ジュリエット殺人事件G_6

思い出


そうしてダイニングへ。
二人が座るとロバートが紅茶を入れてくれる。
それをすすりつつ、シンシアは話し始めた。

「最初ね、中等部の制服着た姫ちゃん見た時にね、なんだか私タイムスリップしたのかと思っちゃったの。
可愛くて優しくてフワフワしてて天使みたいで…丁度ね、当時の姫ちゃん…アーサー君と同じ年で亡くなった私が大好きだった親友と雰囲気がすごく似てたのね。
私はこんな風に地味で冴えない子なんだけど、そんなすごく可愛い彼女と親友なのが何より自慢だったの。
だから姫ちゃん見た時は本当に嬉しくて…最初はちょっと悲しかった乳母の役をやるのがとっても嬉しくなった。彼の側にいるとその親友が戻って来たみたいで本当に幸せな気分になれたのよ…」

その後シンシアは練習風景やアーサーのジュリエット、そして護衛と称して学園祭が終わるまでいつも練習後自宅までアーサーを送り届けるエリザと一緒に自分もついていった時のことなど、それはそれは楽しそうに語った。

(中学時代のアーサーかぁ…あとでギルにも話してあげよう)
ギルとルートの兄弟には世話になりっぱなし感がどうしても抜けなかったフェリシアーノだが、そこで思いがけずアーサーの中学時代の話をきけて、これはルートはとにかくとしてギルにはすごく価値ある情報だろうと思ってホッとして、シンシアに礼を言うと部屋に戻った。

一方…残されたギルベルト達。
ネリー達はすごい勢いでもめているので、いったん部屋に戻ろうと2Fへの階段を上がるが、そこでエリザが一言
「ね、アーサー君、これから2人で露天入らない?」

「「「え??」」」
と、動揺する男3人。

「おまっ!!何考えてやがるっ?!」
と、まずギルがアーサーを抱え込んだ。

「ガキの頃ならとにかく、女子校にまで行っていい加減お前もわかってんだろ?!
大人になってもチンチンは生えてこねえぞ?!!」
とのギルの言葉に、ポカンとするアーサー。

そしてどこから出て来たのか、何故かエリザが手にしていたフライパンがうなって、ギルが殴り倒される。

「あんた、いつの話してんのよっ?!!殴るわよっ?!!」
と叫ぶエリザに
「もう殴ってんじゃねえかっ!!」
と叫び返すギル。
茫然とその様子に立ちすくむアーサーの肩を、ため息交じりにルートがポンと軽く叩き

「あれはあの人達の幼い頃からのコミュニケーションだから気にしないでくれ。
ああ、一応な、エリザの親は男の跡取りを欲するあまり、幼少時のエリザにチンチンは大人になったら生えてくるもので、彼女は男なんだと教えて育ててたんだ」
と、なんだか壮絶なエリザの半生を教えてくれる。

結局
「単に入浴着の用意もあるからそれを着て一緒に露天風呂で思い出話でもって思っただけよっ!」
と言うエリザの言葉で、ギルが自分が一緒なら…と渋々折れて、そこにルートも加わって4人で入浴着で露天風呂とあいなった。


「すっごい雨ねぇ…これホントやむのかしら?」
一応露天と言っても雨避けの屋根はついている。

小さな簡易テーブルもあるので飲み物も持参で、4人で風呂につかりながら、おしゃべりに興じていた。

「まあ…この人数でも2週間分くらいはなんとかなる食材はあるから、外に出られなくて退屈なだけなんだけどね」
エリザは言って大きく伸びをする。

「中学くらいまでは長期滞在も楽しかったんだけどなぁ…よく4人で遊びにきて…」
「お前とネリーとシンシアと…あと一人誰だ?」
「うん、中1で死んじゃった子がいてね。事故死なんだか自殺なんだかいまだわかんないのよ、これが。
うちの学校ってさ屋上に大きなマリア像があるんだけどね、その子そのマリア像が好きでねぇ。
よく見に行ったり抱きついたりしてたんだわ。
で、確か台風の日だったかな。
学校休みだったんだけど、何故かそのマリア像見になのか学校行っててさ、屋上から落ちて死んじゃったの…。
事務員さんとかシスターとかが彼女が一人で屋上行くのはみかけてて…だから他殺とかではないらしくて、台風の強い風でバランス崩して落ちたのか飛び降りたのかは結局わからず終いだった…。
まあそれ以来屋上のフェンスは思い切り高くなったんだけどね。」

