協力してね?」
と、迫力のある笑みで言われると逆らえるはずもなく、そのままその場に残る事になった。
こうしてエリザと共にソロリとその斜シンシア後方に控えるアーサーの目の前で、ギルは他の者など存在しないかのように室内のあちこちに目を向け、奥に進みバルコニーに出た。
その後また室内に戻り、室内に視線を向け、ぱちりと目を閉じる。
静かに…何か憑かれたように…もしくは祈りを捧げるように…小さく口を動かして何かを反復すると、
「わかったっ!」
と、いきなりカッ!と目を開いた。
「は??」
と、さすがにアーサーはわけがわからず目を丸くする。
「物理的な謎は全部解けた。
まあ動機はわかんねえけど…」
「…ほんとに?」
確かにギルはすごい人間だとは思ってはいるものの、この短時間に?とさすがに思うわけなのだが、ギルはアーサーの言葉にニコリと頷いた。
「お姫さんが解決してくれって言うならな、この程度の謎なんざいくらでも説いてやるぜ」
と言う言葉はでたらめのようには思えない。
「まあ…あんたがその気になれば不可能ではないわよね。
単に普段はその気にならないだけで」
と、エリザはこれを見越していたように後方に立たずみながらため息をつく。
「要はね…集中力の問題よ。
あいつは常人じゃありえないほど知能が高いけど、普段から全力で生きてたら疲れちゃうじゃない?
だから無意識にセーブしてる。
で、大事な大事なアーサー君にお願いさせることでその無意識につけてるリミッターを取り払ってみたってわけ」
と、パチンとウィンクしながらアーサーが意味がわからずにいる事に気づいて説明してくれるエリザも十分頭がよく周りが見えていると思う。
ポンと軽くアーサーの肩を叩いてそうフォローを入れた後、エリザは再度ギルに視線を向けた。
そして
「で?ご説明願おうかしら、迷探偵さん?
犯人はネリー…じゃないわよね?」
とさらに続く言葉に、ギルは頷く。
「当たり前だろ。自室にひと呼びつけてその場で殺してそのまま死体放置で一晩死体と寝るなんて馬鹿まずいねえよ。
というか…普通嫌だろ?死体と一緒の部屋に寝るのって」
「あ、それもそうよね…」
エリザは苦笑。
そしてすぐ笑みを止めた。
「でもそうすると密室じゃない?ネリーが起きるまでは鍵かかってたわけだし…
バルコニーから逃げたにしてもここ3Fだしね。
地面からだいたい6m?
近くに飛び移れるような物もない。
バルコニーの手すりにロープとか結んで降りるにしても降りた後にはずせないから結んだままのロープが残ってないとおかしいし…梯子なんかここにはないし万が一外から持ち込んだにしてもそれならぬかるんだ地面になんらかの後がついてないとだしね。」
「ネリーは…ここでは施錠する習慣ないみたいだよな?」
「ええ、子供の頃からきてるからね。
子供の時って逆に鍵かけた状態で室内で何かあったら危ないから鍵かけちゃだめとか言われてたし。その頃の習慣かな。
いまでもどうせかけないからネリーが来た時はこの部屋の鍵はマスターと一緒にしてる。
…って事で…もしかしてあたしが疑われてたりとかはないわよね?」
「ねえよ。
全員容疑者と言えば容疑者と思うべきだけどな。
すごくぶっちゃけるとお前が犯人というのはありえないと思ってる。
お前が犯人ならこんなトリック使う必要ないし。」
肩をすくめてそう言うギルにエリザはちょっと興味深げな視線を送る。
「トリック?」
「ああ。全然密室じゃないというか…今回の事で1Fのいたずらについてすごく納得できたんだが…犯人はわかっても動機がわかんねえ。
お前らの人間関係知らねえしな」
と言う言葉に犯人がここにいる人間なのだと再認識させられて、さすがにアーサーは蒼褪めたが、エリザは淡々としたものだ。
「知人の犯罪暴かれるの嫌だったらわざわざあんたをこの部屋に残さないし、サクっと言ってくれちゃって良いわよ。
いったい誰がうちの別荘で殺人事件なんてふざけた真似してくれたのかしら?
