ギルベルトが空を見上げる。
「…うん…」
脱力したまま答えるフラン。
フラン的には色々が衝撃だっただろうな…とギルベルトは思った。
こうしてこちらでメイを引きつけている間にアントーニョは木に縛り付けられているリサを回収してきた。
氷川のように一思いに死ねないようにという事なのか、致命傷にならない部分を切りつけた上で木に縛り、失血死を狙ったらしい。
一応発見が早かったのと見つけたアントーニョが即止血処理をほどこしたため、身体的には大事に至らなかったが、恐怖体験すぎて精神的にかなり来てしまったらしい。
その後警察が来てすべてが終わった後も、精神科の診療を受け続けているという。
こうしてとりあえず東京に戻ったあと、気持ちの整理をつけたいとジャンヌが亡くなった教会に行くというフランについていく3人。
「ここ…なのか?」
つくなりぽか~んと言うアーサーに
「うん、そうだけどどうかした?」
と不思議そうに首を傾けるフラン。
「いや…俺昔この辺住んでてここ通ってた。というか…最近もちょっと野暮用できてて…あ、悪い、ちょっと抜ける」
と、一方的に言うと、アーサーは止める間もなく走って行ってしまった。
「え?アーサー?!」
追おうとするフランシスの肩をつかんで、
「通ってたんならシスターに挨拶とかじゃねえの?それよか花供えるんだろ?」
と、ギルベルトがうながした。
「ああ、そうだね。」
と、フランはジャンヌが落ちて亡くなっていた教会の裏庭向かう。
「なんて報告していいやら…ね。」
パサリと花を地面に置きながら苦い顔をするフラン。
自分の死後、自分の事でメイがリサを殺しかけたなんて知ったら、あの子はどれだけ悲しむだろうか…。そんな事を思いながら立ちすくむフランシスもとに、家庭菜園の収穫があるからと一足遅れて到着したアントーニョがトマトの袋を持ってかけよってきて、
「ほぃ、お供え」
と、その中から1つトマトを取りだして、花束の横にちょこんと置いた。
「おま…お供えにトマトって…」
「ええやん、美味いで?あーちゃんかて俺のトマト好きやねんから、似とるんやったらきっとジャンヌちゃんも食うたら好きになるでっ」
しんみりとした空気が一瞬にして霧散する。
「お前はもう…」
フランはクスクスと笑い始める。
確かに…あの子は美味しい物も好きだったなぁ…と、少し気分が浮上しかけた時…
「うあぁぁあああ!!!ストップ!そこ一歩も動いたらあかんでっ!!!」
と、いきなり叫ぶアントーニョに驚いてその視線を追っていくと……
「うあああああ!!!!!やめてっ!!!!」
フランも悲鳴をあげる。
「ギルちゃん、ここで待機しとってっ!もし落ちてきたら絶対に受け止めてやっ!!」
「おうっ!!!」
アントーニョはトマトの袋をフランに押しつけると、慌てて駆け出していく。
何故?!何か自分がやってしまったのかっ?!!
泣きそうになりながらアントーニョは外側の非常階段をかけあがった。
「あ~ちゃん!!!」
屋上にたどりつくと、マリア像によじ登ったまま止まっているアーサーに向かって叫んだ。
「…もう…動いていいか?」
「あかんっ!!!」
アントーニョはマリア像まで駆け寄ると、上に向かって両手を差し出した。
「俺の方に…降りてきたって?頼むわ…」
「…わかった。」
アーサーは意外にあっさりと了承すると、ストン!と重さのない音をたててアントーニョのすぐ前の地面に降り立つ。
「あーちゃん!!」
アーサーの足が地面につくかつかないかのうちに、アントーニョはアーサーをぎゅうっと抱きしめた。
「トーニョ??」
「あーちゃん、なんでなん?!なんでこんな事したん?!!」
ぎゅうぎゅうと力任せに抱きしめられて、アーサーは答えるどころではない。
「トーニョ、待てっ!絞め落としてる!!ちょっと力緩めろっ!怪力がっ!!」
とりあえずアーサーが無事降りたところで上にかけあがってきたギルベルトがアントーニョの腕を取り、アーサーを救出する。
「ちょ、あーちゃん大丈夫かっ?!」
と、締め付けられすぎて真っ赤になってふらつくアーサーを支えるギルベルトから取り戻し、今度は軽く抱きしめるアントーニョ。
「…お前が言うなよ…」
と、あっさりと引きつつギルベルトはため息をついた。
「でも…なんでアーサーはあんなことを?」
結局トマト袋持ち係と化して一番最後に上ってきたフランはやはり青い顔でそうたずねる。
「なんでって……」
アーサーはその言葉に赤くなってうつむいた。
「「トーニョ…お前何やったんだ?」」
