勝利
(このメンバーで食べんのか?ホント…)
アーサーがギルに伴われてダイニングに入ると、もうみんな席についている。
一つの大きなテーブルにずらりと並ぶ参加者達。
『めちゃくちゃ消化に悪そうな夕食だな…』
ギルも同じ事を思ったのだろう、コソっと耳打ちしてくる。
「ねえ、お互い紹介してくれないの?エリザ」
にっこりとそう言うネリーの視線はしかしながら“お互い”と言いながらもギルとルートに向けられている。
「そちらの2人、海陽の学生さんよね?
制服、すごく素敵」
どこかねっとりとした視線と共に紡がれたその言葉に、自分もそう思って実際に同じ事を言ったのに、アーサーは何故か不快感を覚えた。
いや、何故かではない。
理由ははっきりしている。
これは嫉妬だ。
ネリーはおそらく男性から見ると魅力的な部類に入る女性で、自分は冴えない男だ。
どちらがギルにふさわしく映るかなんて言われないでもわかる。
ギルを信じていないわけではないが、自信がない。
なんだか泣きたい気分になってテーブルの下でギュッと手を握り締めると、本当によく気がつく出来た人間のギルはそれに気づいて、まるで慰めるかのようにそっとその手を撫でてくれる。
そんなやりとりがかわされている間、エリザがそれに答えて
「ああ、じゃあ簡単に。
海陽の2人はあたしの従兄弟でもあるのよ」
と、言う言葉を遮って、ネリーはギルに視線をしっかりと固定すると、ニコニコと微笑んだ。
「今回はなんだか周りが盛り上がっちゃって…巻き込まれちゃったのかしら。
ごめんなさいねっ。
お名前伺っていいかしら?
私はネリーよ。ネリー・ギブソン。
聖星学院の2年生。
エリザとは通ってた教会が一緒の幼馴染で、中学からはエリザも聖星に入学してきたから同級生で仲良しなのよ?」
と、猫なで声で話かけてくる。
何も知らなかったら確かに顔は可愛い部類には入るかも知れないが…正体知ってるとしらじらしい…と内心思いつつも、ギルベルトは淡々と答えた。
「ギルベルト・バイルシュミット、海陽高校2年。
弟はルートヴィヒ。
で、隣はアーサー・カークランド。俺様の最愛の想い人で、ルッツの隣のフェリシアーノは奴の想い人。
色気だけでしか人材かき集めるようなタイプの女は苦手でな」
と、思い切り容赦なくそう言うと、
「お前、ネリーに何失礼な事言ってんだよっ!ふざけんなっ!!」
と、かけよってきて肩に手をかけたネリーの側の男を、立ち上がって軽くその場で投げ飛ばした。
「俺はそいつの名前なんてひとっことも出してないんだが?
あんた達は自分でそいつに色気だけでかき集められたって思ってたんだな。そうなのか」
と、やはり淡々と言ったあと、一呼吸置いて
「あ、一応言っとくとな、俺様は空手と柔道、それに剣道の有段者だ。
敵対行動にはそれなりの対応をさせてもらうから、そのつもりで」
と、そのまま軽くジャケットの襟を正すと、そのまま再度席につく。
「ま、まあ実際やってみればいいわ。ロイは手強いわよ」
と、そのやりとりをネリーは茫然と見ていたが、やがて我に返ったようにそう言い放つが、ギルはそれには特に答えずただ笑みを浮かべた。
「じゃ、まあ時間もあれだし食事にしましょう」
と、いい加減ひどくなりすぎた空気を変えるように、そこでエリザが呼び鈴を鳴らした。
そして運ばれる食事。
しかし全員に給仕し終わると、使用人ロバートは何かをエリザに耳打ちした。
少し顔色を変えるエリザ。
そして全部話を聞き終えると、あらためてロバートを下がらせて、みんなを振り返った。
「えっと食事前にちょっと聞いて欲しいの。
実は今連絡がはいったんだけど、ここに来るまでの道が土砂崩れにあって通れなくなってるらしいわ。
雨がやめばすぐ修復もさせるし、たぶん明後日帰る頃までには通れるようになると思うから無問題なんだけど、今日、明日はちょっと下に降りれないからそのつもりでね。
まあ…食料や雑貨とか必要な物はここに充分あるから不自由はないけど、頭来てここにいたくないから帰る~とかはできないわよ?」
エリザは最後は少し冗談めかして言う。
それにネリーをのぞく全員が苦笑した。
そして食事。
「とりあえずお互い知らないと色々不便そうだし紹介しておくわね。」
と、その合間にエリザが言った。
「端から…テニス担当のハンス、で、その隣のネリーはわかるわよね?