逃げられないうちにふん捕まえちゃいましょう!」
と、冷やかに言い放った。
「わかってる範囲で説明する。
でもたぶん俺だと内情知らなさすぎて結論まで辿り着かない。
だからそこからお前の情報を加味して考えてくれ。」
「了解っ」
「一気に行くぞ」
ギルベルトは宣言して小さく息を吐いた。
「まず…ロイの寝返りの顛末から。
ロイはネリーに何か弱みを握られていて、本当は心情的にはキアーラの側につきたくてそのつもりだったのを、そのネタを盾にネリーに引き抜かれた。
これは…ロイから感じた印象。
気が弱くて神経質で臆病。そんな奴だ。
普通自主的に個人的好みで裏切ったりとかする度胸ないと思う。
以上から脅されての寝返りという推論が成り立つ。
次に…昨夜この部屋に起こった事の推論に移る。
弱みを握られた状態で協力してチェス勝負に負けたロイは、当然ネリーからの制裁を怖れる。
犯人はそこにつけこんだ。
犯人はロイに次のように言った。
ネリーがロイの謝罪を求めている。ただし普通の謝罪など欲しくない。
どうせ謝罪するならこの豪雨の中バルコニーまでよじ登ってきて謝罪するくらいの事をしろと言っている。
ただし…ネリーの立場上万が一にでもそんな事をさせたのがバレては問題だから、他に見つからない様に。
ネリーとごく親しい人間が言う事でもあるし、ペナルティだからそういうむちゃくちゃな注文もありうるだろうと信じるロイ。
そこで犯人はロイに時間を指定した上で、その時間にネリーの眠りが深くなるように睡眠薬か何かを飲み物にまぜて飲ませる。
あとは普通にドアからネリーの部屋に入り、バルコニーからロープを垂らしてロイを待ち伏せて、ロイがロープを伝って登って来て部屋に入ってネリーに気を取られてるうちに後ろからさす。
ロイの死を確認したら、あとはネリーの部屋のドアの鍵をかけ、自分はロイが登って来たロープを伝って降りる。そのロープの跡がここにある。かすかに塗装が剥げてる。」
と、ギルベルトは手すりの一本の下の方を指差す。
「ストップ!でもさ、それなら犯人はどうやってそのロープを回収したの?
下からバルコニーの手すりに結んだ結び目解くのは無理でしょ?それに地面には足跡ないし。」
エリザの言葉にギルベルトは自分のハンカチを出して、それを手すりに巻いて両端を片方の手でつかんだ。
「こういう事だ。
ロープを結んでないんだ。長いロープを半分にしてその間に手すりを挟むような感じで使ったんだ。
で、ロイにもおそらくそこから出る様に指示したんだろうが、開けておいた1Fの廊下の窓から自分も室内に戻ったんだ。
ただここで一つ誤算が。
行きは良かったんだが、降りてくる際に当然この豪雨だから犯人はかなり濡れていて、室内に入った時に絨毯が濡れてしまった。
丁度ネリーの部屋の真下の絨毯が濡れていれば何らかのチェックをいれる人間がいるかもしれない。
犯人は迷った挙げ句、廊下のあちこちを濡らす事にした。
水…だと雨を連想させる可能性もあるから、撹乱のため、よく血の代わりに使われるトマトジュースで非日常を演出。単にいたずらか何かでぶちまけたんだと思わせる。
これが密室のカラクリなんだが…ここで犯人の特定に移る。
ロイがネリーからの使者と信じたという時点で、ネリーと不仲なキアーラ側の人間はありえない。
明らかに意地の悪い要求というのは目に見えてるため、相手には優しく可愛い女性に思わせたいと思っているとりまきのゴードン達にネリーがそういう風に言わせるというのもありえないから奴らでは同じくロイが信じない。
ロバート…だと当然お前の耳にも入るよな?