「ふむ…でも、普通休みにわざわざマリア像を見に学校ってあり得なくないか?
覚悟の自殺だろう?」
考え込むギルと、しごくもっともな意見を述べるルート。
エリザはそれに対して少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「なんていうかね…あたしの常識で計れないような子だったから…。
理屈じゃなくて感覚で生きてるっていうのかな。
花と手芸と妖精さんが好きで…いかにも女の子~って感じで可愛いのに、なんて言うのかな…自己評価が低くてどこか薄幸そうな感じの子だった。
あたし達が中1の頃に例年学園祭で兄弟校の聖月の生徒会と合同で演じるロミオとジュリエットのジュリエット役に選ばれるほど可愛い子だったのよ?
当時のあたしのお姫様だったのよねぇ…もっとちゃんと捕まえておいてやれば良かったってしばらく後悔したわ…」
エリザは言って遠くを見つめる。

「シンシアなんかも仲良くてね、もうアンジュ死んだ時は号泣。あ、その子のことね、アンジュ。
しばらく魂抜けたみたいだったなぁ…。
名前の通り天使みたいな子だったから天使になっちゃったんだ、なんてね、よくボ~っと空眺めて過ごしてたのよ。シンシア。
でね、アンジュが死んだ翌年、自分達が中2でロミオとジュリエットを演じる事になって、配役を決めに向こうの役員に会いに行ったら、顔かたちがっていうんじゃなくて、雰囲気がアンジュにそっくりな子がいたから…どうしてもその子のジュリエットが見たくなって、アーサー君に無理にお願いしちゃったってわけ。」
当時を思い出したのか、少しエリザの顔に笑みが戻る。

「懐かしさ半分。
あとの半分は、あの子を守ってあげられなかったっていう無念を埋めたかったのかしら…。似すぎててなんか人通りが少ない時間に一人にして事故られるのが怖かったって言うのもあったんだけどね。稽古の帰りは必ず二人で送って行ってたわよね?
学祭終わってもシンシアはそのまま追いかけたがってたんだけど、姉妹校の上級生二人が囲んじゃったら同学年の友達が近寄って来なくなって可哀想じゃない?
で、半ば無理矢理引きはがしたの。
でもその後もずっと気にはなってたし、前回の殺人事件の最中なんて、よっぽど自宅を張っちゃおうかとか思ったんだけど、まあ…ギルがいてホッとしたわ」

そんな事情があったのか…と、アーサーは初めて事情を知って、いきなり男の自分の方をジュリエットにと言いだしたり、その後ありえないほど過保護にしてくれた2人の行動に納得した。

「今更なんだが…2校の生徒会役員足してだいたい14人だろう?
それで劇に足りるのか?」
「ああ、足りない分は他から借りてくるのよ。
うちの学校の場合、会長1人、副会長2人は2年生で、会計と書記が2人ずつ4人は1年生。
で、だいたい1年生からジュリエット出して母親とか乳母とかわりあいと台詞ある役は自分達で、パーティの参加者とかいるだけの相手は借りて来た面々。
そう言う役はドレスとか着られるし練習もほぼないからわりとやりたがる子多いのよ」
「なるほど。ネリーとかもそのクチか?」
と、ルートが素朴な疑問と言った感じに聞くと、エリザーは、あ~…と、苦笑して首を横に振った。

「あの子は…ジュリエットやりたくて生徒会に立候補したのよね。
子どもの頃からの教会仲間のあたしやシンシア、アンジュを巻き込んで。
で、4人で見事当選したのは良いけど、当時の会長がアンジュ推しでアンジュがジュリエットに選ばれたら、怒って劇どころか生徒会にも来なくなって、大変だったのよね…」

なるほど…目に浮かぶようだ…と、男3人も苦笑する。

「それでアンジュまで亡くなって、その年の生徒会は後半は異例の5人体制で、本当に大変だったわ。
まあ副会長2人が良い人で、1人ずつになった会計と書記の仕事をしばしば手伝ってくれたんだけどね」

「それでもまだ付き合い続けてるお前のもの好きさには俺様もびっくりだ」
と、それはギルが呆れた声音で言うが、エリザは珍しく
「あたしもそう思うけど…」
と同意する。