その隣のさっきギルに投げ飛ばされたのがフェンシング担当ゴードン、で、その隣がチェス担当ロイ、で、さらに隣がシンシア、これは私とネリーの幼馴染の1人ね。
で、キアーラの側は隣のフェリちゃんは実の弟。
その隣のルートはフェリちゃんの恋人で私の従兄弟その1で、テニスとフェンシング担当。
で、その隣はアーサー君。
揉めるのは勝手だけど、この子は私の後輩で愛しのジュリエットだから危害加えたり暴言吐いたりしたら、エリザ姐さんのフライパンが飛びますからねっ。
で、その隣があたしの従兄弟その2。ギル。チェス担当ね。
他は高1でギルだけ高2。
以上っ」
淡々と説明をすると、エリザはまた食事を続ける。
「…あ…そうだったのね…。
ギルベルト君、姫ちゃんにベタベタしてごめんなさいね。
私、中3の時に学祭でエリザがロミオで姫ちゃんがジュリエット演じた時にジュリエットの乳母の役やってたから、つい懐かしくて…
もちろん姫ちゃん自身も天使みたいに可愛らしくて大好きだったんだけど、本当に天使になっちゃった友達にすごく似た雰囲気だったから…」
と、そこで申し訳なさそうにシンシアが語り始めたのを
「シンシアっ!うるさいっ!」
あくまで女の子らしい態度を崩さなかったネリーがきつい口調でさえぎった。
「ネリー?」
不思議そうな目を向けるハンスとゴードンに気付いてネリーはあわてて
「ご、ごめんなさい。お食事中にするお話じゃない気がしたの…。」
と、ごまかす。
不思議そうな顔をする二人。
一方シンシアは怒鳴りつけられてショボンとうなだれた。
「シンシアさん、」
そんなシンシアにやっぱりフェリシアーノが話しかける。
「は、はいっ」
声をかけられた事に驚いたらしい。シンシアはびっくりしたように顔をあげた。
「あとで…チェスの試合が終わった後ででもお話をもっと聞かせて?
俺は中学時代とかのアーサーの事は全く知らないから」
と、笑みを浮かべるフェリに、シンシアは嬉しそうに
「ええっ!ぜひっ!」
とうなづいた。
そして食後…全員場所をリビングへ移す。
「とりあえず…手を教えたりとかできないように、全員それぞれ自分の側の選手の右側面2mに待機ね。
エリザはギルベルト君の従兄弟でもあるし、キアーラの側で」
チェス板を挟んで対面のソファにギルとロイが座ると、ネリーが仕切る。
それにエリザは苦笑して
「はいはい。まあこいつに私が教えられるようなものは何もないけどね」
と、それでもその指示に従った。
もちろんアーサーやフェリもそれに従う。
「んで?チェスクロックはどっちに置く?」
ロイがネリーにお伺いを立てると、ギルは即
「そちらの利き手側で構わないぜ?
俺様はどんな状況でも負ける理由はねえし」
と、答えた。
「んじゃお言葉に甘えて…俺から向かって右側に」
と、そんな上から目線な言い方にも腹をたてることもなく、ロイが二つの時計を並べて勝負が始まった。
双方最初の十数手は淡々と打って行く。
15手ほど打った所でそれまで淡々と打っていたギルの手が止まった。
『なんか…苦戦してるの?』
その様子にキアーラがコソコソとフェリに尋ねるが、フェリとてわかるはずもない。
『あ~多分だけど、ある程度自分の考えてる定石に配置し終わって、相手がどう攻めてくるかとか、どう攻めて来たらどう返すかとかを予測しつつ考えてるんだと思う。
別に苦戦してるとかじゃなくて、むしろすごく冷静に打ってる気がするわ』
そのキアーラの質問にはそうエリザが答えてきた。
そうこうしているうちにギルの手が動く。
そこからはロイも若干ペースが落ちて来たが、その次の手からはギルの方はまた淡々と打って行く。
『なんか…相手の方が顔色悪くなってきてない?』
またしばらくしてキアーラが話しかけてくる。
『ああ、たぶんギルが迷いなく淡々と打つんでロイが自分のペース保てなくなって焦ってるっぽいわね』
それにもしごく冷静にエリザが答えた。
そしてさらにしばらくして、ロイがナイトを動かした瞬間
「これで3手先でそちらがどう打ってもチェックメイトだ。
最後までやってもいいがどうする?」
と板を眺めていたギルが静かに言って顔をあげた。
「…えっ?!!」
その言葉に真っ青になって板を凝視するロイ。
「説明…必要ならしてやるが?」
ギルは組んだ膝の上に肘をついてロイに目をやる。
無言で青くなるロイ。
ギルはそれを見てロイが動かせる限りのパターンを淡々と説明し始めた。
「もう…いい。確かに負けだ…」
掠れた声で言うロイに
「まあ…俺様は国際チェス連盟に認定されたグランドマスターのタイトル保持者だしな。」
とそこで初めて明かしてギルは立ち上がった。
「やった~~~!!!!」
歓声を上げるキアーラとフェリ。
青くなるネリーとその取り巻き。
そんな中でただ一人シンシアだけがクスクスと笑いをもらした。
「なんか良かった。姫ちゃんの恋人さんがしっかりした人で」
本当に自分の事のように嬉しそうに言うシンシアにフェリが笑みを浮かべる。
「じゃ、とりあえず勝負はついたみたいだし…先ほどの続きをお願いできる?」
フェリの申し出にシンシアはにっこりうなづいて、
「じゃ、ダイニングででも話そっか」
とフェリをダイニングへ促した。
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