ではお前か?
お前なら鍵を持っているからトリックを使う事自体に意味がない。
で、残りだ、犯人。
ネリーと親しくて、そいつが言う事ならネリーの言葉だと信じさせる事ができ、普通に飲み物をすすめてもネリーが疑いなく飲む相手。
そして…ネリーがここにいる間は施錠しない事を知っている人物。」
ギルベルトは言ってチラリとエリザの表情を伺う。
「シンシア…なの…?でも何故ロイを?」
呆然とつぶやくエリザにギルベルトもうなづいた。
「そこがわかんねえ。が、」
「が?」
「ロイとネリーがおそらくジュリエットの死にかかわっていて、それをネタにネリーがロイを脅していたんだと思う。
ジュリエット、アンジュが亡くなってもう5年だ。
何故このタイミングに、なのかと考えた時に、ネリーがロイをアンジュの死に関する事で脅していたのをシンシアが聞いていて復讐をと考えると納得がいく。
シンシアが食事の時に亡くなったアンジュの事を話した時のネリーの動揺ぶりを見ると、ネリー自身もアンジュの死に無関係じゃないのかもな。
で、1Fのいたずらに戻るが、あのメッセージは…おそらくネリー向けたものかと…。
共犯者(?)のロイを密室のネリーの部屋で殺し、ああいうメッセージを残す事でネリーに恐怖とプレッシャーを与えるのが目的なんじゃないかと言うところまでは考えたんだが…」
そこでギルベルトは動きかけるエリザの腕を掴んだ。
「お前は…暴走すんなよ」
「暴走するなっ?!至極冷静なる報復だったらいい?!」
そのギルベルトの手を振り払ってエリザはさけぶ。
ギルベルトはその腕をまたつかんで静かに言った。
「推論にすぎねえんだよ。」
「限りなく事実に近い推論よっ!」
「暴走する前に…真実を知る方向で動くべきだ。」
「真実がわかって?!それでどうなるって?!」
「とりあえず…処罰されるべき人間が処罰されて…お前は長年納得のいかなかった謎を解決できる。
その後…お前はアルトと学校で昼飯食える。そうだろ?」
「そこでアーサー君を出すか…」
思わず力が抜けるエリザ。
「ここでお前が暴走して何かあったらアルトだって心痛めるだろ」
とギルの口から自分の名が出て来た事に気づいて、茫然とやりとりを聞いていたアーサーは慌ててコクコクと首を縦に振った。
「それ…ずるいな…」
「ずるくない。真実だ。アーサーにホントに似てるなら…多分アンジュも…」
「それやめて…真面目に滅入る」
「悪い」
そこはさすがに珍しく素直に謝罪するギルベルトにエリザはため息をついた。
「ロイは本当にわからない…でもネリーに関しては…自分がジュリエットやりたがってたから。
だからそれが原因で嫌がらせくらいしてても不思議じゃないと思うわ。
あたしも気をつけてるつもりだったんだけど…」
「とりあえず…ロイ本人は死んでるから事情聞けるとしたらネリーかシンシアだが…」
と言ってギルベルトはチラリとエリザを伺う。
その無言の問いにエリザは考え込んだ。
「………聞くならシンシアの方がいいわ。
本人も関わってる奴から話聞いたらあたしが殺人犯になりかねないから。」
何か苦いものでも飲み込む様にエリザは言う。
「じゃ、とりあえずゴードンの部屋行ってシンシア一人連れ出して事情聞くか」
ギルベルトは言ってバルコニーを出て部屋に入ると、そのまま部屋を通り越して廊下に出た。
(…ほんとに…シンシアさんが……?)