悪友二人の視線を向けられ、珍しく焦るアントーニョ。
「なに?俺なんもやってへんよ?でもなんか気付かんうちに不安にさせる事してもうた?」
うつむく頬を両手でつかまれ、視線を合わせられて動揺するアーサー。
「な、言うたって?俺あーちゃんにこんな事されるくらいなら、なんだってやったるから…。ほんまやで?あーちゃんなくすくらいやったら何でもやったる」
と、アントーニョは今度は力を加減して抱きつぶさないようにそっとアーサーをまた抱きしめた。
「……ちげえよ……」
アントーニョの胸に顔を押しつけられたまま、アーサーはボソボソっと言った。
ちょっと離せ、と、アントーニョの胸をちょっと押し戻すと、これ…と、アーサーは小さな袋をアントーニョに差し出した。
「…?……開けてええ?」
不思議そうにそれを受け取ってアントーニョが聞くと、アーサーは赤い顔をしたまま無言でうなづく。
悪友二人ものぞきこむ中、アントーニョは袋の中身を手の平の上にあけた。
チャリンと小さな音をたてて出てきたのは4つの直径2~3cmくらいの4つ葉のクローバーの刺繍をペンダントにしたもの。それぞれの裏側にはやはりネームが刺繍されている。
「ほい。これギルちゃん」
「おう」
「これフラン」
「ありがとっ」
「で、これは俺で、あとはあーちゃん」
それぞれにペンダントを渡し、最後に残った自分の分をまじまじと眺めると、アントーニョはそれを首にかける。
「可愛いね、これ」
と、フランは楽しそうに
「ネームまではいってるっていいな」
とギルも笑みを浮かべてそれぞれ首にかけると、
「「「で?」」」
と3人の視線がアーサーに集まった。
「………いや……じゃないか?」
真っ赤な顔のままうつむいて、少し涙目で小さな声で言うアーサーにこれまた3人そろって
「「「なんで?」」」
と答える。
聞かれてアーサーは口ごもる。
しかし無言の問いを含んだ視線に耐えかねて
「みんなで…4人で一緒に楽しくやっていけるようにってお揃いの幸運の4つ葉のクローバー付けたくて、この前のオンラインゲームの時に全員そろったら渡そうと思って刺繍始めて…でもどうせならおまじないしてからにしようとか思ったわけじゃないんだからなっ!ばかぁ!!」
と一気に言ってその場にしゃがみこむ。
それに悪友3人はそれぞれ視線をそらして赤くなった。
「ギルちゃん…やっぱお兄さん無理…。参戦しちゃう。隙狙って漁夫の利するよ。」
こそりと隣のギルベルトに宣言するフラン。
「俺は参戦しねえぞ…。守りはすっけど、主にお前らから。………まぁ…アーサーがどうしても俺様がって言うなら考えねえでもないというか…それはそれで拒否ったら可哀想だしなっ」
ともにょもにょとつぶやくギルベルト。
「ギルちゃん…それ参戦しないって言わないから…」
と、珍しくフランが突っ込みを入れる。
そんな二人から少し離れて、アントーニョはしゃがみこんでいるアーサーの隣に自分もしゃがみこんだ。
「なあ…あーちゃん。なんで嫌がるなんて思うたん?俺めっちゃ嬉しいで?あーちゃんからのプレゼントなんて嬉しくないわけないやん?」
そう言って片膝をつくと、アントーニョはアーサーの肩を抱き寄せる。
「他の二人ともって言うのがちょっとアレやけど、あーちゃんが俺と一緒にいたいって思ってくれんのめっちゃ嬉しい。お揃いの物つけるのなんて嬉しいどころの話やないし…俺かてあーちゃんとずっと一緒にいたいんやで?せやから…ああいうのはやめたって?ほんまに俺の事信じたって?信じられへんならいくらでも何度でも言葉でも態度でも示したるから…」
アントーニョの言葉にアーサーは少し不思議そうに
「何の話だ?」
と小首をかしげた。
「何って…たった今そこから飛び降りようとかしとったやん、自分」
アントーニョの言葉にアーサーは目を丸くした。
「へ?」
「へ?やないわ。飛び降りようとしとったんやないんなら、なんであんなとこに登っとったん?!」
アントーニョがピシッとマリア像を指差すと、ようやく合点がいったのか、アーサーは、ああ、とうなづいた。
「別に飛び降りるためじゃねえぞ。飛び降りるだけなら、何もマリア像に登らなくても柵超えりゃいいだけの話だろ?」
ごくごく普通のトーンで言われて、ああ、そう言われればそうやな、と、アントーニョは納得した。
「マリア様に登ってたのはまじないのためだ」
「はぁ?まじない?」
思わず呆れを含んだような声音になったアントーニョに、アーサーはぷくぅっとふくれた。
