推参
それはさながら名門系学園ものの少女漫画のワンシーンのようだった…と、アーサーの脳内に記憶された。
箱根の山奥。
個人の邸宅としては非常に立派な別荘。
その豪奢な門をくぐりぬけると、正面玄関に止まるロールスロイス。
エリザが連絡済みだったらしく玄関には老いた使用人が1人、すでに待機している。
運転手が開けた後部座席からまず降りるのはギルベルト。
夏も凄かったのだが、海陽の冬の制服はすごい。
なにしろ燕尾服だ。
その上着の下に着用するジレーは一般生徒は黒なのだが、生徒会役員は白。
さらに上着の上に黒いマントを羽織るのを許されている。
見た目からしてもう一般の高校生とは違う。
そんな制服を整いすぎるくらい整った端正な容姿のギルベルトが身に付けているのである。
車から降りて石畳の上にカツンと靴音をさせて足をつけると、ひらりと黒いマントを翻す。
それだけでそれでなくとも一般からかけ離れた雰囲気の別荘が一気にノーブルな空気に包まれた。
さらに隣のロールスから降りるのはやはりギルベルトと同様の制服を身に付けたルートヴィヒ。
こちらと違うのは、彼の方は降りてすぐ少しかがんで、続いて降りるフェリの姉のキアーラの手を取って助け降ろしていることだ。
「ありがとう」
と、すましてその手を取るキアーラに
「問題ない」
と答えてそのままエスコートするルート。
そしてフェリシアーノが最後に車から降りた。
普段ならギルもアーサーには同じ事をしかねないが、今回は別。
あらかじめそうと説明を受けていたのだが、キアーラの特別感を演出するためにそのまま一歩前に出てアーサーとエリザが降りるのを待つ。
ドン!と前に出た気品に満ちあふれた海陽生徒会の制服を着た迫力ある兄弟。
それにこれもご立派で豪奢なドアのところで様子をうかがっていたおそらく相手方の一団が驚きに目を丸くした。
アーサーだっておそらくあちら側の人間だったらやっぱりびっくりして固まっただろうと思う。
そのくらいその一帯だけ空気が違った。
こうして初っ端からガツン!とかまされて声も出ない5人。
その中で最初に動いたのは、一番目立たない感じの女子だった。
車を降りたアーサーが目を向けた先には男女5人。
自分達と同じくらいの年齢のように見受けられる。
その中に少女が2人。
1人は長い赤毛の毛先をクルリとカールさせて、化粧は濃い目。
おそらくこちらが例のフェリの姉の喧嘩相手、ネリーだ。
そして少し気の弱そうなもう一人は見知った顔。
向こうもこちらに気が付いて、少し目を見開いて、そして破顔する。
「姫ちゃんっ!!どうしてここにっ?!!」
と駈け寄ってくるのは、以前学園祭でエリザとロミオとジュリエットを演じた時にジュリエット役の自分の乳母の役をやってくれて当時とても良くしてくれた上級生、シンシアだ。
満面の笑顔。
対戦相手側からアーサーに向かって駆け寄ってくる彼女にそれまで堂々と余裕の表情を崩さなかったギルが警戒したように一瞬だけ身を固くする。
本当にわずかにだったので、それに気づいたのはその後ろにいたアーサーとエリザだけだ。
そしてギルのアーサーに害が?という杞憂をいち早く悟ったエリザが
「驚いた?懐かしいでしょ。
今回は勝負は人材が足りてるから出ないけど、一応聖月学院本校の生徒会長だし?
キアーラちゃん側の人材としてね、来る事になったんですって」
その言葉に…というか、もう単純にアーサーの姿に嬉しそうなシンシアとは対照的に、そこでドアの側に立ったまま眉を吊り上げるのはネリーだ。
「ちょっとっ!!まさかエリザが呼んだんじゃないでしょうねっ?!
あなた中立の立場でしょっ!!」
と、その場で地団太を踏みかねない勢いだったが、エリザはそれに苦笑で返す。
「その立場は崩してないわよ?
彼は私のじゃなく、キアーラちゃんの弟君の親友なんですって」
と、その言葉にフェリがアーサーの元へと駆け寄ってきゅっと手をつなぐ。
「アーサーは俺の親友でルートは恋人。
で、いつも家に来て一緒に勉強してる仲だし、ギルはルートの兄ちゃんだよ」
と、言うフェリの言葉に続いて
「まあ、あたしにとってはみんな弟みたいなものだし?