優しい人だ…と思う。
少なくともアーサーにはいつもいつも優しく気遣ってくれていた。
ギルの推理ではあるが、外れていると良いのに…と思うが、おそらくギルが言う事に間違いはないのだろう。
前回の殺人事件は渦中の人にはなったが、自分の身近の人間が殺人を犯したりはしていなかった。
自分の側の人間は一方的な被害者だった。
殺されてしまうのと殺してしまったのとどちらがマシなのだろう…と思うが、答えは当然ながら出ない。
でも嫌だ…と思う。
間違いであれば良い。
あの優しい人が犯人だとかやめてくれ……
ツ~っと自然に流れる涙。
「…アーサー君、大丈夫。大丈夫だからね」
と、それに気づいたエリザに抱きしめられた。
学園祭の劇の頃にだけ一緒にいた自分と違って、ずっと長い付き合いの幼馴染なのだからエリザの方がずっと辛いだろうに、そんな相手に慰められるなんて…
ましてや相手は王子様のようでも女性なのに……
「…ごめ…なさ……っ…」
止まらない涙。
女々しい自分が情けなくてシャクリをあげながら言うアーサーを
「ギル…今だけお姫様貸して?」
と、エリザが抱きしめてくる。
普段なら当然のように文句を言うギルは、しかし
「仕方ねえなぁ…立ち直ったら即返せよ」
と、複雑そうな表情で唇を尖らせた。
「……?」
「…やっぱ…あたしもお守りするお姫様が欲しいなぁ……」
意味がわからず首をかしげるアーサーを抱きしめたまま、エリザは大きく息を吐き出して言う。
「アルトはやんねえぞ?」
「わかってるわよ。
あんたが粗略に扱ったらかっさらう気は満々だけど…」
「ありえねえな。
俺様ハッキリ言って出会ってこのかた、お姫さんのためだけに生きてるし?
お姫さん守る為に過剰な才能を持ち合せて生まれてきたんだと思うし…
お姫さんのお願いってやつなら万難を排して喜んで叶える所存だし…
お姫さんが死んだら死ぬな」
「…なんて羨ましい……」
はぁ~っとまたため息をつくエリザにアーサーの脳内のハテナマークはどんどん大きくなっていく。
「…あの……意味がよく………
女性って、こう言う時は慰めて甘やかして守ってくれるような相手が欲しいのでは?」
少し会話が途切れたところでおそるおそるそう口を挟むと、ギルが、あー…と、小さく吹きだして、
「えっとな、こいつはちんちんないだけで中身男だから」
と言った。
それに対して
「お姫様に下品な発言きかせてんじゃないわよっ!」
と、エリザは後ろから軽く蹴りを入れる。
そして、
「ようは…ね」
と、しっかり抱え込んでいたアーサーを少し離してその顔を覗き込んだ。
「あたしは…ギルもだけどね、誰かを守らなきゃって思う事で強くなれるタイプなのよ。
自分が守りたいって思えるような子を守れるのが幸せだし楽しいし、その子を守るためって思えばたいていの事は乗り切れる。
あたしは大切な子を守れずに死なせちゃったからね…。
正直ギルが羨ましいわ。
あ、でもね、ギルに言った事は本当だからね?
まあないとは思うけど、あいつが浮気の一つでもしたり粗雑な扱いするようになったら、あたしの所に来てね?