「ちゃんと教わったんだぞ、昔ここの信者の子にっ。マリア像の胸に当ててる右の方の手の間に1週間まじないをかけたいものを願い事を書いた紙と一緒においておけば願いがかなうって…」
「あーちゃん…まさかそのために登っとったん?」
「当たり前だろっ」
この可愛い乙女のような事をしている子が…日本一賢いはずの高校生なわけで……
「お前馬鹿にしてるだろっ?!」
「いや…してへんけど…可愛すぎて泣きそうやわ」
「ほら、馬鹿にしてる!でもホント今でもやってる奴いるんだからなっ!俺1週間前にここに来た時に他の包み見つけて…ずいぶん古く見えるけど。あ、やば、お前がせかすからそういえば一緒に持ってきちまった」
返しとかないと…と、立ち上がるアーサーの手の中の包みは確かにずいぶん古びて見えた。
「ちょおまって、あーちゃん。それどう見ても一週間以上たってへん?」
アントーニョはその包みをアーサーの手から取り上げてまじまじと見る。
ずいぶんと厳重に何重にもビニールで覆われているが、外側の方のビニールは劣化してやぶけている。
「これどう見ても1週間放置どころやないで?忘れてるんやないか?誰が何いれとんやろ?」
と、アントーニョはいきなりその包みを破り始めた。
「おい、他人の物勝手に…」
「やって、本人忘れてるんなら中身見ぃひんことには届ける事もできひんやん?」
びりびりにやぶけたビニールの中にはまたビニール。何重にもつつんでいるビニールをどんどん破いていくと、中からはその厳重な包装のわりにずいぶん薄っぺらい紙…というか、しおりが4枚。
「なあ、ギルちゃん、来てみぃ?」
「なんだよ。」
ギルベルトが駆け寄ってきて、アントーニョの手の中の物を見て息をのんだ。
「…これって……」
「…ギルちゃんが氷川の遺体から見つけたのと同じしおりやんな?」
「ああ、間違いねえ」
「なんだって??」
フランも慌ててかけよってくる。
「これ…名前も書いてあるで。フラン、メイ、リサ……ジャンヌ」
「…どういう……こと??」
フランは震える手でアントーニョの手からしおりをうけとった。
「願い事は…この4つ葉のクローバーのように4人一緒に幸せになれますように。…日付は…9月12日」
「ジャンヌが…死んだ日の一週間前だ」
願い事の紙を読み上げるギルベルトの言葉に、フランは震える声でそう添える。
「そういうことか…」
ギルベルトは息を吐き出した。
「そういうこと?」
まだ震えの止まらない声で聞き返すフランにギルベルトはうなづいた。
「事故死だったんだよ。なんかわかんねえけど、フランのお姫さんは別に思い詰めてたわけじゃなかったんだろうぜ。普通にアーサーみてえにまじないセットして、たまたま運が悪かったんだな。回収の日が台風で雨風で足滑らせたんだよ。でねえとこんな事書かないだろ?」
ひらひらとギルベルトは願い事の紙をちらつかせた。
「あはは…そっか…傷ついて…悩んで…苦しんで逝ったわけじゃなかったんだ……」
フランは泣き笑いを浮かべながらそう言うと、その場にしゃがみこんだ。
良かった…と、手に顔をうずめたまま、何度もそうつぶやく。
「あかんわ…」
そんなフランを放置で唐突にアントーニョがつぶやいた。
「そんなん、これからは絶対にやったらあかんでっ!!」
そう言いつつ、アントーニョはがしっとアーサーの両肩をつかんだ。
「考えてみたらあーちゃんかて同じ道たどる可能性大やんかっ!!もう絶対にマリアさんのおまじないは禁止やっ!!」
「え、大丈夫…」
「大丈夫やないっ!!」
アーサーの反論ともいえない反論はアントーニョの声に遮られた。
「俺が叶えたるからっ!!あーちゃんがマリアさんにお願いしたいような事全部叶えたるっ!せやからもう絶対にこのまじないはせんといて!」
「でも…」
「俺だけでできひんことでもギルちゃんでもフランでも使って叶えたるっ!絶対に叶えたるからっ!!ええなっ?!!」
それとも…二度とマリアさんに顔見せできんようにして欲しいん?ふと黒い笑みを浮かべるアントーニョにアーサーはフルフルと首を横に振った。
「そう…だな。うん、やめる」
「ゆびきりっ」
アントーニョは強引にアーサーの小指に自らの小指を絡めてぶんぶん振る。
「ゆ~びき~りげんまん、嘘ついたら、ギルちゃんに針千本の~ますっ、ゆびきったっ」
「おれかよ~~~!!!!」
晴れ渡った夏の空の下、教会の屋上、マリア像の前でかわされた約束は、ギルベルトの受難の始まりでもあった。
Before <<<
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