別に他にも色々いるけど、今回の事知ってどうしても出たいって言うからね」
とキアーラがフフンと鼻を鳴らした。
女同士の争いを目の当たりにして内心うんざりしながらも、ギルベルトはため息をつきたいのを飲み込んで
「一般的な学生諸君との交流は食後のチェスからで十分だ。
まずは部屋へ案内を」
と、エリザを振り返った。
早くこの女の争いから遠ざかりたい…というのもあるが、知らない女と手を取り合って嬉しそうに話しているアーサーも気に入らない。
いや、悪いのはアーサーではなく女の方…もっと言うなら、そんな事をさせておくエリザが一番なのだが……
言葉にそんな不快感が若干出ていたらしい。
エリザが慌てて使用人に命じて荷物を運ばせ、自分は先にたって中へと案内する。
「さっきの老人は別荘の管理人のロバートよ。料理も掃除も身の回りの事は全部やってくれるからなんでも言ってね。」
にっこりと言うエリザ。
「ダイニングは1F。食事はそこで。
部屋の冷蔵庫にジュース各種いれてあるし、ポットとお茶各種のティーバッグも備え付けておいたから。ジュースの類いは足りなきゃキッチンのでかい冷蔵庫から勝手に取ってね。
こちら側のみんなの私室は2Fね。
私も2Fに自室あるから、何かあったら内線で。
んで、ネリー達は3F。
階はねぇ…悪いわね、ネリー達は子どもの頃からの教会仲間でここも何回か来てて、ネリーが3Fのジュリエット部屋がお気に入りだから…。
そのかわり2Fには鍵付き露天風呂あるから、良かったら入って」
そう淡々と説明するエリザにフェリシアーノが
「ジュリエット部屋?」
と首を傾げた。
それにエリザは苦笑しつつうなづく。
「そそ。3Fに1室だけ白いバルコニー付きの部屋があるのよ。
他の部屋は普通の窓なんだけどね。
部屋もちょっとだけ広いかな。
まあほら、ネリーはあの調子で自分が大好き、浸るの好きだからね、よくバルコニーに出て月観ながら浸ってたし、まあなんというか…私達の学校では学祭のあれもあったから、それにちなんで冗談でね、ジュリエット気分よねって事でつけたわけ。」
そんなエリザの話に全員苦笑する。
そしてそのまま落ち着いたベージュの絨毯が敷き詰められた廊下を通って階段で2Fへ。
2階の階段のところでそのままついて来ようとしていたシンシアには、エリザが
「久しぶりだからつもる話もあるとは思うけど、落ち着いて荷ほどきも出来ないでしょうし話は後で。食事の時にでもね?」
と、さりげなく言うが、大人しそうに見えて意外におしが強いのか、もしくは著しく空気が読めないのか、
「あ、姫ちゃんの荷ほどきならあたし手伝うっ!
ジュリエットな姫ちゃんの乳母ですもの」
と、ついて来ようとするので、慌てて制しようとするエリザだが、その甲斐なくギルが苛立ちを前面に出して言い放った。
「失礼だが妙齢の男には妙齢の女性には触れられたくないものもある。
アルトに手助けが必要なら俺がやるのでエリザの言うとおり食事の時にまた改めて」
微笑みを浮かべてはいるが目が笑っていない。
ひどく冷ややかにそう言われて初めて、彼女は怯えたように後ずさった。
「じゃあ…またあとで」
と最初のイメージ通り気弱そうなどこか泣きそうな顔で言うのに、さすがに気の毒になったのか、フェリシアーノが
「あとでお話聞かせてね?
俺、今のアーサーの事大好きだから昔のアーサーの事も知りたいし。
約束ね?」
とにこやかに手を振ると、シンシアは泣きそうに微笑んで階段を上がって行った。
こうして微妙な空気の中、荷解きを終えて2人きりになった部屋で、ギルベルトが一休みとばかりに自分の分とアーサーの分、二つのグラスを出して冷蔵庫の中からジュースを注いでいると、じーっと自分に注がれる視線を感じて顔をあげる。
「どうした?」
と平静を装って聞きつつも、あからさまに嫉妬した先ほどのみっともなさに触れられるのかと少し戦々恐々としたわけなのだが、違ったらしい。
アーサーは気づかれた事に真っ赤になって、慌てて首を横に振った。
「お~ひ~め~さん?なんでそんな可愛い顔してんだよ?」
と、そうなるともう思い切り強気で逃がさないように恋人を腕の中に閉じ込めるギルに、可愛い恋人はこの上なく可愛い顔ではにかみながら
「…べ、別にっ!
ただっ…ただっ制服カッコいいなと思っただけでっ!!」
などと嬉しい事を言ってくれるので、途端にさきほどまでのモヤモヤがふっとんでしまうあたりが、自分もエリザの言うような単純で馬鹿な男の1人なのだろうとギルベルトは思う。
「アルトにそう言ってもらえただけで、海陽選んだ意味あったな」
と嬉しさに顔をほころばせると、恋人は
「…ばかぁ」
と小さな小さな声で可愛く呟いた。
そんな風に2人の時間を満喫してギルベルトの気分がすっかり浮上して元通りになった頃、夕食を告げる内線がなり、2人は揃ってダイニングへと降りて行った。
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