まあそうじゃなくてあいつが嫌になった時でもあたしはいいんだけどね。
アーサー君さえその気ならいつでも歓迎よ?」
「お~ま~え~は~~~!!!!どさくさにまぎれて口説くなっ!!!!!」
にこりと微笑んでまた抱き寄せようとするエリザの腕からギルはアーサーを取りかえして叫ぶ。
「なによ、自由恋愛でしょ?」
ムキになるギルにそう言うエリザに、まゆを吊り上げるギル。
これは…冗談なんだろうな…とアーサーは思うが、しかしエリザといるといつもは大人で完璧なギルが年相応の高校生に見える気がした。
それを指摘しつつ
「ギルとエリザさんてお互い対等で実はお互い好きだったりとか……?」
と、そうあっては自分も困る事は困るのだが、ついついそう聞いてみると、2人はピタッと同じタイミングで黙り込み、同じタイミングで顔を見合わせ、同じタイミングで
「「………ないわぁ~~~」」
と、嫌そうに顔をしかめる。
「まあ…あるとしたら男女ってんじゃなくて、せいぜい背中任せられる戦友…みたいなもんか?」
「…そうよね。ギルは素直に大人しく守られてなんてくれないでしょうし」
「いや、お前それ逆だろっ!普通おんなのお前の方が大人しく守られとくべきだろっ」
「女じゃないって言ったのはあんたでしょうがっ」
「…そうだけどよ」
そんなやりとりの中でなんとなくいつもの調子に戻ったように見えるエリザに、ギルはくしゃくしゃっと髪をかきながら、珍しくやや言いにくそうに口を開く。
「ま、戦友のよしみで学校に居る間とか、俺様が側に居られない時はお姫さんを預けてやっても良い。
…ってことで……そろそろ……」
「ええ、3年前と今回の真実ってやつを暴きに行きましょうっ」
それを受けてエリザが何か苦いものを振り切るように毅然とした様子で廊下の先、3階組が集まっているゴードンの部屋のドアに視線を向けた。
こうして3人で向かったゴードンの部屋。
エリザが一歩前に出てノックをするが返事がない。
そこで
「ゴードン、開けて」
と、さらにエリザが声をかけると、「ちょっと待ってくれ」
すぐ中から返答はあったが、それでもドアは開かれない。
顔を見合すエリザとギル。
状況が状況だけにあまり穏やかとは言えない想像が頭をよぎった。
「ちょっと!ゴードン開けてよっ!何かあったの?!」
痺れを切らしたエリザがドンドン!とドアを乱暴に叩くが、相変わらず
「ちょっと待ってくれ」
の一点張りである。
「これ…何かあったのかしらね。ちょいマスター取ってくるからギル見張ってて」
エリザは言って踵を返した。
「ゴードン…何かドアを開けられない理由でもあるのか?」
ギルベルトはエリザを待っている間も一応声をかけてみるが、返答がない。
「取って来たっ」
やがてエリザが帰ってきて、マスターキーで鍵を開けるが、いざドアを開けようとすると開かない。
向こうからつっかい棒か何かをしているらしくギルベルトとエリザだけでは開かない。
「ダメだ、開かねえ!エリザ…2F組呼んで来い。
開けるのは男だけでいいが、女1人だけ部屋に残すのは怖えから」
ギルベルトが言うと、
「了解っ」
と、またエリザが走って行く。
やがて2F組を連れてエリザがまた戻って来た。
「理由はわからねえんだが、何故かドア開けたくないらしくて向こうからドアにつっかい棒か何かしてるっぽいから、男全員でちとこじあけっぞ」
と、ギルベルトが説明して男4人でドアを引っ張る。
今度はさすがに押し切ってドアが開いた。
キラリ…
ドアが開いた瞬間、いきなり何かが光る。
飛び出してきたそれが丁度ドアの開いた所にいたエリザに向かうのをかばうように立ったアーサーをさらに慌ててかばうエリザ。それをさらにギルベルトがかばった。
ギルの腕から血飛沫が飛び、フェリシアーノ姉弟の悲鳴が上がる中、ギルベルトはナイフを持ったゴードンの腕をつかんでそのまま投げ飛ばし、ナイフを叩き落とす。
「おい…冗談じゃすまないぞ…これ。」
ギルベルトは有無を言わさずルートのカーディガンを取り上げると、それでゴードンの手を固定して、足元に転がるゴードンを睨みつけた。
「ご、ごめん!ギル!