「でもね…」
と、それからすぐ続く言葉。
「アンジュは小さな頃に“男の子”だったあたしのお姫様で、中学に入って急に“女の子の生活”をする事になった時には一番の女友達になってくれたかけがえのない子で、その子がね、常々言ってたのよ。
『エリザは強いし何でもできるからみんなを助けてあげてね』って。
あの子が死んであたしにはネリーとシンシアしか残されてなかったしね。
まあ…惰性の付き合いとも言うんだけど…。
特にシンシアは放っておいたら孤立するだけじゃなくていじめられるタイプだったし…。
ネリーは正直もう今回ので面倒見るのは終わりで良いかなって思い始めてるわ」

「…お前ほかに女友達いんのかよ?」
と、ぶっきらぼうではあるがどことなく心配しているようなギルの言葉に、
「失礼ね。こう見えても現役生徒会長よ?
“一緒に行動したがる相手”なら掃いて捨てるほどいるわよ」
と口を尖らせるエリザ。

その言葉に何かひっかかりを感じたギルが口を開く前に、アーサーがエリザに歩み寄った。

「あのっ…隣の校舎だし、授業中もいつも一緒、とかは無理だけど、昼休みなら中庭とかなら両校の生徒が入れるし、実際に一緒に食事してたりもするから…良かったら…」
と言うアーサーの手を
「ありがとう。
ジュリエットからご飯のお誘いなんて嬉しいわっ。
あとでメールするわね」
と、上機嫌で握り締めるエリザと、とたんに心配そうな様子も消えて慌ててアーサーをエリザから引きはがすギル。

「…なによ」
「お前こそ同情引いてお姫さん持って行こうとすんなよ」
「あら?お姫様の方からのお誘いよ?
残念ね。ギル。
あんたは学校違うから昼休み一緒っていうのは無理だしね。
あたしは毎日楽しくお姫様とランチデートできるけど」
「ちきしょ~~!!」

地団太を踏むギルに苦笑するルートとアーサー。

「まあ…でもギルとは週末ずっと一緒だろ?」
と終わらない口げんかにアーサーがそうピリオドを打つと、
「そろそろあがるか。
フェリが1人で泣いているかもだしな」
と、ルートが終了を告げ、夜の露天風呂座談会は終了した。

…そのあと…ルートは1人のけものだと拗ねたフェリシアーノにつきあって、もう一度この場に戻ってどっぷり湯につかりすぎてフラフラになるのではあるが…



とりあえず気持ち良く湯に使って上機嫌で戻りかけた4人の耳に、
「うああああ~~~!!!!」
というフェリシアーノの悲鳴が飛び込んでくる。

「フェリっ?!!!!」

前回が前回だけに全員が真っ青になって、悲鳴の聞こえたフェリシアーノの私室のドアを開けると、飛び出て来たフェリシアーノがルートに抱きついた。

「ルートっ!ルート!お化けがっ!!!」

「………おばけ?」
いきなりの謎の言葉にフェリシアーノが指をさす窓に視線を向けるが何も見えない。

しっかりしがみつかれて動けないルートの代わりにギルが窓に駆け寄って外を見るが変わった様子はない。
念のためと窓を開けて上下も確認するがこれと言って何もない気がする。
「何も…ないぜ?」
「嘘っ!さっき窓の外に浮いてたんだもん、人みたいなのがっ」

その言葉にギルは再度窓の外に目をやる。
幽霊というのはないにしても、泥棒という線もある。
…が、近くに飛び移れるような木もなければ、雨で濡れた土には、特に足跡がついている様子もない。

「やっぱり何もねえんだけど…」
ギルの言葉に恐る恐る窓際によるフェリ。
自身の目で確認してようやく納得したらしい。

「まあ…疲れてるのかもね」
とエリザが、
「…色々あったしな、ゆっくり休みな」
とギルが
「まあまた何かみつかったら今度は内線で呼べ」
と、ルートがそれぞれ部屋に帰りかけるが、最後、ルートだけはガシっと腕を掴まれて、

「1人やだ、怖い、無理っ!!」
と泣きつかれ…そしてさきほどまでの行動を話す事になり……拗ねたフェリシアーノと露天風呂に舞い戻ることになったのであった。




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