お…おれ……」
アーサーが蒼褪めて泣きだすが
「ああ、腕だし皮一枚だから大丈夫だ。お姫さんのせいじゃないから。
お姫さんに怪我がなくて良かった」
と、厳しい表情のまま言うと、自分でちゃっちゃとハンカチを出して止血し始める。
他は本当に呆然だ。
「ねっ救急車…」
思わず言うキアーラに
「だから…土砂崩れで…」
と青ざめたまま言うエリザ。
「…俺が止めなきゃ下手すりゃお姫さん刺すとこだったぞ、お前…。
止められて良かったな…。
お姫さんに小指の先ほどの怪我でも負わせてみろ。
俺様は日本の政財界の中枢にいる海陽OBを始めとする全人脈を使ってお前だけでなく一族郎党を一生どん底から這い上がれないくらいの社会的制裁を加えた上で、死んだ方がマシだって思う程度には心身ともに苦痛にのたうちまわる思いさせてやるぞ…」
思わず凍り付く様な怒りきった目で言うギルベルトにゴードンは青ざめて震え始める。
「……で?何のつもりだ?」
さらに低く殺気立つギルベルトの声。
そのままゆっくり屈むとギルベルトはたたき落としたゴードンのナイフを拾い上げた。
「どうして閉じこもってたかと思ったらいきなりナイフなんだ?言えっ!」
全員がドッと冷や汗をかく中、ギルベルトがゴードンを睨みつける。
「エリザがロイ…殺した犯人で、今度はネリーを狙ってるっていうから…」
ゴードンの言葉に少しエリザが表情を硬くし、アーサーは驚いた顔から次第に泣きそうな顔になる。
もちろんギルがそれに気づかないわけはない。
拾い上げたナイフを手に一歩前に出た。
「お前ただの筋肉馬鹿だな。いきなり刺して捕まるのはお前の方だ。
警察に聞かれたら思いっきり証言してやる。」
その言葉にも青ざめるゴードン。
それでも
「ネリーが人殺しなんてするはずないし…あの部屋中から鍵かかってたってことは、合鍵持ってるエリザしかいないだろ、犯人は」
と言うゴードンの言葉に、ギルベルトはスイっとさきほどのナイフから手を離した。
そして…それは本当にゴードンの耳からわずか2mmくらいの所の絨毯につきささって、ゴードンにヒッと引きつった声をあげさせる。
「ああ、わりい。手、滑ったわ。
エリザは昨日あれから10時半くらいまで俺とルートとアーサーと4人で露天風呂入ってて、その後はフェリちゃんの部屋行って、そこで犯人らしい人影を目撃してるんだが…」
ニコリと口元だけ笑みの形で言うギルベルトの紅い目は笑ってない。
そしてその後に続いて
「…実は…そのあと3時くらいまであたしの部屋で話してたんだけど…」
と、そこでキアーラが初めて口をはさんだ。
それは初耳だったので、ほぉっとぴくりと眉毛を器用に片方だけあげるギルベルト。
「じゃ、決定だな。
貴様は無差別に一般市民に切りかかって怪我をさせた犯罪者だ」
と、あくまで静かにギルベルトはそう言い放つ。
その感情のこもらない声音が怒鳴るよりも恐ろしい。
しかしゴードンは果敢だった。
恐ろしさに震えながらもそれに対して
「死体見つかったの6時くらいなんだから3時間あるだろっ!」
そう言うが、
「それはない。」
と、ギルベルトはきっぱりと断言した。
「遺体発見時刻が5時47分。
で、遺体の状態から推測するに発見時に死後5~8時間くらいはたっていた。
以上の事から犯行推定時間はおおよそ昨夜10時から今朝1時前くらいだな。
更に言うなら…昨日の夜11時頃フェリちゃんが見た影っていうのが犯人の可能性高いから多分11時前後か、殺されたのは」
ギルベルトの説明にエリザとルート以外はぽか~ん。
「お前…一体何者だよ」
それまで無言を通していたハンスがコソコソっとつぶやくと、ギルベルトは綺麗な笑みを浮かべて
「萌え系推理小説の主人公高校生探偵…らしいぞ?お前が刺そうとした女に言わせると。
ま、その実態は単に幼い頃から色々教え込まれた警察関係者の息子というだけだがな」
と言い放つ。
ここは笑っていいところなのかどうなのかもわからない。
そこでみんなが戸惑い黙り込んだところで、ギルベルトがさっきエリザとアーサーにした密室トリックを説明した。
「…というわけで、だ」
一通り説明してギルベルトは息を吐く。
「合鍵持ってるならこんな面倒なトリックなんか使わねえから。エリザはまず犯人じゃねえ。
そういうわけで部屋いれろ。そっちの女性陣に聞きたい事があるから」
ギルベルトが言うと、それでも悩む素振りのゴードンとハンス。
「時間がねえっ!!」
と、焦れて2人を押しのけようとするギルとそれを阻む2人に、アーサーが飛び出した。
ふわりと揺れるスカート。
ウィッグにヴェールという姿なのも忘れて、ゴードンに走り寄る。
「優しいシンシアさんに…これ以上悪い事させたくないんだ。
お願いだから…」
今回のロイの殺害が本当にギルが言うようにシンシアの手によるものだったとしても、2年前から続く自分に対する彼女の優しさは嘘ではないとおもう。
きっと何かの事情があるのだろうし、罪を犯してしまっていたとしても出来れば自首してもらって、少しでも罪を軽くして欲しい…
本来人見知りのアーサーだが、必死だ。
涙ぐんだ目で自分より頭一つ分高いゴードンを見あげた。
長い金色のまつげでキラキラと光る涙の雫。
その下に覗く大きく丸い、澄んだ淡いグリーンの目。
透けるように真っ白な肌に震える桜色の唇。
祈るように胸元で合わせた手の指先は細く、頼りないまでに華奢な肩も震えている。
「…あ…あの……えっと……」
と口ごもり赤くなるゴードンに、きょとんと首をかしげるアーサー。
「…えっと…もしかして熱でもあるのか?体調悪い?」
と、そっとその額に伸ばしかけた白い手をいきなり握る。
「え?あ、あの…???」
「…優しいんですね。
見かけも天使、中身も天使。
あなたのような人に初めて出会いました」
「…は???」
「エリザのお友達ですか?」
「はあ??」
ぽかんと呆けるアーサー。
その次の瞬間
「「俺(あたし)のお姫さんに何してくれてんだーー!!!!!」」
と、エリザのラリアットとギルの蹴りが炸裂してゴードンが吹っ飛んだ。
ふっとぶゴードン。
慌てて駆け寄りかけるアーサーをギルが引き寄せ、代わりに床に伸びたゴードンの顔すれすれにエリザがドン!!と足を振り下ろす。
「良いからっ!吐きなさいっ!!
お姫様を確実に危険な事からお守りするためよっ!!!」
上から見下ろしつつそう宣言するエリザに、ゴードンはようやく口を割った。
「あの…エリザが犯人だと思ってたから…ネリーを逃がさないとと思って俺が囮になってなるべく引きつけるって事でシンシアと外に…」
おずおずと言うゴードンに
「こっ…の馬鹿野郎があぁぁっっ!!!!!!」
とギルベルトがキレた。
「殺人犯とそいつが殺したいと思ってる奴セットで逃がす馬鹿がどこにいるんだっ!!!」
ギルベルトの怒声にゴードン以外の面々もすくみあがる。。
「とにかく探すぞっ!雨で地盤緩んでて危ないからキアーラはロバートと留守番っ。
そこの馬鹿は勝手に探せっ!エリザはこの辺り詳しいし来い!お姫さんは…」
「俺も行くっ!シンシアさん止めないとっ。ギルこそ休んでなくて平気か?」
アーサーはそうギルベルトに申し出る。
「ああ、大丈夫だ。
俺様はまあ…怪我はたいしたことないしそこの馬鹿2人よりは役に立てると思うから。」
ギルベルトは言って、今度はちらりとルートに視線をむけた。
それに気付いてルートは
「もちろん俺も行くぞ。同じくそこの愚か者2人よりは兄さんの役にたてるはずだ」
と、生真面目な様子で頷く。
「ルートが行くなら俺も一緒に行くよっ!」
と、フェリシアーノもそれに続いた。
こうして一応ギルベルトの腕の応急手当だけすませて探しに出る事にする。
ゴードン達は家の周りを探すという事で、他4人はとりあえず土砂崩れの所まで行ってみる事にした。
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